普通の女子高生 2
「――こと、命!」
「わっ、何! 急にデカイ声出して!」
「急じゃねーし、お前がボーっとしてるからだろ」
隣から急に話しかけてきたのは、二軒隣に住む同い年で幼馴染の少年。
柴田 拓海だ。
小学校からずっと、高校も一緒だ。
存在を忘れかけていたが、一緒に登校していたのだった。
命が昨日学校を遅刻してしまったので、今日は厚意で迎えに来てくれたのだ。
お陰で今日は遅刻しないですみそうだった。
気が付けば、もう駅にたどり着いていた。
「お前また寝不足かよ、毎日何してんだよ」
拓海が、じとりと命を睨む。
「毎日じゃないし、関係ないし」
彼女はその視線を無視して言った。
「はア? 誰が迎えに行ってやってると思ってんだよ!」
「それはマジ感謝」
にっこり笑って誤魔化せば、拓海は苦虫を噛み潰したような顔をして溜息を零す。
「命さ、この間バレー部の伊藤君に告られたろ」
ぽつり、と拓海は呟く。
「名前で呼ぶな」
自分の名前が好きではない命は、家族以外に名前で呼ばれるのを嫌がった。
拓海も家族みたいなモノなので二人きりの時は赦していたが、電車に乗ったので注意した。
電車内は他の友人達に会う可能性が高い。
拓海と幼馴染だと知っている人はあまり居ないので、名前で呼ばれているのを聞かれて、ややこしくなるのを嫌ったのだ。
大抵の友人は黙っていても、命のことを苗字に因んだあだ名で呼んだ。
珍しい苗字なのが幸いした。
「あんたと違って運動部入ってないから、誰が何部か知らないけどね。
伊藤って奴には告られたな」
揺れる車内の壁に背を預け、命は言った。
隣で拓海も肩で寄り掛かり立っている。
「マジ、んでどうしたの?」
「誰か知らないし、断ったよ」
「は? 伊藤君イケメンだよ! 断ったのかよ、バカじゃね?」
「イケメン無理」
――ってか、そんなにイケメンに見えないし!
きっぱりと言い放つ命に、面食らったような顔をする拓海。一拍置いてから彼は大爆笑した。
急に大きな声で笑い出す彼を乗客の何人かが見る。
「マジお前うける! 意味わかんねー」
「うるさいよ、周りに迷惑」
「だってさ、彼氏欲しいとか言ってて、告られても断りまくってんじゃん」
再び笑い出す彼の鳩尾に一撃食らわす。
――なんでそんな事知ってるんだよ。
今まで誰かに告白されたとか、恥ずかしくて自分から言うことはなかったのだ。
疑問に思ったが、すぐに思い当たる。
どうやら友人とのおしゃべりを聞かれたらしい。
「……痛ってー! おまっ……」
拓海は腹を抱えながら、睨む。
「聞いてたんだ。
別に話合わせただけだし……ってか、うちだってちゃんとした人となら付き合いたいし」
命は溜息を一つ漏らす。
「知らない人に告られても、困る。
もっとちゃんと、うちの事知ってる人に告られたい。
何で知らない奴にしか告られないんだろう……」
視線を落とし、落ち込む命に拓海も何だかしんみりしてしまった。
会話が止まると、電車の走る音と、車内の人々の軽い会話がいやに耳についた。
拓海は俯く命の旋毛を見ていた。
何か声を掛けて慰めようとする。
「……それはさ、お前の性格が悪いからだろ」
そっ、と命の肩に手を乗せる。
日に焼けた肌が健康的な彼は、実に爽やかな笑顔を作りこう言った。
「お前、喋らなきゃいいと思うよ」
本日二度目の鉄拳が拓海の鳩尾を抉った。
「おはよー」
可愛らしいソプラノの声で元気に挨拶してきたのは、昨日メールしてきた友人の里美だ。
いつもここの駅からこの車両に乗ってくる。
「はよー」
「ヒル、昨日寝ちゃったっしょ? 昨日の返事は~?」
「あ、うーん。どうしよっかなぁー」
「ね、ほんといい奴なんだから。行こうよー」
女子高生らしく堂々、はきはきと話す彼女に命は引け目を感じる。彼女の周りにキラキラとしたオーラが見える気がした。
男勝りな命には無いモノだ。
「なになに? 何の話?」
里美が来てから黙っていた拓海が食い付く。
「あ、拓海君。2組の野村がヒルと遊びたいんだって」
里美は命と拓海が、単に小学校から一緒という訳ではなく、家が凄く近くて、家族ぐるみでの付き合いだということを知っていた。
だから、たまに二人が一緒に登校していても変な勘繰りはしない。
それが命には心地よかった。
「なんだと、俺に挨拶無しとは。命は渡さん!」
里美が笑う。
「なにそれ、お父さん? じゃ、拓海君も来る? 私拓海君と仲良くなりたいし!」
「おー、行く行く。部活無い日に頼むわー」
このリア充共め。
二人の軽快な会話に、命は溜め息が出た。
彼女は知らない人間と遊ぶなど、今迄したことが無い。
躊躇うのも仕方ない事だ。
別に緊張する、とかじゃない。
ただ、初対面の人間と交わす、一連のやりとりが、面倒臭かっただけだった。
しかし、拓海も里美も慣れているらしくかなり軽い調子だ。
しかも里美には、
――彼氏いる癖に……。
女の嫉妬が燻る。
気を紛らわせる為に、命は外の景色に目を遣った。
以前の彼女なら、口に出して言っていただろう。
しかし今は、里美の為に拓海の前で言わない、という配慮くらいはできた。
「ねぇ、ヒルも行くよね」
「うん」
人間関係が上手くいっている代わりに、段々自分がつまらない人間になっていくのを感じる。
「え、マジかよ! お前が行くとか言うと思わなかった」
本当に驚いているようで、彼は険しい顔をしている。
命は眉間に皺を作った。
「うちが行かないと思ってるのに、自分は行くつもりだったんだ」
「……いや、そうじゃなくて。お前断ったら俺も行かないつもりだったし」
「なにそれひどーい」
けらけら笑う二人を見ながら、命には何が面白いのかさっぱり分からなかったが、そんな二人の笑い声に釣られて笑ってしまった。
学校に着くと、クラスが離れている拓海とは玄関で別れた。
その際、「放課後クラスで待ってろ」と彼は命に言う。
彼女がどうしてか聞いても、誤魔化すだけで教えはしなかった。
命もさして興味が無かったので、それ以上は追求しない。
命の通っている学校は、市内では一番偏差値の高い進学校で、運動部にもそこそこ力が入っている。所謂、文武両道を目標にしている学校である。
制服はセーラーに学ラン。何れも藍色で、襟と袖に黒のラインが一本入っている。
スカートの裾は、膝丈よりも短くすると罰せられた。
命はそれをきちんと守り、尚且つ肌の色が一切透けない、厚手のストッキングを好んで穿いていた。
特にこだわってそうしている訳では無く、単純に寒いからという理由だ。
全校生徒1200人のそこそこ大きい学校で、中学校と違い自分と同レベルの人間ばかりで、かつ、(自分の知る限り)いじめなどないこの学校が命は好きだった。
「ヒルさん、おはよー」
前の席に座る女子が、担任が来るまでの暇つぶしなのか、命に話しかける。
「スカーフ曲がってるよー」
そう言って彼女は、命の歪になっていた赤いスカーフをきっちりと直した。
「どうも」
「ねー、今日朝一緒に来てたかっこいい人誰?
たまにうちのクラス来るよね」
「???」
かっこいい、……か?
恐らく拓海の事だろう、と命は思ったが、自分の認識と彼女の言う形容詞がずれていたのに戸惑う。
拓海は高身長で、目鼻立ちのはっきりとした綺麗な顔立ちをしていたが、幼い時から見慣れている命にとっては、ただの“そういう顔”なだけだった。
圧倒的な美形のシュウを間近で見てきたのだから、そう思うのも仕方の無いことだろう。
「ねーねー、もしかしてカレシ??」
命の顔が崩れる。
嫌悪感を顔いっぱいで表現していた。
「違うよ、だいたい里美もいたじゃん」
「アレはカレシもちでしょ。
それにいっつも命に会いに来るし!」
「拓海はただの同中。今日はたまたま来る時会ったんだ」
「拓海くん! ……何組?」
名前を知れたことが嬉しかったのか、彼女は嬉々として拓海の名を口にした。
何組? と訊かれても、そういやあいつ何組だっけ? とすぐには出てこない。
命のクラスは10組だ。
いつも一緒に登校した時に玄関で別れて違う階段を登るので、拓海のクラスは離れている、という事だけは判る。
だから、教科書を忘れた時も彼に借りに行くことは無かった。
――でも拓海は借りに来るんだよな。あいつ友達多いくせに、変なの。
「んー、確か……、1組か2組?」
彼のクラスは4組だった。
「……そっかぁ」
命の様子に、本当に付き合っていない事が判ると、何かを察したのか、それ以上彼女はこの話をしなかった。
もしこれが中学の時にされていたなら、延々と質問責めにされただろう。
そしてそれに面倒になり、命はぞんざいな態度になってしまった筈。
やっぱりこの学校にして良かった。
命は口許に笑みを浮かべ、担任が教室に入って来たのを見ていた。