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光と水 1



 “ず、ずん”という地鳴りがし、カラスが一斉に飛び立ち、森がざわめいた。


 それとは正反対の、間抜けな規則正しい音がする。

 手を叩く音だ。


 「いやー、お見事。一人でも、すっかり戦えるじゃない」


 拍手しながら、ポーが樹の陰から現れた。


 「一体倒すのに、十五打も掛かった……」


 彼女は目の前にある、自ら倒した赤毛の怪鳥を見据えながら、刀の露を掃った。


 もうすぐ夜明けの時刻だ。

 二人は休む為に、住処に戻る。


 結局、彼女は身体の痛みが無くなるまでの間。洞窟に住み、獣狩りと称す修行に明け暮れていた。


 漸く身体が完全に回復したのは、昨日のことだった。

 ここに来てから、本日が丁度一ヶ月。ポーの言う通りとなったのである。


 


 彼女は自分で決めた通り、無理はせず、洞窟近くで狩りを行った。

 危なくなったら、ポーの結界に入ればいい、という寸法だ。


 戦い続け、多くの経験を得た。


 桐截の目論見通り、座して、圧倒的不利を演出する事で、ギリギリまで敵を引き付ける度胸を身に付けた。


 度胸が付けば、相手の動きをしっかりと観る事も可能になる。


 そうすると、座す事はあまり意味を持たなくなった。


 自然。次に、立った状態の構えを学ぶ。


 初打はやはり、居合抜きで迎撃に徹したが、次打では上段に構えるか、崩した八相の構えを徹底した。


 八相とは、刀を立てて右手側に寄せ、左足を前に出して構える。

 刀を持って“楽にする”状態に似ていた。


 単純に、森の中では、構えを取るスペースが無い場合が多い事が、この構えをする理由だった。


 これらを行う事には、刀の特性が大いに関係していた。


 戦ううちに刀について、彼女が何となく判った事。

 それは“剣は意思を持っている”という事だった。


 ただの憶測でしかないし、根拠も無い。

 しかし、確信めいたものが有った。



 刀はやはり、空間を斬っているようで、彼女の力でも獣の固い肉や骨も難なく截つことができた。


 が、慣れてくると、或る事に気が付く。


 刀が相手を襲う時、“一瞬の抵抗”が感じられる事だ。


 それはまるで、刀が敵に当たってから、漸く斬る獲物を認識したようで、

『ボーっとしてたところ、急に当たったから、慌てて空間を斬った』という何とも言えない、間抜けな印象がした。


 それに斬撃は、こちらが斬ろうとしないと斬れない。


 例えば中段に構え、相手が丁度突進してきたとする。

 普通ならば、しっかりとした正しい構えは防御にもなり、上手くいけば相手を突く攻撃になる。


 しかしこの刀では、“そういった事”は起こらなかった。


 不意打ちの防御などでは、ただ相手にぶつかるだけで、全く斬れない。


 逆に、体重の軽い彼女は吹っ飛ばされてしまう。

 只の“なまくら”同然になってしまうのだ。



 これらの事情が有って、桐截は攻撃に特化した、上段の構えを主に使った。


 この刀ではおよそ防御の役には立たないし、上段に構えると、後は振り下ろす動作一つで相手に攻撃できるからだ。



 だが、実際に扱うヒル自身は、もっと深い問題に気が付いた。


 それは、

 「桐截の戦い方には限界が有る」

 という事だ。


 「どういう事?」


 洞窟内。


 ポーはいつものように彼女と向かい合わせに座り、首を傾げた。

 焚火の明かりが二人の顔を半分だけ赤く照らす。


 「あいつが使っていた武器は、そもそも大剣だった。この刀とは倍以上も大きさが違っていたんだ」


 「成程ー。狼君は短いのの扱いに慣れていないって事?」


 「ああ。それに、この刀は凄く軽いんだ。桐截の刀は凄く重そうだった。

きっと、それを活かした戦い方があいつは上手いんだと思うけど、この刀では、逆に非効率的な気がしてならない……」


 「あー、それを最近悩んでいたんだね。だから自分で頑張って戦ってたのかー」


 「うん。もっと経験を積めば、きっと答えは見つかるんだろうけど」


 「何とか魔獣一体倒すだけで精一杯だねー」



 まあね、とヒルは頷いてから、ぽつりとこぼす。


 「まあ、ここからは否が応でも強くなれるはず」

 「?」

 「わたしは明日、昼間ここを出る」

 「!!」


 ポーは、予測もしていなかったのか、驚いて右側だけしか口角が上がっていない。 

 身体が回復した今、一刻も早く要を探さなければならない。ポーはそのことを失念していた。


 「お前には世話になったな。何も返せないけど、明日少し金が手に入るかもしれないから、半分やるよ」

 「いらないよ! それってどういう事?」


 「持ち物を売る」


 そう言って、彼女は隅に置いてあった物を取り広げた。


 要のアジトから彼女が持って来た物、全てが揃っている。

 ポーが、彼女を牢から出した時。別の場所に、厳重に保管してあったこれらを、一緒に持ち出していたのだ。


 「そうじゃなくて! 手切れ金って事? 僕の事、棄てるつもり?」

 「なんだ、それ。どちらかというと、わたしの方が、お前に飼われていたようなもんなんだけど……」


 「君がどういうつもりか判らないけど、僕も君に付いて行くから」

 「え?」


 今度はヒルの方が、驚いて目を見開いた。


 「だから今何か返そうとか、考えないでよ」


 「うん」


 彼女は驚きのあまり、碌な返事を出せなかった。

 



 「それに君みたいな不審者、一人で生きていくなんて無理だよー」


 「なっ……。

 お前にだけは、言われたくなかった……」


 ポーは相変わらずニタニタ笑いながら、挑発するように上目遣いでヒルを見るが、当の彼女は真面目に悩み、自身の格好を検めた。


 「この格好は流石に変か……」

 「そうじゃなくて、君、身分証無いでしょ? 売る事もできないよ」


 「何!?」


 ヒルは驚き、彼の言葉を聴き返す。


 「物を売るのに身分証が必要なのか!?」

 「当たり前だよー。君みたいに盗品を持ち込む人がいるかもしれないし」


 「盗品じゃない! いや……、そうなのか。

 そんなところはしっかりしているんだな」


 「要の域みたく治安の悪い所ではいらないかもしれないけど、高くは売れないよ?」


 「要の域……治安が悪いのか……」


 彼の言葉に、ヒルは顔の色を無くす。

 あまり喜ばしい情報ではなかった。


 「要は政治や経済、文化に無頓着だからね。そういう域は大抵荒れるよ」


 「そうなのか……」


――人間より強い立場の、神が存在するって事は……そういう事なのか。


 ヒルはまたしても、考え込むことになった。




 脳裏に浮かぶのは、舗装の一切されていない、土埃舞う道。

 痩せた畑。

 寂れた家々。

 襤褸を纏う、目だけギラついた人々。


 そして、自由奔放な要の手下達。


 どこか、人々と要達の間には大きな隔たりが在る様に見えた。


――力を持つ者が何もしないと、こうまで人は悪くなるものなのか?

 でも、人だって馬鹿じゃない。自分達で、生活を良くしようとする筈。


 そこで、彼女はこの世界の特殊な環境を思い出す。


 “神域”という小さなコミュニティだ。


 人口的にも、土地的にも、とても小さなそれは、自然災害などの危機で壊滅の危険が有った。


 他域からの支援が得られないからである。


 だからこそ、超自然的な力を持つ神の力は絶大だった。


――なんだかそれって、すごく消極的……。





 「これは良い物だから売らない方がいいよ」


 ポーの言葉にヒルは我に返った。

 彼を見ると、要の妹の着物を摘まんでいた。


 「え? この金の帯は? とても高く売れそうだけど」


 「高くは売れるんじゃない?」

 「?」


 「でも、何の力も無いよ」


 彼女ははっとして、大事な事を思い出す。


 「そうだ、コレ。神が作ったんだろ? お前のローブと同じく、破け難い?」


 「たぶんね。それに、普通はそれだけじゃないよ。でも、それが無いのも有るよ」


 成る程。

 と、ポーの話を彼女は理解する。


 「じゃあ、ちなみにこの着物売ったら帯より高い?」

 ヒルは話を変え、紫に派手な蝶が舞う着物を指差した。


 「それはどうかなー。人間によっては全く神気が判らないのも居るから、金の方が価値有ると思っちゃうんじゃない?」


 「そっか」


 よし、と彼女は何かを決意し、彼に言う。


 「寝よう」


 すると、一人でさっさと横になってしまった。

 旅立ちに備え、体力を温存する為だった。


 



 目覚めて開口一番、彼女が口にしたのは、

 「ポー、ナイフ貸して」

 の一言だった。


 言われた彼は、当然に戸惑う。


 「いいけど、何に使うの?」

 これも当然に出る疑問だが、


 「いいから」

 一蹴されてしまい、渋々彼は、懐からナイフを取り出した。


 全体が黒く、細工が荘厳なシースナイフは、彼が持つに相応しい。

 シース(鞘)を取り払うと、木目状の模様をした刃が露になる。所謂、ダマスカス鋼だ。


 それを右手に持ち、左手で自らの髪を掴んだ。


 「ちょっ!!」


 ポーが止める間も無く、ナイフが髪を分断した。

 正に流れるようで、一瞬の躊躇いも無い。


 肩まであった整った髪は、更に短くなり、バラバラのガタガタになってしまった。


 「あーあー」


 彼女の足許に散った髪を見て、ポーは溜息を吐く。


 「貸して、揃えてあげる」

 「ん」


 彼がそう言うのを待ってましたとばかりに、彼女はナイフを手渡した。

 最初から「切って」と言っても渋るだろう彼を見越して、彼女は思い切った事をしたのだ。





 なんとなく整えられた髪は、ボサボサのショートになっていた。

 違和感が無いのは、ポーの技量といったところだろう。


 「ねー、僕、君の奇行についていけないよ、これ何の意味があるの?」

 「じゃあ、付いて来なくていい」


 「そういう事じゃなくて」


 ポーを無視し、今度は服を脱ぐ。


 「ほんともう、やめて」

 そう言いつつ、別段彼は目を逸らしたりしない。


 意にも介さず、彼女は広げて放置していた持ち物の中から、ローザンヌの着物を拾った。


 「!」

 彼には、今度こそヒルの意図が解った。

 その通り、彼女はそのまま紫の着物を身に纏う。


 「やっぱ小さいなー」


 膝上までの裾を掴み、眉を顰める。

 が、すぐに眉が上がった。


 「ちょっ……な、どういうこと!?」


 「あらら~」


 彼女は驚き、着ている衣服をあたふたと見廻した。


 「蝶が……」


 「逃げちゃったねぇ」


 其処に居たはずの優雅に舞っていた蝶の絵柄が、瞬く間に飛び去って行ってしまった。


 「君なんだか怖いから、逃げちゃったんだね」


 「……」


 不思議なことに、着物はただの紫の無地になってしまっていた。




 外に出ると、ヒルは眩しさで目を開けていられない。

 堪らずに、腕で光を遮った。


 久し振りに立つ日の光の中は、山中であろうと、目には刺激が強かった。



 「どうする? 要の域に戻る?」


 此処は、神域外。

 要の神域から僅かに出た、山の中だった。


 ポーの質問には答えず、彼女は歩き出す。


 ひと月もの間過ごした洞窟を、振り返る事はしない。

 名残惜しくもなんともないという風だ。


 無言で先を進み、ポーはそのあとにゆるゆると続いた。


 さらさらと、清々しい水の音が聞こえる。

 二人の生活で、大変世話になった川だ。


 そこで彼女は両手で水をすくい、一口だけ飲んだ。


――そういえば、川の水にさえ恐怖していた事もあったな……。


 何だかそれが面白くて、クスリと笑ってしまった。



 今度は身体を半分捻り、地面の、黒々と好く肥えている泥をすくった。


 その泥を、顔面と手に塗りたくる。


 「うわっ! ちょっとー、何してるの!? 汚いよ!」


 綺麗好きなポーは見かねて彼女の傍に駆け寄った。


 「ポー、そのローブ。少し貸してくれないか?」


 頭上に立つ、ポーの顔を見上げ、じっと目を見た。

 ……尤も、昼間なので彼の目は包帯で見えないのだが。


 「えー、うーん」


 流石に秋の寒空の下、白く細い脚と腕を曝している少女を不憫に思ってか、ポーは歯切れ悪くも、承諾した。


 あまり汚されるのも嫌なので、彼は自分でヒルにローブを着せた。

 裾は長いので、引き摺らないように、上手く結ぶ。


 「フードも」


 彼女から出た指示に素直に従う。


 これで、全身ローブに包まれた。

 僅かに見える顔は汚れて黒くなっている。とても、元は美しい白だとは思えない。


 彼女の旅支度は、以上で全て完成した。




 がやがやと、人が立てる様々な音が飛び交っている。


 店先で、宣伝をする声。

 荷物を運び、ひた走る掛け声。

 華やかな女の笑い声。

 男達がお互いの近況を語り合う、力強い声。

 野良犬と猫が喧嘩する声。


 それだけでは無い。

 景色もまた、彩り豊かだった。


 今立つ橋の欄干は朱。

 建物の壁は漆喰の白。屋根は瓦の黒。

 看板には赤や、緑。

 そして人々の着物には、青や黄、紫の色もある。



 見える範囲、全てが活気に満ち溢れていた。



 「凄い」


 ヒルは、呆然と、立ち尽くしている。

 街の入り口。

 門を少し入った所に在る、大きな橋の上で、だ。


 口を開け、目を丸くして溜息を吐く彼女を、すれ違う数人が見て、くすくすと笑った。


 「要の域とは、大違いだ」

 「でしょー?」


 二人は要の域を省き、洞窟から一番近い域の一番大きな街に、ポーの力で来たのである。



 橋は数十人が同時に渡っても、狭くはないし、ビクともしない。

 それほどの大さが有る橋を渡りきると、橋の幅に合わせた、メインの大通りが続いている。


 見渡しが良いのに殺風景にならないのは、通りを歩く人や動物の数が多い事が一つ。


 それに加え、二階建て、三階建ての建物が多く、それ以上の物も在り、立体的な圧迫感が有った。


 要の域では無い物だ。


 ヒルが以前訪れた事が有る、要の域で一番大きいとされる街――洛要。


 そこでさえ、入り口付近の門には、物乞いや、最下層の町民が地べたに座り、何かやり取りをしていたのを、彼女は牢獄に運ばれる途中の荷台の上から見た。


 洛要の街を進むと、建物もちらほらと見かけたが、平屋建てしか無かったし、道こそ牛車が擦れ違える程の広さがあったが、かえってそれが風通しを良くし、吹き荒ぶ風に舞う土埃が荒涼感を醸し出していた。


 彼女の知らない街外れには、上流階級が住む屋敷が幾つも在るが、メインの大通りがそういう有様なのだから、ヒルには全体的に侘しさしか感じられなかった。


 


 だが今は、華やかで活気溢れる大通りを歩く。


 人々は、男も女も皆、髪を結っていた。

 江戸時代の町人のような髪型だ。

 しかし、頭頂部を剃髪する月代(さかやき)の者は居なかった。


 服装も、和服で、要の域を“平安時代”とすると、ここは“江戸時代”の風景そのものだ。


 

 通りに面する建物は、ほぼ全てが何かの店のようだ。


 ヒルはきょろきょろと、両サイドに並ぶ店を交互に見ていると、

 時々、

 「坊。団子はいらんかえ?」

 とか、

 「旦那ー、甘酒はいかが?」

 と、客引きに声を掛けられた。


 それらを全て無視し、先を進むが、やがてピタリと立ち止まる。


 ある一軒の店の前だった。

 店には派手さは無く、他の店と比べて地味な外観だ。

 店先に張ってある大きな幕に、“質”と書いてある。


 「ここだ」


 少し警戒しながら、ヒルは暖簾を潜った。



 「いらっしゃいませ」


 中に入ると、にこにことした笑顔で中年男性が出迎えた。


 「これを売りたいのだけれど」


 「ここは質店にございます。質入していただいて、金銭を貸し付けさせていただきます」


 「ああ、……そうだな。それでいい」


 ヒルは大きなフードの中から、ちらりと店主を見ると、持っていた品物を全て手渡した。


 「では、検めさせてもらいます。失礼ですが、身分証はございますか?」


 丁寧に、かつ、にこやかに店員は接客する。


 ヒルはすぐ後ろに付いていたポーを見ると、ひらひらとした祭服の中から何かを持った手が出てきた。


 ヒルはソレを受け取ると、ピクリと眉を顰める。


 「旅券ですね、拝見させていただいても?」


 ――よろしいですか、と彼に尋ねられ、彼女ははっとして、「ああ」と言い、ソレを手渡した。


 店員が、にこにことしながら受け取った旅券を見る。

 表側をじっくりと見て、今度はひっくり返して裏にする。


 すると、表情が変わった。

 笑顔が消え、とても真剣な顔になる。


 ヒルは不思議に思い、警戒を強め、ローブの中でこっそりと刀に手を掛けた。


 だが、予想外の事が起こる。


 



 「も、申し訳ございませんでしたっ!!!」


 一語一句はっきりと、外にまで聞こえる大きな声でそう言うと、彼は激しい勢いで、その場に平伏した。


 「なっ……!?」


 ヒルは驚いて、一歩退く。

 刀を抜くべきか、抜かないべきか、大きく迷う。


 「な、何だ!」

 できればここで抜きたくない。

 だから彼女は、店員の頭上へ、願うように声を掛ける。


 「何をしている!?」


 「大変失礼いたしました!! このような店先で。

 今、奥の間にお通し致しますので、何卒、ご容赦を」


 「???」


 ヒルは何が起こっているか解らず、焦りの色を顔に浮かべていると、後ろからポーが、


 「いいよー」

 と声を出した。



 すると、店員は恐る恐る顔を上げ、「ありがとうございます」と言うと一礼して、こちらに背を向けないように注意しながら、店の奥にそのまま下がって行ってしまった。



 「いったいどうしたっていうんだ……」

 ヒルは目の前に出された茶を睨みながら、唸っていた。


 通された部屋は、六畳の和室で、床の間が在り、そこに掛け軸と生けた花が飾られている。

 障子戸は開け放たれており、庭が見えた。


 「これだよ」


 隣に座るポーがヒルに何かを渡す。


 それは、

 「旅券」

 だった。


 「パスポートとも言うね」


 ちえの持っていた物とは材質こそ異なるが、見た目は殆ど一緒だ。

 ちえの物は木製だが、ポーのは黒い、金属製である。


 旅券とか、パスポートと呼ばれる品だ。

 都市城壁の門(porte)を通過する(pass)ために必要な身分証という意味だが、域というシステムができて以来、その名称とは少々異なった使われ方をしている。


 裏を見ると、ちえの物には無かった文字が彫られていた。


 その文字を見た瞬間。

 あの“惹かれる”感覚が奔る。


 「これは」


 「要に裏書をしてもらったんだよ。これで僕が神だって証明になる」


 「成る程」



 


 その文字には神気が宿っていた。

 要によって、誰が見ても“神が書いた”と解るように、神力を込めて書かれたのだ。


 神の身分を明らかにする為に、他の力が大きい神が旅券の裏に自分の名前と、持ち主の名前を書く。


 ポーの旅券の裏書には、

 “要”

 “Poe”

 と書いてあった。


 神が自身で文字を書いても良いが、その場合、他の神への示しがつかなくなる程度のリスクが生じる。


 「それよりも、わたしにはこの世界の文字と言語の方が気になる……」


 ヒルは旅券をポーに返しながら、ぶつぶつと呟いていると、閉じた襖の先から声がして、先程の店員が入って来た。


 どうやら彼は、店主だったようで、二人が部屋に通された時も改まって丁寧な挨拶をしていた。


 その彼が、査定した品物を持って、二人の前に平伏する。


 「お小姓様。こちらで如何でございましょう」


 そう言って、店主はヒルに紙を渡した。


 「どう?」

 紙をポーに見せ、妥当かどうか確認する。

 「そんなもんじゃない?」


 ヒルは頷くと、店主に紙を返し「これで」と承諾した。


 

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