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犠牲と儀式 2



 晩霞だってできれば星星、それに彼の家族への名誉を傷つけたくない。


 だから彼に事情を話し、共に一芝居打とうとしたのである。



 晩霞と星星は、悪戯な表情で僧侶の一人に声を掛けた――




 暫くして、


 生贄たちが集まる堂に戻った星星は、おとなしく床に座った。


 堂の中には何も無い。

 石の床が冷たかったが、友人でもあり家族でもある彼らが居るのでそれほど寒くはなかった。



 ふと、声を掛けられる。


 晩霞が連れて来た、新たな生贄、紗羅だ。


 「あの、よろしいでしょうか?」


 「何? あ、貴女――昼間の……」


 「皆さん、仲がよろしいようですが。攫われたのではないのですか?」


 「攫われる? ははっ、まさか!

 そういえば見ない顔だね、新入り?」


 そこでしまった――と思う。

 初めに口にした言葉と、次にでた言葉が、なんだかちぐはぐになってしまったのだ。


 しかし彼女は間抜けにも「はあ……」と、気の抜けた返事をした。


 どうやらそれほどの失態ではないようだ。



 彼女自身も、すぐに質問を変える。


 様子を窺うと、予想通り彼女は別の域出身のようだ。

 どうやってここまで来たのかは知らないが、有り得ない事ではない。



 彼女に懇切丁寧にこの堂にいる者の事を説明してやった。



 「そんな……では、此処に居る方は全て、殺される為に生きていると」


 「殺されるなんて人聞きが悪い、僕達は神に捧げられる命さ」


 「逃げましょう!」


 「……は?」


 「皆で力を合わせて逃げれば何とかなります!!」


――おいおい、こいつ俺の話ちゃんと聞いてたのかよ!


 逃げれば死ぬよりつらい社会的に抹殺される事、

 そもそもここに居る者達や外の者達は死ぬ事をそれほど忌避していない事をしっかりと説明している。


 それなのに彼女は鼻息荒くして、星星に詰め寄った。


 「何言ってるんだよ、こいつらは逃げたいなんて思ってねーよ」


 「しかし星星さんは昼間逃げてましたよね?」


 「う…………っ」


 図星をつかれ、たじろぐ。

 確かに誰がどう見ても、彼は逃げていたのだ。

 



 そこで扉へ声が掛けられ、大僧正以下上位十名の僧侶たちが現れる。


――よくやったジジイ!



 「では、本日の儀式(イーシー)で神への奉仕をしてもらう人身供犠じんしんくぎを選ぼうかの」



 堂に入ってきた僧侶たちに、皆注目する。

 いかに覚悟ができているとはいえ、やはり緊張はするものだ。


 一人だけ、全く緊張感の無い少年が立ち上る、

 星星だ。


 「ジ……大僧正様。こいつ、神だぜ?」


 にやっと笑って連れられて来たばかりの紗羅を指差す。

 彼女は嫌な予感がしたのか、少しだけ腰を浮かせた。


 「え? あの……」


 「星星、何を言っておる。我等の域におわす神は山神様のみじゃぞ……」


 突然の星星の発言に、皆怪訝な目を向ける。



 「晩霞がつれてきた、それに晩霞が言っていた」


 晩霞が――その一言で、皆口々にざわめき出す。

 僧侶たちも、同じく目の色を変えた。



 

 「な、では本当だというのか!」


 「ああ、だから今夜はこいつを犠牲にすればいい」


 「神を犠牲にするじゃと? そんなこと、過去に例が無い!」


 「だからなんだ? お前らは今までだって、思いつきだけであらゆる術を生み出してきたんだろう?

 それに、今回は定例の域全体にかける結界術だろ?

 こいつだけでも、数年“もつ”かもしれない」


 「しかし……良いのか? 今回は順を追ってゆけば、お主の番じゃぞ?」 


 それを聞いて、紗羅は――なるほどな、と合点がいった。

 晩霞は星星の命を数年長引かせるために、自分を攫ってきたのだ、と。


 しかし彼女の予想は大きく外れる。


 「――それに、僕も行くよ。一緒に犠牲になる」


 「えっ!?」


 紗羅は、星星の表情を確認する。

 不敵な面構えだ。


 せっかく助かる道が拓けたのに、彼は自らそれを閉ざしたのだ。それなのに、笑っている。


 「これは晩霞の案だ。


 この女を捌きながら僕を焼くんだ!

 そうすれば術は更なる高みへ昇り、お前らの満たされない欲求は別の形で昇華される。

 結界だけじゃない、新たな術が誕生するんだ!」




 ゴクリ、



 彼の演説を聴き、

 その場に居る者皆、息を呑む音がはっきりと聞こえた。


 自分自身で発した音を空間に響いたものと錯覚したのだ。



 火炙りはとても苦痛を伴うので、罪人にのみ行われる。

 良家の子女である星星には決して行われない儀式だが、本人の申し出となると、話は別だ。



――この女神と、罪も無い清らかな少年の命、


 どれほどの神の加護を得られるのかと思うと、皆生唾を飲まずにはいられなかった。



 静かな滾りに沈黙する堂内を、間抜けな声が萎々させる。



 「あのう……一つ質問、よろしいでしょうか? こちらには、たくさんの術が存在するそうですが、記憶喪失を治すといった術はありますか?」


 全く関係の無い質問を突然し出す紗羅に、皆意表をつかれ、きょとんとした。



 「あ、あることにはあるが……」


 質問には大僧正自ら答える。年の功というべきか、立ち直るのが一番早い。



 「本当ですか!? わあ、ヒルさんに手土産ができました!」


 はしゃぐ彼女に、未だ見ぬ術への期待感が薄れてしまう。



 「やり方を教えていただきたいのですが――」


 大事な生贄を丁重に扱う習性が身についているこの域の僧侶たちは、快く、彼女が知りたいことを余すところ無く教えた。




 同じ頃、ヒルとポーはというと――



 紗羅の捜索で街中走り回っていた。



 すっかり日は落ちきり、明かりは建物から漏れるものだけだ。


 しかし大きな街だけあって暗くはなく、むしろ煌びやかで、現在の方がこの街の本当の姿なのではないかと思わせる。



――見捨てたっていいじゃないか、


 という諦めと、面倒になりつつある自分。


――仕事もまともにこなせなかった、


 という悔しさと、責任を感じる自分が、ヒルの中で綯い交ぜになる。



 彼女の息は荒い。


 冷たい夜気で口から呼吸すると咽喉が痛む。



 「もういいんじゃない?」

 ポーが、甘言を囁く。

 

 「お前は戻れ、わたしは趣味で探しているだけだ」


 「変わった趣味だね、必要ないのに関わるのはやめたんじゃなかったの?」


 「ただ……あいつの域は、あいつが居なくなると、この先どうなってしまうんだろう、と思ってな」


 ヒルは難しい顔をして、苦々しく吐き出す。

 彼女も自分の中に残っている甘さに、気付いていた。



 

 「いや、それ以上に金ももらってるんだから、死体が見つかるまでは責任持って探す」


 「律儀だねぇ」


 坂の上、石塀の辺りを捜索していた時、

 ヒルは小さな人影に目を留めた。


 何をするでもなく、塀の周りをうろうろとしている。



――あいつ……


 「おい」


 反射的に声を掛ける。

  

 掛けられた方も、いきなりのことに、びくりと肩を上げ振り返った。



 「お前……昼間の……ワンなんとか」


 「あ、晩霞(ワンシア)です」


 少し頼りなげなおっとりとした口調に、ヒルは首を傾げた。


――こんな奴だったか? と。



 「お前、こんなとこで何してる? またあいつを脱走させようとしてんのか?」


 ヒルは昼間のことを覚えていた。

 塀から落ちてきた二人の少年、それから間もなく僧侶達に一人連れて行かれた事を。


 「だ、脱走だなんて……とんでもない! な、何でもないです。ちょっと中の様子が気になっているだけです」


 「ふーん、奇遇だな。わたしも丁度この中が気になっていたんだ」


 「え!?」


 腰に手を当て、見えないはずの塀の中を見据える彼女に、晩霞は驚いた。

 この中のことには大っぴらに触れないことが、この域の暗黙の了解だ。




 「先にこの中を観てみるか。

 穏便に済ませるのが面倒になった」


 「もう、すぐ面倒になるんだから」


 「ポー、この中に入れるか?」


 「うーん、やってみたんだけど、なんか結界で上手くいかない」


 「結界か……」


 二人の幾つかの会話を、晩霞は目を丸くして聞く。

 何故かこの二人は尋常じゃない、と恐ろしくなる。


 ヒルはさも楽しそうに、にやりと笑った。


 「何があるのか俄然気になった! 力ずくで入るぞ」


 荒々しい語気でそう言うと、腰に下げる飾り刀に手を掛けた。


 その時だった、

 塀の中から微かな神気が漂ってきたのである。


 「「――!?」」


 気付いたのは、ヒルと晩霞。

 ポーには何も感じない。


 「行くぞ!」


 「えー? どうしたの急に」


 「神気だよ! 紗羅もこの中かもしれない」


 ポーは自分より小さな神気を感じにくい。

 だから相変わらずぼけっとしている。


 そんな彼を無視しヒルは、


 一切の戸惑いなど無く、


 抜刀と同時に、

 塀をぶった斬った。


 



 堅牢な分厚い石の塀が、豆腐のようにあっさりと切れ、

 新たな出入り口ができる。


 晩霞は、口をぽかんと開けたままだ。


 彼を尻目にヒルとポーが中へ入ろうとするのを、慌てて晩霞は引き止めた。


 「あの!」


 「なんだ?」


 「晩霞を! 昼間僕と居た子を攫って来てくれませんか!?」


 「……晩霞はお前だろう? それに自分で連れて来ればいいだろ」



 切羽詰った様子で、彼はヒルに縋り付く。


 「あなたに“攫って”欲しいんです! 僕は星星です!!」


 「は?」


 「僕はこの中へは入れません、全てお話します。お願いです」


 一方的に、彼は話し始めた――


 この中では秘術が行われること、

 儀式には生贄がいること、

 自分は――星星はその生贄であること、


 晩霞は自分を生かそうとしていること、


 「僕たちはこの中で一人の僧侶を殺し、術を行い、互いの姿を入れ替えました」



 「じゃあ、お前は本当は星星だっていうのか……」

 「はい、そうです」


 星星は、しっかりと頷いた。



 「ちょ……ちょっと待て。 秘術……姿を入れ替える?

 じゃあ、記憶を取り戻す術とかもあるのか?」


 「記憶を取り戻す?」


 「それがわたしの目的だ!

 わたしに自覚は無いんだが、記憶が無くなっているみたいなんだ」


 事態に気付き始めた僧侶たちが、視界の隅に見える。

 しかしヒルも星星も、お互いの話が優先だ。


 「あります! そういう術」

 「本当か!?」


 僧侶たちが、新たにできた歪な穴に立ちふさがる。

 なおも二人は会話を止めない――止めることができない。


 「はい、しかし人の頭の中は複雑で術も大掛かりですし、生贄も十人くらいは必要かと……」


 「なっ、十……」


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