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黒い世襲 4



 「私の父は、この域を治める主です。


 その父の死が、近いのです――」



 紗羅の話はこうだ。



 紗羅の父親の血は四分の一だけが神で、残り全ては人間のものだった。


 神には寿命が無いが、人間には有る。

 人間としての寿命が尽きようとしていた。


 「病気?」


 「いいえ、父は狂い始めています……」


 人間の血が入った神は、狂気に侵され、死に至る。

 死因の多くは自殺だ。


 人間としての精神が、長い寿命に耐えられないのだ。


 「へー、純血は大丈夫なの?」


 「そんな話聞いたことないよ」


 ポー自身は、長く無為な時間を過ごしたからといって、苦痛を感じたりしない。

 彼の知る神々も、そういったことは無かった。


 「あれー? でもおかしいなあ。グリェーシェニクは半分人間だって言ってたけど、今も元気に生きてたような?」


 「誰?」


 「僕の同級生」


 「ふーん」


 「あの、宜しいでしょうか?」


 逸脱する二人に、紗羅はおずおずと口を挟む。

 ヒルとポーは、再び彼女の話に集中する。



 「父は……」


――父は、ここ三十年ほどで性格ががらりと変わってしまいました。


 湯水の如く税を使い、遊び耽っています。


 傍目にも、父の先が長くない事は明白です。


 そんな父でも、かつては英傑でした。

 民の為、善く備蓄をし、堤を敷いて災害に備えたり、法の整備にも努めました。


 今の美しい城下町が在るのも、父のお陰です。


 「――城内は腐敗しきっていますが、まだ人々は気付いていません」


 急激な変化に、幸いにも、まだ外側はついていけていなかったのだ。

 しかし、はっきりとは気付いていないだけで、腐敗は確実に進んでいる。



 「立て直しが効くと思ってるのか?」


 「はい。私は父が傑物だった頃に創り上げたこの街を、失いたくないのです」

 

 「自分だったら上手くやれると?」


 「それは……」  



 紗羅の父親が堕落していくのと同じく、兄姉達も、自分の私利私欲の為に、域の財政を圧迫していた。


 連日役者を城に呼び、囲う姉達。

 煌びやかな衣装や男に貢ぐ金は、財政を大きく傾かせる一番の原因だ。


 気に入らない人間が居れば、容赦無く斬り捨てる兄達。

 理性など無い、けだものだった。


 そして紗羅も、十歳までは、その一員だったのである。


 「狂っていた中ではありましたが、末の子である私にとっては、良い父親でした……」


 スコラに行かせ、道徳と学問、域の統治方法を学ばせたのである。


 「きっと、父は僅かな正気で、私に未来を託したのだと思います……」



 だが、戻ってきた時。

 父親は完全に狂気に支配されていた。


 『女などに、跡は継がせない』と公言したのである。


 「しかし、私への寵愛は変わらずでした。たまに思い出したように、『紗羅に跡を継いで欲しい』と言うのです」



 紗羅の兄達は能力も器も無いのに、自尊心だけは人一倍強かった。


 末の兄弟、それも妹が主になるなど、絶対に許容しない。それどころか、自分が主になろうと企む者も多く出た。


 表面化で、こぞって紗羅の夫に成ろうと、躍起になったのだ。



 「私は末子なので、一応兄弟達からも可愛がられていました。


 しかし、懇意にしている女中から、そのような企みがあると聞き、私は身の危険を感じ、城から逃げ出したのです。


 どうせ逃げるなら、好きな事をしようと思い、諸域を周って踊りに専念しようと考えたのです」



 「しょーもないな。自分だけやり直そうとしたのか?

 この域がやがて荒廃していくのも知っていて」


 「はい、仰る通りです。


 跡目争いなんて正直どうでも良い、例え私が主に成ったとして、私にその器が有るとも思えない……」


 言いながら、紗羅はボロボロと泣き出してしまった。


 「私なんかをスコラに行かせるよりも、兄に行かせた方がよっぽど良かったのに……。

 本当は……諸域を周るなんて大それたこと、私なんかにできる訳がないのも理解していました。

 でも目的でも無いと、この先、生きていける気がしなかったのです」



――魔獣の恐ろしさも知っていた。

 自分なんかは直ぐに喰われてしまうのも理解していたが、いざ目の当たりにすると、命が惜しくなった。



 「でも、ヒルさんに出会う事ができました。

 私は勝手ながら、貴方に希望を見出してしまったのです――」


 この方について行けば、命を捨てずに諸域を周れるのではないか。

 もしかしたら、自分の生まれ育った域も、失わずに済むのではないか、と。


 「いきなり身の上話をするのもおかしいと思い、取り敢えず街に入り落ち着いてから話を聴いていただきたかったのですが……」


 「逃げて来た場所に戻ってきて、しかも追手の一人に見つかってしまった訳だ」


 「はい。きっと秀嗣は、他の者が何か仕掛ける前に行動を起こすだろうと思い、ヒルさんにこれを持っていてもらったのです」


 紗羅の手には、一枚の小さな護符が乗っていた。


 護符は、右端が僅かに千切れている。


 「ああ、これか」


 ヒルが懐から出したのは、紗羅の手に乗る物と全く同じだった。

 

 右端の千切れも見事に合致する。


 

 「この護符は、私が作りました。

 片方を千切ると、もう片方も同じように千切れるのです」


 「成程」


 秀嗣や、もしかしたら他の兄達が何か仕掛けて来るのは、絶対に今晩であるだろう、と紗羅は確信し、覚悟を決めたのだ。


 「無知で無邪気な末の妹を演じるのはやめたんです。

 誰も継げるような者が居ないのなら、私がそうなればいいだけだと、独りで勇敢に戦うヒルさんを見て気付いたのです」


 そして、皆が寝静まった頃に何か起こるだろうと思い、ヒルに護符を渡したのだ。

 

 この札が破れたら、自分の部屋を訪ねて欲しい、と、追加で銀1枚渡して。



 案の定、秀嗣が紗羅の部屋に忍び込んだ。


 それを紗羅は、逆に利用したのだ。


――こんな事件があれば、父は兄たち全てに怒りを向け、私に継がせる事を決断する、と。


 今まで渋っていたが、彼女自身から“継ぐ”意思を伝える決意も固まっている。 



 「今の私の目的は、自分の地位を盤石にさせ、その上で改めて諸域を周り、見聞を広め、この域の主に相応しく為る事です」



 そう、紗羅ははっきりと自分の意思をヒルとポーに宣した。 



 「話は解った。でも、一つだけ……」


 ヒルから生じた疑問は、紗羅の目論見全ての根幹に関わるものだった。


 それは、

 「わたしがお前を助けないとは思わなかったのか?」



 紗羅の計画は、ヒルが彼女を助ける事前提だったのだ。

 助けが入らなければ、秀嗣の思うが儘になっていたかもしれない。



 「ああ……ヒルさんが仰る通り、お金の上での取引は信用できると私も思います。ですので、部屋までは確実に来てくださると信じてました」


 涙など無かったかのように、極上の笑みで、更に続ける。


 「その後は、ヒルさんなら私に同情してくださると思ったのです」


 「どういうことだ」


 何故自分なら同情するのか、ヒルには解らなかった。

 紗羅は、きょとんと首を傾げる。


 「だってヒルさん女性でしょう?

 同じ女性ならば、必ず助けてくださると、信じておりましたから」



 紗羅が初めに彼だと思っていたのは、彼女だったのだ。



 「な、」


 「何故判ったか、ですか? もしかして、隠していたのですか?

 判りますよ、抱き付けば――」


 その為に、紗羅は抱き付いたのだから。



 中性的な彼女に、直接『女性ですか?』とか訊くのは失礼だと思ったので、紗羅は抱き付いてみたのだった。



 ヒルは、驚き狼狽する。


 「なんだ、それ。余計に失礼だと思わないのか」


 「あら、私に抱き付かれて嫌な思いをする方は、多くは無いと思うのですが……」



 なかなか表情を崩さなかったヒルに、焦りの色が浮かぶ。


 「それと! 結果良かったとは言え、お前、下手したら怪我したんだぞ!」



 「ふふ、無傷で改革できるなど、思ってませんから」


 そう朗らかに笑う彼女に、もうヒルは何も言えなくなってしまった。



 ずっと話に入り込めず黙っていたポーに加え、ヒルまでも黙り込んでしまった。



 そんな二人を嘲笑うかのように、紗羅は本題である交渉に乗り出す。


 「改めて、私の護衛として雇わせてください。お二人の邪魔はしませんから」


 「……」


 ちら、とヒルは紗羅を見た。

 にこにこと可愛らしく笑っている。


 隣を一瞥してみると、またもや厭な笑顔が在り、堪らず溜息を吐いた。


 「……高いよ」


 「存じております」


 更に深い溜息を吐き、

 ヒルは、ふ、と微かに笑う。


 「解ったよ」


 「きゃー!! ありがとうございます!!」


 感極まって思わず、紗羅はヒルに抱き付き、またもや呆れられた。




 こうして紗羅は、見事同行を許されたのだった。

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