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黒い世襲 1




 「あの、これは一体どういうことでしょう?」


 「どうって、約束通り、次の域まで連れて来たけど」



 そこは、ヒルとポーが通って来たと言う、域だった。



 かなり強い力を持つであろう神、ポーが作った黒い沼に飛び込めば、其処は元居た森の中とは別の場所だった。



 大きな橋に朱塗りの欄干。

 巨大な門を潜れば江戸時代風の街並みに、活気溢れる人、人、人……。



 「確かにあそこから近い域ですが!

 私、この域出身なんです!! これじゃあ逆戻りですよ!!」


 「そうなのか? 丁度良いだろ。

 お前、もう家帰れ。踊る為に命棄てる事無いだろ」


 しれっとそう言うヒルは、どことなく、分っていてやっている節がある。


 「酷いです! 詐欺です!」


 「約束は守った」


 じゃあ、と早々に手を上げるヒル。慌てて彼の羽織を掴み、紗羅は引き止める。


 「どうしても! どうしても、私は他の域を見て廻りたいんです!!」


 「?」


 その気迫に、ヒルは眉を顰めた。



 「ポーさん! 便利な術が使えるんだから、連れて行ってくれたって良いじゃないですか!」


 「えー、でもぉ……」


 ポーは少し身体を傾け、ヒルの方を向き、凍り付く。


 「だ、駄目駄目。僕急ぐから」


 「紗羅!?」


 大通りのど真ん中で揉める三人へ、少し遠くから、声が掛けられる。

 すると、通りを歩く人の間をすり抜け、一人の青年が駆け寄って来た。


 街の人々よりも上等な着物を身に着け、帯刀している。


 「あ、兄上っ!」


 「お前は一体何処に行っていたんだ! その者達は!?」


 兄、と言われれば、何処と無く似ている。

 二人並んで、漸く気付く程度だ。


 青年は、固まる。ポーを目にして、だ。


 「こ、この方は……一体」


 「ポーさんです、こちらはヒルさん。

 護衛に雇わせて頂きました!


 凄いですよね!

 兄上も初めてですか? こんなに強い神気をお持ちの方にお会いするの」


 「ああ。……ご、護衛!? や、やと」


 驚きのあまり、三人の姿を目まぐるしく見比べて、


 「い、妹が! ご迷惑を」


 深々と一礼した。



 「ほんと、迷惑。

 兄って事は、こいつも神? 変だな……なんか、似てる」


 ヒルは目を細め、青年を無遠慮に睨む。


 「変……ですか? 兄弟は似るものだと思うのですが?」


 「いや、わたしの知る神の兄妹は、全く似ていなかったのに、本当の兄弟らしくて……」


 腕組みをし、思案するヒルに構わず、紗羅は大仰に詰め寄り、興奮気味に問い詰める。


 「ま、まさか……その方は、純血の神様なのでは!?

――あはは、冗談です。冗談ですよー」


 「?」


 意味が解らず、ヒルはただ首を傾げた。


 「ポーさんも凄いですけど! 純血の方ならば、もっと凄いです!!

 一生かかっても人間の方や、私なんかがお目にかかれるような方ではありません!」


 「そうなのか?」


 紗羅の勢いに押されながら、ヒルは頭上のポーに尋ねた。


 「そうなの? 僕も純血だけどねー」


 「「え?」」 


 空気が凍りつき、

 兄妹は蒼白になる。


 「純血って? 両親が神ってこと?」


 「うーん、ちょっと違うかもねー」


 呑気に会話を続けるヒルとポーの前では、兄妹が土に額を擦り付け平伏していた。




 「僕は木の(うろ)から生まれたみたいだしねー」


 「何だそれ、気色悪いな」

 「ひどい!」


 「ポーの話は解読が面倒だから、あんた、説明して」


 指名されて、紗羅は漸く顔を上げる。


 「私も授業で習っただけですので、真実は知りませんが――神の誕生は大きく二つの説に分かれます。


 一つは、親無しで無生物から一挙に生まれる、自然発生説です。


 もう一つは、夫婦の願いから生まれるという説です」


 「願い?」


 「はい、神である男女が天帝に毎日祈るのです。すると女神の胎から子が産まれてくるのです」


 ふーん、と相槌を打ちながら、ヒルもポーも話に耳を傾ける。


 「このどちらかの方法で生まれた神を、純血の神というのですが――どちらも数百年単位の長い年月が必要と言われています。

 そして、現代ではどちらも発生しないと言われています……」


 


 「そうなのか?」


 「うーん、よくわかんない」


 「だが自然発生したとなると、兄弟が似てないってのも当たり前か……」


 ポーの残念すぎる返答に、頓着せず、ヒルは考察していた。はじめから何も期待していないのかもしれない。


 紗羅がスコラで習った、神発生の仕組みには他にも詳しい説明がある。


 生命の基となる「生命の胚種」が世界に広がっている。

 この生命の胚種が「物質」を組織して生命を形作る。


 というものであるが、紗羅は世界といものを全く知らないので、講義を受け、テストを受けた数日後には頭から抜け落ちていた。



 「ちょっと待て、この域には300の神がいるって話を聞いたが……」

 「いいえ、正確には512名です」


 「ご……500……」


 「はい、私の母は人間です。祖母も。

 父には常に100人の人間の妻がいて、子は200年の間で500を超えました」


 「へえ」


 「このことからも、天帝の願いなんかで子が産まれるのではなく、単純に女性の神の生殖能力が極端に低いだけなんだと私は思います!」



 紗羅が鼻息を荒くして演説し出し、ついに隣の兄が顔を上げる。


 「こら! 天帝を侮辱する気か!」


 「そんなものいませんよ、何だかよくわからないことを、天帝の仕業って放り投げてるだけです!」


 言い合いを始めた兄妹を余所に、少年の顔色が悪くなる。


 「天帝……」


 「ヒル?」


 顔の半分は見えないが、心配そうにポーがヒルの顔を覗き込む。


 「いや……大丈夫」


 



 「そうだ、おまえ。記憶を取り戻す術とかしらないか?」

 「え? すみません。存じ上げませんけど……」


 終始つまらなそうに話していた少年の声に色が帯び、紗羅はたじろぐ。



 「500も神が居るんだ、一人くらい知ってるのがいるんじゃないか?」


 「どうでしょう……。先程も申し上げた通り、私や兄姉共は殆ど人間に近く、神力も弱いので、大層な術は使えません」


 「そうか……」



 「ただ、私の幼馴染なら知っているかもしれません」

 「幼馴染……」


 息を吐くように、呟く。


 辛いモノから目を背けるように、彼は視線を逸らす。



 「できることなら、その幼馴染と話をしたいんだが」


 「残念ながら、彼は別の域に居ます」

 「構わない」


 と即答する彼に、


――ポーさんが居るからだな、と紗羅はすぐに理解する。 

 



 「わかりました、私が一緒に行ってご案内したいのですが……」

 「駄目だ」


 兄からすぐさま駄目出しを食らい、紗羅は「ハハ」と苦笑いした。


 しかし、何とか彼の力になりたいと思う。


 元々人に頼られるのが好きだったし、彼のように淡白な者が自分に少しだけ歩み寄ってくれた事が、嬉しかったのだ。



 「えっと……そうだ! 私たちの城に来ませんか? 兄弟にも訊いてみますし、ここでお話するのも、色々と……アレなんで」


 ちら、と紗羅が目線を横に向け、それに倣うと、ヒルは「わかった」と言うしかなかった。


 此処に止まり続ける三柱の神々――主にポーの神気に中てられた人々がバタバタと倒れたり、涙を流しながら平伏していたのである。


  

 すっかり立ち上がってしまった紗羅は、少しだけ自分よりも背の低い少年の前で屈むと、耳元でそっと囁いた。


 「――その代り、私を他の域に連れて行ってください」


 少年は、紗羅にだけ判る程度に、微かに頷いた。





 城の外郭に辿り着くまでにも、かなりの時間を要す。


 地形を利用した広大な縄張りは、丘陵地が浸食されて形成された谷状の地形を基に、濠を穿ったので、曲面の多い構造をしている。



 内郭は、大きく二つの区画に独立している一城別郭の形式だ。



 石垣が多用されているが、外郭やそれぞれの区画、御苑部分などは土塁が主に用いられている。


 その様は正に雄大である。



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