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彼女の後ろで体を支えていた俺にもズンズンと立て続けに無数の衝撃が響いて来る!
ヤバイ、かなり威力がでかいぞ……。
ぐらりとラービの体が揺れ、崩れ落ちそうになったのを慌てた抱き止めた。
「ラービ!」
呼び掛けてみたが、ぐったりと項垂れていて髪で表情が隠れている。気を失っているのか、顔を上げることはなく、返事も無かった。
「良くて全身打撲、悪ければ死んだかな?」
ふぅ……と安堵のため息をつきながらバロストはラービの様子を覗き見る。
「あの魔法は魔力を圧縮し、鋼鉄並の硬度にした塊を放つ魔法だ。至近距離で食らわせたのに破壊できないその鎧は大した物だが、着用者は……」
「くあ……少し効いたのぅ……」
バロストの言葉を遮って、ラービが伸びをしながら上体を起こす。
その姿に、信じられない物を見ているような表情を浮かべるが、まぁ無理もない。
「ラービ、無事か?」
「うむ、ちと気を失っていたようだがの。ワレでなかったら骨の数本は折ていたかもしれん」
今だ俺に体を預けながら、ラービは軽く頭を振る。もう、無敵だなお前。
「フッ……ワレの骨を砕くなど(元から無いから)不可能と知るがよ……」
バロストを牽制するように言いながら、立ち上がろうとしたラービの動きがピタリと止まる。
そして何か思案するような顔をすると、再び俺に体を傾けてきた。
「一成……やっぱり、ワレはダメージを受けていたようだ……」
いきなりハァハァと苦しげに呼吸を乱すラービ。
さらに、黄金蜂蜜ベースではないがマーシリーケさんから貰った回復薬を俺に手渡すと、目を閉じて「んー……」と唇を近付けてくる。
以前……確かに薬の口移しをした事があったけど、いまの状況でやるこっちゃないよな。
だから俺は、彼女を支えていた両手をそっと解放してやる。
支えを失ったラービの体は、重力に逆らえず地面に転がった。
「いけずぅ……」と涙目で非難してくるが、時と場合を選ばなかったラービの自業自得でというものだろう。
そんなおふざけができる余裕があった俺達とは対照的に、バロストの雰囲気は重い。
自信のあった魔法が、ほとんど効果を成さなかった事がショックだったのか、バロストは棒立ちになりながらブツブツと口の中で呟いていた。
ラービの骨は折れなかったが、バロストの心は折れたかもしれない。
奴が戦意喪失でもしたなら儲けもの……なんて思っていたが、突然バロストは笑いだして天を仰いだ。
「いや、そうか。そっちのラービとかいう少女は人間じゃなかったんだ。ヤーズイル殿やコルノヴァ君に気をとられて、すっかり忘れてたよ」
うっかりしていたと自嘲しながら、ひとしきり笑った後に、今度はラービの正体を探るようにジロジロと見回す。
「さて、物理的なダメージが通らない所を見ると軟体生物系かな?しかし、ヤーズイル殿に操られたあたり、粘菌みたいな性質を持つ蟲の集合体の可能性も……」
独り言のように呟くバロストを見て、「アイツ、正体不明の生物の事になると早口になるのが気持ち悪いよな……」と心から思う。
だが、ワザワザ解析させて奴を楽しませる事もない。
「ラービ、交代だ!」
舐めるように見詰められて、悪寒に震えるラービの代わりに前に出た俺に対し、バロストは即座に杖を構えて魔法を使用しようとする!
「君はまぁ、要らなかったんだけど、あの突然のパワーアップには興味が湧いた。だから、手足をもぐ位で生かしておこう」
人をモルモットみたいにしか見ていないバロストの物言いには、腹立ちよりも恐怖を感じる。
背筋を走る悪寒に耐えながら、俺は奴の魔法を潰す為に駆け出した!
「末肢破壊魔法!」
一歩早くバロストの力ある言葉が放たれ、具現化した魔力が形を成す!
突然、空中や地面に半透明な虎ばさみのような物が現れて、俺の手足を凄まじい圧力で挟み込む!
四肢を食いちぎらんとする魔法の刃は、鎧を貫通する事こそないもののギリギリと肉を引きちぎり、骨を砕こうとしてきた!
正直、めちゃくちゃ痛い!
だが、格好つけて前に出た以上は泣きを入れる訳にはいかない。
「話せるように手足以外は傷つけないから、安心したまえ」
バロストの有りがたくない心遣いが、心底うざい。
とにかくコレを外すいい方法が無いかと高速で記憶を探ぐり……よし、この手だ!
一瞬だけ完全に脱力、次の瞬間、全身に力を込めて筋力の収縮の反動を利用して、食い込む魔力の牙を打ち砕く!
蟲脳の恩恵で鍛えられた肉体だからこそ可能な技だから、良い子は真似するなよ!
だが、手足が自由になったと同時に、バロストの追撃が入る!
「散弾地雷!」
先程の逃げ場が無くなる広域攻撃!
だが、俺には数多くこなしたラービとの脳内組み手で磨いた技法がある!
着弾の瞬間、両手を体の全面で回転させる事で迫る散弾を全て受け流す!
とある漫画で読んだ、空手の技法「回し受け」!
まるで、散弾自らが俺を避けていったかのように錯覚するほど綺麗に受け流して一言。
「矢でも鉄砲でも火炎放射機でも持ってこいや!」
「君も彼女とは違う意味で化け物だな……」
驚いたというより呆れたようなバロストが苦笑いを浮かべて僅かに間合いを取ろうとする。
だが、その一瞬の隙を逃さずに俺は一足飛びで奴に襲いかかった!
遠い間合いを詰めながら攻撃するのに最適な、「劈掛拳」の「烏龍盤打」!
踏み込みながら大きく腕を振り下ろすその一撃を避けられないと判断したバロストが、受け止めるような防御姿勢を取る!
だが、甘い!
攻撃を受けた奴の右腕を砕き、それでも勢いを殺し切れなかった俺の攻撃が肩口に食い込んで鎖骨を破壊する!
「かはっ!」
苦悶の声と共にだらりとバロストの右腕が垂れ下がり、がら空きとなった顔面に狙い済ました左のフックを叩き込む!
そして止めの「猛虎硬爬山」をぶちこめば、必殺コンボの一丁あがり!……といくはずだったのだが、「猛虎硬爬山」を繰り出す前に当たった、左フックから嫌な感触と音が響き渡る!
バロストの首はあらぬ方向に捻れ、明らかに破壊された頸椎が首の内側から盛り上がっていた。
顔面が百八十度、後ろに回っているため表情は見えないが、普通……この状態で生きてる奴はいないよな……。
ゴポゴポと血泡が溢れる音が聞こえ、バロストの身体から力が抜け落ちていく。
そのまま、まるで壊れた人形のように崩れ落ち、ピクリとも動かなくなった。
死ーん……とオノマトペが現れそうな静寂が訪れる。って言うか、マジで倒せてしまった?
ええ……いいのかな、これで。
なんと言うか、「ラスボスをチェーンソーで一撃死」みたいな呆気なさに、倒した実感がいまいち沸かない。
見れば、ヤーズイルとコルノヴァもピクリとも動かず、「死ーん……」て感じだし……実験は失敗したんだろうか?
だとすると、俺達の完全勝利?
「……とりあえず、ワレは映画のエンディングみたいな感じで抱き付いておいた方が良いのかの?」
その気の使い方はどうかと思うが、流石のラービもこの微妙な空気に、どうリアクションを取ればいいのか困惑しているようだ。
「とりあえず、みんなと合流しよう。ここで待っていれば、そのうち集まってくるだろうからな」
氷壁で囲まれたこの広場の外にはキメラ・ゾンビがうろついているが、英雄クラスの皆なら不覚はとらないと思う。
「そうじゃな……で、このヤーズイルとコルノヴァはどうする?」
どうしようねぇ……。
もうすでに死んでるっぽいけど、ほっといて後から蘇生したりしたら厄介だし……。
「止めを刺しておいた方がいいかもしれないな」
「そうじゃのう……」
「ぞれば……ごばぁるな……」
俺とラービの会話に、くもぐった声が混じる。
反射的にその場から離れた俺達の目に、ゆっくりと起き上がるバロストの姿が飛び込んできた!
「く……くく……ぐ……」
多分……笑っているんだろう。
完全に首の骨が折れて垂れ下がる頭部。
血泡を噴き、ビクビクと痙攣しながら立ち上がったバロストの口が弓なりの弧を描いていた。