幼女に手を引かれて商業ギルドへ
前回は、テンプレもなく冒険者になりました。
リタに連れられて、商業ギルドにやってきた健太は、先程の冒険者ギルドとは違う内装に驚いていた。
冒険者ギルドは、入ってすぐの場所で番号を受け取ってからの受付カウンターに向かうものだった。
商業ギルドは、建物の外側こそ冒険者ギルドと同様の石造りに見えたが、中に入ると床も天井も壁も白一色だった。
床は、多くの人が出入りする場所にあるはずなのに、鏡面のように磨かれていて傷一つ見当たらなかった。
それで、入ってすぐ、真正面が壁となっていて、その壁に銀色のドアノブと思える物が、左右に二個くっついていた。
そういった狭い空間になっているせいか、リタと健太以外誰もいなかった。
「リタ様とおつきの方は、右の扉を開けてから、右側に見えます扉を開けて中でお待ち下さい。担当の者が参ります」
誰もいなかったのだが、いきなり天井付近から無機質な案内じみた声が聞こえてきた。
「ほら、ケンタ。いきなりで驚いたかもしれないけど、ここはそういう場所だから気にしないで。もたもたしてると後がつかえるから、先に行くよ」
リタは、ここが所属しているギルドであるからか、健太の困惑など無視する形で先に進む。
健太もその後に続いた。
こんな誰もいない空間が入り口にあるだけじゃ、初めて入った人は困惑するんじゃないかと思ったのだが、その疑問はすぐに氷解することになった。
リタは右へ進み、銀色のドアノブを回して引くと、真っ直ぐに通路があって、左右にずらっと扉が並ぶ壁があった。
この空間は白一色だとわかりにくいということなのか、扉は茶色で、床と壁と天井は白だった。
扉にはホワイトボードのような物がくっついており、そこには黒い文字で、リタ・ストン、ケンタ・アカツカと書かれていた。
他の扉のホワイトボードにも目を向けると、文字の書かれているものと、そうでないものがあった。
いつ、この文字が書き込まれたのかわからなかったが、その名前が書かれている部屋に入れ、というのはわかった。
リタが名前の書かれている扉を開けてから、健太も中に入った。
部屋の中は殺風景な物だった。
ここもやっぱり床と天井、壁も全て白だった。
そこに白い長方形のテーブルと、白い椅子が三個、二個が部屋の奥側に、一個が部屋の手前側にあった。
「私は右の椅子に座るから、ケンタは左の椅子ね。座るとすぐに担当の人が来るから適当に寛ぐといいよ」
リタが先に椅子に腰掛けると、所在なさげにしていた健太にわかるようにと、隣の椅子を叩いた。
リタに言われるままに、健太が椅子に腰掛けると、本当にすぐ、というか1分も経たぬ間に扉をノックする音が聞こえた。
リタはそれに返事をするわけでもなく、テーブルを数回指でトントンと叩いた。
そうすると、扉が開かれて部屋の中に若い男が銀色のボードを小脇に抱えて入ってきた。
「お待たせいたしました。本日リタ様のご案内をいたします担当者エーと申します。では、まずはリタ様のカードを預からせてもらってよろしいですか」
担当者エーと名乗った男は手前の椅子を引いて腰掛けると、小脇に抱えていた銀色のボードをテーブルに置いてから、リタからカードを受け取った。
「ほうほう、これはまた随分と稼がれたようですね。只今、更新しました所、ランクBに昇格いたしました。おめでとうございます。ではオプションサービスも追加されましたので、ランクBになった事ですし、変更しませんか」
「そんなもの、初期のままで良いから、さっさとカードを返してちょうだい」
エーさんは爽やかな営業スマイルを浮かべて、リタに何やら打診していたが、リタはそんなものは不要だとばかりに突っぱねていた。
エーさんがカードを返しながらも、テーブルに置いた銀色のボードを操作して何かのリストを出すと、それをリタの目に映りやすい場所に置いた。
「こちらをご覧になればわかる通り、Bランクともなれば高額な商品を取り扱う事も多くなります。そうなりますと、当然のように王族の方とも契約をされることになります。その際に、このように何も装飾もない部屋で商談されるのは、不利になることもありますよ」
「私の商会にも、応接間のいくつかは当然あるわよ。わざわざギルドに追加料金を支払って豪奢な部屋を使えるようにする必要はないでしょ」
「ですが、ギルドであれば完全防音に安全面も盤石です。それにBランクの方からはギルドで商品を安全にお預かりする枠の制限も解除されます。手数料も無料となるのです。ギルド建物をご利用された方がリタ様の商売にも都合が良いことは間違いありません」
「いや、別に良いじゃない。そもそも、この状態の部屋だって、完全防音はされてるんだし、使用人数に合わせてテーブルも椅子も増えるんだから問題はないでしょ。扉に名前も表示されるし、普通に利用する分には何の問題もない。それに私はマジックバッグ持ちなんだから、品物預かりとか不要だし」
「では、せめて専属担当者を任命してください。そうすれば、ギルドを通じて依頼主と商会とを結ぶ上で便利になります」
「だから、それもいらないって言ってるでしょ。別にここに来る時の担当者なんて、エーでもビーでもシーでもディーでもいいのよ。私に依頼があるのなら、直接商会に来た方が話が早いんだから、それでいいのよ」
担当者エーさんは、本名ではなくて、担当者Aさんだった。
Aさんが見せて変更してもらいたかったリストを、リタの横から眺めていた健太は、内容が大体わかった。
オプションサービスというのは、今使用している部屋に関する物が多いようだった。
部屋の大きさで言えば、AランクからGランクまであり、ランクの高さによって使える部屋の大きさが決まるらしい。
ちなみに、この部屋はGだ。
他にもランクによって、部屋の中身も変えられるようだった。
部屋の扉も煌びやかに出来たり、扉にかけてあるホワイトボードも別の物に出来たり、最初に入った場所、入り口からすぐの待機していた場所の模様替えも出来るようだった。
他にも部屋の中でお茶やお菓子が出てくるサービスや、軽食が取れるサービスなどもあった。
それで、このオプションサービスとやらは、全部無料というわけではない。
変更するだけなら無料であっても、変更後にお金がかかってくる。
それも使用した時にお金がかかるのではなく、使用してもしなくても、毎年自動的に決まった金額が落とされる仕組みになっていた。
確かに、これでは自前で用意出来るのであれば、自前の場所でやるから良いです、ともなるだろう。
「つまり、リタ様は王族や貴族などの高貴な方々を、乱暴な言い方をすれば呼びつける、という事ですか」
「そうね。私は基本的に相手が必要な物を何でも用意してあげるつもりだし、他の所で手に入るのなら、そうすればいい。私が気を遣う理由が見つからないわ」
「そのような無礼ばかりでは、お客様が離れていきますよ。そうなれば、商会の維持もままなりません。それに、Bランクまでは上手く上がったようですが、Aランクになるには、それこそ大陸中のお金全てをかき集めてもなれないのですよ。
そこで無礼な行いのせいで昇格出来なくなったら、元も子もないではないですか。ほんの少々ギルドに上納する金額を増やすだけで、その心配が無くなるのですよ」
「いや、私の支店は、もう既に全部の大陸を網羅してるから、そこまで心配してないわ」
Aさんの言葉は、リタに切って捨てられた。
そりゃあもう、バッサリと。
でも流石に全世界に支店がありますよ発言は、大風呂敷を広げすぎでしょう。
この世界がどれぐらいの広さで、どれだけの大陸があって、どれだけの国家があるのか、それが大きく、多ければ多いほど、網羅など難しくなる。
それにしても、このAさんという人物は、健太の目から見ても立派だなあと感じる。
隣にいるリタなど、どこからどう見ても、青いローブを着てる幼女にしか見えない。
これで、大きな商会を所有していると言われても、鼻で笑うのが関の山ではないだろうか。
店で商品のやり取りをする台にだって、手が届くのかどうかわからないだろう。
「でもまあ、確かにエーさんの言う事もわかるわ。私のカードに記載されている預金残高も更新されたのだから、尚のことでしょうね。次回のギルドのランク付けは四ヶ月後に控えている。
今回も商業ギルドがトップに居るためには、少しでも多くのお金を商業ギルドに落としてもらう必要がある。だから、今変更していく事を望んだ。自動引き落とし系のサービスは、年単位契約だけど、ランク付け前の決算で支払いになるものね」
何かリタがお金持ちですとでも言っているような気がした。
「なあ、もしかして、リタってお金持ちだったりするのか」
健太は特に深い意味も何もなく、そう聞いただけだった。
「そうです、リタ様はお金に十分余裕があるではないですか。たったの金貨10枚で、Bランク最上級のサービスをギルドで利用出来るのですよ。全世界に点在している商業ギルド全てで利用出来るのですから、是非とも登録しておくべきですよ」
Aさんは健太の言葉にかぶせるように、サービス登録を促してきた。
健太は金貨の価値は知らなかった。
たまに記念金貨とかで10万円ぐらいの物を見かけたこともあったから、せいぜい100万円ぐらいの価値なのかなと見当を立てていた。
「でもさあ、たったの、っていうけど、ベンゾの街で私の店が稼いでる金額が一日で金貨20枚ぐらいだよ」
「そっ、そんなにどうやって稼がれているのですか!」
「そんなに?さっきまで、たったの、だったのに。多いって自覚があるのなら、余計なお金を支払わせようとし向けないでよ」
何かAさんとリタが揚げ足取りをしているようなやり取りで、健太は端から見ていて、どちらが正しい言い分なのかわからなかった。
「金貨ってどれぐらいの価値なんですか」
健太の質問は何故かAさんの耳には届かなかったようで、スルーされた。
「どの程度って言われてもねえ。私も相場はドンブリ勘定だから、貨幣の価値で教えるよ。半銅貨っていうのが、最小単位のお金で、これを一として数えるよ。銅貨が十、大銅貨が百。半銀貨が千、銀貨が万、大銀貨が十万。
半金貨が百万、金貨が千万、大金貨が億。半白金貨が十億、白金貨が百億、大白金貨が千億。この大白金貨が最大単位のお金だね。ちなみに私の今持ってる預金は白金貨が大体60枚程度だね」
リタが簡単に解説してくれたおかげで、健太はすぐに理解した。
金貨の価値が、そんなに、とか言ってる発言からして、日本円に置き換えても十分問題はなさそうだった。
金貨10枚で1億円、それは相当高額なサービスじゃないだろうか。
それも毎年徴収するとか、どんなVIPサービスなんだよ、とか言いたくなる。
でも、それの倍ほどのお金をこの街で毎日稼いでいるリタは一体、という考えも浮上してくる。
というより、現在の所持金が6000億程度持ってます、とか、この幼女凄すぎなんですが。
健太は冒険者ギルドでもらった本の値段が、紛失した場合は金貨10枚で再購入可能だということを思い出した。
それはつまり、冒険者だったら実はそんなに金貨を稼ぐのも訳ないのかもしれない。
どうせ、しばらくはAさんとリタの会話は終わらない。
まあ、Aさんが終わらせたくないだけのような気がするが。
ただ、この場は完全防音されている密室ということだから、ここで冒険者マニュアルを読むというのが、一番安全に読むことが出来るのではないかと思う。
転売は許されていないということだったが、もしかしたら紛失した人が、誰かから奪おうとするぐらいは考えられる。
そうなると、どこでも不用意に読むような本ではないだろう。
まず、表紙をめくる。
最初のページから既にデンジャラスな事が書かれていた。
『この本は冒険者引退時に返却ください。返却されない場合は金貨10枚のお支払いになります。尚、返却も出来ず、支払いも不可能な場合は奴隷になりますのでお気を付け下さい』
こんな危険きわまりないもの、初心者に軽々しく渡さないでほしい。
それでも、気を取り直して、目次にある低ランクの討伐魔物と採取アイテムのページを眺める。
結論は、平均報酬額に泣いた。
ゴブリンが大銅貨1枚で、オークが半銀貨1枚だった。
採取も体力草10本で大銅貨1枚、魔力草10本で半銀貨1枚だった。
つまり、ゴブリンがどんな強さなのかわからないが、1匹倒すと100円のお駄賃がもらえるってことだ。
オークは1000円になる。
つまり、オークを10万匹倒すと、本の代金を支払えるわけだ。
そんなに生息しているのかも疑問ではあるが、序盤で稼ぐのは相当に無理っぽかった。
採取対象の草だって、そんなにたくさん生えているとは思えないし、引っこ抜いてすぐに生えるものでもないだろう。
これもお金を稼ぐ事とは程遠い気がしてならない。
「エーさんも、随分と粘るわねえ。今回の担当者がやり手なのか、それともランクが上昇したせいかしら」
「お褒めにあずかり光栄に存じます」
「じゃあ、わかったわ。エーさんの期待に応えるわ」
「では、オプションに加入してもらえるのですね」
「ええ、オプションサービスは、Sランクになったら加入させてもらうわ。やっぱり私はどうせ受けるなら最高ランクのサービスが欲しいもの。Bランクなんて中途半端な物は欲しくないわ」
「そ、それは、達成されたのなら、確かにギルドとしては破格の収益となるのは間違いありません。ですが、そんな事出来るわけないではありませんか。大白金貨100枚の納入ですよ。当然ですが、途中でAランクに昇格される際に、大白金貨10枚の納入になるわけですが、それとは別なのですからね」
「Aランクは多分10日もあれば行けるでしょうね。Sも三ヶ月後には必ず達成するから、今日はこれで帰らせてちょうだい」
「で、では、Aランクに昇格されるのが10日後まででなかった時は、オプションに加入してもらえませんか。Bランクに昇格された方に何のオプションも付けられていないというのは、ギルドの体面としても問題はあるのです。これがスピード昇格をされているとなれば、体面の問題も無くなります」
「んじゃあ、そうしてちょうだい」
「では、そのように情報が伝わるようにしておきます」
健太が目を皿のようにして、冒険者マニュアルを読んでいるうちに、Aさんとリタの会話も終わりを迎えようとしていた。
何やら大白金貨がどうのこうのと聞こえてきたが、そういう天井知らずの大金にまつわる話は耳を流す程度に聞き流した。
そうでないと、この冒険者で稼ぐのが空しくなってくるからだ。
Aさんが先に席を立って、扉を開けて待機した。
「では、改めてリタ様、Bランク昇格おめでとうございます。今後とも商業ギルドの発展に努められますよう、よろしくお願いいたします」
Aさんが深くお辞儀をすると、リタが席を立ったので、健太もそれに続いた。
リタと健太が部屋を出て、商業ギルドを出てから商業ギルドの建物が見えなくなるまで、Aさんはお辞儀をしていた。
Bランクというのは、実は結構なランクなのかもしれない。
次にリタがどこに行くのかと尋ねようとした健太だったが、ふと立ち止まった。
先を歩いていたリタは振り返って足を止めてきた。
そう、異世界にやってきてから、今の今までずっと、リタの後を金魚の糞のように追ってきただけだった。
ここらで、俺も冒険したい。
そんな感情が湧き上がってきた。
「リタ!俺は折角冒険者になったんだ。だから、冒険したいんだ。冒険者ギルドで依頼を受けて、達成して、っていう異世界の生活を満喫したいんだ」
よーし、言ってやったぞ。
健太は思いきって、リタに対して自分の意見をぶつけてみた。
「うん、それは良いけど、ケンタは冒険者である前に、迷い人だよ。宿に泊まれば誘拐されるかもしれないし、食堂では毒を盛られるかもしれない。確かに、一人で自由に好き勝手に動きたいっていうのは、わからなくもないけど、今日ぐらいは私の指示に従って動いても良いんじゃない?」
「いや、でも、俺だっていざとなったら、どうにでも出来る」
「まず、お金持ってないよね。服どうするの?武器は銃があるから良いけど、一応言っておくと道具袋に入ってる私の渡した銃関係は売買出来ないからね。その武器は既にケンタの物として登録してあるから、他の人が装備しようとしても、自動的に消失して道具袋に戻るの。
冒険者として稼ぐ、のかもしれないけど、そもそも冒険者って、そんなに稼げないよ。冒険者は一攫千金出来る、とか基本的に夢の領域だよ。それなら商人になるか、盗賊になった方が稼げるよ。
ぶっちゃけ冒険者って、何にも出来ない人が行き着く仕事だからね。戦いの才能があるのなら、傭兵ギルドにでも入った方が無難だし。採取や採掘に才能があるのなら、レンジャーギルドにでも入ればいいし。討伐系はともかくとして、採取系はそこらへんの子供でも出来るからね。
魔物が出没して採取しにくい場所は、既にレンジャーギルドの連中が採取を終えていたりするし。魔物討伐にしても、稀少な魔物だったら、これもレンジャーギルドが既に討伐なり捕獲している事も多いからねえ。それにケンタは魔力が少ないんだから、生活は色々と不便だよ。
トイレは、お風呂は、料理は、それに水はどうするの?身体強化はされていても、死ななくてもお腹を壊すものは壊すよ。別に毒無効とかじゃないからね。本来は即死するような毒になっても、死ぬほどの苦痛を感じながら死ぬまでの時間がかなり長いっていうのが、今のケンタかなあ。
敵は索敵するから良いっていうかもしれないけど、寝てる時もするのは疲れるよ。ぱっとあげるだけでも、これぐらいはすぐにわかることだけど、更に難しい現実を突きつけてほしいなら、追加するよ」
「すいません、俺が悪かったです。これ以上、虐めないでください」
リタは情け容赦の欠片もなく、現実という名のナイフで、健太にトドメをさしてきた。
健太は冒険者マニュアルを読んでいて、何となくはおぼろげながら、そうなんじゃないかなあ、とは思っていた。
薬草系統の採取にしても、時給で換算出来てしまうのではないかというぐらいの適正価格とも言えた。
まあ、ゴブリンが100円の価値っていうのは、若干納得は出来なかったが、素材とは別の討伐報酬が、それだから、適正なのかもしれない。
ただ、そうなってくると、この100という数字は、実はそれなりになるのかもしれない。
ゴブリンを倒して、焼き鳥さえ買えないってことはないだろう。
リタの言葉の暴力に耐えきって、結局は渋々ながらリタの後をついていくことになった。
そして、大通りを歩いている最中、たまたま目に入った食堂の定食のお値段は半銀貨2,3枚が多かった。
定食が2000円~とか、想像してなかった。
ゴブリン20匹で定食が食えそうだ、これは泣ける。
次回、投稿は26日か、27日になります。
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