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我ながらちょっと面倒くさいやり方をしてるとは思う。もちろん、それには訳があるのだが。
俺が危惧した二つの不安要素、それが魔法と時間制限だ。
あのまま、圧倒的なパワーでキメラ・ゾンビを全滅させてからヤーズイルも張っ倒しに行ければよかったのだが、あの手の魔術師は高い確率で堅い防御魔法を常時発動させている場合があるという事。
英雄とか呼ばれ、神器なんて物を持ってるんだからそれくらいはやってるに違いない。
漫画とかゲームだとそうだったから解る。
その手の魔法事情に詳しくない俺が、ヤーズイルに手こずっている間にバロストが参戦され、魔法で動きでも止められてしまった日にゃあ、あっという間にタイムアップだ。
『限定解除』の反動で身動きできなくなった俺は、憐れ奴等の実験材料にされてしまうだろう。
マジでそれだけは勘弁願いたい!
そんな感じで魔法の前では苦戦しそうな俺とは打って変わって、レイやティーウォンド達の神器にはその手の防御魔法をある程度、無効化させる能力があるという。
そうなると、俺よりもあの二人の方が速やかにヤーズイルを倒せる可能性は高い。
だから俺は一分以内にキメラ・ゾンビを減らせるだけ減らし、その後ラービとイスコットさんを抑える!
その間にレイとティーウォンドがヤーズイルを倒すといった作戦を提案したのだ。
場合によってはバロストとも戦う事になるだろうが、そうなった時は帰還魔法の件もあるんで奴は出来るだけ生け捕りで。
我ながら適材適所を生かした良い案だと思う。
ヤバイな、この世界で周瑜クラスの名軍師として名を残してしまうかもしれないぜ……フフフ。
ちょっとした自画自賛に浸っていると、イスコットさんの戦斧とラービのフリッカージャブが俺を狙って振るわれる!
おっと、危ない!
俺の妄想に対する、「んな訳あるかい!」といったツッコミみたいなタイミングの攻撃だったが、もちろん食らったら死ぬかもしれないから華麗にかわす。
そして神速の低空タックルでダウンを奪うと少しづつ関節等にダメージを与えてサッと離れる。
極力、大きなダメージはあたえず、しかし動きは鈍るように……後はこれの繰り返しで、レイ達がヤーズイルを倒すまで時間を稼ぐ。
恐ろしく地味な絵面だし、あと数分のタイムリミットだが、剣士が魔術師を切り伏せるには十分すぎる時間だろう。
頼んだぞ、レイ!ついでにティーウォンド。
……ティーウォンドだけ魔法で酷い目に会えばいいなぁ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「来たれ!」
レイの呼び出した数体の骸骨兵達が、一成の仕留め損なったキメラ・ゾンビに向かっていく。
これで、ヤーズイルに向かうまでの邪魔は無くなった。
後は奴を神獣の死骸から引きずり落とし、それを妨害するならバロストも死なない程度に痛めつけるだけだ。
「ふふふ、流石は御主人様。あの絶対的な不利な状況から、こうも容易く奴等までの道を切り開くとは」
己の主の計略と強さにご満悦なレイとは逆に、隣を駆けるティーウォンドの表情は堅い。
化け物じみた一成の実力を見せつけられ、自分との差に気が重くなる。
(ええい、今やるべき事に集中しなければ!)
レイの呟きの通り、今は好機なのだ。異世界の人間にビビって失敗しました何て事があったら、五剣の英雄として恥以外の何物でもない。
(せめて一撃で決める!)
轟氷剣を握る手に力を込めて、標的であるヤーズイルを見据える。だがその時、何を思ったのか高所に座していたヤーズイルがふわりと跳んで、地上に降り立った。
その姿にレイもティーウォンドも怪訝そうな顔になるが、ともかくチャンスには違いない!
(奢ったか、ヤーズイル!)
神器ですら止められると予想しての行動だろう。つまりはそれだけ自分の防御魔法に自信があるという事だ。
しかし、五剣の中でも総合的な攻撃力に優れ、さらにそれを扱うのは神器のスペックを最大限に引き出せるティーウォンドである。
いかなる障壁であろうと、ヤーズイルごと叩き斬る!
気合いの声と共に、大上段に振り上げた轟氷剣を魔術師の頭目掛けて降り下ろした!
今まで如何なる魔人、如何なる敵でも両断した会心の一撃を放った手応え!
防御魔法を斬り裂かれ、蟲の杖で受けようとしたが抑えきれずに断末魔の声も無く脳天から真っ二つになるヤーズイル!
それが訪れる未来の光景だと確信していた。
しかし……激しい金属音の後、ティーウォンドの目に写ったのは、無傷で轟氷剣の刃を受け流した魔術師の姿!
「なっ……」
理解が追い付かないティーウォンドを嘲笑うかのように、激しい杖の一撃が彼の脇腹に叩きつけられる!
「くっ!」
打たれた激痛を抑えつつ、後ろに跳んで間合いを取り、まさかの反撃をしてきた魔術師に目をやった。
まるでアクション映画のキャラクターのように、見事な杖さばきの型を見せるヤーズイル。
それは鍛練を重ね、体に染み込ませた熟練の戦士を思わせる動きだった。
ふぅ……と、一息ついて魔術師は、踞っているティーウォンドと小柄なレイを見下ろすように見据える。
「いつから……魔術師が近接戦闘に弱いと勘違いしていた?」
静かに……そして淡々と尋ねられたというのに、そこには押し潰すような威圧感があった。
「ま、魔術師が近接戦闘に強かった例などあるものか……お前らは肉体を鍛える暇があるなら一秒でも研究したがるのが当たり前の人種だろう……」
鍛える事を放棄し、文字ばかりを追う魔術師を揶揄するように語るティーウォンドを見て、ヤーズイルが目を丸くする。
「ふ、ふふふ……ふははははっ!」
突然、声をあげて笑うヤーズイル。そして、神獣の上から戦況を見下ろしながらバロストも苦笑していた。
「な、何が可笑しい!」
先程から理解外の出来事が起こりすぎて余裕が無くなっているティーウォンドはヒステリックに反応する。
「いや……『当たり前』から逸脱したはずの英雄がその言葉を口にするのが可笑しくてな」
言われてカッと頬が赤く染まる。
そして次の瞬間!
ヤーズイルがティーウォンドの顔面を蹴り飛ばした!
「どうやら君は英雄として恵まれていたようだな。『当たり前』な環境に慣れすぎではないか?我ら英雄こそが非日常に備えねばならぬ存在だというのに」
無論、ティーウォンドも軍事訓練はしていたし自身の鍛練も欠かしてはいない。
だが、確かにそれは日常的なものであって、ただ習慣化していただけと言われてしまえば返す言葉もなかった。
「剣士が魔術師のような柔軟性と先見性を持っているハズも有りますまい。余り責めては酷ですよ」
神獣に腰かけたバロストからまるでフォローするような声がかけられる。
羞恥に再び顔が赤くなるのをティーウォンドは感じた。
今まで何度か対峙した魔術師という連中は、簡単に斬り伏せてきた。しかし、目の前の魔術師は剣士としてこれ以上ない渾身の一撃を軽く受け流し、さらに反撃してくる余裕に溢れている。
英雄として……常識から外れた存在としての自覚と視野の広さにおいて、対峙する魔術師に劣っていた事を自覚するティーウォンド。
立て続けに起こった常識外の出来事(一成の存在も含む)に彼の心に一筋のヒビが入る。
と、その時!
突然、ガンッ!と棒状の物で頭を撲られたような衝撃がティーウォンドを襲う。
背後からの一撃に彼が振り返ると、己の槍でティーウォンドを撲ったレイが呆れた顔をしながら立っていた。
「何を言いくるめられそうになっているんですか。真面目に彼らの言葉を聞いていては、こちらに勝ち目はありませんよ」
やれやれと、軽く頭を振りながらレイはスタスタとヤーズイルの前に歩いていく。
「この手の魔術師は、現状と自分が楽しければそれでいいという『エンジョイ&エキサイティング』野郎です。楽しむ為には自分の言葉もコロコロ変えるようなタイプですから、まともに耳を傾ける必要はありません」
ボロクソに貶しながら、槍を構えるレイ。自然体なその構えに、ティーウォンドは美しさを感じてしまう。
「だから、ただ見せつけてやればいいんです。鍛練と経験によって培われた、本物の戦士の実力というものを」
そう言うが早いか、レイは神速の一撃をヤーズイルに向かって突きだした!