01
まぁ、俺は所謂ライトオタクって奴に当てはまるんだろう。
マンガやゲームは大好物だし、進路希望に「異世界で冒険者」なんてのがあったら飛び付きたくなる位には厨二マインドも持ってる。
だけど寝食惜しんでまでレベル上げをしたり、現実が見えなくなるほど熱中しちゃいない。
たまにぼんやりと異世界で無双する妄想をしながらゲームをプレイして、せめて平均点くらいは確保する為に机に向かい、巷に溢れる様々なマンガやアニメをだらだら見ては息抜きをする。
やがてそれなりの大学に通い、それなりの就職を目指す。
それが俺の日常だった。今、目が覚めるまでは。
自分の部屋で寝ていたはずの俺は、気がつけば見知らぬ空間にいた。空間……と言ったのは、この場所が部屋と呼ぶには広く開けた場所だったからだ。
洞窟のような剥き出しの岩肌はうっすらと光りを放ち、外部からの光源が無いというのに一定の明るさを保っている。天井の高い、半円形なドーム状で形成されているこの空間の直径は大体、三十メートルはあるだろうか。
そんな空間のど真ん中、一段高く作られている祭壇のような場所に俺は寝転がっていた。上半身を起こして辺りを見回す。
ひょとして夢でも見ているのかなと、ギュッと手をつねってみたが、鈍い痛みが伝わってくる。
次に頭に浮かんだのは、ドッキリという可能性。しかし、ただの高校生でしかない俺ごときにこんな大掛かりな仕掛けはありえない。
だとすると、もしかして、これは、つまりアレか……?
「異世界……召喚……?」
そんな事はありえないと解っていながら、少しだけ憧れたファンタジーな世界。いや、今だってそんな馬鹿なと頭の片隅では思っている。
だが、この非現実な雰囲気に、今まで感じたことのない空気感は、俺の呟きを肯定しているようで……正直、テンションが上がっていくのを感じた。
マジか!マジで妄想が現実になったのか!
これから俺は不思議パワーと現代知識でチートしつつ、異世界の美少女達とイチャイチャしながらハーレムを形成して、世界を救ったりなんだりしてしまうのかっ!
うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!
落ち着け!まずは落ち着くんだ!
思わず雄叫びを上げそうになるのを堪えつつ、俺は再び辺りを見回す。見れば、この空間の出入口らしき人が行き来できそうな大きさの穴がひとつ。
ひとまず深呼吸を繰り返して落ち着きを取り戻した俺は、この場所の外を確認するために寝かされていた祭壇らしき場所から降りてみる。
床もまわりの壁と同じように剥き出しの岩場ではあったが、よく整備されているようで、多少デコボコはしているものの裸足の今でも歩き回るのに支障は無かった。だけど、外が同じような歩きやすい場所とは限らない以上、何か履き物を調達しなければ……。
そんな事を考えていると、不意に出入口らしき穴の向こうから人の気配を感じた。何事か会話をしながら歩いてくる二人の姿を確認した時、俺は思わず息を飲んだ。
そこに現れたのは、二人の美少女。
一人は俺より少し年上だろうか、薄い紫の羽織と濃い紫の袴っぽい、変型巫女装束といった出で立ちの長い黒髪の美女。落ち着いた雰囲気を纏っていたが、俺の姿を見つけると、驚いたような表情を浮かべた。うむ、美人はどんな表情も絵になるな。
そしてもう一人はこの美女の妹だろうか?
俺より少し年下っぽい彼女は、姉?とよく似た顔立ちで同じような格好をしている。違いと言えば、肩口あたりで切り揃えられた艶やかな黒髪に知的な眼鏡。少し気弱そうな彼女も、俺の姿を見て驚いたような顔をしていた。
「えっと……あの、こ、こんにちは」
緊張しつつ、とりあえず挨拶をしてみる。おそらく俺の顔にはなんとも言いがたい、間抜けな笑顔が張り付いている事だろう。
そんな俺の反応に、彼女達はサッと身構える。
ヤバい、ヤバい!
縁もゆかりもないこんな場所で、最初に出会った人達とのいきなり敵対してしまったら俺の人生が詰んでしまう。ここがどこなのか知るためにも、なんとか警戒を解かなければ!
「あー、待ってくれ、怪しい者じゃない」
俺は両手を挙げ、更なる笑みを浮かべつつ二人に話しかける。
しかし、二人は警戒を解かない。それどころか、妹の方が懐からペンライトのような物を取り出して、空中に光を走らせた。
それは何か意味のある図形、いわゆる魔方陣っぽい物を形作り、そこから半透明な寒天の様な物を吐き出していく。
なにこれ気持ち悪い!
止めどなく溢れる寒天状の物体は、姉妹の背丈ほどの小山を作るとようやく溢れ出すのを止めた。なんなんだろうこれは……。
もしも、姉妹が歓迎の意味でこの寒天をどうぞ召し上がれ(はぁと)と勧めてきても、強い意思をもって辞退しなければ……。
しかし、そんな希望的予想?とは裏腹に、寒天はひとりでに震え出すと何かを象るかのように収縮し始めた。徐々に四肢、胴体、頭といった感じに変型し、やがて見覚えのある一人の少女の姿へと変わる。
「や、山中さん……?」
寒天が変化した少女。それは俺のクラスメートであり、少し憧れていた山中香織さんにそっくりだった。ただひとつ違いがあるとすれば……目の前の山中さんもどきは、全裸だった事である。
……正直に言おう。
ガン見した。もう、網膜に焼き付けんばかりにガン見しました。
だって仕方がないじゃないですか、健全な男子高校生が憧れの女子生徒の全裸姿に抵抗できるハズがありませんもの!
出来るイケメンならば、ここは目をそらして上着でもかけてやるんだろうが、こちとら女子とのお付きあい経験皆無のクソ童貞、突然舞い降りたラッキースケベに抗う術など持ち合わせてはおりません!
……いかん!これではいかんぞ、俺!
ここが異世界で、これから俺の勇者かなんかとしてのサクセスストーリーが始まるかも知れないのに、初っぱなから女子の全裸をガン見してましたなんて伝説が残ったら、格好悪いことこの上ない!
しかもこれから形成される(かもしれない)ハーレムに参加する異世界の美少女達に悪印象を持たれらどうする!
一時の欲情に流されるな!ここは紳士に撤するんだ!
ようやく冷静になった俺は、とりあえず山中さんもどきから視線を逸らして背中を向ける。
あわよくば美人姉妹に好印象を与えられるよう、そして願わくば起立する下半身の変化に気づかれぬように。
だが、次の瞬間、俺の背後から伸びてきた山中さんもどきの腕に抱きしめられ、背中に密着する柔らかい感触を感じた。
な、な、なんだ!俺の紳士的な態度に感激したとでも言うのか!
大した力は込められてはいないにも関わらず、俺はその手を振り払う事ができなかった。正確に言えば、背中に当たる二つの柔らかな感触に全神経を集中していたために、振り払うという考えさえ浮かばなかった。
主観的には何十分も経過したような気がする。しかし、実際にはほんの数秒だったにちがいない。俺は意を決し、山中さんに向かって振り返る!
振り返ったすぐその先、眼前に迫る山中さんの顔。
「$*&£◇◎¢£°′◆……〇□▲●★☆§」
山中さんは俺の顔を覗き込みながら、意味不明な言葉を口にした。意味はおろか、発音すらも聞き取れない。
だが、そんな事はどうでもいい!
目の前の山中さんは真っ直ぐに俺を見詰め、徐々に顔を近づけてくる。これはもう、キスする流れじゃないか!これ以上に重要な事があるだろうか?いやない!
はい、すいません。もう我慢の限界です。
何かがキレるような音を感じた瞬間、俺は山中さんの唇に自分の唇を重ねていた。
……暖かく、そしてひたすら柔らかい。なんと素晴らしい感触だろう。
思えば、夢見ていた異世界らしき世界に喚ばれ、憧れていた山中さんとキスをする。今日はもう、すごいラッキーな日じゃないか?夢落ちだったら訴えるぜ、俺は!
などと脳内で感激に浸っていると、口内に異変が生じた。何かがグイグイと口のなかに入ってくる。
うそっ……ただでさえ初めてなのに、大人のキスだなんて……。
大胆な山中さんに驚愕していると、次の瞬間、俺は別の意味で驚愕することになった。
最初は舌かと思ったのに、口の中に押し入ってきた何かは、喉から食道を突き進み、どんどん俺の体内に侵入してくる。
慌てて山中さんを引き剥がそうとするが、まるで粘土のような感触で触れた部分の表面が歪むだけで、俺にしがみつく山中さんの体は微動だにしない。
そうだ、こいつは元は寒天みたいなやつだった!焦る俺を眺めながら、山中さんもどきは酷薄な笑みを浮かべる。その口から伸びる触手じみた何かのせいで、呼吸もままならず意識が遠のいていく。
嘘だろ……これで終わり……?
体内を這い回る何かのせいで、吐き気と息苦しさにを抱き、絶望的なイメージが頭を支配する。
ちくしょう、こんな……これからだろ……。せっかく、物語でしか見たことのない冒険がはじまると思ったのに……。
虚空に手を伸ばし、空中をかきむしって……俺の意識はそこで途切れた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
少年が動かなくなると、少女の姿に擬態した粘液体はゆっくりと彼から離れ、再び形の無いぶよぶよとした塊に戻った。
「検査は終わりました。今回呼び出した少年の体には、問題になるような疾患や感染性の病気などはありません」
眼鏡をかけた年下の少女が、隣にいる年上の美女に報告する。
「そう、それは良かったわ。ところで……彼、死んでないわよね?」
「はい、気を失っただけです」
「ならいいわ。まったく、こんなに早く意識が戻るなんて驚かせてくれるわね」
予想外の出来事ではあったが、面倒な事になる前にケリがついてほっとした。美女の口調からは、そんな感情が滲み出ていた。
「暴れだす前に確保と検査が出来て良かったです」
「そうね、さすがの手際だったわ。優秀な妹を持って、お姉ちゃん、鼻が高いわよ」
姉はニコニコと笑顔で妹の頭を撫でる。妹も嬉しそうにそれを享受していた。
「さて、それじゃさっさと運んじゃいましょうか」
「はい」
妹が粘液体に指示を出すと、命令に従って気を失った少年の体を持ち上げながら移動を始める。
「今回の召喚、けっこう良さげな物を引き当てたわ。良い生け贄になりそう……」
ポツリと漏らした姉の言葉に、同意するように妹が頷く。やがて三人と一体は出入口の向こうへと姿を消し、召喚の場となった空間には再び静寂が訪れた。
前の投稿を続けている最中ですが、二作目です。
小説力を身に付ける修行として色々試したくなりました。更新頻度は……頑張ります。