刃 2
最後に残った一匹の両目に、それぞれ小さなナイフが突き刺さった。
ナイフを投げた男とは別の男が、両目を失って苦しんでいるところの咽喉元に、槍で突いて止めをさした。
命は一人、其処から離れた処で木に寄り掛かり座っていた。
顔を上げると視界に、大分小さくなった闇と両手を広げたままのローブの男が見えた。
もう、すっかり日は沈んでいた。
作業が終わったのか、男たちはいつの間にか松明を持ちながら、命が座る傍に集まって来ていた。
そこは、山の出入り口付近、少し森に入った所だ。
其処から良く見える。山から少し出た、木々の拓けている場所から、肉を焼く匂いのする煙が大量に上がっている。獣の死骸を燃やしているのだ。
彼らの戦利品は、命の居る場所から少し離れた一箇所に纏められていた。
ローブの男は依然、もう拳大まで小さくなった闇の前に居た。
闇は大分縮んでいるので、作業を始めた時のように両腕を広げる姿勢では無く、両手で包み込むように翳していた。
男達に囲まれ、命は疲れきった頭でぼんやりと、
これから尋問が始まるのか……、
と思い浮かべた。
「さて……」
と一人が口を開く。斧を使っていた、2m近くは有りそうな大男だ。
彼の事も、執念深い命は記憶している。
初めて出会った時、暴行されているのを後ろの方で黙って見ていた。
「まあ、取り敢えず。お前が無事で何よりだ」
何を、
命は苛立たし気に彼を睨んだ。
「俺はユウハク」
傍に落ちていた小さな木の枝を拾い、土に雄柏と書いた。
「……」
「記憶が無いんだって? 柊に聞いたよ、頭は……ああ見えて結構強い神なんだ。ひょっとしたら自力で戻って来るかもしれん」
そこで命は――そういえば、と柊の姿が無い事に今更ながら、気が付いた。
「柊……さんは?」
「あいつは“妹”のお守りだ」
ははは、と周りから軽く笑う声がする。
「頭が居なくなった今、俺達と、この山を守るのは“妹”だ。
機嫌を損ねる訳にはいかない」
「俺達は嫌われてるけど、柊は何とかマシなんだ」
別の男がそう説明を入れる。
命は首を傾げた。
「あんた達は……何なの」
彼らの話に疑問が浮かぶ。
少なくとも、彼らは強い。その戦いぶりを目の当たりにしたので、命にもそれくらいは判る。
だから、あの華奢で小さく可愛らしい少女が、そんな彼らを――守られる事は有っても、守る方だとは到底思えなかった。
「頭と妹は“神”だ」
「……そうは見えない」
「なんだ、お前神を知っているのか?」
知っているのか、そう聞かれれば、
――知らない……。
「でも。うちのいた世界では、神様は白い服着てて……空の上に住んでて……、何か色々凄い事出来て……」
だが、それも何処かで見た絵の事で、それすらも誰かが想像したものだった。
別の男が口を挟む。
「頭も白い服着てて、上の方に住んでて、色々凄い事出来るぞ」
確かに要は白い水干のような物を着ていたし、山の上に住んでいる。
「そうじゃなくて! ……何か普通の人にしか見えないし。
神様ってのは、もっとこう……神々しいオーラってのが……」
そこで命は急に言葉を詰まらせ、目を見開き、固まった。
要と妹、そしてローブの男に感じた存在感と、あの“惹きつけられる”感覚を思い出す。
そして、彼女の幼馴染。拓海の言葉を。
――拓海は確かうちの事を、
『視線が持っていかれる』
『“強制的に見せられている”感じ』
そう言っていた。
これは、自分が要達“神”と呼ばれる存在に対して抱いた感覚と、同じものではないのか。命はその可能性に至った。
「うちも……神様だったのかな」
考えが、口から漏れ出た。
「は? 何だって? 記憶が戻ったのか」
雄柏がそう聞き返す。
「いや、ただ自分も要達みたいな神々しいオーラを放ってるらしくて……、自分も神様だったのかなあ、と」
男たちは皆一様に、呆れたようにきょとんとした。
「俺は別にお前に何も感じないけど……」
一人がそう言うと、「俺も」「俺もー」「全く」と全員がそれに同意した。
命は赤面して、自分の突拍子も無い考えを口に出してしまった事に後悔する。
――こいつら……、まじ殺す!!
涙目で睨まれても、別にどうという事は無いと男たちは笑った。
「やー、疲れたー。地味な作業ほど疲れる物は無いよねー」
突然、命の背後から声がする。
「ひっ」という短い悲鳴を上げ、彼女が振り向くと、背にしていた木の陰からローブの男がぬうっと不気味に顔を出した。
彼が命の隣に腰を下ろすと、雄柏が「終わったんですか?」と尋ねる。
それに対し、彼は「うん」と短く答え頷いた。
彼も話に加わるようだ。
命が闇の有った場所に目を向けると、もう其処には何も無い。
其処で何かが有った事など、ここにいた者達以外には判らないだろう。
「えーと、俺らが何者か、だよな。
まあ、頭とそこに居られるポー様はさっき言った通り神だ」
命はそれについて、まだ色々と思うところが有ったが、先程の失態から臆病になり、黙って話を聞くことにした。
「お前の言う通り、神の定義は俺達にもはっきり言えない。
感覚的なもんだ。全ての動物が使えないような力を使い、奇跡を起こす」
「それだと魔族も含まれるぞ」
命がしなくても、代わりに他の男が話の腰を折る。
「魔族は悪い奴だ」
「じゃあ頭は良い奴なのか?」
男達は口々に議論を開始した。
「良い奴かー!?」
「でも悪い奴ではねーだろ」
「じゃあポー様も良い奴?」
「うーん? ポー様は変な奴……」
「妹は?」
全員ぴたりと止まる。
纏まり無く各々好き勝手喋っていた彼らだが、
「「「……ないな」」」
全員が声を合わせてそう言った。
――お前ら全員悪い奴だっつーの。
命は溜息交じりに小さく呟いた。
くくく、と笑い声がする。
全員がその声の主を見た。
ポー様と呼ばれる、黒いローブの男だ。
「確かー、最初は仙人とか、超人とか呼ばれていたんだよ」
主語が無い、恐らく彼らの事だろう。
彼の話は要領を得ない。――色々考えながら話を聞く必要がある、とその場の全員が身構えた。
「僕らみたいに力が有ったり、不老不死の者を、誰かが区別し始めたんだ」
――不老不死……、命はごくりと息を呑む。
「その後更に神とか悪魔とか、区別したんだよ。
人間ってのは面白いよねー」
くくく、と彼は笑う。
「僕が思うに、神ってのは“変化しないもの”で、人間は“変化するもの”、魔族ってのは“その中間”って感じかなー」
全員、口を真一文字に結び、頭に疑問符を思い浮かべていた。
「僕も長く生きてるから、昔の記憶が曖昧なんだー」
そう言って彼は、特徴的な大きな口で“にいっ”と笑う。
「でも、彼らは更に曖昧な存在だよねー」
「彼ら?」
誰かが頭の中で処理しきれなった疑問を口に出した。
するとポーは、その尋ねた人物を指差す。
その男はきょとんとして、「え! おれ!?」と自分を差した。
だが、ポーの指はそこで止まらず、ぐるっと一周して円を描く。
“自分以外の全員”という意味だった。
「……」
命はそれを、他人事のように見ていたが、
「君もだよ」
とポーに言われ、目を見開いた。
「会った時は何か判らなかったけど、彼らを見て判ったよ。やー、久々に見たから何か判らなかったー」
「???」
訳が分からない、という風な命の様子を見て、雄柏は溜息を吐く。
「黙っておこうと思ったが、仕方ない……。
お前も俺達と同じ、頭の眷属だ。柊から昨日、『“そう”なった』と聞いた」
「え……」
「この山に住む動物も皆、頭の眷属だ」
「ちょっ……」
「つまり、お前と俺達、この山の動物達は皆仲間で家族みたいなモンだ」
「ちょっと! ちょっと待って!」
黙って話を聞くことに徹していた命だったが、自分に直接関わりのある新事実に、生じた疑問を投げ掛ける。
「何を言ってるか判らない! “眷属”って何!?」
不安を顔一杯に浮かべて身を乗り出す命を、彼は真剣な眼差しで真っ直ぐに見返した。
「俺達は頭の配下で、一生頭を守る為に力を与えられた。
そういう者の事を、俺達は一纏めに“眷属”って名前を付けて呼んでいる。
これは俺達の間で使っている名称で、他の神は違う名前を付けているかもしれんな」
「神の使者とか使徒とか言ってるのも聞いた事あるね」
ポーは相変わらずにんまりと笑っていた。
「でも要みたいに大勢に力を与えるのは珍しいし、難しい」
別の男が頷く。
「でも、頭の力は弱っている。この島に来てから新たに眷属にしたのはお前だけだ」
――島? 何故自分を?
命の頭には一つ、また一つと疑問が増えていく。
「眷属に為れば、年老いる事は無い。それに、元の自分よりも肉体的に強くなる。」
――え、
「ああ、頭を守る為には頭と同じく老いる事は無くなる」
「ちょ、ちょっと待って! 歳とらないって、一生このままって事!?」
――なんだソレ、なんだよ、そんな事……。
「そんな、そんな大事な事、勝手に……」
――そんなの、家に帰っても、普通に暮らせないじゃん!
命の顔は蒼白で、両手で頭を抱えていた。
周りの男達は不思議そうに彼女の思考の邪魔をする。
「何か問題でもあんのか?」
「神の眷属になれるなんて生き物として、光栄な事だぞ」
「問題大有りだよ! 歳とらないで一生生き続けるなんて……、ただのバケモノじゃん!!」
命は力一杯そう叫び、肩で息をした。
――そうだ! こいつら全員バケモノだ。こいつらと自分は違う。
家に帰ればきっと全て元通りになる。“あっち”にはこんなバケモノ存在しない。
“あちら”で無いものが、存在することは不可能だろう。
「……家に帰りたい……」
彼女の悲痛な声に、全員が怒りと哀れみを含んだ複雑な顔で見ていた。
「お前がどういう考えかは知らんが、これだけは心に刻め。
頭はお前を守る為にそうしたんだって事を」
「要……」
――そうだ……要はうちの代わりに……あいつに攫われたんだ……。
「要だけは……助けないと……」
ぽつり、と出た言葉だが、周りの男達は聞き逃さなかった。
つまらない物でも見るかのようだったその目に、光が射す。
「話の本題はそれだ」
「お前には頭を取り戻して欲しい」
「え……」
「お前が意外にもやる気が有る様で助かったよ。
断られるかと思ったが……、だが、いや……、そうだな……ソレがお前か……」
雄柏は一人、なにやら自答していた。
が、命にはそんな事関係無い。
要には、会わなければならない。
会って、この気持ちを伝えないと。
それは、――その感情は、
完全なる“一目惚れ”だった。
まさか、自分が、と彼女は自分自身が理解できなかった。
“一目惚れ”なんて、この世に存在しない――と彼女は思っていたのだ。
第一印象が自分好み、というのは有るかも知れないが、それはただのきっかけに過ぎず、本当に相手を好きになるという事は、そんな上辺だけの軽薄で浮ついたものでは無い、と彼女は思っていた。
だからこそ、彼女は今迄話した事も無い人間に告白されても断ってきたのだ。
相手の事も知らないのに好きになるなんて、有り得ない、と。
しかし、彼に出会ってしまった。
彼を一目見て、人生で経験した事の無い感情が生まれた。
彼から離れる事で、一度はその感情に蓋をして、無かった事にすることに成功した。が、彼女自身が恐れていた通り、二度目の邂逅で蓋は開ききり、閉じ込める事が出来ないほどの感情が溢れ出た。
命は“自分の居た場所”に帰る前に、どうしても彼に会って気持ちを伝えたくなった。
伝えて、どうなるわけでもない――
彼女の目的は、やはり“帰ること”だったが、それでも、
初めて生まれたこの感情を殺す事は出来ない――
此処に来る直前にされた、あの可愛らしい告白を思い出す。
『ごめんなさい、私どうしても気持ちを伝えたくて……。
本当に……、お付き合いとかじゃなくて……。
ただ、伝えたかっただけなんです……』
――ただ、伝えたい。
今なら、その気持ちが痛いほどに解った。




