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此処は何処 1

 山を暫く登った先に大きな屋敷が建っていた。


 木々の隙間から見える巨大な屋敷は、全体を視界に収めることが出来ない程。教科書で見た寝殿造りに似たその建物は、建築に興味の無い(みこと)でも、息を呑む程に美しかった。


――どうやってこんな山の中に、こんなに立派な建物建てたんだろう。


 中に通され、更に驚愕する。


 塀で囲まれた敷地内は、土のみであったが、雑草の類は一切無かった。

 植物が生い茂る山の中で、広大な敷地内を除草することがどれほどの事か。


 それは偏見なのだが、彼らの服装、粗暴な行動から、彼らの住処はもっと荒涼、殺伐としものだと命は勝手に想像していた。

 だが此処は驚く事に、隅々まで手入れが行き届き、傍を流れる川の音が爽やかで澄んだ気持ちにさせる。

 


 建物に入ると、頭と呼ばれる男と命を抱える男以外の者は、方々好き勝手に何処かへ行ってしまった。

 明らかに安堵の色を顔に出した命を見て、漸く背の高い男は彼女を廊下の上に降ろした。


 「ついて来い」

 そう言い、戸惑う命に構わず二人は先へ進む。

 彼女は仕方無くその後に続いた。


 無言で長い廊下を歩く。


 廊下に面す庭。そこには寝殿造り特有の池は無く、代わりに小さいけれど、流れの速い川が在った。


 月明かりが川の流れに反射し、きらきらと輝いている。

 もうすっかり日は沈んだようだ。


 幾つかの、仕切りの無い部屋を横目に通り過ぎ、着いた部屋は、どうやら頭と呼ばれる男の物らしく、彼は中に入るなりさっさと奥の方まで進み、床の板張りの上に敷いてある畳の上に座った。

 同時に、腰に挿す美しい模様の刀を、脇にある置き台に掛ける。


 

 「其処に座れ」


 低く、静かな声。

 命は、素直に言う事を聞かなかった。


 彼は怪訝な顔をする。

 どうやら気分を害したようだ、と内心怯んだ命だったが、予想外の言葉を掛けられる。


 「お前、いつもそんな慎み無い格好をしているのか」


 後ろで蔀戸を下げていた、背の高い男が噴出した。


 「あ、……あんたがそれ言うのかよ!

 ……だ……誰のせいでこんな山の中。生脚晒して歩いてると思ってんだ!」


 命はずっと我慢していた怒りをぶつけた。

 ぶつける相手が違うような気もしたが、彼の部下がした事だ。彼の責任のようなものだ。


 だが、大した気にもせず男は返す。


 「相変わらず口が悪いな」


 無表情なのだが、何故だか笑ったような気がして、命はどきりとした。




 風通りがいい足許が気になったので、命は取り敢えず座ることにした。


 片膝を上げ胡座をかいている、向かいの男は言う。


 「俺は此処の(あるじ)で、カナメと云う。お前、名は?」


 “要”

 と空中に文字を書く。


――あれ?


 湧き上がる不審。

 初対面の人間に名前を訊かれるのは普通のことだろう。しかし、彼らは自分の事を知っている口振りで話していた。


 「名前は知らないの?」


 彼は首を傾げた。

 「お前とは初めて会うんだ、知っているわけないだろう?」

 「???」


 当然の事を当然のように言われ、命は自分が可笑しいのか不安を感じる。


 「あ、……ヒル……。鈴木……ヒル」


 咄嗟に口から出たのは、自分の渾名に、日本で一番ポピュラーな苗字をつけた偽名。

 彼女はこの不審極まりない男達に、本名を名乗る気にはならなかった。


 彼はじっと彼女の目を見る。

 それに気づいた彼女は頬を染め目線を逸らす。


 嘘がバレたのか?


 初対面の、どうでも良い筈の男に背徳感を得る。

 鼓動が高鳴り、居心地悪く感じた。


 「そうか、ヒルか」

 

 彼の瞳を見ていると、全てが見透かされているような錯覚に陥る。

 命は再び彼と目を合わせる事が出来なかった。



 「その身体では辛いだろう」


 要は立ち上がったかと思うと、そっと命に寄り添い、自分の唇で彼女の口を塞いだ。


 とても自然な動作で命はされるがまま、口付けが為された。


 その瞬間、彼女の身体の芯に電撃が走る。

 ビクリと軽く痙攣したが、それだけだった。


 外傷や異常は特に無い。

 それどころか、疲労は軽減され鈍い体の痛みは薄くなり、全身が軽く成った。


 「今日は休め」


 そう言い、要は何処かへ行ってしまった。


 「あ……」


 命は後を追うように、腰を浮かせ手を伸ばす。

 その行動に自分でも驚いた様子だ。


 “どうして……”


 憎い筈の相手を追おうとしたのか、彼女には解らない。


 「離れるのが辛いか?」

 頭上から背の高い男が尋ねる。


 戸惑い、答えない命を見て薄く笑う。


 「まあ、お前は俺達以上にそうだろうな」


 不思議な事に彼の言う事が理解できた。

 要が離れるにつれ、どうしようもない消失感が襲う。


――でも、存在は感じる。


 姿が見えなくなってもなお、彼は命を惹きつけた。



 命は背の高い男に連れられ廊下を渡っていた。


 進むにつれ、彼女の中に灯る要の存在は薄れていく。


 先程までは歩くのもやっとだったが、今は多少の疲労はあるものの廊下を歩くくらい平気だ。


 下に川が流れる橋の上で、一度立ち止まる。


 「ここからはあいつら来ないから」

 あいつら……命を襲った奴らだろう。

 その言葉に、命はあからさまに嫌悪の色を浮かべた。


 再び歩き出す彼について行く。

 この知らない世界では、今は黙って従うしかない。


 廊下の終わりには、庭に出る為の段差が有った。

 そこで背の高い男は懐から、命のドロドロになった上履きと自分の草履を出した。


 どうやら外に出る様子に、彼女は不安に思う。

 これ以上自分に何をしようというのか。


 「安心しろ、お前の部屋に行くだけだ」

 その不安は伝わってしまっていたようだ。


 「?」


 “お前の”とは、客間の事だろうか、と首を傾げる。


 川に沿って下って行くと、今迄居たものよりもかなり小さめな建物があった。

 それでも一般住宅よりは大きな平屋建てだ。



 「俺は(ひいらぎ)だ」


 中に入ると背の高い男は唐突に名乗る。要がしたように空中に文字を書いて「きへんにふゆ」と呟いた。


 ちら、と命を見る。


 「俺もここに住むから、何かあったら言え」

 「え?」

 「安心しろ、二人きりじゃないから」


 今紹介するからついて来い、と言う。


 建物は先程の屋敷と違い、部屋ごとに壁で仕切られている。

 普通の木造家屋だった。

 

 三つの戸を過ぎ、長い廊下の一番奥の部屋で止まった。


 そこで、――何かいる、と命は直感する。


 部屋の中から漏れ出す存在感に彼女は固まった。


 それを無視して、柊は戸をノックする。

 その動作に彼女は違和感を覚えた。


 中から「どうぞ」と高い声がして、柊は戸を引いた。



 部屋の中を見た命は目を見開く。


 硝子の入っていない格子の窓に、ミスマッチなピンクと黒のゴテゴテしたカーテン。

 ピンクのレースで出来た天涯。

 その下には、これまたピンクと黒で構成されたベッド。

 脇に置かれた、白い大理石のサイドテーブル。

 白い木枠に布地がピンクゴールドのソファー。

 向かいには、またまた白い大理石でできたダイニングテーブル。

 その上にある紅茶にマカロン。


 部屋の中央に立つ、周りの派手さに負けない存在感を放つ、フランス人形のような女の子。


 全てがこの場にそぐわなかった。




――ど、どうなってんの? この純和風の中にミスマッチな乙女ルーム。しかも、何あの金髪外人のロリータ少女。

 こ、ここは平安時代じゃないの?

 建物の形状、彼らの服装から、大方ここは平安時代で、自分はタイムスリップでもしてきたのではないか、と思っていた。

 稀に異世界に行くことがあるので、感覚が麻痺し、そんなこともあり得るのではないか、と。

 大方彼らは山賊で、ここはそのアジトだと踏んでいた。


 しかし目の前にいるロリータファッションの可愛らしい少女が、全ての予想を崩す。


 「姫……、こちらは例のブンテイでヒルと申します……」

 「あなたが」


 “ブンテイ”

 そういえば、聞き取り難かったけど、要も最初そんなこと言ってたな――


 チラリと目線を姫と呼ばれる少女に向けたが、命は怯む。

 少女は鋭い目付きで彼女を睨んでいた。


 険悪な雰囲気が流れる。


 二人の様子を見ていた柊だが、そのまま話を続ける。

 「ヒル、この方は要様の妹君でローザンヌ様だ」



 「は!? い、いもうとぉ!!?」

 命は驚き、つい大声を出してしまう。


 「下品な女ね」

 ローザンヌは明からに彼女を侮蔑していた。


 命は彼女から、自分に対する悪意しか感じられなかった。彼女は命よりかなり身長が低いのに何故か物凄く見下されている気がする。


 目的であるお互いの紹介が済んだようなので、逃げるように彼女の部屋を出た。


 柊は申し訳なさそうに、彼女について命に教えた。


 「ローザンヌ様は姫って呼ばないと怒るんだよ。

 頭のことも要様って呼ばないとなんねーし、めんどくせー。

 だから誰もここには近寄らないんだ」


 彼の態度の変わりように命はしらけた。

 彼女の前では執事のように恭しく振る舞い、今は先程までと同じように、粗雑な山賊そのものだった。


 命はここの男達の仲間である柊とは話す気にならなかったが、どうしても気になる事がありつい尋ねてしまう。


 「血は繋がっているん……ですか」

 要とあの妹の事だ。

 「は? 血? そんなわけねーだろ」

――ですよねー。


 かなり省略して質問したが、聞きたい事は理解されたらしい。


 「あの方々を、俺らと一緒と考えるな」

 

 俺ら、とは自分も含まれるのか命は疑問に思ったが、隣を歩く彼と馴れ合うつもりは一切ないので、それ以上の会話は避けた。



 柊はそれから建物内を案内した。


 「ここが厠。こっちが風呂。さっき湯を沸かしたから、すぐ入れるぞ」

 風呂、という単語を聞いて命は正直今すぐにでも入りたい位に、有り難かった。


 風呂もトイレも期待していなかったが、それとは裏腹にここの設備はかなり整っていた。

 



 それから命は自分の部屋を与えられた。

 六畳ほどの広さに、箪笥と横に布団が畳まれてあった。


 ここは誰か使っていたのか。それとも、自分が来る事が判っていたのか?

 あまりの用意の良さに不信感が募る。


 「先に風呂に入るか? メシか? ……それとも寝るか?」


――こいつ、何なんだ? うちの嫁にでもなるつもりか?


 彼女は、柊のあまりの面倒見の良さに呆れてしまった。


 「……風呂に、入りたい」

 命は居心地悪そうに言ったが、柊はさして気にもせず、「そうか、何か必要な物はあるか?」と聞いてきた。


 「タオルと……あ、拭くものと……、着替えが……」

 彼らの出で立ちから、タオルと言う単語がはたして通じるのか疑問に思い、言い直す。

 が、すぐに先ほどの要の妹という少女のことを思い出し、おそらく通じるだろうと思い直した。


 「タオルなら妹の新品がある。着替えは……、其処の箪笥に入っているものが全部新品だし、使って良いんだが……」

 歯切れ悪くそう言うと、彼は箪笥を開けて命に見せた。


――フンドシ……。


 「まあ、全部男物なんだ」


 と彼は苦笑した。


 要は終始無表情で、人間味に欠けていたが、彼の側近の柊は、もっと感情表現豊かだ。

 普通の“気の良い兄貴”的雰囲気を醸し出している。




――全部新品とか、やっぱり用意がいい。

 ってかコイツ、姫とか言って陰で“妹”呼びだし。

 命は心の中で笑ってしまった。


 「あ、そうだ! 妹の着ていない服が有った」


 名案だとでも言うように、彼は手を打つ。


 「はあ? あの妹のじゃ入らないし!」


 命はつい、地が出てしまって、慌てて口を噤む。


 「大丈夫だ、着物だから多少大きさが違ってても入る」


 多少じゃねーし!

 命はそう思ったが、彼は「こんなの着れないとか言って、着なかったのが有るんだよ! 丁度良かった」と言い、さっさと部屋から出て行ってしまった。


 戻ってきた柊の手には、薄紫に蝶の柄が入った、とてもローザンヌに似合いそうな着物があった。


 ソレを広げてみたが、やはり命には小さいようで、もし着たとしても裾が膝丈くらいになってしまうのではないか、と思われた。

 更に、手渡された帯は、とても豪華な金で彩られている。


――これはちょっと、着れないな。


 命が求めていたのは、あまり派手でなく、動き易い服だ。

 だが、これ以上の茶番を演じるつもりはないので、とりあえず受け取っておいた。



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