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犠牲と儀式 1


 晩霞(ワンシア)星星(シンシン)と知り合ったのは、二年前だった。


 晩霞は父から大僧正への言伝の為に、これまで何度となくこの寺院に訪れたことはあったが、特定の人物と交流を続けたのは、これが初めてだった。



 星星は、気難しい性格の晩霞のことを笑って見守ってくれる。

 口には出さないが、晩霞はとても感謝していたのだ。



 だから、彼の運命について、晩霞は真剣に悩んでいた。







 秘術には生贄が使われた。



 この域は様々な術の恩恵により維持されている。



 他の域同様、元々は神が住み着いたことにより、人々が集まってできた域なのだが、それは大昔の話だ。



 現在この域の神は魔獣を直接退治したりはしない。


 そんな事しなくとも、神の力を借りた人間が自ら寄せ付けないのだ。




 魔獣が域に入らないように、年に数回、術を行い結界を張った。



 寺院の裏には神が住む雄大な山がある。


 その山に洞窟があり、寺院内の堂から入ることができた。

 奥へ進むと、大きな湖が在り、中心の祭壇で儀式(イーシー)は行われた。



 儀式のやり方はこうだ。



 犠牲者はまず全身を青く塗られ聖別され、

 テーブル状の石像の上に横たえられて手足を拘束される。


 神官である僧侶が、儀式用のナイフで犠牲者の胸を切り裂き、生きたまま心臓を掴み出す。

 そしてその血を神の像になすりつけ、自分自身にも振り掛けるのだ。


 さらに死んだ犠牲者の皮膚を、手足を除いて全て剥ぎ、僧侶はそれを身につけ長嘯(口で音を発する音楽)して神の力を借りるのである。


 死体はその後、湖に投げ込まれた。



 この儀式の生贄となるのは、良家の子女だ。





 それだけではない。


 この域の神は火を扱うので、

 疫病が流行った時には病が治まるまで生贄を絶やさず焼き、浄化の炎を燈す。



 また、ある権力者は自分の九人の息子を生贄に捧げた。

 自らの長寿を願ってのことだった。



 神への豪華な貢物として人間が使われるわけだ。



 たらいに顔をつけて溺死させる、

 木から吊るし首にする、

 柳の枝や干草で編んだ像に大勢の人間をつめて焼き殺すなどの多彩なやり方があるが、これは術ごとに生贄の捧げ方が定められているからである。



 術の種類は多種多様だ。


 獣害や天災だけではない、占いや他人に化けたりする術もある。

 簡単な術ならば獣ですむが、強力な術だとやはり人の血肉が必要だ。




 

 とにかく大量の生贄が必要だった。


 大掛かりな術を行うとき、大量の人身御供を必要とした。



 始めは主に罪人を生贄にしたが、足りない場合は軽犯罪の者も使用する。


 やがて罪人の血でも事足りなくなった。



 域内の村々から募集した子供を、一定の年齢に達するまで寺院で保護して育てることにした。


 そして同様に、自ら望んだ良家の子女も、生贄になるべく寺院で育てられた。


 彼らは儀式によって殺され神に捧げられる。



 強力な術を使うための神に捧げる生贄を、儀式のたびに用意するのは、渋難だった。


 だから予め用意しておくことになったのだ。




 彼らは日常生活のいたるところで神の加護を必要としており、そのため供犠を執り行わないとなれば、神に見捨てられた穢れた存在とみなされ、社会的に抹殺される。



 生贄として捧げられることがステータスとなった。



 この域の人々は、肉体的な死をそれほど忌避しておらず、そのため他者の生命を奪うことに関しても抵抗感をあまり抱いてない。


 しかしあまりにも犠牲者が多いので、

 詳細は隠され暗黙の了解として“秘術”とされたのだ。




 星星もそんな生贄の一人だった。


 彼は街の有力者の三男として産まれた。


 そして産まれてすぐに、寺院に引き渡され育てられてきたのだ。



 だから星星自身、生贄として役目をまっとうできればそれでいいし、現状に不満もない。


 生贄として彼を捧げた両親に直接的な恩恵があるわけではないが、彼は良家の子息なので、高い確率で結界のために神に捧げられるだろう――域民全てを守るために命が使われるのだ。


 むしろ誇らしくもあった。



 だが晩霞は違う。


 晩霞は星星に死んでほしくなかった。


 例え人々から無視されようと、生家が落ちぶれようと、寺院を逃げ出して生き延びてほしかったのだ。





 そんなとき、晩霞の元に情報が入る。

 大僧正、僧正たちが連日話し合いを行っていると。


――きっと、また大きな儀式が行われるんだ!


 次はきっと、星星の番だ……。



 そう思うと、いてもたってもいられなかった。


 星星をこの街から遠ざけて、辺境で匿まおうとしたのだ。



 よく出入りする晩霞に、寺院の僧侶たちは油断している。

 戸惑う星星に構わず、彼を抱え素早く塀をよじ登った。


 見つかる前に、逃げればいいだけだ。

 

 それは案の定、上手くいった――途中までは。



 結果はあっさりと失敗したのだった。



 寺院を抜け出すために必ず通らなければならない石塀に、術が施されていたのである。


――ただ坊主どもに知らせるだけのものだろうから、きっと豚の血でもつかったんだろう。



 腹が立ったので、大僧正の顔面に蹴りを入れてやろうと息巻いていたところ、当の大僧正本人から先に声を掛けられた。


 「今夜儀式を執り行う」と――




 



 晩霞は途方に暮れる。

 自分の立場も忘れ、ただ星星の身だけどうにかしたかった。



 トボトボと肩を落とし、街を幽鬼のように徘徊していたところ、ふと立ち止まる。


 塀を越えたときに遭遇した、思わぬトラブルの原因の一人が、宿屋の前で踊りを舞っていたのだ。



――驚いた……あいつ、神だったのか。


 先ほど見た時には神気の滓も感じず、てっきり人間かと思い込んでいた。

 が、今の奴は比べ物にならないほどの存在感を放っていた。



 晩霞は考えた。


――あいつが代わりに生贄になれば、星星は犠牲にならずに済むのではないか? と。



 なんせ神なのだから、高貴な血筋の人間なんかよりもよっぽど価値がある。



 嬉々として、攫おうと決め、一歩踏み出す。


 そこで、ぞくりと悪寒が奔った。


 どう考えても普通じゃないモノが、女の近くに立っていたのだ。



 「な……何だ、アイツ……」


 唇をがたがたと震わせ、

 気付けば建物の陰に身を潜めていた。



 しかし、此処で退くわけにはいかない。

 星星の命がかかっているのだ。


 そう自分に言い聞かせ、もう一度勇気を出して、様子を探ってみたところ、驚くことに恐ろしいモノは消えていた。



――幻覚か?


 とも思ったが、考えている暇は無い。



 人目を気にせず、

 無我夢中で女を攫った。



 寺院に入るのは簡単だ。


 生贄はいくらいても困ることはないので、堂々と正門から入ればいい。



 丁度日暮れ時、


 本日の生贄を選抜するために、寺院で育った全ての人間が、いつものように堂へ集められていた。


 その中へ女を放り込み、「逃げたら殺す」と自分への気休めに脅しておく。


 代わりに星星を一旦堂の外へ連れ出した。



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