告白 3
引き摺るようにコンクリートの壁を出ると、晩霞の方へ向かう。
少し遠くに居る、疲れた様子の彼に、指示を与える。
「晩霞! こいつを連れて紗羅と此処から出ろ」
「あ? お前はどうすんだよ……」
晩霞は、ヒルと共に居る知らない男の姿を確認し、気怠げに答えた。
「ポーが戻るまで待つ、それにこの魔族のことも気になる」
未だ燃え盛る炎の塊を見ながら、彼女は晩霞の許へ寄る。
「何を気にする必要があんだよ! どう考えても、もう死んでるだろ。喉は焼け、黒焦げになっているはずだ……灰にするには時間が掛かるが」
「お前の言うとおりだ――だが念のためだ。……急げ」
「わーったよ」
これ以上モタモタしていられないと判断した晩霞は、彼女に従い、自分より大きいな要を背負った。
「ポーなら放っておけ……」
去り際に、要がヒルに囁く。
晩霞はヒルの反応を待たずに駆け出した。
要を背負った晩霞は、蹲る紗羅の許へ駆け寄ると、いの一番に怒鳴った。
「おら、さっさと行くぞブス! てめーは自分で歩けよ」
「ヒルさんは!?」
「あいつはやることがあんだよ、今の俺らが此処に居れば邪魔になる! 言わなきゃわっかんねーのかよ!」
「そんな……」
紗羅は心配でヒルへ目を向けるが、
炎で赤く染まる彼女の表情は落ち着いていて、晩霞の言うとおり、
――自分は此処に居てはいけない、と悟った。
彼女はよろよろと立ち上がり、頼りない足取りで晩霞と要の後を追う。
ルードのペンダントの光は完全に失われ、再び闇の雷が轟音と共に出現し、無差別に、容赦なく襲い始めた。
撤退する仲間たち。
ヒルは振り返ると、その背に大声を掛ける――
「――要! ――好きだ!!」
場違いなその言葉に、周囲の時間が止まった。
音も、
黒い雷も、
炎ですら一瞬止まったように、錯覚させられる。
「――は? って……」
晩霞は驚き、何も無い床で躓く。
紗羅は振り返り、わなわなと口許を震わせ、血相を変えて絶叫した。
「いゃあああ! ヒルさん! こんな時に何て事言うんですか!?」
「阿呆か!?」
叫ぶ二人に、笑顔を向けると、
ヒルは炎に向き直り――もう二度と、後ろは振り返らなかった。
紗羅と晩霞の足取りが速くなる。
良くも悪くも、二人にとっては良い刺激になったようだ。
「……」
しかし、当の要は無言のままであった――
ヒルは弱まっていく炎を見ながら、
襲ってくる雷をかわしながら、考える。
――またここで要と別れることになり兼ねない、と。
それが一時的なものか、永続的なものなのかは判らないが。
だからこそ、目的の一つである“要に告白する”を強引に達成したのである。
要も助けたし、告白もした。
あとは記憶を取り戻すこと、即ち、帰ることのみに集中すれば良いのだ。
随分気が楽になった。
炎が疎らになると、ヒルは刀を構える。
気迫のある、良い構えだ。
炎の隙間から、電光石火のナイフが一直線に彼女を捉え、飛び出す。
それを彼女は刀身で払うと、
まだ火の残る、中心に斬りかかった。
鋭い音を立て、ヒルの刀が止まる。
静脈の浮き出た緑色の大きな手が、刀を掴んでいた。
腕は太く常人の胴廻りほどもある。
“グルルルルル……”
という荒い獣の唸り声と共に、その姿が顕わになった。
2mもの全長に、額には2本の角、
背から鋭い刃が3本出ている。
顔容は元の面影を残しているが、緑色の皮膚に巨体は、完全に別の生き物だ。
「それがお前の正体か――」
ヒルはそういうと、掴まれている刀に、更に力を込めた。
すると徐々に刀身は進み、化物と化したミダイの腕を真っ二つに切り裂く。
ミダイは悲痛な絶叫を上げ、
飛び退くが、
反動をつけ、
背を丸めて、突進する。
巨体とは裏腹に早い。
あっという間にヒルとの距離を詰め、体当たりするが、
一瞬前、ヒルは床を強く蹴るとひらりと宙に舞い、斬撃をもってミダイの背にある鋭い刃を3本共切り離した。
刀を突きつけ、
「お前は終わりだ……」
ヒルが静かにそういうと、ミダイは観念したかのように、項垂れる。
「随分潔いんだな」
「……」
薄らと嗤いながら、彼はポツリと呟く。
「どうせこんな辺境の地に左遷された身ですから。
覇空王様にとっては魔界のことも神界のことも、ただの遊びですので、僕らが失敗すれば、また別の方法を考えるだけです」
「そう――」
死に行く彼の言葉は、彼女に何ら動揺も与えない。
哀れんだりしないし、
異形の者を殺すのに、戸惑ったりしない。
言葉の真意もどうだっていい。
ただ、機械的に、彼の首へ刃を振り下ろした――
異形の頭部が転がる先に、黒いローブの裾が在る。
ポーだ。
「そっちはどうだった?」
ヒルは彼に目を向けもせず、彼に問いかける。
少し前から、闇の雷は治まっていた。
恐らくは、この空間自体に込められた魔力も尽きてしまったのだろう。
「なんかアレ面白そうだから、そっとしておくことにした」
ポーはいつもの気の抜けた声で返事をして、
「ふーん」
ヒルはいつもの調子で、無愛想に返した――
・
砂の上に晩霞と要が座り、紗羅はそわそわとしながら立ち尽くしている。
その様子を、海で遊ぶ人間たちがちらちらと窺っていた。
「――おい! アレ」
「ヒルさん! ポーさん!」
闇の中から出てきた2人に晩霞が指差し、紗羅が駆け寄る。
ヒルは負傷した右腕をだらりと下げたまま、緩々と紗羅の方へ歩き、飛び付く彼女を受け入れた。
背後で、ポーが空中に刺さっている自分のナイフを抜く。
「じきにこの可笑しな闇は消え去るよ。もう新しい魔族が入ってくることはないだろうねぇ」
「ったく、どうなってんだよ。結局魔族ってのは何しに来たんだ……純血どもも、裏でコソコソ何やってんだ」
「無益な争いで、平和を乱されたくないです!」
紗羅の発言に、ヒルは俯いて、小さな独り言を吐く。
「平和……? この世界が?」
今までは“自分に関係ない”“どうでも良い事”と割り切って、考えないようにしてきたが、
仲間と認めてしまった彼らの世界について、真剣に考える気が起きた。
しかし、それは今考えることでは無い。
人目が痛いこの場所で、満身創痍の彼らがゆっくりと話し合うことはできないであろう。
「ポー、要の域に行けないか?」
ヒルは、要の眷属たちとの約束通り、彼を早く自分の住処に帰すことを優先した。
そしてあわよくば暫く世話になろうという考えだ。
「僕もう疲れちゃったから無理」
「俺がやる」
低い声で、要がポツリと言い、
晩霞と紗羅は、何とも言えない表情で彼を見る。
「なんだ、あんた喋れたのかよ――」
皮肉を言う晩霞を無視して、要は立ち上がり、空中を掻き分けるようにして“空間を拡げた”
「――ってか何だその神力!? そんなの使えんなら、俺が背負う必要無かったんじゃねーか!!」
要の能力は、“空間を紙に描いた絵のように変換して捉える”だ。
全盛期の彼ならば、空間を、切ったり、貼ったり、繋げたり、他にも様々な応用をすることが可能であった。
・
要の屋敷に着いてからは騒々しかった。
彼の妹であるローザンヌが、彼の姿を見て泣きついたかと思えば、
それを押し退けた手下である眷属たちが、
主にローザンヌから解放される喜びと、安堵の号泣と共に、彼に縋り付いた。
柊だけは、それを苦笑しながら傍らで見ている。
ふと、柊がヒルに話しかけた。
「そういや、雰囲気変わったが、記憶は戻ったのか?」
「いや……」
短くそう答える彼女に、柊は首を傾げる。
が、彼女は言葉を切らずに更に続けた。
「今日はわたしと……こいつらを此処に泊めてくれないか?」
「……あ、ああ。勿論、好きなだけ居るといい……」
記憶が戻っていないというのに、自分から此処に留まりたいと申し出る彼女に、柊は面食らう。
その後の食事は更に騒々しかった――
ヒルとポー以外は、浴びる様に酒を飲み、底抜けに騒いだ。
紗羅にいたっては、所望されるまでもなく踊り、すっかり酒宴の中心となっている。
「あいつ……何処にあんな体力残っているんだ……」
「好きなことは別なんだよ」
ヒルは紗羅にも呆れたし、まるで自分もそうだと言いたげなポーにも呆れた。
それに、子供の姿で堂々と酒を飲み干す晩霞にも頭が痛くなる。
これまでにも何度となく見てきた晩霞の飲酒は、いつになってもヒルが慣れることはなかった。
しかし、柊の手料理は美味い。それだけは歓迎されるべき事実で――久し振りの和食を、彼女は純粋に堪能する。
暫くして、ヒルはすっかり食べ終えた。
食事を終えた彼女にとっては、この空騒ぎは苦痛でしかないので、
――風呂にでも入ってさっさと寝よう、と退散するために立ち上がる。
手当てされた右腕の痛みにはもうすっかり慣れてしまった。
恐らく塗られた薬に何か仕掛けがあるのだろう、とヒルは考える。




