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闇 2



 「……な!」



 彼女はその低い声を聞いて、総毛立つ。


 振り向かなくても、分かる。


――要!? どうして此処に!!!?


 今は命を惹きつける、あの存在感を痛いほどに感じる。

 しかし不思議な事に、今の今まで彼女は彼に“気付かなかった”のだ。


 今朝方までは距離が有っても感じ取っていた、あの感覚を、命は彼の声を聞くまで感じなかった。


 それはまるで、

――急に現れた……?

 そう、彼女に思わせるほどに唐突だった。


 「ヒル、さっさとそいつから離れろ」


 ワントーン上がった声で、もう一度強く言われれば、命の身体は従うしかなかった。


 以前にも感じた。彼の声は静かだが、不思議と逆らえない威力がある。


 ちらりと視線を彼に向ける。

 どうやら一人で此処に来たようだ。

 昨日と同じ出で立ちで、袴の紐にあの短い刀を挿している。



 「おや、要じゃないか。

 珍しいね、結界から出るなんて。力は戻ったのかい?」


 驚くことに、黒いローブの男は要と知り合いのようだった。

 少なくとも命よりは要について知っているようで、命には解らない事を彼に問う。


 「貴様だろう、こいつをここに寄越したのは」


 「!?」


 要は質問には答えなかったが、命にとってはもっと、ずっと重要な事を口にした。


 ローブの男の顔は殆ど包帯に隠れていて表情が解らないし、口は相変わらず弧を描いていて、先程とは変わっていないように見える。

 彼の様子からは真偽の判断はつかない。


 だから、命は直接彼に詰め寄った。

 「あんたが……そうなの!?」


 命の剣幕に、彼は両手を挙げて落ち着かせようとする。


 「何のことだい?」

 自分は判らない、という風に彼は首を傾げた。



 「とぼけるな、こいつが現れた場所を調べてみたら、お前の力を感じた」

 二人の間に要が割って入る。


 声は低く静かで、表情に変化は無い。

 どうやら彼は、あまり感情が表面に出ないタイプのようだ。


 命はその彼の言葉に、疑問を持った。


 現れた場所、

 何故其処が、判るのか。


 彼女が要と出会ったのは、こちらに現れてから数時間後。

 広大な山の中を彷徨って抜け出せなくなっていた時だ。

 彼女自身にも、自分が現れた場所など、もう分からない。


 「案の定、こいつが結界から出た途端、お前が現れた」


 命は驚く。

――もしかして、要はうちがあの山を下る事も、知っていた?

 そして、こいつを誘き寄せる餌にした……?


 命は呆然と立ち尽くし、二人の様子を見ているしかなかった。


 「嘘じゃないよ、知らないよ。

 僕はこの子が素敵な事を言うものだから、此処に来ただけだよ。

 本当はもっとずっと別の場所にいたんだ」


 「お前以外に有り得るか」


 要が命を見る。


 「ヒル、

 お前、闇に連れてこられたんじゃないか」


 「なっ、どうして、それを!?」

 命は要に不信感を募らせる。

 「さっきの事だって……。どうしてあんたは全部知ってるの!?」


 彼女の次第に大きくなる声に、要は一瞬だけ驚いたが、すぐに渋い顔をした。


 「……俺の住処(すみか)だ、わかる」


 そんな簡単に説明をされても命には解らない。

 怒りの矛先を、彼の目の前に立つ男に向ける。


 「あんたも! ……嘘でも何でも良いから、さっさとうちを帰して!!」


 命の怒鳴り声に、二人の男はビクリと震えた。


 「……違うよ……、僕じゃないよ」

 そう言う彼の口許は依然、笑っていたが、命の剣幕に何故かたじろいでいるようにも見える。

 そして、小さな声で「うちって何……」と呟いて、更に命に睨まれた。


 要は静かな声で、

 「お前以外に闇を使うものはいない」

 と言う。


 だが、命には誰が自分を此処に連れてきた犯人かは、今となってはどうでもいい事だった。




 要の口振りから、黒いローブの男は闇を使い、命をあちらの世界からこちらの世界に連れてくる事が可能らしい。


――だったら、逆も出来る筈でしょう?


 「お願い!」


 彼女は黒いローブの袖を掴む。

 何が有っても、この一抹の希望を失う訳にはいかない。


 「うち……、わ、私を帰して!!」

 

 必死の形相から、彼は彼女が何処かに帰りたいのだと悟った。 


 しかし、

 「できないよ」

 とそっと彼女の手を自分の袖から引き離した。


 「僕には君が何処から来たのか判らないし。

 僕に頼むくらいだから、この島の外でしょう?

 闇が繋がるまで……君は生きていないだろう?」



 生きていない。


 命は彼の言う事が半分くらいしか理解できなかったが、その言葉で彼には不可能な事なんだ、ということは解った。


 命はその場に膝から崩れる。

 期待した分だけ、絶望が大きい。


 「……」

 それを、要は少しだけ眉間に皺を寄せ、表し難い表情で見ていた。




 ふと、要とローブの男が顔を上げる。

 二人は周囲を見回し…ある一点で目を留めた。



 要は腰に挿していた刀に手を置き、ローブの男は命を立たせようと腕を掴んだ。

 二人が目を留めた先の空中に、小さなホクロのようなものが浮かんでいた。


 命は俯いていて、まだそれに気付かない。


 すると、其処から微かな音と声が漏れ出てくる。


 『……そうね、凄く時間がかかったわ』

 ソレは可愛らしい少女の声だった。


 命は漸く顔を上げ、その黒点に気付いた。


 『ここに闇を繋げるのでさえ、大分時間がかかった……』


 ホクロから靄のようなものが溢れ出ている。

 命は……既視感を覚える。


 『本当は貴方が結界から出てすぐに来なくちゃいけなかったんだけど……、意外と時間が掛かっちゃったわ』


 闇が大きく成るに連れ、次第と声がはっきりとしてくる。

 靄はどんどん増殖していき、やがて人一人飲み込む程の大きさにまで成長した。


 『貴方達の引き合う力が強すぎて、予想外の処に出ちゃったみたい。

 そのせいで、こんな面倒なことになっているんだけど……』


 要は前後身幅に足を広げ軽く腰を下げ、刀を構える。いつでも抜ける姿勢だ。


 もう、声は殆ど其処にいるようにはっきりと聞こえる。


 「でも、2000年の苦労を思うと、大した問題じゃあないわよね」


 闇の中から、少女が現れた。




 命は息を呑む。


 少女の目から、

 目が離せない。


 彼女は命を見ているわけではない。誰を見るわけでもなく、“ただ其処に立っている”だけだ。


 「ヒル!」


 要が怒鳴る。


 彼が彼女に会ってから、初めての事だ。


 命はハッとする。


――今……、何を……。


 「気を遣るな、抜け出せなくなる」


 彼の静かな声が、命の中に入り込む。



 少女の瞳は真っ黒で、虹彩の中に瞳孔が確認できない。

 ソレは吸い込まれるように、深く純粋な“黒”だった。

 



 要は小さく、舌打ちをして、

 「どういう事だ……?」

 と誰にともなく呟く。


 その独り言に「ほんと、どういうことだろうね」とローブの男が反応した。


――それはこっちの台詞だ。

 要は、“闇を使うのは、そこの包帯男しか居ない”……みたいな事言ってたけど。

 完全にあの娘、“闇”使ってるじゃん!


 その少女は、年の頃は15ばかりで命と大差無い年齢に見える。

 喪服のような、真っ黒なワンピースを着ていたが、……髪が橙色で目立っており、何だか頭部だけ空中に浮いているようだった。


 「やっぱり僕は無実だったでしょう?」


 命が声の主を見ると、彼の口が“にいっ”っと不気味に笑った。

 背の中心がぞっとする。


 「アレは僕達とは違う存在だね」

 要が頷く。

 「ああ、アレは“神”じゃない、“魔族”だ」


  


――……、

 …………、

 …………ん? 今さらっと凄い事言わなかったか?


 要は少女を自分達とは違い“魔族”だ、と言った。

 自分達、すなわち“神”とは違う、と。



 「神様って、そんなわけないでしょ」


 どう見ても山賊に、怪しい宗教の人――


 命は混乱していた。

 ある程度、彼らは普通じゃないとは思っていたものの、予想とは大きく違っていたようだ。


――っていうか、神様ってこうホイホイどこにでも居るもんなの!?


 「おい、余計な事考えるな、……来るぞ」

 要は命を一瞥し、低く言う。


 命は「お前のせいだろう」と言いたげだったが、上手く言葉が出ないのか口を動かすだけだった。


 橙髪の少女は不満そうに口を尖らせて三人を見ていたが、やがて動き出す。


 「プレゼント」

 彼女が手を上げてそう言うと、自身が通ってきた闇の中から一斉に獣が躍り出てきた。

 



 その中の一頭が、耳を(つんざ)くような奇声を上げて三人に襲い掛かる。


 命は、――――来る、と判っていても、足が地面に縫い付けられたように動けなかった。

 すると次の瞬間、彼女の肩に鈍い衝撃が当たる。


 何事か、と目を見開くと、頭上で要が抜刀し、その勢いで対峙する獣を斬り付けた。


 獣の頭部がずるりと落ち、命の顔の横に転がる。

 そこで漸く彼女は、自分も地面に倒れていると気が付いた。


 獣の牙にやられる寸前に、要が自らの手で彼女を思い切り突き飛ばしたのだ。


 首から下がない獣は、その三つの目で恨みがましく彼女を睨んでいた。


――これは……、これは何?


 それは命が、知っている動物ではなかった。


 二十頭ほどいる獣達は種類が統一されておらず、様々な形容(かたち)だった。



 虎に似ているが、角が生えているもの。

 猿に似ているが、人間並みの背丈のもの。

 犬に似ているが、目が三つあるもの。


 どれも人間と同じくらいか、一回り程大きいくらいの背丈だ。


 命が見た事がある動物は、どれ一つとして居なかった。

 

――こんな動物、見た事ない。


 橙色の少女は獣達を制しながら命の様子に気付き、


 「ごめんね、こんな小さなのしか喚べなくて」


 と検討違いな事を言った。


 その横で、要とローブの男は暢気に自分達にしか判らない事を話している。


 「なんで魔族が此処に居るんだろうね? おかしいね。

 しかも魔獣まで喚び寄せちゃってるし。

 もしかして“謎の魔獣出現事件”もアレの仕業かな?」


 「俺が知るか」


 「ところで君、そんなもので魔族を退治するつもり?」


 「今は之が一番使える」


 要は刀を構え直す。


 「そう」


 「いいからお前も手を貸せ」


 楽しそうに話すローブの男とは裏腹に、要は顰め面で答えていた。


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