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闇 1

 森が拓けたところに命は立っていた。

 もう、日は傾いている。


 やっと、山を抜けた。

 喉が渇いた、水で良いから飲みたい。

 流石に慣れない山道を一日中、休息も摂らずに歩いて来たのだから、命はかなり疲れていた。

 要の不思議な力が無かったら、途中で既に歩けなくなっていただろう。

 

 安堵から、一気に喉の渇きが襲う。


 唇がかさつく。

 山道を汗だくで下りて、脱水症状が出始めていた。


――足首やふくらはぎも痛い、

 ってか、全身痛いんだけど。

 まだ、いける。あと少し、あと少しだけ頑張れば……。


 彼女の目には、小さく民家が映っている。

 あと10分も歩けば、たどり着くだろう。


 もう、いつ倒れてもおかしくない状態だったが、彼女は自分自身を誤魔化し、最後の力を振り絞って歩いた。



 命は、もう既に丸一日以上この知らない世界にいる。

 帰らない自分を家族は、学校の皆は、どう思っているのだろうか。

 心配してくれているのだろうか、そう自分の世界に思いを馳せた。



――学校の奴らは、結構どうでもいいと思っているだろう。

 家族は、父さんは怒っているかな。

 母さんは、特に気にしてないかも。


 門限にうるさい父親、暢気で調子が良い母親、上辺だけの付き合いの友人達が頭に浮かぶ。

 親友と呼べる友達もいない命は、例え自分じゃなくて、友人が行方不明になったとしても、多少心配はするだろうが、それだけだろう。


 数日も経てば、きっと心配する気持ちも薄れる。


 本気で心配してくれる友達のイメージが湧かない。

 虚しくなって、立ち止まり、空を見上げた。


 秋の空は澄んでいて気持ちが良い。

 考えてみれば、こんなにじっくりと空に目を向けたことなど、今まで無かった。

 自分の世界の空は、この空と同じかどうかも命には判らない。


 

――帰ったら、もっと積極的に人と係わり合いたい。


 無性に、自分の事を心配してくれるような友達が欲しくなった。


 悔しくて涙を流す。

 人付き合いを面倒くさがって、疎かにした結果、この有様。

 その愚かさに気付いた。


 「はは……あんまり泣かないのが自慢だったのに」

 一度涙を流してから涙腺が緩んでいる自分を嘲笑した。


 「人前で泣いてないだけ、マシか」

 ぐい、と乱暴に涙を拭う。

 手の甲は土が乾いて白くなっている。指先には幾つもの細かい傷があり、血が固まっていた。


 泣いてばかりいられない。

 あの家までもう一息。泣いていたら、変な奴だと思われる。


 触れた頬が痛む。

 山の中とはいえ、一日中日光に晒された肌は赤くなり、痛んだ。


 元来色素が薄い彼女の肌は、日差しに弱い。


 「日焼け止めが欲しい、肌が老化する。シミが出来る……」


 本当はそんな事どうでもいいのに、一人で黙々と歩き続けるのは、案外退屈で、何でも良いから思いついた事を声に出す。


 「最悪。太陽なんて無くなれ……」


 八つ当たりするように、呪いの言葉を吐き出した。








 『僕もそう思うよ』










 「……」

――あれ? 今声がしなかったか?


 命が呟いた、罪の無い太陽に八つ当たりする独り言は、周りに聞き取れない程の小さな声だったのだが、気のせいか、彼女に同意する声が響いた。



 『日の光が嫌なら、僕と一緒に日陰にいよう』


 今度ははっきりと、空気を揺らすように、声がする。


――やっぱり……声が……。


 命は周囲を見回す。


 ふと、目を留める。

 先程までいた山の出入り口、その木々の陰に何やら気配を感じる。


 見えないが、何か“其処にいる”という確信がした。


 忘れようとしていた要の姿が目に浮かぶ。


――でも、要じゃない。


 その感覚は彼に対する物に似ていたが、奇妙なことに、命には彼との違いが判った。



 『ちょっと、そっち日差しが強いから、こっちまで来てよ』

 「???」


 その声は、もうすっかり夕方で大して日差しが強くないにも関わらず、そんなことを言う。

 

 彼女は森の中から聞こえる声の方にじっと目を凝らす。

 何か、黒い影のようなものが動いた気がする。


 『大丈夫だよ、何もしないよ。……良い事してあげる』

 「……!!」


 怪しすぎる言葉に、強く警戒する。

 声の低さや、“僕”という一人称から、どうやら相手は男のようだ。


 “知らない男には安易に近付くな”

 森の中で出会った男達から学習した事だ。


 「け、結構です!」

 『……仕方ないね』


 そう言った男の気配が消えた。

 どうやら諦めて立ち去ったようだ。


 安心した命は、再び先を進もうと踵を返す。



 すると、

 「ぎゃああああああ!!!」


 黒い円錐が立っていた。




 「なんだい大きな声を出して」


 円錐は人だった。


 “ソレ”は真っ黒なローブを着ていて、頭には大きめのフードを深く被っていた。

 異様なことに、その奥から覗く顔は口許以外、全て包帯に覆われている。

 よく見ると、ローブの袖からちらりと覗く指先にも包帯が巻かれていた。

 唯一見える肌は口許だけで、その唇は三日月のように細く長い弧を描いている。


 確かに森にいたのに、――なんでそこにいる!


 その男の格好と、一瞬で移動した事実は、命を緊張させるには充分な要素だった。


――やっぱり、あの気配はコイツから!? さっきまで森にいたはずなのに、どうして?


 考えても解らない。

 解らないから、命は走り出した。


 同じ失敗は二度としたくない。

 得体の知れない男に襲われるのはもう懲り懲りだ。



 だが、直後。

 彼女は後ろから腕を掴まれて上半身が置き去りになる。


 後ろに倒れる形になったが、頭が何かにあたる。

 見上げると、そこには三日月。あの黒ずくめの男が不気味な笑いを口に浮かべて命を覗き込んでいた。


――ひぃ……っ怖!!


 「逃げなくてもいいよ。

 怖がらなくてもいいよ。

 悪い事なんてしないよ」


 「ぅ……」


 その声が、何だか哀しそうに聞こえて、命は仕方なく立ち止まる事にした。


 下手に刺激しても良くないと思い、一応話が出来るようなので、落ち着いて対話しようと試みる。


 「あの……、何か用ですか? うち、急いでるんですけど……」


 彼女は虚勢を張るように、強い口調で睨みを効かせながら言った。


 「?? うち? 内? 裡?」

 「あ、いや。私! 急いでるんですけど!!」


 ゆったりした口調の彼に、命はペースを乱される。

 

 「??? ウチって何?」

 「それはもういいですから!」


 彼ののほほんとした雰囲気に命はついつい苦笑した。


――なんか、悪い人では無いようだけど……。


 彼の纏う雰囲気に何となく安心してしまう。

 


 だからといって、諸手を挙げて信用するのは危険な事だ。

 しかし、どうやら逃げても無駄なようなので、取り敢えず彼の用件を聞く事にした。



 「改めて……何か用ですか?」


 「ちょっと話し相手になってよ。

 僕、人に嫌われるみたいで、ここ暫く人と話していないんだよ」


――それは、何か可哀想。まあ、話聞くだけならいいかな。


 丁度先程。自分が一人ぼっちだと気付いたばかりで、ついつい同情してしまう。



 「―――2000年くらい」



 命は苦笑したまま、首を傾げた。


 「え……と。

 とりあえず、話聞くくらいならいいですけど?」


 「本当?」


 円錐の男はその格好に似合う奇妙な事を言ったが、命はあまり深く関わり合いたくなかったのでソレを無視した。



 「ありがとう」


 そう言う彼の口角はいっそう上がり、三日月が更に鋭く弧を描く。




 「君、変わってるね。

 人は皆太陽を崇めて、神よりも上の位に位置付けているのに。

 『太陽なんて無くなれ』だなんて」


 くくく、と彼はさも面白そうに笑う。


 「僕も君と一緒だよ、太陽の光を浴びる度、融けて無くなりそうな気分になる」


 彼は、あたかも自分達は同じ考えを持つ仲間だとでも言いたげに話す。


 だが命は、

 「いや、太陽っていうか、紫外線が嫌なんだけど」

 と訂正し、自分と彼とは違うと突き放した。


 それでも彼は、お構い無しに話を続ける。


 「ここの人達は皆太陽が大好きなんだよ。

 だから僕みたいなのは忌み嫌われるんだ」


 「はあ……」


 「僕みたいな『闇』を司る者は」


 そう言い、彼は命の顔を覗き込む。


――ちょっ……! 近いんですけど!

 命はどきりとした。


 異性の顔が近くにあるからではない。


 包帯に覆われた顔半分と、裂けんばかりにつり上がった口。

 その不気味さに。



 「おや?」


 そこで、彼は何かに気付いたらしく、包帯で隠れていて見えないが、おそらくはその目で命の目をじっと見つめた。



 「君、本当に人間?」



 「…………は?」


 突然の失礼な物言いに、命は少しだけ苛立つ。


 「何ですか? いきなり!」


 「んー、気のせいかも? 僕あんまりそういうの詳しくないし」


 彼は小首を傾げて、一人何かを考えている。




 そして不意に、


 『ヒル、そいつから離れろ』


 と背後から声がした。

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