表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/70

光の記憶 3

――暗闇の中から、意識が泡のように浮かびあがる。








 視界が白み、


 長い夢から、ルードは覚醒した。



 僅かの時間、天井を眺める。

 そして、動かせる部分を動かしてみる。


 「……っ」


 残念ながら、片腕に力を入れても、起き上がる事ができなかった。



 「あら、起きた?」


 頭上に、落ち着いた女性の声が降り注ぐ。



 「鈴……」


 掠れているが、問題無く声が出せたのにルードは安堵する。 


 「貴方、もう十日も眠っていたのよ。

 一体何があったの? ……いえ、いいわ。言わなくて。

 私はただ貴方達の傷を治すだけ」


 そう言って、眉根を下げ苦笑する大人の女性――目の前には鈴の姿が在った。








 鈴が手を貸し、ルードは起き上がる。


 「チャルチは一旦隠れることになったのかしら?

 貴方を水が運んできたの。あれ、チャルチでしょう?

 あと、キニチ・カクモも」


 ガラスの入った窓辺には、派手なインコがおとなしく座っていた。


 この鳥の姿をしている神も、気を失っていたルードにずっと付き添ってきた。


 「いいえ、死んだわ」 


 「え……?」


 “死”という言葉に、鈴が反応した。



 要の眷属達は否定したが、ポーが『神は不老不死』と言ったのも、あながち間違いではない。





 神は人間ではないから、肉体は滅んでも魂まではすぐには死なない。



 肉体が滅び、宗教的権威あるいは政治的権威を失ったので、政治、宗教上の表舞台から一旦去ったのである。


 これを、“身を隠す”という。


 ただ、少数といえども、チャルチを(いつき)祭る人はいるだろうし、人の心の中には残るはずだから、“死”という意味での終末を迎えることはない。


 その神をいつき祭る人々がいる限り、神はどこかで生き続ける。


 しかし、権威を失っていつき祭る人々がいなくなった時、本当の死、“消滅”を迎える。



 それまでに肉体を“復活”させなければ“消滅”してしまう。


 この事を充分に理解している者は、肉体が滅ぶ事態に直面したことのある神しか居ない。



 要のように眷属を持つものは、肉体が滅んだ時点で眷属は永久に死ぬが、要自身は条件を充たせばいずれ復活する事が可能だ。



 復活する事を神自身は、“自分にもできそうな気がする”となんとなく感じている。



 しかし、


 「チャルチは復活しない……」


 ルードは、そう断言した。



 




 「何故そんな事が言えるの?」


 見当もつかないと言った風に、真剣な面持ちで尋ねる鈴。

 その様子に、ルードはふっ、と柔らかく笑った。



 「やめてよ、冗談。


 もうアタシ達皆、生きてるか死んでるか判らないじゃない。

 ただ何となく、時間の流れに任せてるだけ。


 やっと終われるっていうのに、戻ってくるわけ、無いじゃない」



 ふふっ、と息を漏らす。


 「チャルチは死んでよかったのかも……、

 アタシ達全員、死に場所を求めている。


 ひょっとしたら、アタシ達純血の神ってもう、世界にとってはいらない存在なので……っ!?」


 言葉の途中で、脳天に鋭い痛みが落ちた。


 「それ以上言ったら、いくら温厚な私でも、怒るわよ!!」


 「はあっ!?」



 痛みを堪え顔を上げたルードの目に、薬箱を手にした鈴が眉間に皺を作っているのが映る。


 そこでやっと、あの四角い木箱で殴られたのだと、知った。





 「私はまだまだ生きたいわ! あと1000年でも1万年でも足りないわよ!!

 それに、いらない存在なんて無い! 私はあなた達、私の友人の誰が居なくなっても悲しいし、寂しい。


 無責任なこと言わないで!」



 「もう、怒ってるじゃない……」


 捲くし立てる鈴に、ルードは圧倒され、 


 「あっはははははは!!」


 そして、大笑いした。




 一頻り笑った後、目尻に浮かんだ涙を拭う。


 「――あー、お腹痛い。

 ほんと、ポーとアンタだけは変わらないわね! ははっ」


 「そう? 一番変わってないのは要だと思うけど?」


 ピタリと笑顔が、消え失せる。


 「え……?」


 ルードには彼女の言葉の意味が、一体どういうことか解らなかった。


 一番性格がガラっと変わってしまったのは、要で間違い無いと思っていたからだ。



 昔憧れ、大好きだった幼馴染は、或る時を境に別人のようになってしまい、現在もそのままのように見える。


 そんなルードの困惑を、意味深な笑顔で鈴は撥ね退け、


 「さー、もうこの話はお仕舞い!」


 と、手を打った。




 鈴が息を深く吐き、

 部屋の雰囲気が、がらりと変わる。


 「ルード……落ち着いて、聴いて欲しいんだけど……」


 歯切れ悪くも、相手の目を真剣に見て鈴は話す。

 それをルードは、ぼんやりと聞いていた。


 「あなたの右腕、再生は可能なんだけど、最低でも30年くらい時間が必要なの……」


 「ああ、そんなこと」


 「いえ、それで……」


 彼の言葉を遮り、それでも彼女は言葉を詰まらせた。


――覚悟が要る言葉を出そうとしている。

 ルードは、彼女から出る言葉をジッと待つ。


 沈黙は、長くは続かなかった。



 彼女から出た言葉は、


 「あなた自身が、それまで生きられない」


 「え?」



 ルードは訊き返すことしかできなくて、ただ次の言葉を待つ。


 「あなた、自分で判らない?


 ……全く神気が出て無いのよ。

 複数の人間に確認させたから、これは確か」


 「ちょ、ちょっと待って! 何言ってるか、さっぱりわからないわよ!」


 「そ、そうよね。私も最初理解できなかったもの」


 鈴は額に手をあて、暫し考え込む。


 その顔面は蒼白で、彼女の方がベッドに入った方が良いのではないか、と誰もが思うだろう。






 「あ……あのね、あなた神気が無くなっているのよ。全く」


 漸く出た言葉は、先程と大差無かった。

 説明したくとも、彼女自身上手く言えないのだ。


 「要するに、人間みたいになってしまっているの……」


 「……」


 「人間に、なっちゃったみたいなの」


 言い直しても、同じ言葉しか出なかった。

 そうとしか、言いようがないのだから。



 神や魔族は、存在自体が奇跡とも取れる程、超常的だ。

 黙っていても発するエネルギーが大きい。


 人間が発する熱とは全く異質の力だ。

 だからこそ、人間にとっては巨大で絶対的な力で、敏感に感知する事が可能だった。


 その神から発せられる存在感を、神気という。





 「――人間――」


 ルードは複雑な気持ちで、その生物の名称を口にする。



 幼かった時に、あんなにも成りたかったモノ。

 そして、今でも彼らに希望を見出している。

 

 皮肉にも子供の頃の夢が今、この時、叶ってしまったのである。


 光の神ルードの神力は消え失せ、ただの人間になっていた。




 「腕の再生は可能だけど、早くても30年はかかる。

 でも、どういうわけかもう、あなたは人間と変わらないから、そんなに生きられない。


 それどころか……あと10年も生きられないでしょう」


 寂しそうにそう言うと、鈴は静かに涙を零した。



 「――そう、アンタがそう言うのなら、間違い無いんでしょうね」


 ルードはイマイチ実感が持てずに、ただ流されるままに、納得することにした。


 鈴の女神としての勘は鋭い。


 人間の寿命なんて、簡単にピタリと当ててしまう。


 彼女の言うように、人間として死ぬのなら、もう二度とこの世には戻れないだろう。


――それでいい……。 






 「チャルチは――」


 いいとは思うものの自らの死を考えると、どうしても親友の顔が浮かんでしまった。


――割り切っていた筈なのにね。


 ふふ、と穏やかにルードは笑い。 


 「もし、この世に未練が有るなら、いつか何処かで何かに転生するかもね」 


 「……ええ、そうなるといいわね」


 それに鈴も同意し、


 二人は静かに涙を流し続けた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ