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幼馴染



 ゆっくりと流れる水の音、小鳥のさえずり、木々の葉ずれ、そして大きく広い空。


 教会から出ると、底まで見える澄んだ川、青々とした緑が拡がっている。


 小さな滝が見ることができる水辺に立ち、ただそこにある自然の音や動きを五感で感じていると、ルードはとても静かで落ち着いた気持ちになれた。


 目を瞑り、雑念を捨てて自然にとけ込む。



 しかし、


 ざ、


 と小石を踏む音が聞こえ、彼の意識は雑念と共に引き戻された。



 「――来たわね……」


 ゆったりとした動作で目を向けると、其処には4人の男女がバラバラな表情で立っていた。


 


 鈴の住処である教会には、日中たくさんの人々が訪れる。


 彼女は自身が神であるにも関わらず、優秀な医者であり聖職者でもあるので、人々から多大な信望が有った。


 そんな彼女の教会に、力を失ってからずっと、ルードは世話になっていた。



 聖堂には入らず、ルード達は裏手に廻り居住区域の扉から建物内へ入る。



 居間に在る大きな食卓テーブルを5人は囲んだ。



 「ルード……腕、何があった?」


 彼が口を開こうとした時、先にヒルが声を掛ける。


――どうやら記憶は未だ戻ってないみたいね……。


 片腕を失い、神気すら失くしてすっかり変わり果ててしまった彼とは違い、

 ヒルの方はひと月前に会った時と全く変わり映えしていない。

 

 「これは魔族との戦いでやられちゃったのよ」


 彼は苦笑して、事の経緯を説明した。



 


 「――ちょっと待って、チャルチは? チャルチはどうしたの?」



 話終えて真っ先に声を上げたのは、意外にもポーだった。



 如何にいけ好かない相手でも、ポーは共に育った幼馴染であり、自分の親友チャルチもまた彼の幼馴染に違いない。


 同じ庶幾の代と称された仲間がまた1柱減ってしまったのだ、

 ルードは仲間を守れなかった不甲斐なさから、ポーに申し訳ない気持ちでいっぱいになる。


 が、今更素直になることはできない。



 「チャルチは敵にやられて隠れたわ。復活したかったら、いずれ転生でもするでしょう……」


 「僕幼馴染が減っていくのはもういやだよ。チャルチはチャルチだよ、二度と同じチャルチには会えない」


 「そんなの解ってるわよ! でも、やられちゃったんだから、仕方無いじゃない!!」



 ルードの投げやりな態度に、ポーの雰囲気が鬱屈したものに変わる。



 「……チャルチはルードの親友なのに、どうして平気なの?」


 「平気じゃないわよ。

 何よ、仇でも討てっての!?

 アンタは馬鹿だから理解できないんでしょうけど、何の力も無い今のアタシが魔族相手に復讐なんてできっこないのよ!

 アタシは人間になっちゃったの!」



 「それなんだけど」


 ヒルが普段通り、淡々とした調子で口を挟む。 


 「力を使い果たして、一時的に失っているのではなく、いきなり永久に消えたのは、何か変じゃないか?」



 彼女の発言に紗羅がハッとして、身を乗り出した。


 「私も、それが気になりました。

 そもそも神の存在自体が力の発生源なのですから、神である限り永続的に生成されます」



 ルードもポーも、いきなりの話題転換についていけてない。


 「? なによ、何が言いたいのよ……」



 「神気が無いから神でなくなったというのは不自然です。神ではなくなったので、神気が無くなったのかと……」


 「「???」」


 彼女の説明が理解できずに、ルードとポーは口を開けて呆けている。


 


 理解力の無い純血の神に、いい加減うんざりした様子の晩霞が、つまらなさそうに頬杖をつきながら、ヒルと紗羅に加勢する。


 「もっと解りやすく言わねーと解んねーよ。


 つまりは物理的な干渉で、意図的に神の力が無くなったんじゃねーかってことだよ。

 それか俺みたいに術で神気と――ついでに神力を消してるか」


 「術?」


 ルードの質問を無視して、晩霞は続ける。


 「精神的なもので神という存在が変わることはありえないから、肉体的な何かがあったと断言できる。


 それに純血ってのは害虫並みに生命力が強いんだろ?

 だったら内的要因は考えられない。


 陰間(かげま)が人間みたいになった経緯からすると、可能性があるのは――その魔族とやらが何かしたか……」


 「ちょっと! 陰間ってアタシのコト!?」


 陰間とは、主に男性相手の男娼だ。

 とても目上の神に使って良い言葉では無い。



 「有り得るな」

 「……ですね」


 彼の考察に、ヒルと紗羅も同意した。





 「まさか、何かされた心当たりなんて無いわ!」



 「エゼルとかいう魔族の珠は、取り外し可能だったんだろ?」


 ヒルが質問をし、晩霞が飽き飽きとして口を挟む。


 「それしかねーだろ。

 元々はそいつの掌に埋まってたんだ。


 自分の体内に埋める事ができて取り外し可能なら、他者の体内に入れることも可能だろ」



 「ただの憶測だろ?」


 「でもそれだけの道具を作り出せる技術があるなら、それくらいの機能があっても良いと思います。その方が使い勝手が良いですし、応用が利きます。

 技術的には問題無いのに、機能を排除する利点があるとは思えません」


 今度は紗羅が言い、ルードとポーは益々蚊帳の外だ。



 「え? ちょっと、どういうことよ……」


 「だから、その神力を吸収するって珠が、てめーの身体に埋められてっかもしれないってことだよ!」


 「まさか、そんなこと……あ」


 戸惑いながらも、ルードは何かに気づく。




 「なんだ」


 「そういえばエゼルは死に際に、アタシの足をずっと掴んでたわ」


 もしそれが、珠の残ったもう一方の手だったならば、エゼルがルードの体内に珠を埋め、

 それが彼の神としての力を吸収し続けているかもしれない。


 「可能性は有るってことか」

 「じゃあ足切ってみるか?」


 晩霞がころっと態度を変え、面白そうに言う。



 「ちょっと! 物騒なこと言わないでよ!」


 もし本当に珠が体内に在って、取り出すならば、

 身体を傷つけずに取りたいものだ、と彼は思う。



 「鈴は再生が得意だから、神力が戻ればなんとかなるよ」


 ポーが嬉しそうに、口角を上げる。 



 「ただの憶測で足切れないわよ!」

 「それに珠が足で留まっている保障も無いしな」


 ヒルが何気なく言った言葉に、ルードはぞっとした。



 しかし彼は、頭を振り、その感情を捨てる。


 「アタシ、ずっと人間になりたかったの」


 「?」


 「アンタ達見ててやっぱり人間っていいなって思う。

 だから――このままで良いかな、って……」




 「陰間。生きる気がねぇんなら寄越せよ、お前の命。

 俺の域の人身御供として使ってやるから」


 世間話でもする様に、晩霞は悠然と言う。



 「はあ!?」



 「俺の推察が正しければ、てめーは今も純血で、邪魔なもん入ってたとしてもそれは変わらねー。

 その命を俺の域の結界に使う。

 上手くいけば半永久的な結界ができるかもしれねぇ。俺の民の犠牲を減らせる」


 紗羅が手を合わせ、


 「あ、それいいですね。

 その術なら私の域にこそ、して欲しいものです」


 と便乗した。



 「あ゛!? てめーは生贄反対してただろーが!」

 「純血が何も残さずに犬死にするのには、もっと反対です」


 「ちょっと、アンタ達! 言わせておけば……」


 「ルード、お前の命はお前だけのものじゃない。この世界の人々にとって、神の力は必要不可欠なんだ」


 ヒルは今まで目にしてきた光景を思い出しながら、ルードを諌める。



 「お前は身一つで多くの人間を救うことができる。

 紗羅や晩霞は、そうしたくても、何かの力を借りなければならないんだ。自棄になるには、お前の責任は重過ぎる」


 彼女の感情の無い語り口が、

 かえってルードの心に浸み込んだ。


 はっとして、「そうね……」とだけ呟き、ルードは言葉を失う。



 チャルチの居なくなった今、

 生きていても仕方がないと思っていた。



――また何処かで何かに生まれ変わってくれればいいな。


 とは思えたものの、再び会いたいとは思えなかったのだ。



 しかし、彼は思い出す。


 親友の存在だけが、自分の全てでは無いということを――



 「……忘れていたわ。

 アタシたちは、間違いを正すまで、責任を果たすまで止められない」



 彼が沈黙の末出した結論は、ポーにしか意味が解らなかった。


 


 そして当のポーは、

 人差し指を唇に当て、彼に“黙れ”の意を示した。




 「ポー、アンタはアタシがチャルチにこだわって、闇のどん底に沈めばいいと思っているんでしょうけど、そうはいかない」


 「別にいいよーだ。どうやらルードはまだまだ生きるみたいだし? チャルチもきっとチャルチとして復活するかもね」


 「ちょっと、それって何百年後の話よ!」


 言い合う2人は、何だか子供のようで、ヒルたちは呆れてしまう。



――幼馴染か……。


 脳裏に過ぎった自分の幼馴染――拓海の姿に温かいものを感じ、ヒルは微笑む。



 そして、気づく。



 その感情は、

 恐ろしいことに、


 過去の記憶を慈しむ衝動に似ていたのだ。



 心がざわざわと五月蝿くなり、彼女は焦り出す。


 「ルード、本題だ。わたしの記憶についてだ」






 「ああ、それね。アンタの中に無いなら、どうしようもないわよ。言っておくけど、アタシは間違ったこと言ってないからね」


 ルードの投げやりとも取れる言い草に、ヒルは苛立った。


 「完全に間違っているだろう! わたしの記憶に問題が無いのなら、お前たちがわたしにアレコレ言うのは、全て間違っていたんだろ!――人違いじゃないのか?」


 「人違いじゃないわよ。その剣使ってるじゃない」


 爪の先まで整えられた長い指を、ヒルに指し示す。

 テーブルの下に隠れて見えないが、その先には要の刀があった。

 

 「っ……! とにかく、わたしはさっさと要に会って、すぐに帰りたいんだ! 他に何か方法が無いのか!!」


 「だーかーらー、無いって言ってるでしょ?」


 「ヒルさん、要さんを見つけてからゆっくりでいいじゃないですか、焦っていても解決しませんよ。

 案外探すのを止めたときに見つかる事ってありますよ」


 紗羅の気遣う言葉が暢気に思えて、逆にヒルは落ち込む。


 「それじゃあ駄目なんだ、わたしは――」


 彼女は気付いてしまったのだ、この世界が居心地の良いものになっているということを。


 元の世界が既に、過去のものになってしまったということを。





 「紗羅ちゃんの言うとおりよ。とにかく、今は要が最優先。殺されることはないようだけど、覇空王(ディメンスト)が関わってるみたいだから、いつ気まぐれを起こすかわかったもんじゃないわ」


 どうしようも無いらしく、ヒルは引き下がるしかない。

 これ以上この世界が居心地良くなるのは怖かったが、まだ旅を続けられることが嬉しくもあった。


――元の世界に戻って、自分には何が残るのだろうか、


 という疑問を感じつつ、

 答えを出すのはやめた。



 「……なんで紗羅だけ名前呼びなんだ」

 考えを逸らすように、呆れて言う。



 「あら、可愛いからに決まってるじゃない?」

 ルードはさも当然のように、さらっと口にした。


 「わ、ありがとうございます! ルードさんもお美しいです」


 それを紗羅は否定もせずに、すかさず畳み掛け、

 「あらー、うふふ、正直な子ね」


 ルードは上機嫌になる。



 「馴れ合うな! 気味悪い」


 「何ですか? 入りたいんですか? 晩霞さん」

 「ダメダメ、お下品な子はお断りよ」「「ねー」」


 「うがーっ! 腹、立、つ!!」


 声を合わせる二人は、すっかり打ち解けたようだった。






 「ではルードさん、鈴さん、お世話になりました。

 もっとお話したかったのですが、そうも言ってられないので、これで失礼します」


 「ええ、要を取り戻したらまた来るといいわ。アタシも力を取り戻せるように頑張るわ」


 「はい! ルードさんの神気、感じてみたいです!」


 教会に一泊した一行は、早朝に準備を終え、別れの言葉を交わす。

 紗羅とルードの横で、鈴がヒルに話し掛けた。


 「ヒル……さん。要をよろしく」


 「? はい……」


 昨晩幾つか言葉をやりとりしたが、どうも彼女はヒルを呼ぶときに言葉を詰まらせる事が多い。

 ヒルは疑問に思いながらも、軽く頭を下げ、別れを済ませた。



 


 「ちょっと、紗羅ちゃん! コレ、貸してアゲルわ」


 思いついたように一旦教会の中へ戻ったルードが、慌てて小走りで出てきた。


 ルードが紗羅に手渡したのは、独特な十字のペンダントがついたネックレスだ。


 「何ですか?」


 「アタシの槍よ。アタシじゃなきゃ槍にはならないんだけど、光の力が有るから持って行って!」


 敵に闇の力を持つ者が居る限り、光の力は大きな武器になる。


 「あの、私が持ってもいいのでしょうか?」


 「紗羅ちゃんしか居ないでしょ?」


 チラ、とルードは一行に目を向けると、


 「わたしは刀を使う」

 「余計なモンいらねーし! 俺は俺の力以外は邪魔になる」

 「僕に光の力は使えないよ」


 申し合わせたように各々の理由で、断った。



 今度こそ別れの挨拶を済ませ、一行は目的地を目指し再び旅立つ。

 目指すは要が捕らわれている、グリェーシェニクの居る域だ。


 ルードと鈴は、一行がポーの闇に消え去るまで、ずっと見送った――


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