断章
穏やかな夕時の海上。
桟橋に三つの人影が在った。
男が二人と女が一人。
「やあ、要。久しぶりだね」
「……やはりお前か……」
二人の男は向かい合い、お互いの表情を探る。
ふと、一人が顔を女の方に向けた。
「しかし、私の予想と大きく異なった者を連れて来たね」
「こっちの方がいいでしょ? 大物だわ」
女は橙の髪をしており、喪服のようなワンピースを着ていた。
「大きいか小さいかは、この場合重要じゃあないよ。
重要なのは今、必要か不必要かだね」
二人の会話に割り込むように、要は男を睨む。
「……何故魔族が此処にいる……?
出来損ないのお前がどうやってこんなモノ連れ込んだ」
その声は静かだが、明らかに怒気を孕んでいる。
「ああ、君は初めて会うのか、失礼。
彼女はペルセポネー、中級魔族ってところかな?」
ペルセポネーと紹介された女は、スカートの裾を掴み、会釈した。
「勘違いしているようだけど、彼女は最初から此処にいたんだよ。
私たちと一緒に此処に閉じ込められたんだ……君にね」
要は何も言わずに、ただ二人を睨む。
「すまないね、私は君には用が無いんだ。それは君自身が一番解っている事だね」
その特徴の無い男は、派手なアロハシャツを着ていた。
要やペルセポネーと比べると、一見特徴的かと思われる格好だが、この周囲に住む人々に紛れ込めば、彼を見つける事は困難になるほどに、この域では特徴の無い格好だった。
「お前には信念が無いのか……昔から周りに溶け込みやがって」
「信念か。
……どうやら君はその意味を理解していないようだね。
私は“変化する者”さ。君達純粋な神とは違い、変化する事を恐れない」
「同じ過ちを繰り返すのか」
「同じ? 是は初めて行う事なのに、君は一体何と同じだと言うんだ」
「……」
要は押し黙る。
口の上手いこの男と議論する事は、思考する事をあまり得意としない彼ら、純粋な神にとっては酷だった。
「ペルセポネー、彼をお送りしなさい。そして、きちんと予定は守って、本来連れてくる筈の……主役を連れて来なさい」
彼は少々強い口調で、少女に命令した。
「わかったわ」
特に少女は気にもせず、無表情で口だけ動かして返事をした。
ゆっくりとした動作で、要の着物の裾を“くい”と摘み、そのまま陸の方に連れ立つ。
砂浜を暫く歩き、桟橋が小さく見える所で止まった。
ペルセポネーと要の足許に黒い沼ができる。
此処に来た時と同じように、二人は再びその中に呑まれた。
しかし抜け出たのは、元居た要の住処である山の麓ではなかった。
そこは、何処か地下牢のような部屋だった。
窓は一切無く、それどころか扉も無い。
部屋の六面は全て石が剥き出しで、不思議な事に何処からか冷たくじめっとした空気が流れる。
部屋には様々な拷問器具があった。
爪を剥ぐ為の物。
生き物を蒸し焼きにする為の物。
串刺しにする為の物。
切断する為の物。
部分的に焼く為に火鉢などもしっかりと準備されていた。
それらを値踏みするように、「うーん」と唸りながらペルセポネーはどれにしようか迷っていた。
要は舌打ちし、自分の能力で此処から出ようとする。
しかしそれより早く、闇の中から二人、人型の者が飛び出て、彼を羽交い絞めにした。
抵抗しても、彼らはびくともしない。
それどころか、彼の神力も上手く使えなかった。
「あ、アレにするわ。殺しちゃったら困るし」
そう言って、ペルセポネーが指すのは、天井からぶら下がっている鎖だった。
「えー、鞭打ち? ヌルくなーい?」
要を押さえる、女の方が楽しそうに言った。
「仕方ないよ、彼を殺したら僕等、消滅させられちゃうよ」
一緒に押さえる男の方が、女の言葉に返す。
あっという間に要は天井から吊り下げられた。
動くたびにがちゃがちゃと音が立つ。
「お前だけじゃなかったのか」
「あそこに元々いたのは私だけよ、だけど此処は私の部屋。私が招き入れて、あっちからも空間を広げれば、何とか来れるの」
「ぎゃはは、ばーか! 2000年間ずっと魔獣で実験してんのに、何にもしないなんて、ほんと神って馬鹿!」
女は腹を抱えて下品に笑い転げる。
「そうか……此処に魔獣が現れるのは、お前達の仕業か」
「正確には僕達の上司ですね」
「もう気付いていると思うけど、私の目的は元々貴方。
あの子を手に入れようとしたのも、結局は貴方を手に入れる為」
三体の魔族は、要を囲い恍惚の表情を浮かべた。
「貴方が創った、僕達の世界は、今では魔界って呼ばれてます。
それ自体は僕達魔族には居心地が良くて、割と好評なんですよ」
男は要に屈託無い笑顔を向ける。
「でもさー、自由に出入りできないのはいただけないよねー。
人間側にこき使われてるみたいで癪なんだよ!
しかも、うちの上司は自分の能力柄、あんたにジェラシー感じちゃって、マジ大迷惑!」
女の方は、身振り手振りが大きく、まるで舞台でも演じているかの様だ。
ペルセポネーは真っ黒な瞳で要の目を覗く。
「簡潔に言うわ、貴方が断絶した空間を元に戻して欲しいの」
「ぎゃはは! コイツ馬鹿だからそれじゃあ伝わらないって!」
魔族の女は要の髪を鷲掴みし、喉仏が見える程顔を上げさせた。
「空間を繋げろ。
てめーの軽い頭でも解んだろ? コレは命令だ、黙って言う事聞いたら一瞬で殺してやるよ」
要は何とか肘だけ動かして、彼女の手を払った。
「俺は現状を変化させるつもりは無い」
「あ゛あ゛ん?」
女は顔が触れるほど要の顔に近寄り、睨む。
「まあまあ、別に急いでいるわけではないんだし、ゆっくりやろうよ」
と男は彼女を宥める。
後ろではペルセポネーが、水牛の革でできた鞭を準備していた。
奇しくも丁度この翌日、命が彼と同じ刑を受ける事になる――




