表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/70

此処は何処 2


 柊には上辺だけだがお礼を言い、風呂に行くから、と下がってもらった。


 流石に下着は無かったので、仕方なく命は、箪笥から褌と、寝巻き代わりに男物の着物を持ち出して、風呂に行った。


 本当に新品だろうか不安になったが、嘘をつく理由もない筈。それに例え新品じゃなくても、今は着替えたい。

 命は今着ている、汚れてしまった制服を握り締めた。



 湯に浸かり、一息つくと、命は頭を整理し始めた。


 此処は、一体何処なんだろう。

 もしかしたら、シュウの居る世界かもしれない。


 闇に呑まれた直後も、そう思った。


 しかし、此処で最初に会った男達は皆、日本の古い時代に存在した、山賊のような格好だった。

 それは、シュウの服装とはあまりにかけ離れている。

 彼は上着にカーキ色のジャケット。中に鎖帷子のような物を着込んでおり、下はズボンにブーツといった、洋風な出で立ちだった。


 更に、顔立ちもお互い全く違っている事。

 いつもはシュウが必ず近くに存在したが、今回は居ない事。

 此処に来た方法の相違。


 それらの事柄から、此処はシュウの居る世界とは更に別世界ではないか、と一度考えを改めた。


 例えば、タイムスリップしてきたとか――


 だが、あのローザンヌという妹の存在が、その可能性を消した。


 タイムスリップは有り得ない。

 時代も国も、合わない。


 そして、その時は例の事もあって思い付く余裕がなかったが、もしかしたら此処はシュウと同じ世界の違う国ではないか、と彼女は思い至った訳だ。



 では、そもそも何故シュウが異世界の住人だと思ったのか。


 幼い頃は、自分が夢の中に居るのか、起きている状態なのか、分別がつかなかったが、成長するにつれ自分の状態くらいは把握できるようになった。


 眠った時は自室に居るのに、起きれば別の場所に居る。

 この事をシュウに相談した事がある。


 彼は「きっと眠っている間に君の中の魔力が暴走して、飛んで来たんじゃない?」と事も無げに言った。


 だがその説明に、余計解らなくなった。


 そもそも自分は魔法使いではないし、そんな物はこの世に存在しない。

 それくらいは十数年しか生きていない命にも解る、常識だ。


 「だったらオレの知る常識と君の知る常識は違うのかもね」

 そう言って彼は優しく笑った。


 彼は疑問に思わないのだろうか?

 訊ねると、彼は持論を展開した。


 「オレは、君を別世界の人間だと思っている。

 別の星の人間かとも思ったけどね、君の話を聞く限り、君は完全な別社会の人間に区分される。

 魔法も無い、魔族も居ない、神力も無い、神も居ない…ってかソレはオレも信じていないけど……。

 星が違うからって、その力そのものの存在が無くなると思うかい?」


 逆に考えて見れば解る。

 他の星――例えば火星とかに宇宙人がいたとして、地球に存在しない魔法を彼らが使ったりはしないだろう。


 「つまりは、空間レベルで違うのさ」



 「これを見て」


 彼がそう言うと、空中に画像が映し出された。

 発光する薄いフィルムが浮かんでいるようだ。

 しかし、それには実体が無い。光る粒子で作られた映像だった。


 見るとソレは地図のような物だったが、命の知るそれとは全くの別物だった。


 「これは世界地図。どう? 君の物と同じ?」

 違うと言うと、彼は「やっぱり!」と笑った。


 命は彼が何も考えていなさそうで、しっかりと考えていた事に驚いた。

 思っていたよりも、ずっと彼は思慮深く、頭が良いようだ。


 この時の彼はとても冷静で、精神的に安定しているように見えたが、よく見ると、目に濃い隈ができている。


 「オレは君の傍に居たいんだよ」


 穏やかな笑顔のシュウに、表情が消える。


 「オレはいつでも君を探しているよ」


 そう真顔で言う彼に狂気を感じ、命は身震いした。



――恐ろしい事思い出した……。


 その後の事を思い出し、命は頭を抱えた。


 このシュウの発言が、彼の居る場所は異世界なんだ、と思っていた原因だった。


 シュウの居る世界には、命の世界では存在しない魔法があるという。

 では、今居る此処ではどうだ?


 「きっと、ある」

 あの要という男、あいつのあの見えないオーラ。

 それに、あいつにキスされて流れた痺れ――


 思考が止まる。

 思い出す。

 あの男に……唇を奪われた事を。


 「あああああああ゛っ!」

――ファーストキス! ファーストキス奪われた!!


 命はつい大声を上げてしまう。


 すると、

 「どうした!!!?」

 と扉の外から、心配して駆けつけた柊の声がした。


 「な、なんでもないです!」

――なんでもなくない!


 口と心で別々のことを言い、柊を追い払った。


――でも、こんな事……、ホントに何でもないかも……。


 命は昼間味わった恐怖を思って、自身を抱きしめる。


 たくさんの事があって麻痺しかけていたが、再びあの恐怖と怒りがこみ上げてきた。




 頬を打たれる度に脳が揺れ、意識が朦朧とする感覚、



 複数の男達に組み敷かれる恐怖、



 普段は晒されない身体の部分を触られる不快感、



 本当に、

 本当に、何も無くてよかった。


 命はここで、ついに、ずっと耐えていた涙を流した。

 だがそれは、自分の貞操が守られた安堵の涙でも、暴行された痛みの涙でも、男達に取り囲まれた恐怖の涙でもない。


 「あいつら……、絶対に……ぶっ殺してやる!」


 それは、自分のプライドが傷つけられた、怒りの涙だった。


 命は一度怒るととても根に持つ。

 それが解消されるか、面倒にならない限りはいつまでも恨み続ける。




 だが彼女には、叶いもしない復讐を考えるよりも、優先すべき事があった。

 “元の世界に帰ること”だ。


 もしソレが叶うのならば、特別に奴らを赦してもいい、と命は考えていた。


 元の世界に帰れたならば、二度と彼らに会うことはない。

 無かった事にしてしまおう、という考えだ。


 その為に、彼女にはやるべき事がある。


 目的を果たす為に、彼女は風呂から上がった。




 与えられた部屋に戻ると、部屋をノックする音がした。

 そういえば、と先程の違和感を思い出す。その正体は、和風の部屋にノックをすることだったのだ。


 「……どうぞ……」


 扉が開き、そこには膳を持った柊が立っていた。


 「お、結局それにしたのか。」


 柊は命の着ている、箪笥に入っていた着物に目を遣った。

 命はそれに一つ、頷く。


 「ま、いーんじゃねーの? ……ぉら、メシだ。食え」


 そう言って、持っていた膳を床に置いた。

 その上には、玄米、焼いた川魚、山菜の煮物、根野菜の汁物が乗っている。


 それをまじまじと見ている命に、


 「俺が作ったんだ、残さず全部食えよ」

 と声を掛け、部屋を出て行ってしまった。


 あっという間で「いらない」ともいえず、命は彼の背中を見ているしかなかった。



 膳を前に命は躊躇った。


 今後の事も考えて、少しでも何か腹に入れた方が良いのは彼女にも判っていたが、これを用意したのが憎い相手の仲間だという事実が彼女を止まらせた。

 しかし、彼……柊は出会ってから僅かな間に多くの事をしてくれた。


 山中自分を抱えて此処まで運んでくれ、その後も身の廻りの世話までしてくれている。

 それに、すんでのところで彼の仲間の男達を止めてくれたのも彼だったのだ。


 彼には感謝している。自分の為に用意してくれたのに、食べないのは勿体無い。


 食事に箸をつけ始めた彼女は、素直に「旨い……」と感想を洩らした。

 少々薄味だが、それがまたいい。あまり食欲がわかなかったが、すんなり口にいれることができた。


 柊が作って、この場所だからこそ、命は食事を口にした。

 寝殿造のあの本邸で他の男が作ったものならば、決して口にしない。

 柊の細やかな配慮が伝わってくる。



 米粒一つ残さずに全部平らげると、命は膳を下げようと立ち上がり、部屋の扉を引いた。


 すると、タイミング良く柊が来て膳を彼女の手から受け取り、廊下の脇に置いた。


 「あの、片付けくらいするんで……」

 「おめーは余計なこと考えなくていいんだよ」

 そう言い、彼は布団を引きはじめた。


――どんだけ、気が利くんだよ!


 命は彼の手際の良さに、せめて邪魔にだけはならないように、隅で見ているしかなかった。


 どうやら彼は面倒見の良い性格らしい。

 しかも家事等、一通りこなせるようだ。


 「疲れてんだろ、今日はさっさと休め」

 言いながら手は止めず黙々と作業を続ける彼はさながら、――お母さんみたい……。


 そう思わずには居られなかった。


 作業を終えると彼は、

 「さっさと寝ろよ!」

 と念を押し出ていった。




 命にはやるべき事が二つある。


 一つ目は、眠る事。


 此処がシュウのいるあの世界ならば、そこから帰りたいのならいつもの方法で帰ればいい。


 すなわち、眠りにつくこと。


 いつも眠りが世界間同士、行き来の鍵だった。


 森の中で彷徨っていた時も、何度も眠ろうと試みた。

 だが、嫌いな虫や気色悪い植物の中。周りが気になって、目を瞑るのさえ躊躇われた。

 それに加え皮肉にも前の晩、久方振りに九時間以上の安眠を摂ったので、なかなか眠れなかった。


 だが今は違う。


 要に口付けられてから、大分体力が回復していたが、それでも風呂に入り、腹が満たされれば、今すぐにでも深い眠りに就けるくらいには疲労が残っていた。

 




 しかし、問題がある。


 いつもと違う事が多すぎることだ。


 今回ここに来た方法、

 それに命はあの増殖する闇の事が、どうしてもひっかかっていた。


 本当に自分はいつも眠っている間に、あんな恐ろしいモノに呑み込まれていたのか、と。


 それにシュウは言っていた。

 『ダメー!ヒル寝ちゃったらそのまま消えちゃうもん』

 これは、言葉通り本当に消える、という意味では? ここに来たように、闇に呑まれるのではなく、自分自身が消える。

 だとしたら、この方法では帰れないかもしれない。


 ここに至る方法の違い、これは些細な事のようで、実は大きな問題点である。

 

 そこで、やるべき事の二つ目である。

 それは、完全に寝ないことだ。


 寝る事と、寝ない事。

 相反する二つだが、彼女には明確な目的の為に、両方為さねばならなかった。


 命はこの“山賊のアジト”に留まるつもりはない。

 できるだけ短時間で仮眠をとり、夜が明ける前にここから出たい。


 そうすれば、この山の環境から考えて高さを推測すると、どんなに高い山だろうと日が暮れるまでには下りることが出来るだろう。

 

 だがそれが困難だ。

 

 時計も無い、スマホも無い今の状況。

 蝋燭の明かりしかない真の暗闇。

 この疲労が残る身体で、希望通り起きる事は困難だろう。


――でも、やるしか無い……。


 布団に移動する。

 横になる事はせず、膝を抱えて体育座りをし、膝に顔を埋めて目を瞑った。


――理想は、皆が寝静まった頃に起きる事……。


 なかなか眠る事が出来ない様子だったが、漸く意識が暗闇に引きずり込まれた。




 空はすっかり白んでいた。


――しまった!


 目を覚ました彼女は、すぐさま立ち上がろうとするが、無理な体勢で眠っていたので、身体が思うように動かずよろけてしまう。


 窓の外を覗いて、命は焦る。

 どうやら寝過ごしたようだ。


 この世界の季節が元の世界のと同じならば、今の時期、段々と日の出の時刻は遅くなる。

 夜中に発つつもりだったが、もう早朝といっても良い時刻ではないだろうか。


 急がなきゃ。

 彼女は、使える物は持っていこうとして、部屋の角にある箪笥を漁った。


――くそぅ、昨日のうちに準備しておけば良かった。


 箪笥から取り出した、一番大きい男物の着物を広げ、幾枚かの褌と、昨日柊から受け取ったローザンヌの着物を包んだ。


 彼女自身は元の、まだ汚れている制服に着替える。


 褌の上に穿くのは抵抗があったが、昨日脱がされてからずっとスカートのポケットに入っていた、厚手のストッキングを穿いた。



 その建物には裏口が在ったが、命は堂々と正面玄関から外に出た。

 自分が何処に行こうと、奴らには関係ない、そう思ったのだ。


 事実、彼女は拘束されている訳でも、制限されている訳でも無い。

 彼女の考える通り、何処に行こうが本人の自由だ。


 だが、やはりどこか人目につかないように行動している節がある。



 『今日は休め』

 そう言われた事が、何故か胸に引っ掛かる。


 親の言いつけに背くような、そんな背徳感が腹の底から沸き上がってくる。

 彼女は自然、こそこそと隠れるような行動をとってしまう。



 建物を出るとそこには、大きくも無いが、比較的流れの速い川が在る。

 彼らの生活には欠かせない重要な資源だ。


 この川に沿って下って行けば、山を下りられるだろう。

 山を下りて、何処かでまともな人を見つけて、ちゃんとした機関に保護してもらう。

 魔法とかが存在する世界なんだ、きっとこういう事もたまにあるんだろう。


 彼女はいまや72億人いると言われている人間の中で、まさか自分だけが特別異世界に来た、などとは思ってはいなかった。


 そこまで自惚れているわけでも、被害妄想が強いわけでもない。


 だから、自分以外にもこの世界に来る人がいるなら、それを帰す為のシステムくらい有っても良いのではないか、と考えたのだ。


 「でも、こんな山の中に住む、犯罪集団になんて頼れない」


 だから彼女は、


 「山を下り、他に安心して相談できる人間を探そう」


 と考えたのである。


 


 だが建物を出て直ぐ。

 川の前で立ち止まってから、彼女はどうしても一歩が踏み出せないでいた。


 目に見えない引力が、あの寝殿造から出ている気がする。


 自分を理不尽に惹きつけるのはきっと、あの男――要だ。

 彼女はそう確信し、柊の言葉を思い出した。



 『離れるのが辛いか?』



 言っている意味は解らないが、感覚で理解できる。

 姿は見えないのにどうしようもない存在感が、彼にはあった。


 しかし其れは感覚の問題で、実際に引き合っているわけではない。


 彼女は意を決して、右足を地面から離した。


 後ろ髪引かれる思いで、それでも自分の家に帰るために、彼女は固く目を瞑り歩き出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ