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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

コメディ短編

異世界グルメ勇者ジェノサイダー

作者: 灰鉄蝸

むかしむかし、あるところに男の子と女の子がいました。

二人は幼馴染みで健やかに育ち、少しずつ惹かれ合っていました。しかし悲しいことに、そんな二人を引き裂く運命が待ち受けていました。


異世界召喚です。


片や勇者様として、片や魔王の愛人として、別々の場所で召喚されてしまった男女。

なんて悲しいことでしょう。

しかしご安心ください、これは。



美食の物語なのですから。









闇を塗り固めたような、黒い城塞がありました。北の大地の果てにある魔族たちの本拠地、人類側からの呼び名は魔王城です。

その光一つ指さぬ通路を、四人の男女が歩いています。

勇者とその仲間たちです。実直そうな少年、見目麗しいエルフの少女、妖艶なローブ姿の女魔術師、色香感じる女騎士の四人です。

勇者が頷くと、全員が別々の道に散っていきます。すでにこの城の見取り図は入手済みですから、全員が目的地に辿り着くことでしょう。

最後に、仲間たちが勇者の方を振り向きました。

その顔に浮かんでいるのは信頼です。仲間に対するものと言うよりも、最愛の人に対するそれに近い感情。

しかしそれ以上の崇拝の念の正体に、気付いた人がいるかどうか。




数十分後、勇者様は魔王と対峙していました。




お約束の会話の最中です。曰く、人間の愚かさ、人間が先に仕掛けてきたこと、そして勇者様の幼馴染みを寝取ったこと。

なんということでしょう、とても子供には聞かせられないエロトークですね。

陰惨な寝取られトークです。

魔王軍は世界各地で略奪と陵辱を行い、同じような惨状を作りだしている邪悪な存在です。

そんな組織の頂点、魔王の脇に年若い女がいました。おそらく勇者様と同じぐらいの年頃、二十歳前後の美しい女です。

その顔に浮かぶのは軽蔑と冷笑です。おおむね、ありがちな展開とありがちな罵倒があったと思ってください。


「一二。私がヨーコに産ませた子供の数だ。勇者よ、何もかも手遅れなのだよ」

「一二人……ああ、そういうことか。道理で」


不穏な呟きに、ぴくりとヨーコが反応しました。


「何か、言うことはないの? 何もかも全部、あなたのせいだよ、〇〇〇くん」

「お前も苦労したんだな……食欲をそそる経験談だ」


本名を数年ぶりに呼ばれても、勇者様の表情は動きません。


「……食欲?」

「ああ、すまん。こっちの話だ」


ヨーコの顔に疑念と不安が浮かびます。勇者様への恨み言と陰湿な精神攻撃をするはずが、決定的に歯車を違えたような感触に戸惑っているのです。


「強がりはやめてよ。そうやって、あなたはいつも大切な人を取りこぼすのよ。あの女たちが今、どうなってるか知って――」

「俺の仲間たちなら、今頃、お前の部下たちに食われている頃合いだな。ヨーコ、遠見の魔術まで使えるんだな、すごいぞ」


涼しい顔で言い切る勇者様は格好いいですね。

思わず遠見の魔術を使って、現状を確認したヨーコが、嘔吐し始めました。

愛人の醜態に、魔王が声をかけました。


「どうしたのだ、ううっ」


ヨーコの見ていた光景を盗み見て、魔王がくぐもった声を漏らしました。

極上の美少女ばかりであった勇者の仲間たちが、笑顔のまま、グロテスクにねじれて大皿にのった料理に変わっていたのです。

その美味しそうな香りに釣られ、魔王の部下たちがその料理を食べる度、食べた魔族の躰も料理に変わっていきます。


「調理した食材を熟成させ、腐らせず、本当に食べて欲しいタイミングまで保存する魔術だ。彼女たちは極上の料理として、この場まで自分の足で歩いてきた。歌って踊れる〈生きた食材リビングフード〉、とでも言えばいいのかな」


勇者様はとても優しいお方なので、食べられてしまう材料の人格や尊厳にも配慮していました。

生前の姿と人格を留めながら、料理としての自己肯定感に満ちあふれた存在へと人間を作り替える魔法。

人呼んでグルメ魔法を習得しているのです。


「彼女たちを食べればお前らの部下も改心することだろう。〈生きた食材〉は感染するからな――」


淡々と勇者はレシピを述べます。


女エルフの弓兵はその引き締まった肢体を生かしたサラダ。フレッシュな内臓を加工した野菜と血肉ソースが絡まり合った極上の前菜です。

女魔術師はその豊満な躰をミンチにしたハンバーグ。あふれ出る肉汁と魔力を加工した誘惑ソースの前に、食べずにはいられない主菜です。

女騎士は乙女趣味の魂を生かしたチョコレートケーキ。現実を知った苦みとそれ以上の甘露が素敵なデザートです。


勇者様は穏やかに、優しく言い添えました。

その圧倒的グルメ力によって、〈生きた食材〉は爆発的に増殖していくであろうことを。


「俺もそこそこ苦労してな。神殿の大神官どもに裏切られて始末されかけたが、そこで使命と【自炊】に目覚めた」


勇者様は淡々とダークでファンタジーな経験を話します。

誰も救えなかった戦、悪辣な謀略で失った信頼、石を投げてくる民衆、過酷な拷問、ボロボロになった少年を利用しようとする政治家たち…

安っぽい悲劇の連続です。

あまりにもチープかつ悲惨なので割愛しますが、その語り口に恨みや怒りはありませんでした。まるで初恋を振り返る大人のように、清々しい表情です。


「お前たち魔族が真に恐れた神の加護に出会えた。俺はようやく、自分の人生の意味を見つけたんだ」


はらはらと涙を流す勇者様を見て、ヨーコは黙り込んでいます。

気まずい沈黙ですね。


「人間を舐めるなよ、魔王。ほんの少しの力添えがあれば、人は絆の力で戦うことが出来る。あれほど憎み合っていた民草も、一度、料理となれば同じ【モノ】だ」


勇者様のスキルが、絶え間ない憎悪と戦禍の繰り返しを断ち切ったのです。

主要勢力の指導者層ほぼすべてを〈生きた食材〉に変えることで、

もちろん、民衆や諸部族が抱える憎悪と利害対立は根深いです。しかしそれも、勇者様は解決する気満々です。


「東王国五〇〇万人、西帝国八〇〇万人、南方諸藩国六〇〇万人――すべての都市にグルメ儀式魔法陣を仕掛けた。料理になった国王たちが、今頃、臣民すべてを美味しい料理に変えてくれている」


その途方もない奇跡を聞いて、魔王が恐怖の叫び声を上げました。


「あ、暗黒時代に追放された神――〈外なる美食神群アウター・グルメ・ゴッズ〉! 貴様、美食大神に魂を捧げたな!!」

「え、何それ。わたし聞いてない……」


ヨーコの呟きに応えるものはありません。

いえ、勇者様が思い出したように口を開きました。


「ああ、そう言えば。お前たちの子供なんだが、ひょっとして肌が青い人型だったりするか?」


まさか、と魔王がわなわなと震え出しました。

勇者は、魔王城の謁見の間に辿り着く前、厳重に魔術的に隔離された部屋に忍び込んでいたのです。

グルメ嗅覚で、本能的に食材の存在を感じ取っていたのでしょう。


「すまん、あまりに美味しそうな食材だったものだから――さっき、串焼きにして全部食べてしまった。一二人みんな美味しかったよ。子だくさんで味までいいんだな、陽子の血筋は」


勇者様はニコニコと笑い、優しく感想を述べました。

人間と魔王の混血の子供たちですから、美味しいのは当然です。古来、異類の混血は珍味として古い神様たちが好んだのです。


「貴様……」


魔王は静かに、怒りに打ち震えています。

無理矢理犯して産ませた、などと口で入っていましたが、その実、本気で入れ込んでいるのでしょう。


「経産婦は味が落ちる、というのが今までの経験則だが。陽子、お前なら魂の輝きによってその劣化を補える。俺はお前を美味しく調理してやれるはずだ」


これが人間の愛情です。勇者様は決して非人道的な狂人などではありません。

ただ、ちょっぴり料理にのめり込んで、ほんの少し、人より便利な魔法が使えるだけの男の子です。

しかしヨーコには通じなかったようです。憎悪や憤怒よりも恐怖が先立つ表情でした。


「こ、来ないで!」

「あんなに美味しい食材を"生み出せる"人間が、邪悪な存在なわけがない。恐れず、俺の鉄串を受け入れろ」


勇者様が懐から抜いたのは、伝説の聖剣などではありません。

長さ一メートルほどの杭のような太さですが、あくまで鉄串です。

美食大神の加護そのもの、万物を美味しく調理してしまう神の化身――〈大いなる鉄串〉です。


「それで、魔王。どんな悪巧みをしていたんだ?」


眼を細めて勇者様が前に歩き出します。

すぐに魔王の邪悪な計画に気付きました。時空間を操る魔王ならではの儀式魔法――そしてヨーコという触媒がいてこそ可能だった術式です。

すなわち。


「なるほど、俺が元いた世界へのゲートか。」


魔王が腰掛けていた玉座の背後、床に広がる魔法陣の正体でした。

勇者様の顔がほころびました。とても嬉しそうです。


「ヨーコ、今すぐ門を閉じるのだ! この悪魔を、この世界の外に逃すわけにはいかぬ!」


魔王の魔法、空間転移で、複数の影が出現しました。

魔王の部下たちが、一斉に魔剣を抜いて斬りかかりました。三〇〇〇年前の封印戦争を戦い抜いた歴戦の精鋭、親衛隊の騎士たちです。

しかし勇者様は強いのです。

〈大いなる鉄串〉が唸りを上げ、槍のように突き出されます。するとどうでしょう、甲冑を刺し貫かれた途端、騎士たちの肉体がどろりと崩れます。

美味しそうなにおいを漂わせ、甲冑が変化したお皿に乗った焼き肉が空中に浮かび上がりました!


「なっ、ああ……」


魔王は美味しそうな料理になった部下たちの最後に絶句しています。

それはそうでしょう、こんなに美味しそうなお肉は魔族の王様と言えど口にしたことはないはずです。

勇者様のグルメ魔法は、普通の料理とは異なり、食材の魂や魔力、生命力をすべて旨みに変換してしまうからです。


「美味しい料理とは、魂まで食べることだ。彼らは死後の世界にも、輪廻にも囚われず、美味しい料理として俺たちに食べられる」


勇者様はそういうと、左に握ったお箸で器用に焼き肉を口に運びます。弾ける肉汁、甘美な脂身はしつこさの欠片もなく、サシが入っていながらも赤身肉の旨みが凝縮されています。

究極の霜降り牛と至上の赤身肉が、お互いの良さを相殺せずに互いに引き立て合う、この世のものとは思えないハーモニーです。

なんだかお腹が減っちゃいますね。



結局、魔王は大した時間稼ぎも出来ませんでした。

意外と子煩悩だったらしく、〈大いなる鉄串〉で串刺しにされたら、たくさんのホールケーキになってしまいました。

子供たちの名前とろうそくがされています。お誕生日おめでとう、と書かれたケーキを見て、勇者様は先ほどの混血児の串焼きの味を思い出しました。

魔族と人間の愛の営みが、あの珍味を産んだのです。素晴らしいことだな、と勇者様は思いました。



ヨーコが悲鳴を上げて逃げ出しました。

昔から陽子は泣き虫で、臆病なくせに強がってばかりだったと勇者様は思い出しました。

愛おしさがこみ上げてきます。

ですから、ひと思いに背後から心臓を一突きにしました。背骨をあっさりと貫通し、心臓を抉るように一刺しです。

血を吐いて息絶えたヨーコの姿を見て、勇者様は昂ぶる感情を感じました。

グルメ欲望、美味しい料理にしてやるという強い衝動です!

思わず叫びます!


「――子持ち人間の業火焼きヨーコ風! これが俺の料理ッ!!」


魔法の炎に焼かれながら、ヨーコの魂がスパイスとなってお肉に染み渡ります。たっぷり乗った脂肪は炎によってとろりと落ちて、髪の毛は一瞬で消失、筋肉は赤身肉として柔らかくしっとり焼き上げられていきます。

これだけなら今までの料理と同じですが、ヨーコはひと味違いました。勇者様への愛憎と魔王への愛情、子供たちへの母親としての情が、ごうごうとグルメフォーミングしていく肉体を美味にコーティングするではありませんか。

仕上げは、彼女のお腹の中にいた胎児の無垢な魂です。

そう、ヨーコは一三人目の魔王の子供を身ごもっていたのです。まだ本人も気付いていなかったことでしょう。

生まれるはずだった生命は、その未分化の可能性によって若々しい香りを与えます。

最高のスパイスです。



「ヨーコ……お前は、最高の料理だったよ」



ほかほかと湯気を立てるお肉を前にして、勇者様は泣いていました。

かつての幼馴染みを殺してしまったことに、ではありません。どれほどすれ違っても、幼馴染みが最後には、最高の結末を迎えたことに感動しているのです。

勇者様は幼馴染みの思い出に浸りながら、お肉をゆっくりと噛み締めました。





数時間後、子持ち人間の業火焼きヨーコ風を完食した勇者様は、悠々と魔王城の外へ出ました。

ほとんどの魔族が〈生きた食材〉になったことで、戦闘は終結していました。

そして同じことが、世界中で起きている最中なのです。



世界のあちこちから、グルメ魔法のあげる美味しそうな煙が上がっています。

これでこの世界の人口の大半は、〈生きた食材〉になりました。いつか、復活した美食大神が美味しく食べてくれることでしょう。

たとえ絶滅しても悔いはないはずです。

魔王城からでも見えるその絶景を眺めながら、勇者様が口を開きました。目線の先にあるのは、上空に浮かぶ門。

あの魔法陣によって開かれた、勇者様の故郷【ちきゅう】へ通じる通路です。



「グルメの神、美食大神よ。俺の世界はいいところだ……色んな文化があって、人間は七〇億人もいる。きっとあなたとなら、楽しい料理が出来ると思うんだ」



わあ、美味しそう。

勇者様がそう言うんなら、きっと素晴らしいところなんだと思います。

僕も【ちきゅう】へ美食旅行しに行きたくなってきました。





きっと一〇〇年ぐらい食べ放題です、たのしみだなあ。


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[良い点] ど う せ みん な め し に な る
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