養殖 2
山の岸壁を背に、巨大な寺院は建っている。
岸壁と三方を堅牢な石の塀で囲まれた長方形の敷地は、四万平米にも及ぶ。
日々の務めに励む僧侶たちを通り過ぎ、晩霞は駆けていた。
友人に会う為である。
敷地の一角に、緑豊かな庭園がある。
咲く花は秋のものばかりで、虫の声は盛りだ。後一月もすれば、この声も衰えていくだろう。
晩霞の目に、鮮やかな藍が飛び込んだ。
友人、星星だ――
晩霞も星星も、この寺院の中では異質の、僧服ではなく、外の裕福層と同じ着物だった。
どちらも見た目は十二歳位の少年だ。
「――星星!」
「やあ、晩霞」
走ってここまで辿り着いた晩霞は息を切らせ、脇腹を押さえた。
そんな様子に、少しだけ羨ましくなって、星星は苦笑する。
「星星、今日こそ此処から出よう! 今なら大僧正含め、偉そうな奴らは居ない!」
「大僧正様が……?」
「そうだよ、ほらモタモタしてないで、早く!」
「もう、晩霞。僕はいいよ、ここで生きることが僕の役目だし、出たいなんて思ったことないよ」
「いいから、ほら!」
「わっ!」
無理矢理に星星を肩に抱え、晩霞は駆け出した。
素早く一番近い石塀まで辿り着くと、晩霞は背に星星を乗せ、持ってきた紐で縛る。
石の境目に指先と足のつま先を引っ掛け、よじ登った。
トカゲのように、這うようにどんどん上に進む。
早い。
だが、息は切れ切れで、体力も限界が近付いていた。
震える腕の筋肉を無視して、何とか頂上に辿り着く。
そして一気に飛び降りようとした時――
「な、おい! 邪魔っ……」
下に人が居た。
が、遅い。
もう既に、晩霞の身体は、宙に投げ出されていた。
地が揺れる程の激しい音と衝撃に、鳥達が羽ばたく。
だが覚悟していた、人を下敷きにする感覚は無かった。
「い……てて………」
「何だ? こいつら……」
頭上に、中性的な声が響く。
「大丈夫!? 晩霞!」
「大丈夫ですか!? ヒルさん!」
下に居た人は、晩霞が激突する前に、素早く避けていたのだった。
「て、っめえ! 痛ってーじゃねーかよ!!」
「邪魔って言ったのはお前だろ? 避けたら拙かったか?」
星星を降ろしてから、声の主――ヒルに掴み掛かる。
少しだけ晩霞より背が高い。
年も彼より上のようだが、声と同じく性別が不明だ。
だが、そんなこと気に掛ける晩霞ではない。
「こっちは人にぶつかる気満々で落ちたんだぞ! いきなり予定変えんなよ!!」
「予定? わたしにはただ、落ちているようにしか見えなかったが?
なんだ、受け止めて欲しかったのか?
残念だが、わたしは非力なんだ。
例え子供だろうと、落下していたら受け止められない」
無表情で、あさっての方を見て話すヒルに、益々頭に血が昇る。
「てめえ……」
「晩霞! あっち!!」
星星が晩霞の袖を引く。
言われて塀の曲がり角に目を遣ると、十人程の下っ端僧侶が迫っていた。
「な!!」
「何でこんなに早く!?」
「きっとこの塀に何か術が施されているんだよ……」
「逃げるぞ!!」
「逃げられっこない。もういいよ、気持ちだけで充分だ」
はは、と笑う星星の境遇と運命を思い、
晩霞は今にも泣き出しそうな顔で奥歯を噛み締める。
そうしているうちに、あっという間に僧侶たちは星星を捕らえ、連れ戻してしまった。
取り残された晩霞は、放心していたが、
「あのー、この塀の中からいらしたようですが……、この中はどういった施設なのでしょうか? あと、“術”とは?」
ヒルと一緒に居た女が尋ねてきたのを合図に、我に返る。
「てっめえ!! てめえのせいで、星星は……!!」
怒りの矛先をヒルに向け、
再び胸倉に掴み掛かった。
ヒルはそれを、底冷えするような冷ややかな目で一瞥すると、
「紗羅の質問に答えろ。
そうすればお前の目的に協力してやるよ」
覇気が篭った命令で返す。
晩霞はゾッとすると同時に、冷静さを取り戻し、
――こんなことをしている場合じゃない! と、彼らを無視して再び駆け出した。




