光と水 4
「あ、言っておくけどこの子グルメだから、餌は神木から採れた果実しか食べないから」
「え……」
戸惑うヒルの頭上から、ポーが顔を出す。
「それは僕がなんとかするよー」
ポーの存在を思い出したルードとチャルチは、大事を思い出し、彼に詰め寄った。
「ポー、そうだ! アンタこの子に何かしたでしょ!? この変態!」
「ええ!?」
いきなりな物言いに、彼は驚き、竦んだ。
「そうなのか? 何かしたのか?」
今度はヒルが彼を振り向き見上げる。
三人に同時に詰め寄られ、彼の逃げ場が無くなった。
「何もしてないよ!」
「お前、わたしが寝ている間に何かしたんじゃないのか?」
「何もしてないってー、言い掛かりだよー」
「嘘言ってんじゃないわよ! じゃあさっきのアレは何なのよ! ルードの槍の光を吸収したの、あんたの力でしょ!」
ん? とヒルは首を傾げた。
チャルチの言う事は、彼女とポーが心配した事とは違っていた。
「ああ、あれ? あれは確かに僕の力だね。彼女に光が当たらないようにしているんだよ」
「ああ、なんだ、そういうことか。それなら、わたしも同意の上だけど」
何故彼らがポーを責めるのかが、判らなかった。
ポーは善意で彼女に力を与えたのだし、実際に恩恵も受けている。
「何も問題無いだろう? 現に今回、この力のお陰で命拾いしたんだし」
「問題大有りよ!」
「たとえ要を連れ戻せたとしても、アンタこのままじゃ死ぬわよ!」
「は?」
「生き物ってのは、適度に日光に当たらないと駄目なようにできてんの! それをポーの力で全く当たらないようにしてたんじゃあ、心身共に病気になっちゃうわ! 骨もスカスカになるし、まともな精神を保てなくなっちゃう」
「それは……言い過ぎじゃあないか?」
「言い過ぎじゃないわよ! アタシを誰だと思ってんのよ!」
光の神。彼が言うのだから、妙な説得力が有った。
「だが、また何か有った時。役に立つかもしれない」
「……まあ、それも一理有るわね」
うーん、とルードが腕を組み、考え込んだ。
「そうだ! ポーみたく、アタシの力も与えればいいんじゃない?」
名案だ、と彼は両手を合わせた。
「あら、気前が良いわね。貴方、凄くラッキーよ。
光と闇、両方の力を得られるなんて、人類史上初じゃない? っていうか、神にも魔族にも居ないわよ! そんなの」
チャルチがにこりと笑って、ヒルの肩に手を置く。
しかし、彼女はそれを、虫でも掃うようにして、退けた。
「遠慮しておくよ」
「「「はあ?」」」
彼女があっさりと断ったので、ルードとチャルチだけでなく、ポーも驚きの声を上げた。
「ヒル、駄目だよ。ヒルが死ぬのは僕、嫌だ」
「そういう問題じゃあないわよ! アタシの申し出を断るなんて、良い度胸してるじゃない!!」
「貴方人間のくせに、馬鹿なの!? 神から力を与えられる人間なんて、今の時代、殆ど存在しないのよ!」
「……いいんだ。じゃあ、任せたよ。
行こう、ポー」
素っ気無く言い。ヒルは、すっかり元に戻った川の方へ踏み出した。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」
咄嗟にルードは彼女の腕を掴み、引き止める。
「放せよ。もう、お前らに用は無い」
「……っ……人間に、こんなに馬鹿にされたのは初めてだわ……」
「放せ」
二人の間に、険悪なムードが漂う。
周囲の草がざわめき、風が吹き抜けた。
「ちょっと、ルード。よしなさいよ!」
「ヒルも、喧嘩は良くないよぅ……」
それぞれの同伴者が、慌てて宥めに割って入る。
「人間ごときが思い上がるんじゃあないわよ! 今すぐ跪き、許しを請いなさい! そうすればそのムカつく態度、目を瞑ってやってもいいわ!!」
ルードが強い力で、ギリギリとヒルの手首を締め上げる。そのままぐい、と下方に引き寄せた。
ヒルは侘びる様に俯いた体勢になってしまう。
それでも彼女は気丈に顔を上げ、ルードを睨み返した。
「わたしは、わたしが“そう”と決めた相手にしか依估しない。
お前に態度を改められる謂れは無い」
「アタシは神よ!」
「わたしは人間だ。それが何だ」
「アタシはアンタより長く生きてきたし、奇跡と呼ばれる力をたくさん持っている!」
「それがお前の差別の理由なのか」
「差別?」
ルードは聞き慣れない単語に面食らう。
長い時間、今まで彼には関わりの無かった言葉だ。
「お前は自分より短命な者、力の無い者は、自分に媚びろと言っている。それは差別だろ?」
「ち、違うわよ! だいたい差別してんのはそっち、人間の方でしょ! 神を必要以上に持ち上げ、わざとらしく自分達を卑下して、弱い者ぶってアタシ達の力に縋る!」
「成る程。お前はそれで煽てられて、いい気になって他者と自分との間に優劣をつけるようになったんだな」
「ああ゛!? っざけんな! 糞餓鬼が! 知った風な口きいてんじゃねえ!!」
掴んだ手首を、今度は引っ張り上げた。
締め付けの痛みと、乱暴な扱いに、彼女の表情が引き攣る。
「はっ、本性現しやがったな、おかま野郎」
「おかまじゃねー、っつってんだろうが!」
「ちょっと、ルード……」
チャルチが宥めるも、彼の怒りは納まりそうに無い。
深い溜息を一つ吐くと、ヒルは眼光鋭く、彼を正面から見る。
思い切り腕を引くと、漸く彼の手を振り払う事ができた。
「面倒だからはっきり言ってやるよ。
わたしは最初にお前の言葉を聞いた時から、お前が嫌いだ」
「はあ!?」
「だからお前に力を与えられるのも不快だし、必要以上に会話したくない。
できれば二度と会いたくないが、要の件に関しては、わたしの我侭でそうも言っていられないから、仕方なく我慢しているだけだ」
ヒルは強い口調で、しかし淡々と話す。
滲み出る怒りを抑えようとしている雰囲気だ。
「嫌いって……なんでよ、まだアタシ達知り合ったばかりじゃない」
「わたしは、他者を蔑み低く扱うことで、自分が本来よりも優れていると見せかけようとする者が嫌いだ」
「何を……」
「お前はポーに言ったな。根暗、陰険、不気味。だったらお前はどうなんだ? わたしから見ればお前の方がよっぽど不気味だよ」
「ア……アタシのどこが、不気味だって言うのよ!!」
「お前、自分の事。女だって言ったろ」
正確には、チャルチが、自分達の事を“美人ガールズ”と称した。
「わたしがお前の事を男って言ったり、おかまって言ったら、否定したな。そして逆上した。
……だったら、何で男の格好してるんだ?」
「そ……そんなの、女の格好が……似合わないからに決まってるじゃない!」
「中身が女で外見が男なら、おかまって言われても仕方ないだろう。否定するのが筋違いだ」
「アタシだって! 着れるもんなら、可愛い服を着たいわよ! 仕方ないじゃない! 似合わないんだから!!」
「そうか? 努力次第でいくらでも女らしく見せることは可能だと思うけど。
お前、たいして女になりたいわけじゃないんじゃないのか?」
「酷いわ! そんなわけないじゃない! 誰が好き好んでこんな可愛くない格好してると思ってるのよ! アタシだって、こんな身体で生まれて来たくなかった!」
ルードの返答にヒルは容赦無く畳み掛ける。
一切の手加減抜きに、彼の扱い辛い繊細な問題に踏み込む。
「お前は中途半端なんだよ。だから気持ち悪い。
女になりたいのか、男でいたいのか、はっきりしない。傍から見ていて不気味で、悲惨だ」
「酷い! ただの悪口じゃない! アンタの方が差別してるじゃない!」
「別に。わたしはただお前の印象を言っただけだ。お前がポーに言ったのと同じように」
「な、何よそれ! 仕返しって事!? なんでアンタにそんな事言われなきゃならないのよ! アタシがどういう格好しようが、アタシの自由じゃない!」
ルードのその一言に、ヒルはふっと口許を緩めた。
「そうだな、お前の自由だ。だからお前の好きにすればいい。ただ私は思ったことを包み隠さず言っただけだ。
お前がポーに言ったように」
「な、何よ。悪い!?」
「悪いね。お前のポーに対する態度が。
……わたしは何もお前に“男か女かはっきりしろ”だなんて言ってない。そもそも感情っていうのは色んな多面性を持つモノだろ? 普通の男だって女だって、異性的な面は持っている」
二人を抑えようとしていたポーとチャルチは、すっかり黙って、既に静観者になっている。
「わたしが言いたいのは、『お前がポーに言った事は、わざわざ口に出して言う事なのか』という事だ。
わたしがお前に言った事も同じだろ?
口に出して言わなくても、腹の底で思っているだけなら、誰も不快に思わなくて済む」
「それは……」
「勘違いするな。直せとか、ポーに謝れなんて言ってない。そもそもポーなんてどうでも良い」
「酷いよ!」
咄嗟にポーが口を挟む。
「わたしも腹の中では他人への悪口でいっぱいだ。うっかり口に出してしまう事もあるしな。お前に対する感情は、一種の自己嫌悪でもある。
だからこそ判るんだ。……そういう奴は、信用できない」
「信用……」
「無償で何かを与えるからには、お互いの信用とかが必要だろ」
ふ、と今度はルードが薄く笑った。
「無償だなんて言ってないわ」
「何だと」
「ポーを貰う。
どうせ相手は闇を使うんだから、ポーが居た方が要も見つけやすいでしょ」
ルードのその一言に、ポーはすかさず反対する。
「嫌だよ! 絶っ対に嫌だ!」
今までは外野だったのに、急に火の粉が降りかかったポーは猛抗議を開始した。
自分を虐めていたルードとチャルチ、二人と行動を共にするなど、考えただけでも恐ろしい。
「ふーん」
成る程。と、ポーに反して冷静にヒルは呟く。
――ポーとルードの光の力……。
若干、向こうの方が得をするって事か。
「まあ、無償よりはよっぽど信頼できる取引だな」
「ちょっと! 僕は絶対に嫌だからね!」
「ふん、ほんとはこんなセコい真似したくないんだけど、アンタが生意気でムカつくからね」
「いいだろう。ポーなんて、はなから居ない者と考えている。
取引成立だな、連れて行け」
「嫌だ! ヒル、酷いよ!」
元々ヒルはポーが何らかのアクシデントで居なくなっても平気なように、彼が居ない場合を想定して行動していた。
今までがたまたま幸運だっただけ。それが単に平常の状態になるだけで、彼女にとっては何ら不都合でも無い。
「何だ、ポー。必要とされているんだ、喜ぶべきだろ」
「僕は君と居たいからついて来たんだよ。君が居ないなら僕はまた別の所に行くよ」
漸く自分の話を聞いてもらえ、ポーは安堵した。
彼はそもそもヒルだからこそ共に旅をしたくなり、ついて来た。他の誰かでは駄目なのだ。
だから、もしこのまま意向が無視され続けるのであれば、その時は以前と同じく独りで各地を彷徨うつもりだ、と彼は言うのである。
「だってさ、おかまさん」
「また言ったわね!」
怒るルードにいい加減面倒になったヒルは、別の呼び方で彼を呼ぶ。
「じゃあ、――オネエ?―― ポーはこう言ってるけど、どうすんの?
きっとポーはお前らに引き取られる事になったら、そのままどっかにトンズラこくんじゃない?」
「ちょ、ちょっと待って。
……もう一回言って?」
「?」
今の話に聞き返すような特殊な情報が有ったとは思えなかったヒルは、首を傾げた。
「と、トンズラは……さすがに変か――」
「そうじゃなくて! お姉がどうのって」
「ああ。こっちじゃ、おネエって言わないのか? おかまの事」
身を乗り出して真剣に訊いて来るルードに、ヒルはすっかり気圧されてしまう。
「何それ! 可愛い!
“おネエ”って、すっごく可愛いわ!」
気に入ったのか、まるでクリスマスのプレゼントを貰った子供のように、ルードは嬉しそうにはしゃぐ。
「アタシ、その呼び方気に入ったわ! 皆に広める」
「そ、そうか……それは……頑張れ」
「良かったわね、ルード!」
ずっとそわそわしながら動向を見守っていたチャルチも、張り詰めた空気が緩み、やっと声を出す事ができた。
「良い事教えて貰ったお礼に、おまけしてアゲル。
ポー、やっぱりアンタついて来なくていいわ。その代わりなんかよこしなさいよ」
「ほんと!? いいよー」
元々何か得るつもりも無かったルードは、あっさりと譲歩し、ポーの代わりに役立つ物を要求した。
承諾した彼は、ゴソゴソとローブの中を弄る。
少しして、裾から何かを持った手が出てきた。
「コレ貸してあげる」
「ふーん……まあ、いいわ」
ルードがポーから受け取ったのは、黒いシースナイフだった。
ヒルも目にしたばかりの物だ。
神自身からただのナイフ。
――譲歩したにも程がある。
呆れた目でその光景を見ていたヒルに、ルードが近寄った。
「じゃあ、今度はアタシの番ね」
にこり、と笑った彼は、自分の握った手を口許に持っていった。
立てられた親指を、歯の尖った部分で噛む。
薄らと血が滲んだその指を、ヒルの目の前に差し出した。
「?」
「ちょっと、早くアンタもやりなさいよ。血が乾いちゃうでしょ?」
「何を」
「はあ? ポーの時はどうしたのよ」
「首筋に噛み付かれたけど」
「下品! 何よそれ!
もう――体液を混ぜて交換すんのよ。
早くアンタもやりなさいよ」
「ああ、うん」
呟くと、ヒルも同じように親指を噛む。
自分の皮膚を傷つけるのは案外難しく、噛み千切る程の覚悟が要った。
同じように血を滲ませると、ルードのそれと合わせる。
ぐりぐりと指を押し付けられて、充分に互いの血を混ぜ合った。
「ねえ、これって唾液とかじゃ、駄目なの」
「何よ! キスしろって言うの!?」
「そうじゃない。互いの指先に唾液を付けて、こうやって今みたく交換するんだ」
「ああ……それじゃあ駄目よ。空気に触れる前にしないと」
当然出た疑問もすぐに解消され、一応は彼女も「ふーん」と納得したような声を出した。
二人の指が離れる。
これで無事、ルードの力。
その一部をヒルは得たことになる。
にこやかに見送るルードとチャルチを背に、ヒルとポーは先へ進む。
大きな川は、チャルチが道を作ったお陰で、難なく渡ることができた。
ポーだけは、いつもよりも足早だ。
早く二柱の神から離れたいのが明白だった。
呆れながらも、ヒルはそれに続く。
もう日も暮れて大分時間が経っている。
早く先へ進みたいのは彼女も一緒だ。
「うぅ……ヒル、ありがと。
僕のためにわざわざルードにつっかかったんでしょ?」
元来ヒルは面倒くさがりな性分だ。
それは、この世界に来てひと月経った今も変わらない。
その彼女がリスクを背負ってまで他人と衝突するとは思えなかったのだ。
「別に、ちょっと挑発してみただけだ」
「あんまり神は怒らせない方がいいよ。
地形が変わるよ……」
神の怒りと言うだけあって、その影響はすさまじい。
強い力を持つ神ならば、天災レベルの大災害を引き起こす。
幸いルードはそれほど怒っていなかったし、ヒルを傷つけるつもりは無かったので、事なきを得た。
「それは怖いな。
だがわたしには、この世界がどうなろうが関係無い」
「君も危険だよ」
「ま、そのお陰でルードって奴が少しだけ解った。
怒りってやつは相手の本心を知る上で一番使える感情だ。
それにチャルチがどういう立場なのかも、な……」
「まさか、そのためにわざわざ怒るようなこと言ったの?」
「さてね」
ふ、と笑うヒルの面持ちに潜む何かに、ポーは息を呑んだ。
狂気を孕んだ魔性の笑みに、ゾクゾクとした快感が奔る。
これだ、
これが見たくて彼女について来たのだ――ポーは自身の判断が正しかった事を確信した。
「ククク……」
新しい玩具を手に入れた愉悦感に、思わず笑い声が漏れ出る。
愉しくて、
愉しくて、
仕方が無い。
「笑うな! 気持ち悪い!」
ヒルの容赦無い膝蹴りが、彼の腰に見事に入って、仰け反った。
「うぅ……でも、僕を庇ってくれたのは、要の他に、君だけだよ。
嬉しかったよ。ありがとう」
「要が……」
ヒルは益々、要のことが解らなくなった。
あの淡白そうな男が、ポーなんかを助けるのが想像できなかった。
山賊の頭。という印象が、むしろ一緒になってポーを虐めてそうな気もするし、彼の何事にも興味の無さそうな目は、ただの傍観者になるような気もする。
要の事を全く知らないのに好きだと思ってしまう自分自身に腹が立ち、
忌々しげに、もう一度ポーに蹴りを入れた。




