ヒルコ帰還 1
我ながら健康的なもんで、
心地よい日差しと小鳥のさえずりで目が覚めた。
ダルい頭をぼりぼりと掻き、鈍い思考が覚醒するのを待つ。
――昨日はさんざんだったぜ……。
そう思って、自室の寝床から起き上がると、
何も無い、
いや、俺からすれば充分に邪魔なモンがある空間を“掴んだ”
掴んで、力任せに“引っ張り”
床に“叩きつける”
そうすると“獣”が『ギャン』と啼いた。
俺は俺の影となっていた桐截を、“空間から引っ張り出した”のだ。
「よお、桐截――元気そうで何よりだな」
俺はこの獣を見下げるのが楽しくて、つい奥歯を噛み締めながら満面の笑みを浮かべてしまう。
桐截の方は、「きゅうんっ」とか可愛らしい啼き声を上げながら、お座りして俺に上目遣いでよがってくるが、
そんなもんで俺が満足するはずは無い。
「てめー、この俺様の愛くるしい顔をよくも殴ってくれたな」
俺は執念深く根に持つタイプだ。
やられっぱなしで黙って手打ちにするなんざ、死んだほうがマシだ。
桐截も、それが解ってるらしく、しょんぼりと項垂れている。ちょっと興奮してきた。
「人型になれ。
俺ぁ自称愛犬家なんだ、その姿のお前を甚振るのは気が引けて、つい手加減しちまう」
え、という視線を俺に向ける。
二度言うと思うな、二度目は有料だ。
何も言わない俺に、渋々と桐截は狼から人に変化した。
人型になり、
開口一番に桐截は言い訳を連ねる。
「か、頭だと思わなかったんだよ! ってかたまたま俺だっただけで、他の奴も気付いてなかったし……」
慌てて連ねる言葉なんて、俺が聞くわけない。
ってか、誰が喋っていいって言ったんだ?
俺は、美しい俺様のおみ足で、奴の顔面を蹴ってやった。
「いでっ! ちょっ、ちょっとま……!」
奴の後頭部に足を乗せ、奴の額を床に付けさせる。
足をぐりぐりすれば、額を床に擦り付ける形になり、無理矢理土下座させているようだ。
今俺ノーパンだし、素足だしで、
こいつが頭を上げれば丸見え。
そう思うとゾクゾクした。
俺は2発、3発、と桐截の顔面に蹴りを入れる。
土下座する全裸の男を甚振るのは爽快だ。
「ま、待てって! 足とか卑怯だろ!?」
「は? ――このわたしのか弱い細腕で殴ったところで、お前なんてビクともしないだろ」
完璧にヒルの口調と声を真似ると、桐截は目を見開き、大人しくなる。
その様にすげー興奮して、俺は全力であいつを“土下座”させた。
「ぎゃっははははははは!! まじウケんだけどっ!」
「ってめえ……」
俺がゲラゲラ嗤っていると、
突然、
扉が“がらり”と引く。
扉が全開すると、紗羅が立っていて、
俺とばっちり目が合う。
「ヒル……さん……!?」
そして、屋敷中に響き渡る甲高い悲鳴を上げ、絶叫した。
――ま、無理もないだろう。
見知らぬ全裸の男を足蹴にしてる、半裸のヒルなんて図は、さすがにシュールすぎだった。
「ははっ」
・
「いったいどういう事なんですか!?」
昨夜宴会が催された大広間に、全員が集められた。
要、ポー、晩霞、眷属たち、
――ってか、ローザンヌもいる……。
すげーな、紗羅。
俺の記憶が正しければ、ローザンヌはかなり気難しかったはず。
といっても、ローザンヌは両親の忘れ形見みたいなもんで、両親の死と引き換えに生まれ、俺が異世界に行った頃にはまだまだ幼く、ローザンヌは俺のことなんて覚えていないだろう。
そんなあいつを引き摺り出して来た紗羅は、さすがだな、の一言だ。
猛者どもは全員床に座り、紗羅だけが立っている。ついでにかなり気も立っているようだ。
「だーから、俺ヒルじゃねーって」
何度説明しても納得してくれない紗羅が、いい加減めんどくさい。
「お話は理解できました! さっさとヒルさんを返してください!」
――前言撤回、理解はしていたようだ。
「言っとっケド、あんなのただの俺の一部。
大事な仮宿を維持するための、仮魂みたいなもん!」
「私はヒルさんがいいんです!
ヒルさんを出してください!」
話が噛み合わない。
――埒が明かない。
面倒だし、適当に返す。
「あ、無理無理。今俺の隣で眠ってるー。全裸で。」
「くだらない冗談は止めてください!」
――めんどくさい……。
仕方ないから、ヒルの真似をしてやる。
別にこれからずっと“ヒルモード”を貫き通してもいい。それが俺だから、大した苦でもない。
「……紗羅、もういい。どうやら面倒になったみたいで、あいつはわたしに譲るようだ……」
「本物のヒルさんを出してください!」
可笑しい。
完コピしてたのに一瞬で見破られた。
「……おかしい……おかしいよう。
なんで? どうして? 俺はあいつであいつは俺で……なのになんで?」
「おい……なんかこいつ、性格ころころ変わり過ぎじゃねーか?」
晩霞くんが俺をゴミと間違ってるみたい。
君が見てるのはゴミじゃないよー! ――そう教えてあげたい。でも俺なんかに教える資格は無い。なぜなら俺はゴミ以下だから。
「ああ……そうか、わかったよう。きっとまだ馴染んでないからだね……ふ、ふふふ……それならまだヒルは俺じゃないもんね。それなら仕方ない」
ぶつぶつと呟く俺を、吐瀉物でも見るような目で晩霞くんは見ている。
――ごめんね、今“40代目俺、会社が倒産して鬱病になった挙句、自殺に失敗したおっさん”モードだから。
「きもちわりー!! どうなってんだよ!」
晩霞くんが俺の本体である要さんを責めているが、見当違いも甚だしい。
要さんは何も知らないよ?
「――僕は様々な人間の一生を経験しすぎて、色々な人格が綯い混ぜになってしまっているのだよ。
勿論僕は僕でしかないのだから、元の一つの人格に収めることは可能なのだが、こうして出してあげるのも悪くないかな、と思ったのだよ」
“37代目僕、大正浪漫風美青年”モードで話す。
この頃は色々あったな、と思ひ出に浸りたくなって仕舞った。
だが四方八方から強烈な非難の視線を感じ、少し自重する。
――女だったら大丈夫だろう!
“32代目、わっちにけそうしないとのたちはいんせん”
吉原おいらん、しかも太夫!
「さっきから言ってるように、わっちは要どのの分体“ヒルコ”でありんす。ぬしたちの言う“ヒル”は、わっちがまいりんしたときに、しっこみんした」
ゆったりと、かつ堂々とした口調。
気だるげな流し目と、意味深な溜め息。
横に放り投げている足を組み替え、丈の短い着物の裾からちらりと脚線美を覗かせる。
すると明らかに、這い寄るような視線が集まった。
が、“ダンッ”という床を強く踏む音で、一斉に視線が散る。
「どなたかの人格に安定してもらえませんか?」
どすの利いた声で紗羅は上から俺を睨んでいた。
「無理っすねー、ひる今テンション上がってるっすもん! 久々に出てこれたし、
しかも要の眷属になっちゃって、不老になっちゃって、もう人生一からやり直さなくていいんだもんっ!!」
――ひる嬉しくって、身振り手振りが激しくなっちゃうっす!
「――どちらにせよ蛭子命の人格は、あたしの人格と溶け合うことになんのさ」
――そう、これは決定事項なんだよ。
遅かれ早かれ、そういう運命なんだ。
「溶け合うって……、それじゃあ、ヒルさんも他の人格のように、ヒルコさんの一部になってしまうのですか?」
「……た、たぶん……そう。あ、絶対……かも? 2千年分の僕達“ヒルコ”と、たった16年しか生きていない“ヒル”とでは、……そうなってしまいますね……たぶん。あ、絶対……かも?」
ころころと表情を変え、
口調、声色、仕草、醸し出す雰囲気すらも完璧に別人となる。
当たり前だ、これは演技とかそういうレベルを超えた、全て“本物の自分の性格”なのだから。
しかし、
「じゃあ……ヒルさんが今まで頑張ってきたことはどうなってしまうんですか? 元の世界に帰るのは? 要さんへの思いは?」
紗羅の言葉で、俺様のテンションが少し下がり、“初代俺様、要の分体ヒルコ”に戻った。
「帰る訳ねーだろ! 魔族に俺がどの世界に居たのかバレちまったんだから。次行くとしたら、また更に別世界だっつーの。
ま、行かねーけど」
正直二度と、あんな思いはしたくない。
これ以上壊れちまったら、俺はただの狂人だ。
「では、此処に残るのですね!」
「あ? そういうことに、なんな……」
要の手前、語尾に力が無くなる。
「ココにあんたの居場所なんて、無いんだからねっ!」
要の肩口からついと顔を出し、ローザンヌが頬を膨らませながら俺を睨む。
なんというか――可愛い。
「わーかってるって! お姫様」
やはりというか、ローザンヌは俺のことが嫌いなようだ。
ちょっと傷ついたが、こちらに来て初めて会ったときの態度から解っていたことなので、そこまでのダメージではない。
――ほんと、ちょっとだけ。
ちょっと涙目になるくらいしか傷ついていない。
「要さんのことは、ただ無意識にご自分の本体を特別に思ってしまっただけですね!」
それ、確認するほど重要なことなの!?
って内容を、なおも紗羅は食いぎみに詰問してくる。




