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ぞろぞろと氷壁乗り越えてきた魔人ゾンビの数は約五十。
呻き声とも虫の鳴き声ともつかない奇妙な音を立てて、まるで俺達を威嚇しているみたいだ。
だが、そのゾンビ達の中には、明らかに純正ではない……まるで、魔人と人間を継ぎ接ぎしたような個体が混じっている。
これも奴等の実験の結果ってやつなのか……。
胸くそ悪すぎて言葉も出ない。
しかし、奴等は平然とした顔で、俺達と魔人ゾンビとがぶつかるのを見物している。
「魔人をベースに人間の部品を使っても傀儡虫は定着するんか……なるほど、今後の合成獣精製の時の参考になります」
「ただ、性能は落ちるな。それに融合進化まで行けない場合も多いから、やはり純正品か同系統のモデルで作った方がいいだろう」
レポートのような物を回し読みしながら何やら意見交換していた。
その姿は大いに真面目で熱心な研究者のようにも見える。内容が内容じゃなければだが。
もうアレだ、コイツら自分等が楽しければ善悪の見境なくアクセル踏み込む、サイコパスでマッドなサイエンティストなんだな。
倫理観や常識を説いても「なにそれ?美味しいの?」って返事が返ってきそうなレベルの。
そんな鬼畜の実験に付き合わされた挙げ句に、死後も辱しめられるとは……魔人とはいえ、気の毒な気もしてきた。
死ねばみな仏が宗教感の日本人として、ここは一秒でも早くその呪縛から解いてやろう。
だが、その前に……
「レイ、ハルメルトを……」
「大丈夫です!」
守ってやれと続ける前に、俺の声は力強いハルメルト声によって遮られた。
「私だって成長してます!自分の身は自分で守れますから、皆さんは敵を倒す事に集中してください!」
……妹みたいで守ってやらねばと思っていたが、きっぱりと言い放つハルメルトの姿はなんだか感慨深い。
嬉しいような、少し寂しいような気もするが彼女の成長を汲み取っておこう。
「死ぬなよ、ハルメルト!」
「はい!あそこの二人をぶん殴るまで死にません!」
こちらを見物している六杖の二人を睨んでハルメルトは強く宣言する。
召喚士の村で姉の骸に誓った決意に火が点いているみたいだな……その意気や良し!
何かのスライムを召喚するハルメルトに一声かけて、俺達は群がる魔人ゾンビの一団に躍りかかった!
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
魔人のゾンビは確かに強力だった。
オーガやゴブリンを始め、元になった生物が人間よりも遥かに高い性能を備えているのだから、当たり前と言えば当たり前である。
しかも奴等は、わずかにではあるが戦況を理解する位の知性も残していた。不利な場所は避け、有利に動ける所を狙って群がる程度には判断が出来たのだ。
数の有利、能力の高さ、状況の認識。
魔人ゾンビの脅威は、一成達の予想を上回っていた。
しかし、そんなアンデッド達よりもさらに英雄達は強かった。
群がる敵を確実に倒し、その数を着々と減らしていく。
だが……
「はぁっ!」
ティーウォンドの轟氷剣がラービの背後に迫っていた魔人ゾンビを切り裂く!
さらに斬撃に込められた神器の力が発動し、傷口から噴き出した冷気がゾンビの半身を凍らせて動きを止める!
「ラービさん!今です!」
ティーウォンドの掛け声と共に、身動き出来なくなったアンデッドの頭をラービの回し蹴りが粉砕した!
「お見事!っと、次はこっちで!」
自身に迫るゾンビを巧みにかわしつつ、ラービの攻撃しやすい位置にいるゾンビの動きを止めていく。
個別で戦っていたはずだが、自然とティーウォンドがフォローに入っていく為、コンビネーションで次々と魔人ゾンビにダメージを与えて動きを鈍らせていく形になるラービとティーウォンド。
魔人ゾンビが手強いだけに攻撃のチャンスを見逃す訳にはいかず、いつしかラービは「身近な敵」ではなく「ティーウォンドが動きを止めた敵」を倒す流れに誘導されていた。
順調に見えるラービ達とは逆に苦戦していたのは一成である。
ティーウォンドが敵をスルーし、魔人ゾンビが多少なりとも状況を見る為にラービ達よりも与し易いと判断された一成の方に敵が集中していたのだ。
レイもハルメルトをフォローしながら一成に群がる集団を切り崩そうとしていたが、いかんせん敵の数が多すぎた。
獅子奮迅の働きで次々と迫るゾンビ達を捌き、あるいは迎撃していく一成ではあるが、徐々に疲労とダメージが蓄積していく。
いくつかの攻撃をまともに食らいながらもなんとか魔人ゾンビを倒して、その勢いを削っていった。
……終わりの無いマラソンにも思えた戦闘であったが、やがて最後の一体になった魔人の体に一成の一撃が風穴を空ける。
倒れ伏すその魔人ゾンビを追うようにして、一成も膝から崩れ落ちていった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
ぐっはーっ!
つ、疲れた!メチャメチャ疲れた!
荒々しく息をつき、だらだら流れる汗も構わずに、俺は片膝をついて立ち上がる事もできないでいた。
もう、戦闘の途中からやたらと俺に集中して敵が集まって来るもんだから、息つく間もなくひたすら動きまくっていたから疲労が半端じゃない!
それに敵の攻撃をかわしきれなかった為に受けた、いくつかの打撲傷がズキズキと痛み始める。
いかに神獣の鎧とは言え、ゴブリンクラスなら兎も角、やはりオーガやイエティといった大型魔人ゾンビの攻撃からくる衝撃は吸収しきれなかったみたいだ。
なんなら黄金蜂蜜の回復薬を使ってしまおうかとも考えたが、イスコットさんが姿を現していない以上、貴重な回復薬を使うのは躊躇われる。
あー、いっそこのまま寝てしまいたい……。
「一成、大丈夫か?」
不意に心配そうなラービの声が頭上からかけられる。
そちらの方に顔を上げ、ラービの後ろに立っていたティーウォンドと目が合った。その時、小さく笑う奴の表情で「俺に敵が集中するように」奴が立ち回っていた事を理解した!
ちゃっかりとラービをフォローして信頼感を上げながら、俺やレイが手痛いダメージを負う事を期待しての行動だったんだろう……。
もう、マジでこの野郎は……。
「一成?」
心配そうにラービが俺の名を呼ぶが、小さく「大丈夫だぁ……」と返すのが精一杯だった。
もうね、疲れやダメージからくるイライラに加え、ティーウォンドの野郎に対する怒りやら、まんまと嵌められてた自分の不甲斐なさやらで頭の中はぐちゃぐちゃだったからだ。
「じゃが……」
「大丈夫だって言ってんだろ!」
ラービが伸ばしてきた手を、思わず荒々しく弾いてしまう!
その瞬間、拒絶されたと感じたラービの表情が怯えたように強張った!
しまった……。
つい、苛つきから八つ当たりみたいな事をしてしまった……。
「わ、悪い……」
「い、いや……ワレの方こそすまぬ……」
言葉短く謝りはしたが、ラービの表情からまだショックが消えていない。
あー、もうなにやってんだ俺!これじゃあ、ティーウォンドの思惑通りじゃないかっ!
そんな風にやらかしてしまって、小さく悶える俺の目にチラリと見えたティーウォンドの顔は最高にニヤついていた。
俺の中の奴に対するムカつく度ランキングがまた一つ上がるのを感じながら、駆け寄ってきたハルメルトから回復魔法をかけてもらう。
……不思議と言うか、不気味と言うか、その間にヤーズイル達からの攻撃は無かった。
そうして、全快とはいかないまでも九割がた回復した辺りで、六杖の英雄達は動き始める!
「見事だ!十倍近い数の魔人アンデッドを相手に、誰一人として脱落しなかったのは本当に見事としか云いようがない!」
興奮ぎみに拍手しながらヤーズイルが俺達に賛辞の言葉を投げ掛けてくる。
いや、お前に誉められてもな……。
「君達のような素体を使えば、どれ程のアンデッドが産み出せるだろう……見たい!ぜひとも見たいぞ!」
勝手にテンションを上げて、なんだかえらい事を言い出した……。
まぁ、コイツら位ぶっ飛んだ思考の持ち主なら言いそうな事ではあるが。
「さて……では次のラウンドだな……『開放』!」
ヤーズイルの力が込められた言葉に反応して、奴の研究の拠点である塔の入り口が自動的に重々しい音を立てて開かれる。
一瞬の間を置いて、大きく口を開けたその入り口からぞろぞろと無数の影が姿を現す。
「嘘だろ……」
思わず声が漏れた。それくらい、目の前の光景はふざけていた。
視線の先にあるのは、今倒し尽くした魔人ゾンビとほぼ同程度の数の新たな魔人ゾンビ。しかも、そのほとんどが寄生虫と融合してキメラ・ゾンビへと変態している。
ただでさえ手強かった魔人ゾンビが、さらに手強くなって襲ってくるというこの状況!
そして、もっと最悪なのは……
「出し惜しみはしない。切り札も全てさらそう」
ヤーズイルの言葉に従うようにキメラ・ゾンビ達の最後尾から現れる人影。
ゆっくりと姿を見せたのは、全身を覆う黒い鎧に身を包み、手にしているのは巨大な戦斧。魔人ゾンビにひけを取らないその巨体をもって俺達の前に現れたのは……間違いなくあの人……。
「イスコットさん……」
呼ぶ声は届かないとはわかっていながら、俺はその名を口にせずには居られなかった。