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最悪の一日 2

 先程から命が話しかけていた男は、彼女のことなどどうでもいい、というふうに他の男達と話し始めた。


 「贄の女か?」

 「さあ、こいつは知らないうちに連れてこられたようだ」

 「ま、ここに女が一人でいるということは、そういうことだろう」

 「だが、つい十日程前にも寄越してきたぞ」

 「天災でもあったか?」

 「それはねーよ」

 「下で何かあったんじゃねー? あいつらの考えることは良く分からんし。贄などここに寄越しても意味ねーのに」


 命は自分などそっちのけで会話する、僅かに歳上だろう男達に明らかな壁を感じ、ただ茫然と見ているしかなかった。


――贄って、……生け贄? 下? うち、シタってトコから連れてこられたの?


 彼女は何も解らないこの状況で、彼らの会話から必死に情報を集めようとする。


 「まあ、だが折角置いていったもんだ、なにもしないで返す訳にはいかんだろ。こいつの為にも」

 「だな、この山の物は全部俺達の物だ」


 そう言うと、男達は一斉に命の方を向いた。



 今まで一度も目が合う事の無かった彼らと、今は誰を見ようと全員と目が合う。

 その迫力に体は萎縮してしまったが、頭は案外冷静で、「やっぱり此処は山だったんだ」と自分の予想が正しかった事に得意げになっていた。



 男の一人が命に近付いたかと思うと、彼女の視界が一瞬のうちに回転した。


 木々の隙間から藍色に橙の混じった空が見えた。


 自分の背中が地面に着いている事に気付いた彼女は、慌てて起き上がろうとしたが、男が肩を押さえていてそれは叶わなかった。


 「っちょ……、汚い!」


 野草に土、虫、と蔓延るこの上に寝転がるなど、命には考えられない。

 だが目の前の男には意外な反応だったようで、ぽかんと口を開けている。


 そして豪快に笑った。


 「お前変な奴だな」


――あんたらの方がよっぽど変だよ!!


 彼の髪は灰色で、他の男達も様々な髪色をしている。

 彼らの服装にそれはあまり似合わず、異様な姿だ。

 

 命はこうしている間にも、虫が体を這ってくるような気がして、全力で起き上がろうとする。


 「おい、暴れんなよ。気持ちは判るがお前ももう自分がどうなるか判ってるだろ」

 「放して! ……放せっ!」

 彼女は残っている僅かな体力で全身を暴れさせ、ついには男の無防備だった下腹部に膝で一撃食らわせる事に成功した。




 「っ……ってー……なあオイ!」


 そこで命の頭部が左を向いた。

 次いで右頬が熱くなる。


――痛い。

 

 平手打ちをされたと気付いたのは再び、二発、三発、と打たれている最中だった。


 脳が揺れ、意識が無くなるのではないかと思った。


 ただの平手打ちが、こんなにも威力のあるものだという事を彼女は初めて知った。


 「ったく、誰か手伝えよ」

 彼が手を止めて他の男達に言った。


 そこで人懐っこい笑みを浮かべた男と、女のような顔をした男がそれぞれに、命の腕を片方づつ押さえつける。


 「ちょっと、気絶でもしたらどうするんですか?」

 「あーあー、かわいそーに」

 命は頭に靄がかかっているような気分で、自分の上でなされている会話が全然頭に入ってこなかった。


――何を……?


 「てゆーか、頭に献上しなくていーの?」

 「どうせあの方は要らないっていうさ」

 「こないだは聞きましたよね」

 「たまには、な」


 はははと男達は軽く笑う。



 彼らが内輪で盛り上がって居る最中、命は太腿に違和感を感じる。


 平手打ちをした男が、その手でスカートの中を弄っていた。

――な……っ!


 嫌悪感から、鳥肌が立つ。


 「ちょっと、何処触ってんだよ!?」

 命は咄嗟に抗議した。

 「あ゛ア?」

 不機嫌そうな声を出すと、彼は一気に命のストッキングを下着ごと下げた。


 「……へ?」


 身体中の血の気が引いていき、激しい眩暈がする。

 

 頭がおかしくなりそうだった。


 ショックで涙も出ない。


――!!


 とにかく必死に隠そうと、脚を閉じるが、足首を持たれ身体を割り入れられればそれも出来ない。


 漸く命は自分がこれから何をされるか理解した。


 そういうことに疎い彼女は、まさかこんなに人がいる中でそんなことをされるなど、夢にも思わなかった。



 「早くしろよー、次俺なー」


――!?


 頭上からの声に命は絶望した。


 十数名の、ここにいる彼らはどうやら順番待ちをしているらしい。

 全員が彼女を犯そうとしていた。

 

 それを理解した彼女は、全てを諦めた。

――どうせこれだけの人数相手に逃げられる訳無いし。

 もう、疲れたし。


 目を閉じると、拓海の顔が脳裏に浮かんだ。

 

 これから恋人として上手くやっていこう、と誓った相手だ。


 一度思い浮かべると、彼との思い出が溢れて来た。

 

――拓海拓海拓海拓海拓海拓海拓海拓海……。


 こんな事ならあの時彼についていけば良かっただろう。

 後悔しても遅い、とにかく今は彼のことだけを考えて、時が過ぎるのを待つしかない。


 固く瞑った目は、瞼の裏の暗闇しか写さなかった。


 そこに一つ、光りが灯る。


 全ての人間を惹き付ける、黄金の輝きだ。


 命にはそれが今、この状況を打破する唯一の“希望”ではないかと思われた。


 心が掴まれ引き込まれるように、その希望の光を渇望する。


 彼女はゆっくりと瞼を上げた。

 たったそれだけの動作でも、疲労と顔面を含む全身の痛みに響いた。


 目を瞑っている時には確かにあった光。……開けるとそれは見えなくなる。


 だが彼女の視線が奪われる。

 何もないはずなのに、確かにそちらに存在しているのを感じた。


 いったい何なのか、とそちらを凝視していたが、ふと気付く。


 その異様な光景。

 彼女だけではなく、この場にいる全員がそちらに視線を向けていたのだ。


 うちだけじゃない。


 やっぱり何かあるのだと、視線を戻す。

 そこには鬱蒼と茂った笹藪だけで、やはり何もない。



 ところが程無くすると、茂みを掻き分ける音がして、二人の男が現れた。




 「おめぇら、放してやれ」

 二人のうちの、背の高い方が良く通る声で言った。


 彼から一種独得な雰囲気が感じられる。


 この男だろうか?

 光の主は、

 背の高い男から感じる雰囲気でそう思ったが、後ろに立つ背の低い男を見て“違う”と確信した。


――こいつだ。


 一目見てこの男だと解った。


 まず目に付くのは、彼の服装だ。

 他の男達と同じく着物のような物を着ているが、中に更に着込んでいて、首にそって高くなっている襟が口元を隠している。

 また素足ではなく下も穿いていた。


 だがそんなことよりも、明確な違いが彼には有った。


 彼の前に立つ背の高い男よりも段違いに勝っている、そのオーラだ。


 目が離せない。

 胸が高鳴る。


 正に神々しいと言っても過言ではない彼の放つオーラに、彼女には経験が無い、一目惚れと似た感覚を得た。




 命を押さえ付けていた三人が、おとなしく離れる。


 開放された彼女は立ち上がり、其処から数歩移動した。

 逃げるのを警戒してか、後から来た背の高い男が彼女の傍に寄ってきた。


 命に平手打ちをした男は問い掛ける。

 「(かしら)ぁ、どうしたってーんですかぃ? わざわざこんなとこに来るなんて。それに、俺ら今いいとこだったのに、野暮じゃねーか」


 「だから俺は確認しようって言ったんだよ」

 他の者が口々に喋り出す。


 「たまにこういうこともあるさ」

 「頭も溜まってたんですかー?」

 「てか、この山のモン全部頭のだからね、俺らのじゃないからね」

 「何か感覚狂ってくるよな」

 皆各々、大声で好き放題話す姿はさながら、コンビニの前にたむろするガラの悪い連中のようだ。



 背の低い男が小首を傾げた。


 すると、ピタリと会話が止まる。


 どうやら彼が頭、この男達のリーダーのようだ。


 彼は低いが、透き通るような声で、呟く。


 

 「そいつは、――――だ」



 頭と呼ばれる男は、聞き慣れない単語を口にした。


 

 

 その瞬間周囲がざわめく。


 周りの男達が皆、一様に彼女を見て驚き、どことなく笑顔を滲ませる。


 「何だよ! だったら最初っから言えよ」

 「ひっさしぶりだなぁ」

 「ってか、見た目変わりすぎ」

 男達は豪快に笑い出し、馴れ馴れしく彼女の肩を組むものや、頭を乱暴に撫でる者、背中を力任せに叩く者までいた。


 命は胃から苦いものが込み上げる。


 先程まで自分を輪姦(まわ)そうとしていた奴らが、今度は人の良い笑顔で語りかけ、あたかも十年来の友人にでも再会したかのように振る舞う。



 よろめく彼女を、傍に居た背の高い男が支えた。

 「おい、大丈夫か?」


 彼女は生気の無い瞳で呆然としていたが、視界に自身の脱がされた下着を捉えれば、素早くそれを拾い上げ、スカートのポケットに突っ込んだ。


 羞恥で顔が赤くなる、彼らの見ている前でなど死んでも穿き直したいとは思わなかっただろう。




 全員が何処かに向かって歩き出した。


 「なんだよ、案外元気そうだな。……行くぞ」

 

 腕を引かれても動かない彼女に溜息を漏らし、軽々と小脇に抱えると、そのまま背の高い男は歩き出した。




 命は軽い抵抗を試みたが、案の定無駄に終わった。

 

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