告白 4
大広間を出ようとしたとき、背後から声が掛かった。
「ついて来い」
有無を言わさずそう言うのは、要だ。
――そういえば、こいつもあまり酒飲んでなかったな……、
と彼の顔を見ながら、ぼんやりとヒルは少し前の光景を思い浮かべる。
そんな彼女を無視し、要は先に部屋を出た。
特に何も疑問を持たず、言われるがまま彼の後に続く。
ふと、手に持っている刀に意識がいき、大事なことに気付いてしまう――
行き先は、以前に一度訪れた彼の部屋だった。
上げられたままの御簾を潜り、部屋の奥に在る戸へ入る。
短い廊下の先に、更に引き戸が在った。
中へ入ると小さな個室になっており、寝室のようだ。
ヒルは此処が終点なのだと解ると、来る途中で気付いたことを要に告げようとして、刀を彼の目の前に差し出す。
「これ、返すよ」
「……俺にはもう、必要ない――お前が持っていろ」
彼はそう低く囁くと、何の脈絡も無く――彼女に口付けた。
どういった経緯でこんなことをするのかは解らないが、
何故か彼の唇が自分の唇に触れているのである――ヒルは戸惑い、一歩後退る。
しかし、彼はそれをさせまいと、更に深くまで彼女の咥内を追った。
――また何かの契約だろうか?
と彼女は不思議に思い、この一連の流れが収まるまで彼の様子を観察するが、一向に収まる気配は無いし、むしろ盛り上がっている気がする――
そこで耐え切れなくなった彼女は、力任せに彼を押し退けた。
「何なんだ、いきなり……最初のときもそうだった、何の説明も無く人に触れやがって!」
怒りを顕にする彼女に、要は首を傾げる。
「――お前、俺に気があるんだろう?」
「そうだけど……」
彼の意図が解らない。
もう少し言葉が欲しい、と彼女は思う。
が、再び口を塞がれて、言葉を出すことができなかった。
そうしているうちに、いつの間にか、自然な流れで床を背にして倒れてしまっていた。
帯を解かれ、袂の隙間から冷たい手が浸入し、腹の辺りに触れられて、漸く貞操の危機を感じる。
――確かに“好きだ”とは言ったが、いくらなんでも手が早くないか?
と疑問に思うのだが、
気があると意思表示した男の部屋に、のこのことついて来た自分にも落ち度が有るのかも――と彼女は思い、大人しく身を任せることにした。
――どうせ帰るのだから、後腐れ無くて良い、と。
それに何より純粋に、好きな相手に触れられるのが、嬉しかったのだ。
だから彼女は目を瞑った。
目を瞑って身を任せることにしたのだ――
現状を全て受け入れて、
目の前の男のことも受け入れて、
この世界のことも受け入れた次の瞬間――
後頭部に鈍い衝撃が奔った。
「あ゛……ぅ……グ」
呻かずにはいられない激しい痛みが襲う。
彼女は咄嗟に、強い力で頭を抱え蹲った。
「おい……」
要はそれを不審に思い、彼女の異変を確認しようと、腕を掴む。
頭が割れるような痛みに、彼女はもがいた。
「ぅ……ぐ、ぅ…………っ!」
要が力を入れて腕を掴むが、びくともしない――相当な痛みのようだ。
「――ぁあああああ゛!」
――なぁにが『要くん好きっ、きゅるんっっ』だ!! アホか! ――俺は!
叫びと同時に頭の中に声が流れた瞬間、
背筋から後頭部にかけて、激しい電撃が流れた。
そして、あっという間に痛みが消え失せる。
痛みが治まると、ヒルは鈍い動作で、頭を抱えていた手を離した。
真っ直ぐに頭上の要を睨み、
犬歯の見える下卑た嗤いを浮かべながら、ゆったりとした口調で低く声を発する。
「――退けろよ、こんなことしてただで済むと思ってんのか? ぁあ゛!?」
その表情は、先ほどまでの彼女とは、まるで別人であった――
一方の要は、何事も無かったかのように、無表情である。
「お前、数年前から何度かこっちに来ているだろ」
しかも彼女の言葉とは無関係な話題を持ち出す。
「だっはー! あ、やっぱバレてた?」
当の彼女も全く気にしない様子で、
ころっと表情を変え、今度はゲラゲラと下品に笑い出した。
「当たり前だ、こそこそと人間界の方に行きやがって」
「へえええええええ! あれって“人間界”っていうんだ!
まじか! 知らなかったの俺だけ!? まじ嫉妬すんだけど!!」
“あちゃー”と、額に手を当て、またもやゲラゲラと笑い出した。
「臆病者が――」
「それ、そっくりそのまま自分に返るよー?」
そこでまた、がらりと表情を変え、鬱々とした顔になる。
「……しょうがねーだろ……。
お前の言い付けを破るんだから……、……お前の居る場所に来る訳にはいかないだろ……」
「俺に会うのが恐くて記憶を閉じ込めたのか……」
「ちがうちがーう!」
大仰に手を開き、床に大の字になって天井を仰ぐ。
「さすがにお前と顔会わせたら観念するしかねーだろ?
俺を閉じ込めたのは、こ、い、つ!
蛭子命だよ!
俺が出てきたら、しょっぼいJKの自我なんて、すーぐ消えちまうからな!
本能的に危機を感じてたんじゃねーの?」
「そうか……」
要はそれだけ言うと、再び彼女に口付けた。
それに彼女は驚き、目を見開き、全力で彼の身体を押し退ける。
「おい! ふっざけんな、ど変態! 白聾郭の故事を忘れたのか!? ――天罰が下るぞ!」
彼女の必死な様子に、要は薄く笑う。
「なんだ、怖いのか? 今時そんな昔話、信じているのお前だけだぞ」
そう言ってまた触れてくる彼に、
――あ、こりゃ何言ってもだめだ、
と観念するも、
諦める訳にはいかなかったので、傷つけないように抵抗を試みる。
といっても、自己防衛本能が働き、あまり抵抗らしき抵抗はできないのだが――




