表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/70

人間 1

 「あの……コレ、柊さんに渡して……ください」


 そう言って命が差し出したのは、山を下りる前に彼女が与えられた部屋から盗んできた着物と褌だった。

 目の前に差し出されたそれに、斧使いの男は首を傾げる。


 「何だ?」

 「部屋から持って来ちゃいました……スミマセン」


 ぶっきらぼうにそう言うと、彼女はそれを纏めていた、男物の幅の狭い厚手の単帯を解き、広げてみせた。


 男物の大きな着物に包まれて、小柄で派手な薄紫色の着物と黄金に輝く帯、数枚の褌が入っている。


 「柊さんに直接渡したかったけど、居ないみたいなんで……」


 申し訳なさそうに上目遣いで、オドオドとそう言う彼女に、雄柏は瞼をしばたかせる。


 そして、豪快に笑った。



 「何かと思えばそんな事か! 餞別だ! 持って行け!!」


 ガハハ、と笑う彼に、命は拍子抜けした。


――なんだ、良かった……。





 男達は命を見送る。

 彼らは本当に、自分達の大事なリーダーの奪還を、出会ったばかりの彼女に任せるようだ。


 「じゃあな、頑張れよ。頭が死んだら俺達眷属も全員死ぬからな」

 「!!!」

――そうだった! 衝撃的な事が多すぎて、さっきはサラッと流しちゃったけど。


 “死”


 その言葉を聞いても、彼女はいまいち恐怖を感じない。

 彼らの軽々しい物言いがそうさせるのか、身近に無いモノだからか。


――それよりも、“俺達”って……うちもだよな……。


 彼女は死という単語よりも、知らないうちに彼らの仲間になっていた事に恐怖を感じた。


――ってか、あの鹿とか狐とかとも仲間になってたなんて。


 山を下りる最中、近寄って来た獣達。

 彼らは同じ“神の眷属”として、彼女に接触しようとしたのだろう。




 「ちょっと待ってよ」

 命の思案にポーが割り込む。


 「僕との約束まだだよ」

 「約束!?」

 何の事なのか、命には解らないようだ。


 「話し相手になってくれるって」

 「!!! ああ。でも、もう結構話したと思うけど」


――それにもう、行かないと。だいぶ遅くなっちゃった。


 「うん。だからお礼に良い事してあげる」


 ずい、と近付く彼の不気味さに、命は青ざめた。


 「いいです! 気にしないで! 何もしなくていいです」

 命は千切れんばかりに全力でその細い首を振って拒否する。


 「何でだよ! 折角なんだから礼してもらえ!」

 周りの男達が、命の腕を掴む。

 「神から賜るなんてありがたいこった!」

 「頭の為にも貰っとけ!」


 「ひっ……」

 急に強い力で腕を掴まれ、恐怖が込み上げる。

 昨日の出来事が頭に過ぎった。


――悪いと思ってるっぽい事! 言ってたのに!!


 彼らは全く反省していないようで、命はとうとう彼らの前で目に涙を浮かべた。



 「ちょっ! 離せ! はなしてー!!」 

 悲鳴を上げながらじたばたと暴れる彼女を男達は取り押さえる。


 「ささ、ポー様やっちゃって!」

 「ポー様の神力しんりきをコイツに与えてくれると俺らは嬉しい!」

 嬉々としてポーを促す彼らは、命の抵抗など全く意に介さない。


 「解ったよー。っていうか、もうあげるモノは決まってるんだー」

 ポーの特徴的な口が、三日月の形を崩し大きく開いた。


 動きの封じられた命の叫び声だけが、虚しく響く。


――やだやだやだやだやだ!!!


 命は髪を振り乱し、首を振る。



 その首に、ポーの唇が近付き、


 音を立て、


 噛み付いた。



 「い゛っっっっっっっ……!!!」


 命の首が跳ねる。

 声にならない悲鳴が噛み締める歯の隙間から漏れた。



 ポーの頭が命の首筋から離れると、そこに血が滲んだ。


 「はあはあはあ……」


 荒い息が静かな闇夜に響く。命の息遣いだ。

 恥じらいなど感じる余裕が彼女には無かった。


 「痛かった? ごめんね」

 ポーは命の顔を覗き込み、心配そうな声を出す。


――謝るなんて、卑怯だ……。


 素直じゃない命は、こう素直に謝られると、怒るに怒れない。


 「う……。わ……わたしに何をしたの?」


 「闇の力を与えたんっすか!?」

 命を乱暴に開放すると、その男はポーに迫った。


 「そうだよー」とポーの間の抜けた声に、

 『おおー!!!』『すげー!』と要の手下達から歓声があがる。

 まるで少年のような興奮状態だ。




 「これでバッチリ。日差しは遮られるよ!」

 ポーは人差し指を立て、左右に振った。


 歓声が、ぴたりと止む。



 「「「はあ!?」」」


 男達の表情が一変する。


――忙しい奴らだな、と痛みで溢れ出た涙を拭いながら、命は他人事のように彼らを見ていた。


 「彼女。日差しが嫌だって言うから」


 「お前!」

 「なんっつーくっだらねー事祈ってんだよ!!」

 

 詰め寄る男達を無視して、命はポーに尋ねた。


 「もしかして、日焼けしないって事??

 紫外線に当たらない!?」


 「うん。シガイセンが何か解らないけど、日差しは君が纏う闇が遮るよ」

 

 「まじで!!!!!」


 命は思わず彼に跳びついた。

 少女らしく、はしゃいでいる。


 「わわ……ちょっと、困るんだけど」


 彼の奇抜な格好が、段々可愛らしく思えてきたのだ。

 まるでマスコットキャラクターの着ぐるみにでも跳びつくような気軽さで、ついつい抱きついてしまった。


 「ご! ゴメン!」


 咄嗟に離れたが、その顔には満面の笑み。


 「な……なんだ?」

 「俺らに対する態度と違いすぎる」


――でも、太陽を遮って大丈夫なのかな?


 ふとよぎる、嫌な予感。


――ま、いっかー! 元の世界に帰れば問題ないし!


 今では首筋の痛みもいとおしく感じる。


 「本当にそれだけなんすか!?」

 「うん。もう疲れたからコレが限界」




 そのままポーは手を振って命達のもとから去る。それをきっかけに、命も先に進み出した。


 後ろから低い声援を受け、歩く彼女の顔に笑みは消え失せている。


 嫌な事、突飛な事ばかり。

 どんどん自分が普通の女子高生ではなくなっていく。

 この世界の“神”と呼ばれる存在に、改造されていくような気分。


――でも、自分は本当に“あっちの世界”の人間なのか?

 記憶が無いって事は、“こっち”が本当の自分の世界……??


 そんな事有り得ない……、と彼女は自嘲した。

 が、誰が正しいのか判らない。

 シュウの言うように、彼女の常識が此処では通用しない。


 妙な胸騒ぎがずっと付き纏っている。


――それに、あの狼男。気持ち悪い……。


 命は冷静になり、先程はしゃいだのを後悔した。


 狼男、キリタチと命に何かしたのも、同じくポーの仕業なのだから。



 命は或る一軒の家の前に立ち尽くしていた。


 畑に囲まれている中に、ぽつんと一軒だけ建っている。

 見通しの良い周囲を見渡せば、他にぽつぽつと同じような家が見えた。


 彼女は山道から一番近くに在ったその家を訪ねることにしたのだ。


――今は、8時くらいかな? ちょっと遅いけど、大丈夫だよね?


 仄かな明かりが格子の窓から漏れている。

 中に人がいるようだ。


 命は緊張した面持ちで、そのあばら家を見上げた。

 土壁は所々崩れ落ち、茅葺の屋根は歪み、ぼさぼさになっている。


 要から預かった刀を強く抱きしめ彼女は決意した。


――行くしかない!


 彼女は戸口の前まで行くと、息を吸い込む。


 扉は無い。代わりに、黒ずんだ(すだれ)が垂れ下がっている。


 「すみません!」




 家の中から音がして、簾の脇から無精髭の男が覗き込む。

 命の姿を見て、ぎょっとした。


 「な……なんだ!?」

 「あ、怪しい者じゃあ無いです!! ちょっと、お尋ねしたい事が」


 男が周りを確認する。

 命一人なのが判ると、外に出て来た。


 「あんたー、誰だい? こんな時間に?」

 と中から女性の声がして、簾から顔を出した。


 その様子に、命は胸を撫で下ろす。


――良かった、普通の人っぽい。


 女性が居る事に彼女の緊張は解れた。


 二人とも三十歳くらいに見える。夫婦のようだ。


 「ちょっと! あんた! どうしたんだい? その恰好!!」


 女性に言われ、命は自分の手足を確かめた。


 彼女の衣服は昨日から山中を歩き回り、泥だらけだった。

 顔や手には細かい傷が幾つも有ったが、一際目立つのは、膝の擦り剥けた皮膚。そして、ポーにつけられた首筋の歯型だ。


 「えっと、山から下りてきたもんで」

 「山って……まさか! そこの裏の山かい!?」

 「はは」


 命は言っていいものか判らなかったので、曖昧に笑った。



 「その格好。まさか、他の域から来たんじゃあないだろうね」

 女性は怪訝そうな表情をつくり、比較的ゆっくりと話す。


 命が着ているのはセーラー服。

 彼女達が着ているのは裾の短い着物。要の手下達も同じような格好だった。


 この周辺の人々は皆、着物を着ているのだろう。


 「他の域どころか、他の世界から来ました!」

 「は?」

 命は真剣な顔で女性の目を見る。

 二人はお互いに見合って、その奥の感情を探り合う。


 「ぶっ……はははは!!」


 先に目を逸らしたのは女性の方だった。

 腹を抱えて笑い出した彼女に、命もそこにいた男性も呆然となる。


 「真面目な顔して何を言うんだい!? 笑わせないでおくれ! ははは!」


 「あ、あの! 私のような人が他に居るんじゃあないですか!?」


 尚も女性は笑う。


 「あの!!」


 女性の笑いがピタリと止まった。


 「いるさあね、此処に居る生き物全部さ」


 「え?」

 どういうことか、と命は女性を問質そうとしたが、肩を組まれてそのまま家の中に連れられた。


 「あの……」


 「ははは! まあ、お入り。

 もう夜遅いんだ、女が一人でうろうろするもんじゃあないよ!

 どうせあんた、行く所が無いんだろう?」


 「あ、どうも……」


 家の中は外観と同じように老朽化していて、酷く傾いていた。

 戸口を潜ると、横に長い土間。その隅に釜戸がある。

 石で出来た段差を上ると、土間と同じ長さの上がり框。そのすぐ先に二間あった。便所や風呂などの設備は無い。


 中には二人の男の子が居た。夫婦の子供のようだ。


 彼らは人の良い笑顔で命に会釈した。


――良かった、皆良い人そう。


 命は気を良くして、勧められるが儘に部屋の中に入った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ