踊り子 2
紗羅は目を見開いた。
その光景は、まるで、空間を切り取って一枚の絵にしたかのようだったからだ。
少年は既に腰から帯びていた刀を抜いて、正眼に構えていた。
その両横に、真っ二つになった黒澤の肉塊が崩れ落ちる。
少年が刀を抜く動作も、
黒澤を斬る様子も、紗羅には見ることができなかった。が、何が起こったかは理解していた。
――たった一撃……
そう、たったの一撃で、魔獣を両断したのだ。
「す、凄いです!」
歓声と共に、素直な感想を口にし、少年に抱き付く。
「あのさあ、やめてくんない? こういうの」
心底嫌そうに、少年は密着する身体を手で退けた。
「す、すみませんー……」
感極まって直ぐに抱き付いてしまうのが、紗羅の悪い癖だった。
人間で十四ともなれば、彼女の域ではもう立派な男だ。
そんな彼に、安易に飛び付いてしまう、自分のはしたなさに心底辟易してしまう。彼に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
だから、
「あの、私! 踊ります!!」
自分にできることを精一杯やろうと思ったのだった。
しかしながら、同時に洩れる二つの疑問の声。
「「は?」」
ローブの男はいつの間にか少年の背後にいた。
「私の踊り、元気が出るって域では有名なんです! だから、お詫びと助けて貰ったお礼に踊ります!」
「いや、いい」
少年が、ばっさりと断る。
それでも彼女はめげずに食い下がる。人に自分の踊りを観てもらうのが、彼女の喜びだからだ。それに、自信もある。
「遠慮なさらず! 私、一生懸命踊りますから!!」
「いいって、時間の無駄だから。さっきのはあまり気にしてないし、助けたつもりもないから……」
「いいえ! それでは私が納得できません!
――なので、踊ります!!」
「はっきり言って、めいわ……」
少年の言葉を無視して、
紗羅は着物を脱ぎ捨て、結っていた髪を解いた。
豪快に脱いだその下には、ヒラヒラとしたスカートと殆ど下着のような煌びやかなトップスを着込んでいる。
「は?」
「観てください!」
少年の動揺をよそに、
紗羅は激しく腰を振る。
ダイナミックで大きな動きが多く、膝をついたり寝転がったりすることもある。
ステップが早くエネルギッシュかつ官能的でスピード感あふれる。――そんなダンスだった。
世界最古のダンスと呼ばれる、ラクス・シャルキーだ。
腰を中心に使うので“ベリーダンス”とも呼ばれる。
音楽が観衆にもたらすリズムと感情を視覚的なレベルで伝える事が、ダンサーの目的であるとも言える。が、彼女の踊りには不思議と空から音楽が降り注いでくるような錯覚に陥る。
だが、そんなことよりも、
「す、すごい……」
激しく揺れる豊満な胸の方に少年の目は釘付けになっていた。
「凄いね」
彼の言葉に、ローブの男も同意する。
「なんだ、ポー。巨乳好きか」
「ち、違うよー。神力が出てるでしょ」
「ああ、なんだ。ほんとだな、無視してもいいようなゴミみたいな神気が、急に強くなった」
彼女の踊りの力を、二人が認める。
「それにしても、踊りって言うから……なんかこう、日本舞踊的なのを想像してたけど。江戸時代のお姫様っぽい格好してるし」
激しく踊り続ける彼女を、呆れたように二人は傍観していた。
「ど、どうでしたか!?」
満足いくまで踊りきり、息を切らして感想を求める紗羅に、
「いいんじゃない?」
――どうでも、という言葉を呑み込み、少年は手を上げた。
「んじゃ、なんか元気出た気がするし、行くわ」
「ま、待ってください!」
早々に立ち去ろうとする二人を、紗羅は全力で制する。
「何? いい加減鬱陶しい」
「私も連れて行ってください!」
「は? 何で」
「わ、私。お恥ずかしながら弱いので、このままでは死んでしまいます!」
「じゃあ、何でこんなとこに居るんだよ」
「私踊りたいんです! だから自分の域を出てきたんです」
彼女の話はこうだ。
自分が住む城の下町で、人々に踊りを見せて癒しを与えてきた。
が、彼女の踊りの性質上、域の風習にあわず、父や兄達から厳しく禁止されてしまった。
それで、自由に踊れる域を探し、
また、新たな踊りを習得するべく、域を飛び出して来たのだ、と。
「馬鹿じゃない?」
一応話を全て聞き、出た感想がたったこの一言のみだった。
「ひ、酷いです!」
「自分で此処まで来れたんだろ。だったら戻る事も、運が良ければ可能だろ。
わたしはもうお前に関わらない、これ以上はこいつに言うんだな」
そう言って、宣言通り、そのまま彼は先へ行ってしまう。
「あの……」
“こいつ”と言われた彼に、瞳を潤ませ懇願してみる。
「ヒルが駄目って言うなら駄目だねぇ、僕までついて行けなくなっちゃうよ」
どう見ても彼の方が上位の神なのに、決定権は少年の方にあるようだ。
慌てて少年を追いかける。
「次の域まででいいですから!!」
言い終わると同時に、胸ぐらを掴まれ、背後の樹に押し付けられた。
「っ!!」
「もう関わらないと言ったろ。
ここで今すぐ死ぬか?」
「つ、ついて行くくらい良いじゃないですか! 人でなし!!」
彼女の悲痛な叫びにも、少年は表情を変えない。
「都合よくわたしの前に現れて、一緒に行きたいだと?
信用できる訳無いだろ。
神のくせに、初めからわたしがお前を殺そうとしているのが判らないのか? それとも正真正銘の馬鹿なのか?」
彼の物言いに、紗羅はムッと脹れる。
「私馬鹿じゃありません! スコラでも二番目の成績でしたし!」
咄嗟に出た反論に、別の方が食い付く。
「スコラ!? スコラってまだあるの? 成績って?」
「せ、成績は……成績ですよ。テストの順位です」
「テスト? へー、今はそんなのあるんだー。
ねー、ヒル。一緒に行くくらい良……」
「良くない。
無償で誰かに親切にしてもらおうなんて、虫が良過ぎるんだよ」
尚も冷たく言い放つ彼に、紗羅の表情も、冷めた。
「――だったら雇います」
「は?」
「金貨二枚。――これでどうですか?」
「あ……。はあ?」
少年は、明らかに動揺の色を見せる。
開いた口が塞がらない、という様子だ。
「次の域までの用心棒としては、破格の報酬だと思いますけど?
それとも私が怖いんですか? どうやら過剰に警戒してらっしゃるようですが。
安心してください。
私、貴方のことなんて今知ったばかりですから」
「う……」
「はは、彼女の方が上手だったねぇ……痛い!」
何も言えなくなった少年は、八つ当たりにローブの男にローキックを食らわした。
ニコニコと、満面の笑みを浮かべる紗羅。
その隣でニヤニヤと不気味に笑うローブの男。
二人を前に、少年は深い溜息を吐いた。
「報酬。先払い」
出された手に、紗羅は約束通り金貨を二枚乗せる。
「私、紗羅っていいます!」
「……ヒル。こっちはポー」
「よろしくー」
ボソッとぶっきらぼうに少年は名乗り、後ろに立つローブの男を親指で示し、紹介した。
「ポー、此処に来る前通った域が在るだろ。そこ連れてってくれないか? 半分やるから」
ヒルは受け取った金貨をポーに一枚差し出す。
「いらないよ」
ポーの言葉を無視し、強引に彼の懐を弄る。
「ちょっ……やめっ! くすぐったい!!」
財布を取り出すと、そのまま金貨を突っ込み、元に戻す。
ポーは終始ニタニタ笑っていた。
その様子に、紗羅は頬を染める。
「お、お二人はすっごく仲がよろしいんですね!」
「は? 別に……普通」
「仲良しだよー」
「す、素晴らしいです! 背後に薔薇が見えました!!」
「「???」」
興奮気味の彼女に、二人は息を飲み、後じさった。




