断章
「どうですか? 何か手立ては見つかりましたか?」
出入り口の無い石牢に、朗らかな男の声が響く。
「いいえ、残念だけれど……あら、あのうるさい子が見あたらない」
首を傾げるのはペルセポネー――中級魔族だ。
この男と一緒に飛び出して行ったエゼルの姿が無い。
「ああ、消滅しました。
安心してください。目的は果たせたので」
「そう」
ミダイの言う“目的”とは、光の神ルードを無力化させることだ。
闇を掃えるのは、唯一光だけ。
光の神だけは何としても斃さなければならなかったし、無傷で事が成せるとも到底思ってはいなかった。
全滅し、この闇の空間を消滅させられるという、最悪の事態を免れただけでもお釣りが来る。
純血の神全てを斃したいところだったが、そんな命令は彼らの上司から受けていない。
光の神を斃すという役目の一つは達成された。
しかし、最も重要な役目である魔界の開放。
その目的が達成できそうに無い。
「さて、どうしましょうか? これ」
ミダイが立ち止まった前には、天井から吊り下げられた男――要が力無く、ぶら下がっていた。
頭部が下を向き、表情は確認できない。
確認しなくてもミダイには彼の表情が判る。
目を瞑り、穏やかな顔で、敵前にも関わらず無防備にも寝息をたてていることだろう。
つまり要は、ここに繋がれてからミダイがこの場を離れている間も、ずっと眠っているのだ。
「キスしたら目覚めますかね?」
「……」
彼の冗談に付き合わず、ペルセポネーはこれまでと同様。目の前で眠る捕虜を観察している。
――迂闊だった。
手枷に仕込んだ珠が、神力を吸収するのだが、
彼の内部で起こる出来事までは干渉できなかったようだ。
要は自らの能力で、頸の神経に隙間を空け、強制的に眠った状態に仕立て上げたのだ。
これでは拷問したとて意味は無い。
拷問が意味を成さなかったら、外傷を与える事はデメリットしか無い。
うっかり殺してしまったらその先どうなるのか見当もつかない。
もしかしたらそれで、魔界開放という目的は達成できるかもしれないし、永久にできなくなるかもしれない。
後者の可能性が有る以上、迂闊に手出しはできないでいた。
「ここでこうしていても意味無いですね」
ははっ、というミダイの笑いをかわし、ペルセポネーは闇を発生させる。
「何処行くんですか?」
「ここでこうしていても、意味無いでしょ? ……あなたはソレにキスでも何でもしてればいいでしょ」
言い終わるや否や、闇と共に女の姿が消えた。
何も無くなった空間に溜息を漏らすと、向き直り、暢気に寝ている神の顔を覗き込む。
「うーん、他人に言われると嫌だなあ……その冗談」
相変わらず要は穏やかな表情で、“この体勢辛くないかな”と見る者全ての庇護欲を駆り立てる程だ。
が、残念ながらミダイにそんな感情は存在しない。
しかしながら、こう大胆に狸寝入りされると、怒る気も失せるものだ。
つまらないので、仕方なく彼も床で眠ることにした――
夕日を背に桟橋の上に伸びる、二つの影――
特徴の無い男グリェーシェニクと、ペルセポネーだ。
「もう、君と会うことは無いと思っていたよ」
「……光は死んだって。空間の子は眠ってしまったわ」
ペルセポネーの橙の髪が、海風でふわりと揺れた。
「死んだ? しかしここで水龍の背に横たわる彼を見たよ? とても死んでいるようには見えなかったんだがね」
「じゃあ、生きてるわ。力を封じたの」
「そうか……、しかし何故それを私にわざわざ言いに戻ったんだい? 私は君に裏切られた立場なんだけどね」
「そうね。
でも、光と水が邪魔だったんでしょ? せっかくだから、教えてあげようと思って。
安心して、空間の事もきっと何とかしてみせるわ」
グリェーシェニクは額に指先をあて、目を閉じた。
その仕草は、困っているようにも、呆れているようにも見える。
「……参ったね。
私の事はいいから、君は君の目的の事だけ考えて行動しなさい」
ペルセポネーは首を傾げる。
少女の様な仕草は、見た目よりもずっと彼女を幼く見せた。
そんな歪な彼らの間に、長い沈黙が訪れる。
二人はそれを、当たり前のように受け入れるのだ――




