君が待つ場所へ 3
「――選んでよ! あたしとソコのビッチどっちが良いのか! ついでにアッチの方もどっちが好いのか教えてよ!」
「あっちって何のこと? ……僕はヒルが良いよ、君のことよく知らないし」
ポーが心配そうに彼の顔を覗き込む。
すると、やはり本物の涙が、つーっと流れた。
「知らないって……。あたしは元・要なのよ? ポーくんの親友の要だよ!」
「君は要じゃないでしょ? 要と別れたんなら、僕にとっては別モノだよ」
ポーの素直な気持ちに、
彼はショックを受け、号泣する。
「わあああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
突然、大声で泣きわめくヒルコ。
ポーの混乱は最高潮に達し、あたふたすることもできず、硬直してしまった。
「――単刀直入に言う。わたしと交代しろ」
二人の小芝居には我関せず。
無視してヒルは、自分の要件だけを、淡々とヒルコに告げる。
「認める! 認めるよ! そのスルースキルの方をねっ!
――ってかさあ、はいそうですか、って俺があっさり譲ると思う? せっかく帰ってきたのに、あっさりオメーなんかに渡すわけねーだろ」
「お前には何もやることが無い。わたしには幾つかやりたいことがある」
「ヤりたくなったからって、すぐヤろうとすんのかよ、オメーはよ! 猿かよ」
「――言わなくてもわかるはずだ。
わたしが何を考え、お前に何を言いたいかを」
テンションも、会話も全く噛み合わない二人だが、皮肉なことに、互いの思考を最も理解しているのは――互いなのだ。
「そっくりそのまま返すぜ……俺は絶対に許可しない」
ヒルコは、唸るように低く言う。
「過保護すぎだ。わたしはそんなに弱くない」
負けじとヒルは、淡々と返す。
「ダメダメ、絶対ダメ。お前は末っ子なんだから、長男の俺が守る!」
彼女の調子を狂わすように、今度は明るい口調。
二人にしか解らない会話、
二人にしかできない攻防。
それをポーは、首を傾げながら聞く。
しかし、戦況に優劣がつくのは、得てして突然だったりもする。
「――わたしに“帰る気は無い”と言ってもか?」
ヒルのこの一言で、ヒルコの態度が大きく変わるのを、第三者であるポーは感じた。
「…………」
彼は何処か胡散臭い今までの表情を消し、
相手を射るような、鋭い視線を放つ。
そのひたむきな表情は、どことなく、昔の要に似ている――とポーに感じさせた。
「お前の口からそんな話、聞きたくなかったよ……」
ヒルコはポツリ、と本音を漏らす。
「ヒルコ、頼む。わたしは大丈夫なんだ」
「いいや、駄目だ。
お前、あの世界には“自分を待っている人間なんていない”、と本気で思っているのか」
「違う! そんなんじゃない! そんなことで、帰らないと言った訳じゃないんだ! ……そんなこと、お前も解っているだろ」
「解らない! 俺はお前の気持ちがいまいち掴めない。
いいか、お前は弱い。内面も、外面も。だから悪い事は言わない、俺が全部やってやる! 俺と一つになって、お前の意志を全部俺に伝えろ!
そうしたら俺がお前の望みを、完璧に叶えてやる!」
彼女は悲痛な声で、切実に訴える。
「それじゃあ駄目なんだ! これはわたし個人の問題なんだから、わたしがやらなきゃ駄目なんだ!」
ヒルコは眉間に皺を寄せ、渋い表情で彼女を一瞥すると、
その場に腰を下ろし、胡坐をかく。
同じ姿の2人だが、見た目以外に同じものは一つとして無い。
「おまえが帰らないなんて、言うなよ……俺はお前を帰してやりたい。
でも……年をとらないこんな身体で、あっちの世界にはやれない。
……絶対に」
頬杖をつき、彼女を視界に入れないようにして、淡々と説教めいた言葉を並べ立てる。
「こっちの世界は、お前にとってはもっと辛いはずだ。
たくさん酷い目に遭っただろう? 俺のせいで……俺は直ぐにでも代わってやりたかったが、自分の意思で出ていくことすらできなかった」
淡々としているが、妙な威圧感がある。
「そんなこと」
「俺と一つになれ。そうすればお前も神の一部になれる。俺がお前の望みを叶えてやる」
彼の有無を言わさぬ甘言。
それをヒルは「嫌だ」と短く、明快に拒否した。
「――お前なぁ!」
「わたしは此処で出会った全ての者を救いたいんだ」
「は?」
ヒルコは耳を疑った。
突然の、彼女らしからぬ仰々しい言葉に――聞き間違いか、と思案したのだが、
彼への説得は続けられる。
「お前と要が造り出した、今のこの世界。わたしは間違っていると思う。
一言で言うと、“この神界は狭すぎる”――そう思うんだ」
この神界の人々や多くの神は、狭い世界で、更に狭い域しか知らない。
まるで、ここに来る前の彼女のように。
世界にはもっと色々な可能性が拡がっているのに、此処の人たちはそれを知らない。
――人はもっと自由なはず。
「俺を否定するのか」
「わたしは、ポー、紗羅、晩霞、ルード、チャルチ、要、その手下……他にも此処で出会った者たちに、何かしてやりたいと思っただけだ。
彼らにはそれぞれ悩みがあって、わたしがそれをいっぺんに解消してやれるかもしれない」
「まさか、この神界を解放するのが、お前の言う、出会った全てのものを救う方法なのか?
そんなことしてみろ! また魔族との争いが始まる。しかも今となっては、人間にも厄介なのが居る! 数が減り、あのころから変化しない俺ら神は、真っ先に淘汰される」
何度か人間界へ行ったことがあるのだ。
ヒルコはあちらの事情も、少なからず把握していた。
人間――特にシュウは、自分であっても勝てないだろう、とヒルコは憂慮している。
「ああ、だから、外の世界を見たいんだ」
「――なっ!?」
「自分で見て、どうしたら皆を救えるのか、考えたい」
ヒルコは驚きのあまり、押し黙ってしまう。
彼が何も言わないので、
ヒルは一度、ポーに自分の考えを伝えようと、彼の傍に寄った。
「ポー、私はお前のことを、友達だと思っているんだ」
彼女が真っ直ぐにそう告げると、ポーも「僕もだよ」と笑った。
目が隠れていないので、いつもよりは幾分穏やかに見える笑みだ。
彼女はそれに微笑み返し、言葉を続ける。
「――だから、お前が拒否しようがわたしはお前を助けたい。お前のことを救いたいんだ」
「僕を?」
「そう、お前を孤独から救ってやりたい。
お前だけじゃない、ルードや鈴、要だってそうだ。
2千年もこんな狭い世界に閉じ込められて、退屈だろう?
世界はもっと広い。
自由な広い世界では、科学が進んで、人が一生かかってもやり尽くせない程の楽しいことが、いっぱいあるはずなんだ。
何千年生きたって退屈しない!」
ポーはきょとんと目を丸くし、
そして頬を紅潮させる。
「ほんと?」
「ああ、だから待っててくれないか?
ポーや他の純血だけじゃない。紗羅や晩霞、この神界で魔獣に怯え暮らす人々も救いたいんだ。
もしかしたら、数十年、数百年かかるかもしれないが、必ず何か良い方法を探して来るから」
『他の誰にも任せられないから』と、仕方なく自分が支配者になることを決めた紗羅。
命の重さを誰よりも理解しながら、しかし命を犠牲にすることを受け入れる晩霞。
――星星だけは逃がしたんだ……できることなら、あいつも生贄なんて使いたくないんだろう。
人間界の人々は、近代的な生活を送っているというのに、
此処の人々は、未だ中世的で、病気や怪我、理不尽な死が多い。
世界が広がり、“域”のシステムが無くなれば、そんな彼らを救うことができるのだ、とヒルは確信していた。
ヒルコに向き直り、再び彼を説き伏せようと試みる。
「ヒルコ、この感情はわたしだけのものだ。
それにポーも紗羅も晩霞も……わたしは仲間だと思っているし、友人だとも、思っている……」
段々と語気に自信が無くなっていくが、
それでも彼女は説得を続ける。
「ここで築き上げた人脈は、わたしのものであって、いきなり現れたお前に譲りたくないんだ。だからわたしにやらせてくれ」
誰かを救いたいと思ったのも、
一方的に自分から誰かを友人と定義するのも、
少し前までの彼女には、気恥ずかしくてできなかったことだ。
ヒルコは彼女の変化に唖然として、
ぽかんと口を開け、呆ける。
「なんだよ……その理屈。ただの独占欲じゃねーか」
「……」
ヒルはもう、何も言わない。
言いたいことは、全て言った。
後は彼の、出方次第だ――
ヒルコは深く溜息を吐くと、
両手を上げ、首を振り、大げさに呆れた仕草をする。
「これだから友達いない奴は……」
後ろに倒れて、大の字になって寝転ぶと、
天井に向かって大きな声を張り上げる。
「わかったよ! 『友達とるな』なんて言われたら、譲るしかねーだろ」
その瞬間――
天井がせり上がり、
四方の壁が伸び、
何も無かった壁には片持ち階段が現れる。
二階部分にホールができ、
回廊ができ、
扉がいくつも現れた。
拡がる空間、
増設される部屋と設備。
狭く殺風景だった個室は、広いリビングと化し、大きな建物の一部となった。
ヒルが主体となり、
ヒルコが客体となった証だ――
まだ増築し続ける中。
ヒルコは身体を起こし、ヒルを睨む。
「ったくよぉ……。
お前の交友関係にとやかく言うつもりはないがな! 忠告だけさせてもらう! お前の友達はロクなのがいねえ!!
ポーなんてその代表だが、紗羅も晩霞も、直接俺に何かを言わなくなったかと思ったら、コソコソ陰湿な嫌がらせをしてきやがる!!」
「え……何か、あったのか?」
ペルセポネーが死んでから、ずっと外を見ないようにしていたヒルには、何のことだから解らない。
「紗羅は裏で俺の食事に下剤を盛るし、虫を入れるし、
晩霞は山の熊を生贄に、俺を呪詛しようとするし――どうなってんだよ!」
「そ、それはすまない」
「俺はいいけどよ! 要と雄柏が嘆いていたぞ。
要は動物好きだし、雄柏の正体は熊だからな。
ま、むかつくから紗羅の入れた虫は食ったが」
「……」
虫はヒルも野宿していた頃よく食べていたので、気にならなかったが、
殺されたであろう熊と、要、雄柏には申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
ヒルコは気怠げに立ち上がると、すれ違いざまに、俯く彼女の肩に軽く拳を当てる。
そしてそのまま猫背気味に、だらだらと階段を上った。
二階にできた一室の扉前に立つと、
「――どいつもこいつも俺を悪者扱いしやがって……引き籠もってやるっ!」
大きな独り言と共に、扉の中へ入っていった――




