魔法使いになりました
前回までは、チート能力もらって異世界で楽々生活出来ちゃいそうです。
健太は、自分以外誰も見当たらなくなった草原で、まずは索敵をしてみることにした。
リタの事は別にいつでもアイテムボックスから取り出すことは出来る。
正直な気持ちとしては、自分に対してのぞんざいな扱いをされていた事に腹を立てていた。
健太の聞くことに真剣に聞いてる様子もなく、まるで自分の作業が優先だとでもいうように、背を向けたままで回答していたのも気にくわなかった。
だから、別に後でも良いかと思った。
危険はあるかもしれないが、いっそのこと、アイテムボックスに収納した事をばらしてもいいかもしれない。
いつでもお前を封印出来るんだぞ、だから俺の言うことをちゃんと聞け、と命令だって出来るかもしれない。
とにかく、今は周りに敵がいるかどうかを確認するのが先だ。
健太はイメージしやすいように目を閉じて集中すると、目を閉じているのに周囲の地形や景色が浮かび上がってくるようだった。
そして、自分に敵対するであろう存在を感覚が届く範囲で調べた結果、驚くべき事がわかった。
自分の周囲10kmが把握出来るのはわかったのだが、問題は半径5~10km圏内になると、数えるのが嫌になるほどに真っ赤な光点があったのだ。
その数が膨大過ぎて、こんな場所を突っ切っていかなくてはならないのかと思うとゾッとした。
まあ、幸いなのか、敵対するであろう光点の動きは、健太に気が付いた様子もなく、ただうろうろとしているだけだった。
それでも、ここで仮に一旦野宿をすることになったとしても、問題があった。
食べ物も飲み物も持っていないし、野宿をする為の道具もない。
それに大体、寝ている間に襲われたらひとたまりもない。
何も考えずに、リタをアイテムボックスに収納したのは、早計だったかと思った。
でも、何もわからない異世界で安全面を考えれば仕方ないことだった。
ふと、健太はアイテムボックスは色々と仕様を変えられる事に気が付いた。
アイテムボックスに入れた草だって、念じれば草の根っこ部分だけを出すことが出来た。
だったら、リタが身につけていた指輪だけを取り出して身につければ、今よりも強く色んな事が出来るようになるのではないか。
そんなことをしようと思って、早速念じてみた。
「はいはい、そういう危ない事は考えないで頂戴ね。一応言っておくけど、私の指輪は全て封印系だからね。信じるか信じないかはともかくとして、下手に付けるとケンタ程度の能力だと即死だよ」
どこからともかく、どちらかというと健太自身の中、頭の中に声が響いたような気がして、思わず目を開けると、健太から数歩離れた草原にリタが背を向けて立っていた。
「な、何故、そこに・・・・・・ど、どうやって、出てきたんだよっ!まだ何もしてないのに」
健太は、何が起きたのかわからず、自分が何をやったのかわかるような事を暴露してしまった。
「どうやっても何もねえ。この場所の空間座標だったら、既に解析済みだし、時間軸に関しても問題無しだし、逆にどうして出られないと思ったの?ああ、それとね。
こんな事をいきなりやるとは思ってなかったから、言ってなかったけど、時空間収納に入った生物には、入れた存在が発する感情とか思考は全て把握されるからね。そこは私みたいに使い慣れてる場合は、防壁を展開して察知されないようにしてるけどね。
だから、そういう事が出来るようになるまでは、生物を入れるのなら知的生物を入れるのはお勧めしないわ。出した時に、即時殺されるかもしれないからね。何かチート能力が手に入ったとか喜んでいたけど、何も応用しないで、ただ与えられた力を使っているだけだと、最初のうちは良いけど、足下すくわれるわよ。
自分の能力は最大限理解するように努めて、十全に使えるようになった方が良いよ。今のように能力に使われているのは、本当に今のうちに留めておいた方が良いかな」
行動した後になって気が付き、愚かな事をする前にと悔やむ健太ではあったが、対するリタの方はやっぱり何も気に障った様子も感じられなかった。
健太に与えた能力を把握している一端を、ステータスにしても解析にしても、ヒントを与えられていたのだから、収納だけは別物だと判断したのが間違いだった。
それが、健太特有のスキルである現実逃避やご都合主義という奴なのだが、常にそれが良い方向に作用するわけでもない。
健太は何かリタから罵声を浴びせられたり、与えられた指輪も剥奪されることはないのか、今後の関係が悪くならないかと心配だった。
そのせいで、声をかけようとしては口をつぐみ、手を伸ばし掛けては引っ込めたりと、リタの後ろで悩んでいた。
「はあ、何かさっきから私の後ろで妙な動きをしてるみたいだけど、聞きたい事があるなら、さっさと言いなよ。もうそろそろ、私の準備も終わるから町に移動するよ。疑問は遅いより早い解決の方が気が楽だよ」
健太の後方での動きなど、見なくても察していますというようなリタからの言葉に、一瞬健太は言いよどんだものの、意を決した。
「何でリタは怒らないんだ。能力を与えた相手から、いきなり攻撃されたようなものなんだぞ。何の断りもなく、アイテムボックスに放り込まれて、どうしてそんなに平然としてるんだよ。その態度が俺には不気味に思えてしょうがない」
「未知の能力に好奇心が止められなくなるのは人間の必然だね。断りを入れて了承する相手がどれだけ居るだろうね。自己の向上には常に犠牲がつきものだよ。誰かにお伺いを立てて向上を止めるぐらいなら、許可を得ずに行動した方が発展する可能性があるよ。
だから、行動に思い切りがあって良いっていう評価ぐらいしか私はないなあ。それにケンタに与えた能力の殆どは、自由度の高い仕様にしてあるから応用出来る幅は広い能力になってる。それらの能力を与えるだけ与えて、説明を後回しにして放置していたのは、私の責任とも言える。
だから、ケンタが好奇心を抑えきれずに行動してしまったのも、巡り巡れば私の責任になる。それと、今のケンタがどれだけ能力を完全活用出来るようになったとしても、残念ながら、ケンタの攻撃は攻撃として認識することは出来ないね。
だから、仮に攻撃されたとしても、私は認識出来ない事を怒るなんていう器用な真似は出来ない。せいぜい試験対象は、多少なりとも効果を発揮する相手にした方が良いよとか助言するだけで終わると思うよ。今後何かしてきたとしてもね」
リタはとてつもないほどの理屈屋なんだな、というのは、健太の中ではっきりと理解出来た瞬間だった。
今の言葉を単純に訳すなら、自分を害する事は不可能なのだから、何かされたとして気にする必要はない。
羽虫が自分の周りを飛び回っている事に対して、その羽虫に向けて全力で怒りを露わにする事もない。
健太は、リタの中ではそのぐらいの扱いということだ。
そんなことを言われたからこそ、湧き上がる疑問もある。
「だったら、何で俺を召喚した。能力を与えようと与えまいと期待を欠片もしてない癖に、何の目的で召喚をしたんだよ」
リタが忙しなく手を動かしていた、その動きがぴたりと止まった。
それからリタの羽織る青いローブの毛が、まるで逆立つようにして震えだした。
別に身体を揺らしている様子もない。
リタの周囲を取り巻く大気が微振動を起こしているかのようだった。
「ほう、私がこんな出来の悪い召喚をした。そう言いたいのか」
リタの声は、さっきまでの能面のような無表情なものではなく、世界を凍結させるかのような寒気を覚える囁きだった。
小さく呟いたようだったのに、何故か健太の耳に霜が降りたかのように、くっきりしゃっきりと聞こえる声だった。
「そうか、そうか。ケンタは実に向上心が高く、学習意欲の高い学生ということだな。国内第二位の座につき、筆頭補佐魔導士をしている私から、召喚に関しての講義を受けたいとは、実に挑戦的だな。いいだろう、その問いに答えてやる」
「ひぃっ!?い、いえ、リ、リタさんが召喚をなされたわけではない、と、私の勘違いだとわかりましたので、だ、大丈夫です」
さっきまでは確かに健太に背を向けていたはずなのに、いつの間にかしっかりと正対して健太を見据えるリタがいた。
右手には水晶のような透明度の高い杖を握っていて、完全な無表情なのに、どうしたわけか怒っている事がバリバリに感じられた。
さっきまでは、返答はどこか間延びしたようなほわんほわんとした物だったのが、男性口調というか、どこかの鬼教官か、鬼軍曹のようなものに変わっていた。
健太の方が、リタよりも年上だ。
身長だって、きっと40cmぐらいは違うはずだ。
子供と大人であって、普通なら自分の方が大きいはずだと健太は思っていた。
なのに、今のリタを前にすると、健太は自分が小さなカエルにでもなって、蛇の大口が自分に迫っているように感じていた。
「まずは、講義に足下の草が邪魔だな」
「そ、そうですか。じゃ、じゃあ、またの機会にお願いしま・・・・・・」
「消えろ」
「え?」
リタが足下の草を邪魔くさそうにしていたことで、それを口実にして、この場を脱しようとした健太だった。
でも、リタがたった一言、消えろと呟き、杖を地面に突き立てると、草原が赤茶けた土の大地へと変わっていた。
まるで、森の前にあったのは元々草原じゃなくて、ただの土が晒されている平地でした、そういう状態に変わっていた。
「ふむ、これで魔術式の説明がしやすくなったな。では、これより召喚魔術の基礎理論から講義をしてやろう。まずは基礎、次に応用、その後に発展、展開、固定の式へと繋げていく。その後は、召喚魔法の基礎理論も同様に行おう。最後に召喚魔導の講義になるな。何、安心すると良い。空に太陽が出ている明るい時間に終わるから、大した事はないさ」
リタは、淡々と説明をしていき、健太はせいぜい1時間弱で終わる物なんだと安心しきっていた。
「まず、魔術とは読んで字の如く、魔の術式の事だ。これは正しい図面を引いて、そこに魔力を流し込む事で、術者の能力に関係なく同様の効果を発揮出来るもののことだ。当然だが召喚魔術も、この基礎は当てはまる。
まず、最低限の機能を持った召喚魔術の術式を展開するのであれば、半径10mの円を必要とする。無論、手慣れてくれば机の上で描き上げられるぐらいに縮小することも可能だ。しかし、初めのうちは角度の修正や、線の長さ、図式の配分を考えるのに、広い場所でやった方がやりやすい。
円を描き、中心点から四分割して、配置をずれにくくする。これも慣れないうちは八分割などやりやすいようにやるのが望ましい。それから・・・・・・」
リタの召喚に関する講義は、延々、延々と続いた。
健太は、それを真面目に聞くほかなかった。
何しろ、適当に聞いているのがわかると、リタから雷が落とされたのだ。
文字通り、雷雲が頭上に現れて雷を落とされたわけだ。
一応手加減はされていたらしいが、それでも着ていた紺のジャージは燃え尽きたし、全身黒焦げで、口からは内臓が焼けたかのように赤黒い蒸気が吹き出てきて倒れた。
それで、倒れた瞬間に治癒を施されて無理矢理起こされる。
ご丁寧に紺のジャージも新品同様に修復されていた。
段々と日が暮れて夜になっても講義は終わらなかった。
周りが暗いと講義が受けにくいので、と逃げようとすると、夜空に煌々とした太陽が生み出された。
周りで獣が遠吠えしていて、襲われたら怖いです、と逃げようとしたが、既にこの土の平野には結界が張られていて、邪魔する存在があれば、結界に触れた瞬間に消滅するから気にするな、と言われた。
お腹が空いたので食べる物を探してきましょうと提案しても、水分と栄養素を身体に与える魔導を使うから、気にする必要はないと突っぱねられた。
眠らないと集中力が、といっても、不眠不休で集中力が途切れなくなる魔導をかけてやるから安心しろと、逃げ場をふさがれてしまった。
そうして、日が昇り、日が沈み、日が昇って、また日が沈み、それを繰り返すこと、三日経った日中になって、ようやくその時が来た。
「・・・・・・と、ここまでで召喚魔導の固定方法となる。ここまでの講義で何かわからなかった所、聞きたい所はないか」
健太は、首をぶんぶんと横に振って、終了を喜んだ。
もう、嬉しくて嬉しくて、思わず号泣してしまう程だった。
「ふむ、ならば、これだけ説明すれば、このたびの召喚が明らかに程度の知れたゴミクズだと理解出来ただろう。したがって、私がそんなものを行う道理がある筈もない」
「はい!リタさんの高潔な思想は理解出来ました。リタさんに比べれば無力ではありますが、全力でご協力いたします」
「では、大分準備も終わったことだ。そろそろ私達も近場の町に移動するとしよう」
「わかりました。リタさんにお供いたします」
そう、こうして、ようやく長い呪縛から解き放たれたのだ。
でも、その内容が濃く、長い長い講義を受けたおかげで、ステータスを確認した所、スキルが増えていた。
スキル:初級魔術・初級魔法・初級魔導(NEW)
そんな感じで追加されていた。
ただ、健太の魔力では、その場ですぐに発動させる魔法には、魔力量が足りなくて使えない魔法が多く、そうなると、魔導もまた燃費が良くない為に、使うことが出来ないものだった。
魔術だけは、あらかじめ術式を何かに記録しておいて、それに魔力を流した状態にしておいて、最後のピースだけ魔力を加えない状態で放置しておけば、瞬時に発動させることも可能になるため、相性が良いと感じた。
そして、この出来事を切っ掛けにして、健太のリタに対する疑念は全て払拭されていた。
リタは、普通なら怒る所で怒らず人形のように不気味な側面もあるように感じていたが、そんな事はなかった。
ただ単純に、怒る部分というか、切れる部分が違うだけであり、普通に泣いて怒って笑う人間だと理解出来たからだ。
そして、健太の心に深く深く刻み込まれたこと、それは・・・・・・リタを怒らせること、ダメ、絶対。
いつもお読みいただいてありがとうございます。
もうすぐ町に入ります。果たして、異世界には異世界テンプレが待ちかまえているのか?
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