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断章



 「ヒルコノミコト?」



 うむ、と老人は頷く。


 「――蛭子命は地上の神が産んだ最初の神なんだよ。


 不完全であるが故、産まれて直ぐに異界の地へ流されてしまったのだそうな。


 この地には天の決めた理気がある。


 地上の神には女から求愛してはならない、という理があり、それを侵した報いから、不具の子が生まれたのだね。


 理に背けば必ず報いが下される」



 スコラの子供たちは、皆姿勢を正し、静聴している。


 多くは十八歳くらいの見た目だが、二人だけ十二歳くらいの見た目のまま成長が止まっているものが居た。





 老人は講義を続ける。


 「他にも恐ろしい逸話が在る。


 白聾郭の故事というのがあってね、

 三千年の昔、白聾郭という神殿に老碗という神がいた。


 老碗は自分以外の生き物を酷く嫌った。


 そしてやがて自分自身も嫌いになり、姿を十に裂き、自分と同じ形のものを十つくりだし、

 自分の十体の分身達を十通りの方法で、惨たらしく殺してしまったんだ。


 それを天は許さなかった。

 白聾郭は老碗もろとも燃やされた。百年もの間炎に包まれ、火が去った後も瘴気を放ち続け、今でも生き物が近寄れない地となっている」



 ごくり、と生唾を呑む音がする。

 老人は微笑んで子供たちの顔を一つ一つ確認して、頷く。



 「強い力を持つ神や魔とて、天の理を無視できない。

 君たちが悪いことをしないように、天がきちんと見ているんだからね」


 はい、先生――と、誰かが返事をした。







 夕日で橙色に染まった広場には、要とポーだけが残っていた。


 要はベンチに寝そべり、ポーは向かいに座っている。


 「――ねー、正直どう思う? 今日の先生の話」


 「大昔の神話だろ? 寓話みたいな教訓だよ。

 俺たちが魔族みたいになっちまったら、誰も止められないからなー」


 「魔族……戦争、いつになったら終わるんだろ」


 「終わらないだろ、このままじゃあ。

 もう何百年も続いているって先生が言ってたし。それに段々酷くなってきた。ちょうど百年前と似たような状況らしい」


 「へー」


 「他人事みたいに言うなよ、俺たちもいつまでも子供じゃない、戦わなければならない」


 要やポーが生まれるずっとずっと前から、世界中で戦争をしていた。


 初めは主に、魔族と人間の領土を巡る争いだった。それに人間と持ちつ持たれつの関係であった神が加わり、事態は混沌としている。





 「戦いって……どうして」


 「どうしてって、戦って勝たなければいつまで経っても戦争は終わらないだろ。俺は行く、黙ってられない」


 「えー、どっちも勝とうとするから終わらないんじゃない? 負けちゃえばいいのに」


 「馬鹿、そんなことしたら人間は皆殺されるし、俺らも不便になる」


 「そっかー、でも僕今のままでもいいけど」


 「お前なあ……。さっきも言ったろ? 百年前みたいに激化してるって。先生も言ってたろ、百年前の大戦で多くの神が死んだって。このままじゃ俺らの親も死ぬぞ」


 「ええー、それは嫌かも……」


 神は変化するのを嫌う。


 ポーの“現状のまま今まで通り戦争を続けてもいい”という気持ち。

 要の“戦争を終わらせて大切なものを守りたい”という気持ち。

 どちらも神の本能だ。



 「魔族は神よりいっぱいいるから、半分くらい殺しても滅びはしないだろ」


 「半分ですむかなあ? それで戦争は終わる?」


 「わからん。でもやるしかないだろ、俺らは庶幾の代なんだから」


 庶幾――彼らは、世界中の人間と神々にとっては、希望そのものだった。

 同時期に十一柱もの神が生まれる事は、歴史上初めてで、しかもそれぞれが稀に見る強い力を持っている。

 混迷の時代を終わらせるのは彼らである、と想望されていた。



 「グリェーシェニクは、戦ったって、いつまでたっても戦争は終わらないって言ってたよ」


 「ああ、俺も聞いた。『例え決着がついて終わったとしても、原因は種族の違いなんだから、根本的な解決にならない』ってやつだろ? じゃあどうすりゃいいんだよ、もっと具体的に言ってくれないと、解んねーよ」


 「グリェーシェニク頭良いもんねー、僕らにも解るように言ってくれないと困るよねー」


 「半分人間だからな……そういやあいつ、最近全く喋らなくなったな」


 「うん」


 



 二人は少しだけ、沈黙する。


 つまらなそうに、口を開くのは要だ。


 「最初の混血……グリェーシェニク。

 天の理に、人間と交わってはならない、ってのがあったはずだ。あいつには天罰が下ったんだろうか……」


 「白聾郭の故事?」


 きょとん、と首を傾げるポーに、要は無言で肯定する。


 「だったらもう、下ったんじゃないかな? 彼の父親である神は野犬に食い殺されて死んだ筈」


 要は驚き、体を起こす。


 「神が……嘘だろ? 母親は?」


 「普通に生きてるよ。でも人間だからねー、これからどうなるかわかんないよねぇ。

 変だね? やっぱり天罰は在るのかな」


 ふふ、と笑うポーに要は眉を顰めた。


 「お前、あいつの精神に入ったのか?」


 「うん、半分人間だからね。簡単だった。でも、つまらなかった」





 「ただの……白聾郭はただの作り話じゃなかったのか……」


 「あららー? 怖い? 要は意外と怖がりだもんねぇ」


 「は? ちげーし! お前に言われたくねー!!」


 要はポーを小突く。


 一頻りじゃれ合った後、笑った。



 まだ大人と子供の合間に立つ彼らは知らない。


 この日を境に、生涯心の底から笑える日が来ることは無いということを。


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