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犠牲と儀式 3







 「――十人!?」


 ヒルが塀に風穴を開ける少し前、


 「そんな、ヒルさん……」


 紗羅は僧侶たちから術の説明を一通り教わった。

 ヒルが聞いた話よりも更にもっと詳しく、儀式の方法まで説明された。



 紗羅にとっては、非人道的な儀式。


――ヒルさんに伝えるべきか、私の心の中に留めておくか、

 ヒルさんは記憶のために人を殺すのだろうか、いや、でも……


 ぐるぐると、相反する感情が渦巻く。


 しかしその悩みも、ここから生きて出られないと意味は無い。



 だから彼女はまたしても、


 「私! 踊ります!!」


 と、片手を一直線に上げ、堂々と胸を張ってそう言い放った。



 「は? おい、ふっざけんなっ!

 時間が無駄だ! さっさとやっちまおうぜっ!!」


 突然の不審極まりない彼女の発言。


 晩霞は慌てて彼女と大僧正の間に割り込む。


 「いいえ! 死ぬ前に一度皆さんに見ていただきたいのです!

 私の、神の! ありがたい踊りをっ!!」


 僧侶たちも、生贄たちも皆『見たい』と思った。

 ただ一人、星星の姿をした、晩霞を除いて。


 「ありがたいもんか、あんな卑猥なもん!」


 「やっぱり貴方!――……

 「これ星星! 神様に向かって無礼じゃぞ!」


 「くっ……」


 星星の姿をした今、晩霞が大僧正に逆らうことはできない。

 しかし、そんなことも言っていられないので、意を決して口を開く。


 「おいジジイ! こいつ何か企ん――」


 言い切る前に、紗羅は踊り始める。


 こうなってしまえば、人間たちに彼女の踊りを止めることは不可能だ。


 彼女が踊り始めると徐々に膨れ上がっていく神気、

 これはまずい、と思った晩霞が必死に止めようとするも、早くも虜になった僧侶たちに抑えられる。


 

 


 舞いが一番の盛り上がりに達する直前、


 晩霞は僧侶の腕をすり抜け、

 紗羅に体当たりする。


 「キャッ!」


 「これ星星、何という事を!」


 「もういいだろ!? さっさと始めようぜ」


 晩霞は紗羅の腕を掴み、強く引いた。


 「小癪なまねしやがって! 行くぞ!!」


 「ふん、残念でしたね! もう来てるようですよ!」


 紗羅の横柄な態度に、彼は直感する。


――あの恐ろしいモノが来ている、と。


 そう思うと、

 すぐさま巨大な、底無しの闇のような神気が彼を襲った。


 がたがたと震える腕を別の手で押さえ、落ち着かせる。



 紗羅の腕を引く力を強め、

 引き摺るようにして堂を出た。



 「おい、ジジイ共! 急ぐぞ! 邪魔が入る」


 彼はそう叫んだきり、黙って祭壇を目指した。



 園庭に出て、

 本堂の東口から入る。


 板張りの床を強く沓で鳴らし、

 渡り廊下を通り、前室である堂に入った。


 紗羅がたびたび抵抗するが、そんなもの何の気休めにもならない。



 薄暗い堂の中には、

 ぽっかりと不気味に開いた、黒い入り口が在った。


 入り口の縁は、装飾がしてある。



 此処が儀式の洞穴――紗羅はそう確信する。



 黒い穴から冷たい風が出て、彼女は身震いした。




 間もなく僧侶たちが、駆けつける。


 それを確認してから、晩霞は洞窟の中へと足を踏み入れた。



 彼が一歩踏み込むと、不思議なことに通路の脇に在る蝋燭が灯った。


 進むに連れ、先へ先へと蝋燭が灯る。



 やがて大きな空間に出た。



 話の通り、黒い湖が拡がっている。


――あの中には数え切れないほどの人間が……


 そう思うと、紗羅は目を逸らさずにはいられない。



 桟橋を渡り、

 実際には石柱の基礎が()かれているのだが、湖の上に浮かんでいるようにも見える祭壇へ辿り着いた。



 「おい、女! 脱げ!」


 開口一番に、彼はそう言う。


 「は? 嫌です!」


 「聖別しなければ犠牲になんねー!」


 「あなたが先に脱げばいいじゃないですか!」


 「俺は火炙りだから聖別しなくていいんだ!」


 「ただの嫌がらせじゃないですか! 下心が丸見えです! 気持ち悪いです!!」


 「……っんだと!?」



 言い合いをしているうちに、

 装束を纏い、道具を手にした僧侶たちが到着した。



 「やれやれ、前代未聞なのじゃから、もう少し厳かに行いたかったが……」


 「いいからさっさとしろ!」


 そう言って僧侶達に紗羅を引き渡し、

 自分は火炙り台へ向かった。


 Y字形の台に括り付けられると、足元には充分な薪と新たな藁が敷かれる。


 彼は目を瞑り、静かにその時を待つ――



 「い、や、で、す!!」


 「しかしのう……脱いでもらわなければ、儀式は行えん」


 「そもそも私は同意してません!」


 「むう、困ったのう……」


 とっくに準備のできた晩霞の前には、ゴネる紗羅と強く出られない僧侶達がどこかのんびりとした調子で、脱ぐ脱がないの交渉をしている。



 「――だああああ!! とっととしろよ! それとも止めるかっ!?」


 堪り兼ねた晩霞の怒鳴り声に、僧侶たちは意を決した。

 ただでさえ乗り気でない紗羅に加え、彼の気まで変わってしまっては厄介だ。


 僧侶たちは、力を合わせて嫌がる紗羅の衣服を脱がせた。



 僧侶の半分が、経を唱える。


 暴れる彼女に力ずくで全身を青く塗ると、テーブル状になっている石像の台に横たえ、拘束した。


 経を唱える僧侶が増えた。


 


 晩霞の足元に、火が入れられる。


 火は藁を燃やし、徐々に大きくなっていく。

 やがて火は薪をも燃やし、どんどん広がった。



 大僧正が、神に祈る言葉を唱えながら、ナイフを手に取った。

 それを目にし、紗羅は身をよじる。

 

 「いやぁっ!! ヒルさん! 早く来てください!!」


 甲高い悲鳴を上げ、泣き叫ぶ彼女に、もう誰も同情したりしない。

 儀式の最中、激しい抵抗に及ぶものは多い。



 火が急にバチバチと音を立てる。


 それに気をとられ、頭上の晩霞の様子を見た紗羅は、目を見開く。


 既に彼の足に火が到達していた。



 「やああああ!」


 ナイフが胸に当てられる。


 「皆頭おかしいです! 狂ってる!!」


 涙に濡れる目で、気丈にも、大僧正を睨み付けた。


 火は燃え上がり、晩霞の膝上に達している。



 そのときだった。


 『ーーーっ!』


 ここに来るとき通った道の方から、声がした。


 僧侶たちは皆驚いたが、経を唱える声は止まない。



 紗羅と晩霞は、瞑っていた目を見開き、同時に叫んだ。


 「ヒルさん! 助けてっ!!」

 「さっさとやっちまえ!」


 皆が驚く。


 晩霞にまだ意識があったのだ。



 しかし、通路から人が飛び出てきて、そちらの方へ注目が集まった。


 「な、何じゃ、主ら」


 大僧正が声を上げると、ポツリ、ポツリと経が止んだ。


 「わたしの連れだ、返してもらう」


 飛び出してきた人物――ヒルとポーが祭壇に上がる。


 「儀式の最中じゃぞ!」


 大僧正を無視し、ヒルは紗羅の拘束を解く。


 全裸に、青い塗料。

 その姿に、ヒルは眉を顰めた。


 「なんだ、その格好……」

 「うぅ……恥ずかしいです……」


 「なんと恐ろしいことを! 神は怒り、人は皆焼き尽くされるであろう!」


 大僧正の予言めいた言葉に、僧侶たちは一斉に立ち上がり、隠していた剣を構えた。 


 羽織を紗羅に着せ、ヒルは舌打ちする。


 「ちっ、

 ポー! 紗羅を担いで先へ行け!!」


 「ええ!? やだよ、何か汚いし……」


 「いいです! 私自分で走れますから! それよりもヒルさん! あの方を助けてください!」


 紗羅が指差す先には腰あたりまで炎に包まれた、少年が居た。


 誰もがもう死んでいるのではないか、と思うが、ヒルは彼を炎から救う。

 刀を使い、湖の中に燃え盛る薪を投げ入れた。


 半身が炭化し、ぐったりと項垂れる少年を背に負う。


 僧侶の一太刀、

 鼻先を掠める剣先を、間一髪でかわす。



 「桐截、殺さない程度に、薙ぎ払え!」


 何もない空間に、そう言い放つと、

 ヒルの雰囲気が変わる。


 左手に持つ刀を上段に構え、隙を見せる。


 襲ってきた剣を、豪快に薙いだ。



 剣は見事に真っ二つになり、僧侶の額が割れる。


 跪き、悶える様子から、運が良ければ生き残るだろう。



 「う、うわあああああ――!!」


 僧侶たちが形振り構わず、襲い掛かった。


 ヒルは少年を背負い、紗羅とポーを守るようにしながら、戦う。


 豪快に、剣と僧侶の身体を同時に切りつける。

 とても殺さないようにしている戦い方ではない。切られる度に、悲鳴が上がった。その様は、正に阿鼻叫喚だ。



 道が拓けると、紗羅とポーは走った。


 逃げる二人の背後で、ヒルがある程度応戦すると、きりの良いところで二人の後を追う。


 後ろは振り返らずに、駆け抜けるヒルの背で、ぼそりと呟く声がした。


 「あーああ。

 どうしてくれんだよ、こうなったら逃げ切ってもらうからなっ」


 「ふん、始めからそのつもりだ」


 狸寝入りをやめた晩霞は、力強くヒルにしがみ付いた。

 これでいくらか走りやすくなる。


 洞窟を抜け、本堂の廊下にはたくさんの僧侶が待ち構えていた。


 ヒルとポーが洞窟の中に入っていったのを止められず、

 また、洞窟の中へ入ることのできない彼らは、仕方なくここで待っていたのだ。


 紗羅とポーは、彼らの間をすり抜け、庭園に飛び出した。


 ヒルも後から続き、間もなく二人に追いつく。


 彼女の足は大して早くもない。


 それでも二人に追いついたのは、紗羅が立ち止まったからだ。





 「おいおい、何やってんだよ!」


 僧侶たちに、生きてようが、死んでようが、自分が攫われたと思わせたい晩霞は、ヒルの背から降りない。



 紗羅は真っ直ぐに、三人を見据えた。


 「ここにはたくさんの罪も無い人々が、囚われています! 解放しましょう!!」


 彼女は生贄たちが集まっていた堂に駆け寄ると、扉を開ける。

 まだ中には生贄たちが全員そろっていた。



 当然ながら、ヒルはそれに反対する。


 「解放してどうする!? こいつら全員連れて行くことなんて、できないんだぞ!」


 「でも、見捨てることなんてできません! ポーさんの術で! 他域へ逃がしましょう!!」


 「知らない土地で、知らない文化で、生きていくのがどれほど大変な事か解っているのか!」


 「それでも! 殺される為に生きているなんて間違っています! 生きていれば、きっといいことが待っています!」


 「そんなの気休めにしか過ぎないだろ! 後のことも考えろ!!」


――どうせここに居る生贄を救ったからといって、また増やせばいいだけなのだから。



 しかし紗羅は、彼らに手を差し伸べる。


 「さあ! 行きましょう、早く」


 生贄たちは、ぽかんとしたまま動かない。


 「どうしたんですか?」


 「どうしたもこうしたも……こいつらはこの中でしか生きていけないんだよ。余計なことすんな」


 晩霞の言葉に、紗羅は愕然とする。

 背後から、僧侶たちの怒号が聞こえた。


 ヒルとポーは、紗羅を放って再び逃げ出す。


 数秒の逡巡の後、

 紗羅もそれに続く。


 背に重い何かが圧し掛かった気がしたが、

 もう二度と、後ろは振り返らなかった。


 涙が横に、流れた。



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