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ヒルコ帰還 2



 「おい、糞ババア! てめーの私利私欲で話ややこしくしてんじゃねー!

 あいつが他人に自分のことを決めさせる程、謙虚なはずねぇだろ!


 自分の世界に帰るのも、そこの矮子(チビ)のことも、あいつが自分で決めたんだ。俺はそう思う!


 たった16年しか生きてなくても、あいつの人生がそこのキチガイに劣っている理由にはならねーだろ!?


 この変質者を肯定したら、誰がヒルの意志を汲んでやる!?

 今こうしてる間にも、あのガキの家族や友人があいつの世界で待っているんだろ?」



 「晩霞さん……」

 複雑な顔をする紗羅とは反対に、


 「お兄様になんて事を!」

 恐らく要を指し示す、“矮子”の一言で、ローザンヌが怒り狂っている。


 が、可愛らしいので無視してあげよう。




 「気にすることないよー、紗羅たん」


 晩霞氏の毒舌交じりの言葉に、衝撃を受けた様子の紗羅たんを慰めるため、俺は優しく彼女に微笑む。


 「晩霞氏はツンデレだから、いっつも“ババア”なんて言っちゃうけど、60なんて2千の俺から言わせれば、まだまだお子様――幼女だお。

 もちろん俺は幼女好きも()ったことがあるし、守備範囲だから安心して!」


 熟女専門も()ったことがあり、範囲外でもあることは伏せておく。

 つまり俺は、性別も年齢もどんなマニアックな嗜好も超えて受け入れることができるし、“できない”



 「そのことは気にしてません! いえ、気にしてますけど、今はしてません!!」

 「そんなことどうだっていいんだよ! 変態キチガイは黙れ!」


 紗羅と晩霞が仲良くハモる。

 見た目は全然似てないけど、兄弟みたい。


 「――つまり、お前が言いたいのは……俺がロリコンかってことだろ!?」


 「違う! 意味は解らないが絶対違う!」


 



 「あれ? 俺の性癖を知りたいんじゃなかったの?

 あ、もしかしてバレちった?


 ――そう、何を隠そうこの俺様。


 男も女も犯罪者も被害者も文系も理系も体育会系も政治家も浮浪者も聖人も……色んな人生生()りすぎて、他人を好きになることができなくなっちゃったのでーっす!」



 「「「「「は???」」」」」


 皆ぽかんとしてる、ざまあ見ろ――うしししし。



 「だからー、俺が出てきた時点で、ヒルも俺と同調して、他人を愛することはできなくなってしまっているのでっす! 例え要が相手でも、好きとか一切ありませんから! うちは恋愛禁止なんです!!」



 「誰もそんなこと訊いてねー!!」


 晩霞くんと、要の眷属たちが大合唱しているが、紗羅ちゃんはどうかな?


 ひひひ、


 どうやらショックみたい。


 「紗羅さーん? だから変な下心を俺に向けるのはやめてね」


 「向けてません! あなたはヒルさんとは全くの別物です!」



 「紗羅ちゃんさー? よく女の子に嫌われるでしょ? 

 女友達いないから、ちょっと仲良くなっただけのヒルに捻くれた感情持っちゃったんだ。

 ヒル男っぽいしねー?


 紗羅ちゃん、女友達は居ないけど、男友達は多いでしょ? 男友達の場合、自分が好き好きオーラを出したら、相手も絶対自分を好きになってくれたから、ヒルにもそうしてるんでしょ?


 残念だけど、ヒルはそういう友情は大っ嫌いだから! ま、だからヒルも友達居ないんだけどねっ! ぎゃははははっ」



 「私は純粋に、ヒルさんに戻ってきて欲しいだけです!」


 「おい、とにかくヒルを出せ! てめーじゃ全く会話にならねえ!!」


 あれれ? 紗羅ちゃん泣いちゃうかと思ったけど、全く平気なようだ。


 それよりも、晩霞くんの背後に焔がチラついているんだけど、火事になっちゃうよ……?


 「ヒルを出すことはできないよ。今此処で彼女を出すのが一番残酷なんだから」


 俺だってヒルに幸せになってもらいたい。


 でも、今此処で彼女に譲るのは、彼女に辛い現実を突きつけるだけ。


――そんな可哀想なこと、できない。



 「とにかくさ、どんな形にしろ、一応ヒルの目的は達成されたんだから、君らはもう付き合う必要無いんだよ! 諸域行脚でも、暇つぶしでも何でも、自由に自分の好きなことしなよ。君ら跡取りなんだから、もっと自分の民のこと考えなよ」


 「私は私の友人が大変な時に黙って見過ごせません!」


 「どうせ暇なんだから、ムカつくてめーをこの世から消してやる!」


 晩霞が怒鳴り、焔の塊を俺に投げる。


 「だー! 屋敷内で戦うな!!」


 要の手下の大男、雄柏が慌てふためいている。

 ま、俺も此処が燃やされるのは容認できない。


 「――なッ!?」



 だから、俺は焔の塊を空間転移させ、別世界に移動した。


 きっと転送先の世界では、何らかの被害があるだろうが、知ったことじゃない。


 「晩霞、やるなら外だ。俺は異世界に行ってからずっと転生にしか神力を使っていなかったからな……力が有り余っているんだ。此処でやったらぶっ壊し兼ねない」


 「へえ……、そりゃあ奇遇だな。俺も此処でやったら、この屋敷どころか、山全部燃やし尽くしちまうとこだと思っていたんだ……」



 一歩も譲らない俺ら――



 「お前たち、後にしろ」


 メンチ切り合う俺らを、一旦休戦に追い遣る、低く無感情な声。


 「どうやら侵入者だ――」


 戻ってきてから妹と交代し要が敷いた結界に、何者かが引っ掛かったらしい。


 心当たりは一つだけ。


 「あの橙毛の魔族か!?」


 ポーが逃がしたあの魔族。

 俺と要を手に入れて、魔界の解放と、神界の結界を解き、此処に居る神の皆殺しを企んでいるんだろう。


 俺は待ってましたとばかりに、要に言い放つ。


 「俺がやる!」


 要に空間を繋げさせ、俺はミコトと共に、そこに飛び込む。


 背後に要らない奴らもついて来るが、いつもの事だ、我慢しよう。




 要の域のスーパー端っこ、何も無い荒野に喪服の女は辛気臭く佇んでいた。



 秋も深まり、頬を撫でる風が、心地よい。

 先ほどまでむさ苦しい熱気に包まれ火照った頭と体を、冷やしてくれる。

 一気に身体が軽くなった気分だ。



 俺は害虫を排除しようとミコトの柄に手を掛けようした。


 が、害虫の方から恐れ多くも人間様であり眷属様であり神様でもある、この俺様に話し掛けてくる。



 「――この世界、どう思う?」


 光の差さない真っ黒な瞳で、俺を真っ直ぐに見る。



――ポーみたいな精神攻撃か?


 とも思うが、俺には特に変化が無いし、どうやら違うようだ。

 そもそもこの俺様に通用する精神攻撃なんて、この世にポーくらいしかできる奴は居ないだろう。



――ならばとっとと片付けるべし!


 いくらお喋りな俺でも、魔族と余計な会話はしない。



 刀を抜き、

 一瞬で間合いを詰め、放つ漸撃。



 それを害虫は、ずっと展開していた自身の足元に広がる闇の沼に落ちることで、回避する。



 別の離れた場所に、闇の沼が現れ、害虫が再び姿を見せた。



 「あなたたちは間違っている。元々一つのものが、離れ離れになっても、永遠に完全には成れない」


 「はああ? 何イっちゃってんの!? それが魔王様の命令? 魔界の世も末ってことか?」



 口ではそう言ったが、ヴィアベルがそんなこと言う訳無い。


 まるで完全に成るために、皆で一緒に仲良しこよししようって言ってるみたいなもんだ。


 “破壊と殺戮大好きっ子”の魔王がそんなこと指示するはずが無い。



 「――魔族、人間、神は一つに成るべき。それが完璧な生き物の姿」



 「は? まさかお前……パシリ魔族のくせに、新しい生物でも生み出そうってのか?

 ――は、はっははははは! ……冗談はよし子ちゃん!!」



 『よし子ちゃん?』『なんだそれ……』と後ろで紗羅と晩霞が囁いているが、気にしない。

 涙目になったりしない。



――昭和ネタは古すぎたか……。


 ちなみにこの“冗談はよし子ちゃん”は“余裕のよっちゃん”の彼女ではないかという説があるが、真偽は定かではない。




 「見た所、貴方記憶が戻ったようだけど」


 「ああん? 戻ってねーよ! うんこ」



 『うわ、堂々と嘘言ってますよ……誰が見ても嘘だって判るのに』『しかも陳腐な罵倒をしやがった』


 外野が何か言っているが――気にしたら負けだと思ってる。



 「結界、解いて欲しいの」


 「そんなお願いされたって、駄目なもんは駄目! おやつは一つです!

 ――だいたい“一つに”って何なんだよ。

 誰がどうやってそんなこと……まさか、グリェーシェニクが? いや、あいつにそんな真似、できるわけねぇ……」



 この魔族がグリェーシェニクと繋がっている事を、思い出す。


 奴が魔族を結界内に連れ込んでいたのも驚きだが、この魔族の異様さにも驚きだ。



――不穏分子は排除すべし!


 だが魔族が、律儀にも俺の質問に答える。



 「転生のシステムを応用するって言ってた」


 「ああ、そう……そっかー。それなら理解できるー……わけねーだろっ!!

 何か? あいつが死んで魔族にでも転生すんのか!? できるわけねーだろ! あいつ半分人間なんだから、転生なんてできっこねえ!」




 「でも、できるって言ってたわ。自分は生命力だけは純血と同じだから、永久に生きる分のエネルギーを転生に使うって」


 「マジでっ!? 夢が膨らむっすね!」



――うっへァ!? 魔族に転生するって!?

 んなことできんのかよ……。



 信じられない気持ちも有るが、しかし少なからず、“もしかしたら……”という気持ちも有る。



 ただの勘だけど――



 何度も転生を繰り返してきた俺には解るんだ。

 本人ができるって言うんだから、できるんだろう。



 「でもさー、それってただのグリェーシェニクの一人遊びじゃん! 確かにあいつが魔族に転生できたとしたら、神魔人完全合体になるんだろうけど。


 あいつだけ最終合体してどうすんの!? さっきの言い分だと、全ての神、人間、魔族を一つにする! ……的な口振りだったじゃん」



 「だから一度皆で死ぬんだって。


 そしたら膨大な量の生命エネルギーが発生するでしょう? 死んだ数より復活する時の数は大幅に減るけど、転生のシステム的には可能だろう、って。

 自分ができるから、皆もできるって」




 「何それ怖っ!! ちょっとあいつキチりすぎでしょ!?

 そんなの成功する保証も無いのに何独りで突っ走ってんの!? てめーの独創的なオナニーに俺らを巻き込むな!」



 目の前の害虫は、虹彩が確認できない程どす黒い瞳を俺に向け、きょとんと首を傾げた。


 「だいたいキミは何なんだね! まさか魔王様よりグリェーシェニク様に入信したって面白くない冗談言うんじゃないだろうね!」


 「覇空王(ディメンスト)様の方が大事に決まってるじゃない」


 「なら納得! 気持ちいいくらいあっさり正直に言っちゃったね!」



 魔族は直属の上司との繋がりが強固だ。


 血の繋がりより強固で、変わる事のない自然界の掟みたいなもんだ。


 だから例えこの魔族が『グリェーシェニクの方が大事』なんて言っても、絶対に俺は信じないし、当然、裏に何か在ると疑う。



 「――どんな答えだろうと、魔族は殺す!」


 グリェーシェニクの目的も聞けたし、こいつにもう用はない。



 「そう……」


 要以上の無表情で、呟くと、闇の沼が、“コポリ”と泡立った。



――逃げられる!


 そう思った俺は、全速力で草原を走り、勢いよく地面を蹴ると、高く跳躍して、スクリュー式ドロップキックを食らわす。


 「――っ……!?」


 “ヒル”がテレビでちらっと見ただけだけど、ぶっつけ本番、上手く成功した。


 両足で害虫を蹴り付けた後、空中でうつ伏せになるように身体を捻り体制を変え、前受け身をとり、素早く立ち上がる。



 闇の沼から30m程離れた位置まで、害虫は吹っ飛んだ。



 すかさず俺は追撃する。




 もう容赦はしねえ――




 「――起きろ、“ミコト”!」




 ずっとぬくぬくと安眠していた兄弟を、叩き起こす。



 抜刀と同時に閃光が走り、ミコトが目覚める。




 その場から“一歩も動かず”に一振りすると、



 30m先の空間に、


 電柱並の大きさの“亀裂”が生じた。




――覚醒したミコトは離れた空間をも斬る。

 



 害虫は、悲鳴を上げる間もなく、


 身体の中心で縦一線に分断され――息絶えた。



 


 害虫らしく虫けら並の惨い死骸だ。


 破壊された肉体は、血が噴き出る度に、ビクビクと小刻みに動いている。



――魔族なんて百害あって一利なし。


 良い事したなー、と思うと何だか空気が美味かった。




 鞘に収めると、ミコトは再び眠りに就く。


――ったく、良い御身分だぜ……。


 「……?」



 振り返るとそこには、


 ずっと会話を聞いていた紗羅と晩霞が、

 俺とミコトを化け物でも見るような目で凝視していた。



 ポーは相変わらずニヤニヤしているが……、



――ってか、お前いたのかよ!?



 「あー、今日いっぱい喋って疲れたわー。帰って飯にしようぜ!

 あ、そうだ。俺に何か言いたいことが有ったんだっけ?」



 「……」



 あーらら、最終的に黙っちゃったよ、紗羅も晩霞も。



 もうヒルの事は諦めた感じなのかなあー――


 ま、あれ以上俺に意見するなら、物理的に黙らせるつもりだったから、


 二人の判断は正解ってとこだな――



 うしし、と笑いながら、俺は自分とミコトの力で空間を広げ、要の屋敷に帰還した。

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