記憶の所在
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――俺は、要のいらないものと大事なもので、できている。
俺が要から分離したのは魔族との戦争が混沌を極めていたときだった。
神と魔族の数は元の10分の1にまで減り、人間にいたっては全人口の100分の1にまで激減した。
要(俺)たちは強かったし、死ななかったが、
要たちより少しだけ弱い、親や先生の世代が死んだ。
皆疲弊していたが、大切な者を失っている以上、止める訳にはいかなかったんだ――
そんなとき、要は世界各地で戦う神々を集め、ある提案をする。
自分の能力で、魔族を別世界に閉じ込める、と――
「そんなこと、できるわけないじゃない!」
ルードはそう決め付けたが、様々な能力を持つあいつらが一致団結すれば、できないことじゃない。
それに、あいつら自身も解っていたんだ、
――このままじゃ埒が明かない、と。
この頃には、人間同士の争いまで発生していたのだ。
神を崇拝し従っていた人間たちの中に、魔族の力を利用する者が現れ出したんだ。
神と魔族が対立し、人間がその力を利用して、更に人間同士で争う。
戦いは多くの死者を出してもなお、終わりが見えなかった。
だからこそ、すぐにでも強引に各種族を引き離す必要が有ったのだ。
当然ながら、反対する者が現れる。
グリェーシェニクだ――
あいつは何の力も無いが、純血しか居ない当時の神々の中では、ずば抜けた頭脳を持ち、指揮官として戦っていた。
「魔族を異界に封じたからといって、何の解決にもならない! 魔族の中には、要……君と似たような力を持つ者が居るんだ!」
「ああ、だから俺は、俺が死ぬまで力を使い続けるさ」
「そんなこと……」
鈴が要を心配して止めようとするが、グリェーシェニクにより遮られる。
「しかし魔族を排除して、それで恒久の平和が訪れるとは思えない!」
「――俺もそう思う。だから、俺たちも、俺たちだけの世界を創ろう」
要の発言に、一斉に神々はざわめいた。
「そんなこと……可能なのか……」
グリェーシェニクは言葉に詰まる。
無理も無い。
何の力も無いあいつには、能力の限界や、結界とはどういった力の使い方をするのか――その感覚は、どう足掻いても理解できないのだから。
「できる。魔族の方は俺が直接別世界に閉じ込めるが、神の方はこの世界の何処かに結界を張り、中からも外からも行き来できないようにするだけだ」
「ただの結界なら、ちょっとの力でできるかもねー」
ポーが、暢気な声で同意する。
真っ当な神々がそう言うのだから、グリェーシェニクには“可能なこと”と納得せざる得ない。
だがあいつは最後まで“種族ごとに別々の世界に生きる”という考えには反対していた。
「そんなことしたって根本の解決にはならない」
とか何とか言ってたっけ。
しかし、他の奴らは概ね要に賛成した。
何でも良いからさっさと戦いを止めたかったんだろう。
だが一つだけ皆の気がかりが残っていた。
「――でも、私たちが居なくなったら、人間は困らない? それに、私たちだけで上手くやれるかしら?」
チャルチが言った、この言葉だ。
主に人間は、神の力に依存して、生活し、
神は人間の力で文化的な生活が送れていた。
要するに、人間に何か残してやりたいと思ったんだろ。
そこで皆で意見を出し合い、必要な者だけ自分の神殿に力を与えようと決めた。
そうすることで、人間たちの生活に必要な力は残したのだ。
そんな訳で、要たち(俺ら)は神魔隔離計画の為、水面下で準備を進めた。
戦いの傍らで、
神殿に力を残す者は、力を残し、それぞれ神官を配置してそいつを神(自分)の代わりにしたし、
魔族を閉じ込める為の仕掛けを、皆で協力して創り上げた。
何か明確な目標が有るのは良い事で、不思議なことにその間は誰も死ななかった。
要(俺)の方は、絶対に失敗できないので、保険として能力を引き裂き、自分の分体を2体創り出すことにした。
1体は、戦いの際に使用する武器だ。
魔族を閉じ込める為に、能力は温存しなければならない。
これが有れば、要自身の力を使わずに自分の身を守れる。
完全に独立した自分の能力でできた刀なので、いくら使っても要自身の力が使われることは無いのだ。
そしてもう一体が、俺――要と全く同じ姿をした、結界を張るためだけの能力だ。
俺がいれば、
もし要が魔族を閉じ込めた際。
力を使い果たそうが、何か予期せぬ事態に陥いようが、
独立して、俺が自分の判断で結界を展開できるって寸法だ。
更に要は、ご丁寧に、俺に自分の要らない感情を入れたんだ。
捨てたと言ってもいいだろう。
――怠惰、嫉妬、怒り……。
だから俺たちは見た目が同じでも、性格は大きく異なった。
俺と刀が分体として形を持ってから、
最初に要が俺らに言った言葉を、今でもはっきり覚えている――
「お前は“ヒルコ”、お前は“ミコト”」
俺を指し、刀を指して、それぞれに名前を付けたんだ――
我ながらネーミングセンスの無さに、呆れてしまった。
「蛭子神かよ……」
確かに神が創った神で、果ては異界に流される運命なのだが、それにしても、もう少し捻りが欲しいものである。
「嫌か?」
「いや……いいよ、それで」
こうして俺はヒルコ、兄弟である刀はミコトとなった――
それから俺は独自に、“神の国”を造るべく動いた。
まず、広い世界の何処に結界を張るかを考える必要が有った。
ぼんやりと世界地図を見ながら、ふと、
蛭子神の逸話の舞台――人類誕生の地とされる、東洋の列島について興味が湧く。
調べてみると面白く、
どうやら霊験あらたかな地のようで、縦長に連なる列島全体がパワースポットをなしていた。
列島地図と世界地図を比べてみると、大きさの差はあれ、なんだか似ているようでもある。
――この列島は、まるで世界の縮図であるかのようだ。
歴史的にも面白い。
列島は世界そのものと対応し、列島で起きることは世界で起き、世界で起こることは列島で起こる。
実際にその地へ踏み込むと、更に面白かった。
要の能力のほんの一部でしかない俺でも、なんだか力が増したように感じられた。
俺は直感で、
――此処しか無い! と思い、すぐに結界を張る準備に取り掛かったんだ。
数日後、要たちは魔族を別世界に閉じ込めることに成功した。
後は神々がこの地へ降り、俺が結界を張るだけだ。
続々と集った神々に、俺は戸惑った。
皆、何十もの人間を引き連れて来たからだ――
「おい、ルード! チャルチ! なんだ、ソレ!?」
「あら要、早いわね。
あら? 何だかいつもと雰囲気違う? 前髪切った?」
「切ってねえ! ってか、その後ろの人間共!」
「ああ……駄目って言ったんだけど、どうしてもアタシ達について来たいって言うから。いいじゃない、この子たちは信心深くて好く尽くしてくれるのよ?」
「ってゆーか、お風呂入りたいんだけど。要、私達の神殿は何処?」
「んなもん在るか! 自分らで造れ!」
「「ええぇっ!?」」
信じられないだの、話が違うだの、
ぎゃーぎゃーと騒ぎ立てるルードとチャルチを無視して、俺は一先ず、この予期せぬ事態は要が来るまでの保留にした。
一番最後に、要は鈴に連れられて来た。
どうやら負傷しているようで、まともに話もできないでいた。
俺は最後に何か一言くらい話したがったが、どうやら他愛ない話どころか、大事な話もできないようで、
仕方なく、要に一言も告げずに結界を展開することにした。
どっちにしろ、
力を使い果たして、これからもずっと力を使い続けなければならない要が、千にまで膨れ上がった人間たちをどうにかできるとは思えなかったんだ。
他の神々も似たようなもんで、疲労と、戦争が終わる期待感を漂わせ、俺が何かを言い出すことはできなかった――
そして俺は、自身の役目である、空間の結界を展開する――
結界は、この極東の島々全体と何も無い海を球状に囲う薄い別次元の空間で、
外部から結界に触れれば、結界の反対側――球の対角線上にワープしてしまうし、
また内側から結界に触れても同じように対角線上にワープする仕組みだ。
空間歪曲型ワープってやつだ。
そして俺は、もう一つの使命、
“身を隠しながら生き延びる”ために、この世界を離れ、異世界へと向かったんだ。
結界は、俺にしか破れないが、俺が死んだら破られてしまう。
だから俺は、俺の意思以外では、絶対に誰にも破らせないように、異世界に身を隠すことにしたって訳だ。
この事は、要が俺を創る前に考えていた事だ。
何処の世界に行くかは適当に決めた。
ただ、――神とか魔とか、そういう面倒なのにはもう、関わり合いたくない――それだけを願った。
俺がどの世界に行ったのかは、要にも、誰にも判らない。
俺だけ解っていれば良いだけで、他の誰にも知られてはならなかった。
そして俺は独り寂しく、
異世界の住人になったってわけ。
これらは全て、俺が要の分体となってから、僅か10日間程の出来事だった――
異世界での生活は――普通だった。
神気があったので、人間からは好かれたし、上手くやれた。
漁村に住みつき、
普通に嫁をもらって、
子供にも恵まれた。
特に問題も無い、普通の生活だったが、
子供たちが独立してからの或る日、
俺の女が泣きながら「殺してくれ」と言った。
年をとるにつれ、どんどん老いさらばえていく自分に反し、
いつまでも若いままの俺。
――それに耐えられなかったようだ。
まあ、その気持ちも解らなくはなかったので、
俺は女の望みを叶えてやった。
んで、その後自ら命を絶った。
命を絶つ、といっても本当の意味での死ではない。
ただ肉体を棄てただけ。
そうしたのは、人間社会で神として生きていくのは、色々と不便だと感じたからだ。
一度神の肉体を棄て、
人間として産まれ直すことを思いついた。
俺は死に際、ただ一つ。
転生しても、“ヒルコ”の名が付くことだけを願った。
俺が分体として自我を持ってから、要(本体)から与えられた唯一のものなのだから。
そうして俺は人間として生き、
死んで、
何度も転生を繰り返した。
何度目かの転生を繰り返し、
やがて記憶を引き継ぐのが嫌になった。
何度も生まれ、必死に生き、死ぬ。
その繰り返しが――
いや、それよりも、
ミコトへのどす黒い嫉妬が、転生を繰り返す度、
強く、大きく、深くなってきたんだ。
――何故、俺だけが独り延々と続く地獄の輪廻を繰り返さなければならないのか。
――何故、あいつだけ要の傍でのうのうと生きているのか。
――何故……、
と果てしなく浮かび上がる嫉妬の深みへ嵌っていき、
とにかく、帰りたくて、ミコトが羨ましくて、
気が狂いそうだった。
だからその後の転生の際、俺の自我――記憶を閉じ込めることにした。
俺の自我とは関係なく、
一人の人間として、生きる。
そうすると、普通の人間として普通に生きることができた。
そして偶然にも、命と名が付けられる。
どの世界にも、似たようなことを考えるやつがいるらしい。
そう、蛭子神の逸話はあの異世界にもあったのだ。
だから、蛭子という姓がある限り、ミコトと名付けられるのはありえないことではない。
要の……俺自身の単純さを呪った。
命――その名を意識したとき、俺の封じ込めていた自我の中の、嫉妬の感情が再び呼び覚まされた。
嫉妬を通り越して、
ただ、『帰りたい』と願い、
その欲望に負けてしまう。
長い年月で、タガが外れちまったんだろう――
こいつ、蛭子命が10歳の時、俺は元の世界に戻ってしまった。
要たちが居るはずの、あの列島には行けない。
もし要に遇って、失望されるのは嫌だし、ミコトがあいつの手に在るところも見たくない。
だから俺は、結界を張っていない元の世界、即ち“結界の外の世界”に行った。
要には気付かれるだろうが、知ったことじゃない。
気付かれたところで結界の中だ、俺のところまではいくらあいつでも来れないだろう。
――いや、もしかしたらあいつだけなら来れるかも……。
という嫌な予感を無視して、俺は元の世界へ強引に戻った。
蛭子命の意識を強引に奪うのは気が引けたので、
一番俺が出て行きやすい寝ている間に、こっそりと元の世界に戻り、生活に支障の出ないように少ししたら帰る。
――それだけで俺は充分だったんだ。
いつもシュウのところに行ったのは、あの世界であいつが一番強い神力を持っていたから。
神力というより、魔力といったほうがいいのか……よくわからんが。
せっかく元の世界に行っても、また独り寂しく――じゃ、つまんねーだろ? だから、あの世界で一番見つけやすい人間のとこに行ってたんだ。
何年かそうしてると、要どころか魔族連中にまで見つかってしまってたのは、誤算だった。
っていうか、そんなこと考えもしなかったんだけど――
そうして今に至る、ってわけだ。




