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インセクト・ブレイン  作者: 善信
105/188

105

「ふはっ!」

レイの鋭い一撃を、ヤーズイルは余裕を持って捌く!

それと同時に反撃に転じようとしたヤーズイルだったが、その動きよりも素早く槍を引き戻したレイがすかさず二撃目を放った!


「ぬっ……」

二撃目もなんとか捌くヤーズイル。しかし三撃、四撃と休み無くレイは突きを放つ!

さすがに余裕を無くし防戦一方となった魔術師ではあったが、攻撃の合間にほんの僅かな隙を見つけた。

(今だッ!)

彼が見つけた小さな隙を突いて、ノーモーションで発動できる簡易魔法を使用する!

ヤーズイルとレイの間で目映い閃光が発生して一瞬、周囲を光が覆い尽くす!

目を焼かれたであろうレイの頭を打ち砕くべく、蟲の杖を大きく振りかぶって踏み込もうとしたヤーズイルの足がピタリと止まった。


レイは目を閉じている。

しかし、彼女の槍はヤーズイルの喉元目掛けるように突きつけられていた。

恐らく……迂闊にあと一歩踏み込んでいたら、槍の穂先は深々とヤーズイルの喉に突き刺さっていただろう。

背筋を冷たい汗が流れ、魔術師は後ろに跳んで距離を取った。


「見かけで騙されていた……。恐ろしい使い手だな、お嬢ちゃん」

心の底からそう思う。

称賛の言葉を投げ掛けられた少女は、つぶらな赤い瞳を開き小さく微笑んだ。

「先程の骸骨兵の使役といい、その槍さばきといい……ひょっとして、お嬢ちゃんは『七槍』……しかも悪名高い『灰色の槍』か?」

その英雄の事はティーウォンドも知っている。たしか老若男女の区別無く、殺した相手を骸骨兵として使役する呪いの神器を持っていたと聞く。

だが灰色の槍の英雄は男だったハズだし、岩砕城壁での戦いの際に『赤・白の槍』の英雄二人と一緒に捕らえられ、その神器は行方不明と聞いていたのだが……。


「お嬢ちゃんが『七槍』なら、これはディドゥスに対する背信だ。仲間の『七槍』から刺客が来る前に投降する事を薦めるよ。なぁに、悪いようには……」

レイを懐柔しようとしていたヤーズイルの言葉が止まる。

目の前の白い少女が見せる、その歳に相応しくない妖艶な笑みを見てしまったから。


「ディドゥス?七槍?そんなものは私の知るところではありません」

そうして溢れる想いを押さえるように、そのまだ未発達な胸に手を当てる。

「私が忠誠を誓うのは双葉一成様ごしゅじんさま、ただ一人。あの方の一振りの槍として仕えることこそが私の存在する意味であり、喜びです」

まるで殉教する信徒の様に、レイは胸のうちを吐露する。

その決意と忠誠心に、ヤーズイルもティーウォンドも言葉を挟むことは出来ない。

なお、レイは今の自分に割りと酔っており、内心「あれ?私、カッコよくないですかね?」と密かに悦に入っているがそれはさて置く。


そんなレイがチラリとティーウォンドの方を見ると、まるで生徒に教える教師のように語りかける。

「さて、先程の私の攻撃が一つの答えです」

ヤーズイルを下がらせた手数の多い攻撃を指してレイが言う。

「百パーセントの攻撃を流されたのなら、七十パーセントの攻撃を数多く打ち込めばいい。如何に近接戦闘に長けていようとも本質が魔術師なのですから、殴り合えば最後には戦士が勝るのが道理です」

そう、レイの言うことは実に『当たり前』の事。

先程、ヤーズイルに『当たり前』を享受することを揶揄され狼狽えたが、基本的な事を見据える事は勝利するためには必要な事を思い出す。


「君のような少女に諭されるとは……私もまだ甘い……」

自嘲気味な笑みと共にティーウォンドは立ち上がり剣を構える。

「反省は戦いの後で。今は素早くヤーズイルを倒します」

「ああ、ラービさんを早く解放してやりたいからな」

まだラービを狙っているかのような台詞にレイは僅かに不機嫌そうになるが、流石に敵の前でもめるような真似はしない。


「ふむう……五剣も立ち直ってしまったか……では、私も正攻法で行くとしよう」

さらに後方に跳んで距離を開けたヤーズイルが魔法を発動させた!


魔法城壁ウォー・プロテクト!」

ヤーズイルの目の前に、高さ三メートルほどの半透明な光の壁が現れる!

続いて放たれた火球の魔法は、その光の壁をすり抜けてレイ達を襲う!

着弾する前に切り払うも、ヤーズイルは矢継ぎ早に連続して魔法を使ってきた!


火球ファイア」「雷閃光ライトニング」「麻痺霧パラライズ・ミスト」「火球ファイア」「泥沼変化チェンジ・マーシュ」「疾風刃エア・ブレイド」「毒弓矢ポイズン・ボゥ」「大火炎球ビッグ・ファイア」…………。


休み無く繰り出される攻撃魔法。

威力はそこそこといった程度なのだが、なにしろ手数が多い。さらには、行動阻害や状態異常の魔法を織り混ぜて来るので、間合いを詰めたくても中々できずにいた。

時折、ティーウォンドが神器で生み出した氷の塊を投げつけるも、魔法の壁で防がれてヤーズイルには届かない。

全くもっていやらしい行動ではあるが、戦士を相手にする魔術師の取る戦法としては有効に働いている。


「先程……お嬢ちゃんがいい事を言ったな」

絶え間なく魔法を放ち続けるヤーズイルが、世間話でもするかのように話しかけてきた。

「手数が多ければ接近戦で魔術師は勝てない。じゃあ逆に遠距離戦で手数が多ければ、戦士が勝てんのは道理よな」

守勢にまわる二人の心を折るように……穏やかに、余裕を持って語りかける。

一時は優位に立った気になったかも知れないが、結局は自分ヤーズイルの掌の上だったと理解させるために。


「私はこのレベルの魔法なら、千でも万でも撃ち続けられるぞ?君達はどれだけ耐えられるかな?」

防戦一方のレイ達に対して、ヤーズイルは全くの余裕である。

故に、彼の頭の中では早々に降参してほしいという思いが沸き上がっていた。

無駄な犠牲を出したく無いという事ではなく、実験材料を傷付けたくないという理由からではあるが。


戦況は攻めるヤーズイルと、防戦するレイ達のまま硬直状態に入いり僅かな時間が経過する。

と、その時。

「あ?」

戦いを眺めていたバロストが小さく声をあげた。

「?」

その声に釣られる様にバロストの方に視線を向けようとして……突然の衝撃がヤーズイルを襲った!


「ごふっ!」

ヤーズイルの口から血の混じった吐瀉物が撒き散らされる!

バロストの声に反応して、僅かながらに身を捩って衝撃を受け流せたのは幸運であった。

立っていた場所から三メートルほど吹き飛び、そのまま地面を転がって漸くヤーズイルの身体は止まる。

力を込めて起き上がろうとしたが、体がいうことを利かない。

なんとか杖にすがり付いて上体を起こしたヤーズイルの目に、猛禽を思わせる速度で突進してくるレイの姿が写った!


死を予感した彼は、辛うじて急所を庇う!

次の瞬間、頭を庇った右腕に激痛が走り、そこにレイの槍が突き立てられた事を知る!

「ぐああぁぁぁぁぁっ!!」

苦痛の悲鳴が辺りに響く!

レイに貫かれ、すでになんとか繋がっていただけの右手から蟲の杖がこぼれ落ちる。

その隙を逃さず、ティーウォンドが轟氷剣の魔力で生み出した冷気をもってヤーズイルの神器を氷の中に封じ込めた!


「一体……何が……」

自分は絶対的に有利な状況にいたハズなのに……。

訳もわからず逆転されたヤーズイルは、その原因となった突然の衝撃の正体を求めて、先程まで自分が立っていた方向に目を向ける。


そこには、奇妙な物体があった。

軟体動物の思わせるプルプルと震える、巨大な拳を型どったような物体が空中・・から生えている!

その奇妙な光景に唖然としていると、拳の付け根あたりの空間が不意にグニャリと歪み、そこから眼鏡をかけた一人の少女が現れた。

レンズ・スライムと呼ばれる、回りの景色と同化する特性を持ったスライムに包まれたハルメルトによる奇襲……それが、一成が少女に託した作戦であった。


「ご苦労様でした、ハルメルト。ナイスな不意打ちでした」

『正面からぶつかり合ってる中、最高のタイミングで横っ面を殴りつける』を実践したハルメルトを労うレイ。

彼女に笑顔で返したハルメルトだったが、一転して表情が厳しく変わりヤーズイルを睨み付ける。

そして一言、

「あなたに骸を辱しめられた姉のケジメは取らせてもらいました。後は皆さんの判断におまかせします」

それだけ告げて、もう用はないと言わんばかりにヤーズイルから離れていった。


正直、心当たりが多すぎてどの仇なのかは判断できていない。

だが、今は苦痛にもがきながらも、その苦痛から逃れるためにどうするべきかを考えなければならない。

血と共に思考能力も流れ出ていくような気がする……はやく……なんとかしなければ……。

しかし、自身は動けず神器も拘束された今のヤーズイルには、いくら思考を巡らせようども逆転のための妙手は浮かび上がってこなかった……。

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