106
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
ハァハァ……
まだか?まだあっちは決着が着かないのか?
もうすでに数えきれないほど繰り返した光速タックルで、またイスコットさんを転ばせて軽く関節を極める。
で、動きの止まった俺をラービが攻撃してくるので、技を解いて離れながら立ち上がる。
先程から、ずっとこのパターンだった。
いやもう本当にキツいな、これ。
こっちは『限定解除』してるから二人よりも圧倒的に優勢ではあるが、スライム体であるラービには関節技が効かないし、イスコットさんに必要以上のダメージを与える訳にもいかないという縛りが思った以上に辛すぎる。
全力で攻めてくる相手に、こちらはガガンボを摘まむような繊細さでしか攻撃出来ないってのがここまで精神的疲労をもたらすとは思ってなかった。
おまけに、もうすぐ『限定解除』のタイムリミットだ……。
チラリと俺に元気よく襲いかかってくる二人の顔を見る。
攻防の最中に兜が外れたイスコットさんも、デンプシーロールで上体を揺らしながら迫ってくるラービも、揃った様に呆けた感情の無い顔をして間合いを詰めて来ていた。
うん、俺が動けなくなっても容赦なく攻撃してくるな、これは……。
何度か呼び掛けても全く無反応だったあたり、『蟲の杖』の洗脳は深いっぽい。
くそっ!こういう時は仲間の呼び掛けに少しくらい反応するのが王道でしょ!
もう、時間も無いし……下手したら死んじゃうよ?俺が!
……あまり洒落になってないな。
レイー!ティーウォンドー!ハルメルトー!
早くしてくれー!
祈るような心境の俺とは裏腹に、迷いの無い攻撃を仕掛けてくる二人!
ええぃ、当たらなければどうという事はない!
一子相伝の暗殺拳を使う某四兄弟の次男の如く、スルスルと拳を捌いて、斧の一撃を受け流す。
そして体勢の崩れた二人を優しく後方へ投げ飛ばした!
優しくとは言っても、そこは『限定解除』のパワー!二人は十メートルほど飛びながらも、受け身を取って着地する。
もう、本気でうんざりしたが、ゆっくりと起き上がるラービ達を見据えて構えた時、それは訪れた!
突如、全身に走る問答無用の激痛!骨が軋み、筋肉が千切れるような衝撃が俺を襲う!
「ぐえぇーっ!」
絞められた鳥の鳴き声みたいな悲鳴が、俺の口から飛び出した!
タイムリミット!こんな時に!
うぐぐぐ……指一本、動かすのも辛い!
しかし、ラービとイスコットさんは迫ってくる!
俺が激痛に耐えながら薬を口にするのが早いか、二人が必殺の一撃を振るうのが早いか!
うおぉぉぉぉぉ……………………あ、ダメだこりゃ。
俺の手が薬の入ったポーチに届いてもいないのに、二人は半分くらい距離を詰めて数メートル先にいる。
あと二、三歩で身動きできない俺に無慈悲な鉄槌を下すだろう。
ああ……まさかこんな風に終わるなんて……。
って、死んでたまるかあぁぁ!
ギリギリでもいい!少しでも急所を外して、一秒でも生きてやる!
絶対に……絶対に、童貞のまま死ぬもんかぁぁっ!
僅かにでも身を捩って攻撃に備える!
タイミングを計って倒れ込めば、初弾位はかわせる筈っ!
迫るラービとイスコットさんが振りかぶって……突然、倒れ込んだ!
そのまま懐かしのAAよろしく、ズザーッと滑り込む様にして動きを止める。
…………え?2ゲット?
一瞬、訳が解らず混乱したが、そこでやっとレイ達が上手くやってくれたのだと思い至った。
「う……うう……」
軽く頭を振りながら、二人が起き上がってくる。
「……僕は……何が……」
「う……ワレは、一体……」
呟く二人の目に意識の光が宿る。これで一安心だ!
ホッとしすぎて、俺はバカでかいため息をついた。
その音に気付いたラービとイスコットさんが、俺の方にポカンとした表情で目を向ける。
うん、どうやら洗脳は完全に解けたみたいだな。
だから俺は、二人に声をかける。
「お帰り、二人とも。で、悪いんだけど、動けないから回復薬を飲ませてもらっていいかな?」
……その後、俺は薬を飲ませてもらい、二人がどうなっていたかを簡単に説明する。
「……というわけで、二人を操っていた六杖の英雄はレイ達が抑えてくれた」
ようやく回りを見る余裕ができてそちらに目を向ければ、ヤーズイルらしき人物を囲んでいるレイとティーウォンドの姿が見える。
「とりあえず、あっちに合流しましょう」
ラービとイスコットさんを促して、向こうのチームと合流すべく歩き出した。
レイ達と合流するまで、ラービとイスコットさんはやらかしてしまった事に対する自責の念に襲われていたようだが、まぁ操られてたんだし深く考えすぎない方がいいですよ?
「お疲れさまです御主人様。ラービ姉様達も御無事で何よりです!」
正気に戻ったラービ達を確認して、レイの顔がパッと明るくなる。
ヤーズイルの腕を槍で貫いていなければ、見た目相応の無邪気な光景なんだがなぁ……。
次いで、ティーウォンドが俺達を一瞥したが、特に何も言わなかった。ラービにちょっかい出すか、嫌みのひとつも言ってくるかと思ったんだが……流石に疲れたか?
「カズナリさん!作戦は成功でしたっ!」
意気揚々とハルメルトが声をかけてくる。その様子じゃ、上手いこと一発かませたみたいだな。
さて、後はヤーズイルと高みの見物を気取っているバロストだが……。
一応、交渉してみようかとバロストが座っている神獣の死骸、その上部に顔を向けた。だが!
「閃光衝撃波!」
耳に届いたのはバロストの唱えた魔法の呪文!
そして目に写ったのはバロストの手から放たれ、俺達に向かって飛んでくる光の光球だった!
重傷のヤーズイルを除く、その場にいた全員が飛び退いてバロストの魔法を回避する!
俺もハルメルトを抱き抱えて後方へ飛んだ!
そして次の瞬間、凄まじい閃光と爆発音が響きわたった!
あまりの音と光に、一瞬ではあるが視力と聴力が麻痺する。しかし、肉体的なダメージを感じないあたり、まんま元の世界で使われていたスタン・グレネードと同等の効果がある魔法だったのかもしれない。
それでも追撃が無いとは限らない。だから俺の制空圏内に入ってくる物に対処する事に意識を集中する!
…………何も来ないな。
視力が戻り始め、回りの景色が見えてきた。
どうやら、他の皆も無事みたいだな……では、ヤーズイルは?
厄介な六杖を確認する為に目を向けると、相変わらず地に伏せたヤーズイルと、その側で佇むバロスト達の姿が視界に入った。
野郎!怪我人であるヤーズイルを連れて逃げるつもりか!
だが、奴等は逃げる気配も見せずに、何やらヒソヒソと話している。
ちょっと!敵前なのに、何を呑気に話し込んでるんだよ!
まるで緊張感の無い連中(まぁ、人の事は言えないかも知れないが)の様子に、逆に誘っているのかと警戒してしまう。
すると、唐突にヤーズイルの笑い声が響いた!
「ふはははは!なるほど、試して見る価値はあるな!構わん、やってくれ」
「ご理解いただけて幸いです。では……」
爆笑するヤーズイルに頭を下げて、バロストは懐から注射器のような物を取り出す。
なんだ、あれ……。何か知らないが、あれがヤバイものであると直感する!
「やめっ……」
制止の言葉を口にするよりも早く、注射器はヤーズイルに突き立てられ、その中身の液体を彼の体内に押し込んだ。