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暗中模索 1



 「皆さーん! お疲れ様です!! 此処がスコラの在る街、オクスフォルダです」


 「なんであいつが引率みたいになってるんだ……」


 両手を広げる紗羅の後ろには荘厳な街並が拡がっている。


 オクスフォルダは城壁都市だ。


 中心に大聖堂があり、高い塔がある。

 街全体が石畳で舗装されており、石造りの建物と木組みの建物が見事に調和した美しい街だ。


 人間たちは、男性も女性もぴったりした袖に広い襟ぐりのジャケットを着ている。動きやすい服装だ。

 女性のスカートは長く引き裾で、ゆったりと広がるように裾にマチが入っている。

 男女共に色素が薄く、彫りの深い顔立ちである。



――中世ヨーロッパ……、


 ヒルは少しだけ心ときめく。

 元居た世界では、海外旅行の経験が無かった。





 「まずは宿をとりましょう! それから踊りますよ!」


 「てめーの頭はガッバガバだな! 毎回毎回口を開けば、宿とる、踊る。ほんっと上も下もガバガバで、どうしようもねー糞女だな!」


 「ムキー!! いい加減その汚い言葉を改めないと痛い目見ますよ!」


 「おい、紗羅……言い返すな」


 二人の間に、おずおずとヒルが割り込む。



 「痛い目って誰からだ? 糞女共の集団からか? 生憎糞女は何人集まろうが糞に変わりねーよ! 俺が一瞬で消し炭にしてやる。


 それともお前が俺に直接何かするのか? できるわけねーよな!


 てめーが何回挑もうが俺に近づくことすら出来ねーからな!

 ははは、まさかそんなことも理解できてねーのか? 残念ながらお前は能力だけじゃなく、頭まで手遅れらしい。


 いっぺん生まれなおして来い! 糞売女!!」



 「ほら……」

 ヒルは悲痛な溜息を吐きながら、

 胃のあたりを手でさする。




 まだ16年しか生きていないのに、すっかり胃痛持ちになってしまっている。


 神の眷属になっても、心労からくる病への耐性は強化されなかった。



 一言返されるだけで、10倍上乗せして返すのが晩霞だ。


 毎日のことなので紗羅も理解しているはずなのに、彼の暴言にはつい言い返してしまう。


 ヒルも何度となく『言い返すな』と注意していた――



 「なんで私ばっかりに酷い事言うんですか! 私の事好きなんですか! お子様ですか!!」


 彼の暴言を我慢しろ、という方が無理だった。


 再び紗羅が言い返したところで―― 



 ヒルとポーは、とりあえず耳を塞いだ。




 


 翌日――



 オクスフォルダ大学の研究所を尋ねて、ヒル達は学校の敷地内に居た。


 そこらじゅうから、微かな神気を感じるが、すれ違う者の多くは人間だ。



 この域は学問が盛んで、各町村毎、人口に合わせた規模の学校が常設されている。


 各学校の優秀な者のみ、この大学に進学し、果ては域の官吏になるのだ。


 大学の敷地内には、中央機関として各学部、図書館、研究施設と18のカレッジ(学寮)、3つのホールが設けられている。


 それだけの人口を抱えるこの域は――巨大である。



 そんな大学の敷地内の一角に、世界中の神々が学問を学ぶスコラが在った。



 目的の者は、紗羅と同期生であって、既に卒業しているが、

 彼女が居た頃には、ここの研究所に留まっていた。


 その者がまだ此処に居ることを願って、4人は研究施設に入った。




 「あの、スターヴさんはこちらにいらっしゃいますか?」


 扉をノックすると、出てきた壮年の男性に紗羅は尋ねた。

 彼は別段何とも思わなかったようで、自然に後ろを振り向き、部屋の奥に声を掛ける。


 「おーい、スターヴ……お客さん」


 どうやら彼は中に居るようで、ヒルと紗羅は安堵した。


 壮年の男性が引っ込むと、変わりに別の男が出てくる。すらりと背の高い、優男だ。



――なるほど、こいつも神か、


 そして先ほどの男は人だな、とヒルはぼんやりと思う。



 スターヴは紗羅同様に全く神気が無い。

 それなのにこう思うのは、単純に見た目が美形だからである。


 これまでに多くの神を見てきたが、不器量な者は居なかった。

 神はオーラだけでなく、見た目でも人を魅了するのだ。




 「あ、あれ!? もしかして……紗羅!? え、どうして此処に?」


 「久しぶり、ちょっと貴方に用があって……来ちゃった」



 数十年振りに再会したのだから、スターヴが驚くのも無理は無い。


 照れ笑いする紗羅の後ろに居る3人に目を遣り、彼は首を傾げた。


 「取り敢えず、テラスに行こうか――暫く外すよ」


 中の同僚に声を掛けてから、スターヴが4人を先導して1階テラスへ向かう。



 庭園のテラスは日差しがよく入り、心地良い。

 ガーデン用テーブルセットが幾つか在り、この施設の憩いの場になっている。


 遠目に学生たちが往来する歩路が見え、広さはあまりない。



 5人はテーブルを囲み、座った。


 始めに口を開くのは紗羅だ。


 「ごめんなさい、いきなり。私の友人が困っていて、貴方に力を貸してもらいたいの」


 そう言って、ヒル、ポー、晩霞を軽く紹介して、スターヴの方も紹介した。


 「――どうも……って、君。その為に此処まで来たの?」


 「そうなの。それと、色々あってね」


 ふふ、と苦笑する彼女に、彼は怪訝な顔をして、他の3名を順に見た。




 ふと、ポーの顔で視線が止まる。


 「あの……こちらは?」


 「ああ、さすが! お目が高い! お察しのとおり、ポーさんは純血だよっ」


 最後だけ小声で、紗羅はスターヴにウインクした。


 ガタッ、と盛大な音を立て、彼は立ち上がる。


 「本当ですか!」

 「え? う、うん」

 「研究させてください!!」


 前のめりで迫る彼とは反対に、ポーは限界まで仰け反った。


 「スターヴ落ち着いて! それは後で個別に交渉してよね」


 「あ、ああ……ごめん」


 謝りながらも、彼はちらちらとポーに視線を向けている。

 ポーは「うぅ……」と呻きながら、すっかり怯えていた。


 そんな彼らに苦笑しながら、紗羅は本題を切り出す。

 「貴方の力……、貴方の知恵を貸してほしいのよ――」


 



 当事者でもない紗羅が、事のあらましを説明した。


 「――と、いうことで何か記憶を戻す方法ってないかしら?」


 「うーん、術は幾つか有るけれど、どれも旧時代的でお勧めできないね。それに記憶を失った経緯がはっきりとしていない。

 原因が特定できていないと、適切な術を選択できないよ。

 闇雲に術を使うと、反動で予期せぬ副作用が起こりかねない……」


 彼の言葉を切って、晩霞が高飛車な態度で口を挟む。


 「だから黙って生贄10人使って儀式やりゃあいいんだよ! 最初っから言ってんだろうが!」


 「野蛮人は黙っててください!!」


 「はっ、人じゃねーし、てめーより濃い神だし」


 晩霞と紗羅の言い争いを、スターヴは苦笑しながら止める。


 「ははは、君の言う術も有効かどうかは確実じゃないよ。

 そんなに犠牲を出して、“残念ながら効果はありませんでした”じゃ済まされないよ」


 「あ゛? てめーの御高説は偽善的で欠伸が出んだよ。片っ端から試してって、このガキがぶっ壊れたらそれで仕舞いでいいじゃねーか」


 「あははは、このチビッ子可愛いね――」

 「……っ!」


 スターヴが言い終わるや否や、晩霞が飛び掛かる。

 殴ろうとする手を、ヒルが掴み、宥めた。



 スターヴが思いついたように、ぼそ、と呟く。


 「――一番確実なのは、精神に入る事なんだけどね」


 冗談混じりといった風に、はは、と笑って誤魔化す。


 が、


 「精神?」


 自分の事なのにも関わらず、今まで傍観していたヒルが、ふと話題に食い付く。


 「? そうです――純血の神の中には、時に人の精神に入り惑わす方もおられるそうですよ。

 もしそんな奇跡が可能なら、記憶を失った経緯なんて関係無く、記憶に直接触れて干渉する事も可能でしょうね……あの、大丈夫ですか?」


 彼の話を聴きながら、ヒルは頭を抱えていた。


 ぎこちなく、横を見る。


 「……ポー、お前。私の精神に入れるか?」

 「うん」


 ポーの即答を確認してから、ヒルは胃をさすりつつ、深い溜息を吐く。


 スターヴも紗羅も晩霞も、状況が掴めず不思議そうにしていた。



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