光の記憶 1
「先生! 人間にはどうやったらなれるのですか!?」
広場に遅れてやってきた少年は、開口一番に叫んだ。
「ルード様……は、早過ぎっ……」
後を追ってきた護衛の少女、チャルチは、ぜいぜいと息を切らせている。
ルードも彼女以上のスピードで走って来たのだが、そのくらいでは息は上がらない。
一見すると十二歳程の少年――ルードは、真っ直ぐに先生と呼んだ広場の中心に立つ老人を見ていた。
「ルード、チャルチ、おはよう」
「「おはようございます!」」
二人は老人に挨拶されると、姿勢を正し、元気良く返事をする。
老人は優しく微笑み、
ルードとチャルチに席へ着くように手で促した。
広場は、繊細な彫刻が施された石柱で囲まれている。
石畳の上には、老人を中心とし、同心円状に石のベンチが配置されていた。
そこに小学校高学年くらいの少年少女、九名が既に座っている。
皆一様に、輝かしくしなやかな純白の衣を纏っていた。
決まった席が有る訳ではないので、空いているベンチに、ルードとチャルチは腰掛ける。
これでいつものように、広場には総勢十一名の少年少女と一名の老人が集結した。
スコラと呼ばれる集会だ。
まだ幼い神々が議論を愉しんだり、スポーツを嗜んだりする。暇つぶしの場だ。
博識であるこの老人の姿をした神を“先生”と呼び、
神としての振舞い方や様々な知識を教えられたりする。
が、神である少年少女は、覚えが悪い。
彼らは二十年程生きていて、晴れた日は必ずスコラに通っているが、見た目通りの知識しか習得していない。
即ち、人間でいう十二歳くらいの頭脳しか持ち合わせていないのだ。
「ねー、何で遅れたのー?」
前に座るポーが、頭を逆さまにして後ろのルードに訊ねた。
逆さまに、ニタニタと不気味に笑う彼と目が合い、不快になる。
ポーほど純白の絹が似合わない少年はいないだろう。
「オマエに関係無いだろ!」
ルードはポーの頭頂部を膝で蹴り上げた。
「痛い!」
「俺も気になる。教えろよ」
頭を抱え痛がるポーの横に座っていた、要が振り向く。
要に訊かれたら、答えない訳にはいかない。
彼は皆のリーダー的存在で、正義感が強く、喜怒哀楽のはっきりとした、かわった少年だ。
ルードは彼の事を、人間みたいだな、と思い、とても慕っていた。
「昨日ボクのうちに人間からの貢物が届いたんだけど――」
ルードの話に全員が耳を傾ける。
最近は戦争の話ばかりで気が滅入っていたので、面白そうな話題に皆飢えていた。
「見てこれ!」
ルードが合わせた両手を開くと、どこから出したのか掌の上にはゴテゴテと装飾されたスリッパが乗っていた。
「可愛くない?」
「「別に……」」
「「可愛ーい!!」」
ルードの周りでは見事に意見が二つに分かれる。
要やポーの男の子チームは何とも思わなかったようだが、チャルチ達女の子チームが、わっ、と感嘆しルードを取り囲んだ。
「凄いよね、コレ。金や宝石の加工技術も凄いけど、何よりこの斬新なデザイン! しかも機能的にも素晴らしい!!」
ルードは母親が今朝言っていたのと同じ言葉でスリッパを褒める。
「ポーもそう思うだろ!?」
いきなり話を振られたポーは、慌てて、
「思うぅ」
と思ってもいない事を復唱してしまう。
ルードは満足して頷くと、
「要は!?」
と横に視線をずらした。
「凄いとは思うけど、可愛いとは思わない。あと、使いたいとも思わない。履物なんてこのサンダルで充分」
と、要は自らの足許を指差した。
ほぼ否定しかされていないが、屈託の無い笑顔でそう言われると、全く悪い気がしない。寧ろ、本音を包み隠さず言ってもらえて、ルードは嬉しくなる。
ふと、子供達と一緒になって身を乗り出す老人に目がいき、話の本題を思い出した。
「でね、この靴に合う服がなかなか無くて、一晩中さっきまで、母様とチャルチと考えていたんだよ。
そしたらなんと! 残りの貢物の中に有った外套がぴったり合ったんだよ!! 凄くない??」
再び「凄ーい!」と「どうでもいい」の二つに意見が分かれたが、ルードは気にせず話を続ける。
「人間はちゃんと靴だけでなくそれに合う服やアクセサリーを揃えて持って来たんだよ。
贈ったその先、……相手の事を考えて。凄いよ、人間は」
老人はにっこり笑って頷く。
「寿命が短い分、我々よりずっと多くの事を考えて生きているんだね」
「先生、ボク人間になりたいです。たった数十年くらいしか生きられなくてもいいです。人間になりたい」
目を輝かせて一息に話すルードに、誰もが人への強い憧れを感じた。
「残念ながらそれはできないね」
きっぱり、はっきりそう告げられ、ルードは肩を落とす。
「だが、これから先。数百年、数千年後には可能になっているかもしれないよ? 我々神や魔族にはできないかもしれないが、君の言うように、凄い発想を持つ人間になら可能かもね」
現に老人は知っている。
彼が目の前の子達と同じように若かった数百年前と比べ、劇的に生活が豊かになっている。
それは全て、人間が自らの知恵で培った進歩だ。
「数百年……」
だが、まだ二十年程しか生きていない彼にとっては途方も無い話でしかない。
「さて、今日は何をしようかな――」
手を一つ叩き、広場の中心へ戻って行った先生の背を見て、なんとなくモヤモヤした気分のままルードは納得するしかなかった。
スコラが御開きとなった後。ルードは、要とさっさと何処かへ行ってしまったポーを探していた。
チャルチは別の友達と用事があるらしく、もう既にいない。
仕方が無いので、たまにはポーとでも帰ってやるか、と気まぐれを起こしたのである。
ルードの住む光の神殿とポーの住む闇の神殿は、“ご近所”だった。
それも、すぐ裏にある建物だ。
裏、といっても“後ろ”の意味ではない。
本当に裏側にある。表裏一体の建築物だ。
しかも、通常想像する鉛直方向に接しているのではなく、水平方向に接する。
光と闇の神殿は浮遊城だった。
空に浮かぶ巨大建造物は、地平線にあたる床面を境に上部を光の神殿、下部を闇の神殿とし、そっくりそのまま上下対称なのだ。
だから、帰る方向がほぼ一緒なのだから、ルードがポーを誘って一緒に帰ることがあっても、そう可笑しい事ではない。
ルードは広場から少し離れた林に入ると、足を止めた。
話し声が聞こえたからである。
「ねー、ルードってちょっと変じゃない?」
ポーの声だ。
どうやら自分の事が話題になっているようで、ルードは咄嗟に木陰へ身を潜めた。
「遅刻までして、どんな面白い話があるかと思えば……すっごくつまんない。あんなキラキラした物を見せられたら、僕の目がおかしくなっちゃうよ」
「まあ、変だと思うけど……ははっ、お前の方が変だって」
要に変だと言われると何故か褒め言葉に思えるが、ポーに言われると不快だ。
ルードは拳を握りしめる。
「ルードの話っていつもつまんない。言ってる意味もよく判らないし。でもいっつも面白いから聞けっていうし。嘘なんだ」
「そう? 私はルードと話してて楽しいけど?」
ポーの何が言いたいのかはっきりとしない台詞に、高いが落ち着いた声が被さる。
要とポーとよく一緒にいる女の子――鈴だ。
彼女は面倒見が良く、気が利き、再生を得意としているので、友達が怪我した時に傷を治してあげたりしている。
ルードも彼女とは仲良くしていた。
要、ポー、鈴は仲良く談笑している。ルードの話題なんてもうすっかりどうでもいいのか、別の事で笑っていた。
そこへ足を踏み入れる。
何事も無いように。
「ポー、帰るよ」
有無を言わさず、命令するようにルードは冷たく言った。
「えー、チャルチは?」
「街へ行くんだって。ポー、行くぞ」
ルードはさっさと踵を返し、三人に背を向けて行ってしまった。
ポーは仕方なく駆け足で付いて行くしかない。
彼の傍に追いつくと、顔を覗き込む。
「ねー、なんか怒ってる? どうしたの?」
「何でもないよ、ボクの心を探るな」
ポーは周囲の感情有る生物を不快にするのが得意で、その延長線上、深層心理へ入り込む事ができた。
そうして心の底に沈殿する闇の煤を巻き上げ、醜い感情を増幅させる。
果ては精神崩壊を引き起こさせて、相手を再起不能にしてしまう。
だからあまり長く彼に近付く者はいなかったし、ルードもそうしている。
スコラに集まる幼い神々は、世界各地から来ていた。
それを可能にするのは、要と似たような能力を持つ神が作った空間転移陣が、世界中の神殿近くに敷かれているからだ。
ルードとポーが陣の上に立つと、二人の神気に反応し発動する。
視界が真っ白になったと思った次の瞬間には、もう目の前の景色は変わっていた。
石造りの狭い個室には、空間転移の陣が敷いてある祭壇と、上下に続く螺旋階段が在った。
階段を上ると光の神殿に行き、下がると闇の神殿に辿り着く。
だから、ポーはてっきりここでルードとは別れると思っていた。
それなのに、
「あれ? どうしてこっちに来るの?」
首を傾げるポーの後ろにはルードが付いて来ている。
彼は何でも無いように、ポーを追い抜き、階段を“下がっていった”
先へ行くルードを追い、ポーは小走りする。下がっていたのに二人はいつの間にか“上がっていた”
階段を上りきると、扉がある。
ルードが乱暴に開けると、全く日の差さない闇の神殿の全貌が現れた。
石で舗装された前庭には土や植物が一切無い。装飾品も無く、冷たく陰湿な雰囲気が漂う。
空を見上げると、地上が一望できた。
だが、彼らは自分達が逆さまな状態だとは思わない。
ルードがいきなりポーの手首を掴み、強引に引き連れる。
「わっ。やめてよ、離してよ」
元々二人は性格が合わなくて対立する事が多く、主にルードがポーに対して苛立ちをぶつけ、衝突した。
今回も、何故か解らないが怒らせてしまった、とはポーも気づいていた。が、いつもよりも険悪な雰囲気になっている原因が解らない。
話を聞こうにも、こう引っ張られていれば、まともな会話にならない。
「ルード!」
ポーが泣き出しそうな声で彼を呼ぶとピタリと彼は止まった。
「ボクの何処が変なんだよ……言ってみろよ」
「え? あの……」
訳が解らず、ただ混乱するポーに、
「ボクの何処が変なんだって訊いてるんだよ! 答えろよ!!」
考える隙を与えず、ルードは怒鳴りつける。
「え?? わ、わかんないよ」
彼の言う事が解らなくて、どうしてこんなにも怒っているのか解らなくて、考える余裕も無く、怯えるポーは泣き出してしまった。
だが、ルードの怒りは治まらない。
「言えよ! この“ボクに”、要じゃなくてボクに言ってみせろよ!
ははっ。
オマエ、キラキラした物を見たら目が可笑しくなるんだろ? だったら何でボクに同意した!? 否定しろよ、“ボクを”、その場で!!」
そんなことポーには判らない。
判る筈も無い。
ただ、咄嗟にルードの言葉を復唱しただけなのだから。
彼の剣幕に、ポーは何も考えられなくなり、怖くて、怖くて、ただ泣きじゃくるだけだ。
「オマエは卑怯者だ、二度とボクの前に顔を見せるな」
ルードは吐き棄てるように言うと、地面に手を当てた。
すると、石の境目に光が奔り、“ずずず”と音を立て、ズレ始める。音が止むと、床にはぽっかりと黒い穴が開いていた。
その黒く底の見えない穴に、ポーを、
突き落とす。
あっという間に、ポーは闇に消えた。
それを冷めた目で見送ると、ルードは穴に手を翳し、
――閉錠――と唱えた。
また光が奔り、今度は穴が閉じていく。
この地下にできたシェルターは、ルードとポー。また、その両親しか存在を知らない。しかも、閉じた者にしか開けられない。
陰口の報復にうってつけの、暗くて寒くて不気味な場所だ。
「何だよ、アイツ……クソッ、腹立つ……。腹立つ!
ボクはあんな奴みたいには絶対にならない。自分に正直に生きるんだ……」
ポーに言われるまでもなく、自分が変なのは気付いていた。
その事に周りが気を遣ってくれているのにも気付いていた。
だが、ポーに言われたのが、どうにも癪に障ったのだ。
ルードは気付いていない、自分の中の矛盾点も、どうしてこんなにもイライラするのかも。




