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プロローグB:D.Wの回想

ある少女の回想。忌まわしき夜の記憶。そして歯車は絡み始める。

 醒歴1878年 四月 土壱ドイツ 解鎮絃ゲッティンゲン


 私はその時夢を見ていたらしかった。

 舞台は住み慣れた自分の部屋。

 広過ぎず、狭過ぎ無い間取り。私好みに整えられた調度品。

 心地良さで言えばこれ以上無い舞台。

 でも私はその片隅に、奇妙な気配を感じていたの。

 部屋は暗くてよく見えなかったわ。

 時計が見えない為正確な時刻は解らないけど、恐らくまだ真夜中も真夜中。

 でもそこは自分の部屋。

 目で見えなくとも、体で解る。

 それは私にとっては漠然とした影の様に感じられ、影は部屋の隅でがさごそと蠢いていたわ。

 同時に、嗅ぎ慣れた匂いが鼻に突く。

 それは薬の匂いだ。この家では珍しくも何とも無い。だって、薬局なんだから。

 ただ、それにしたってこの匂いはきつすぎる。

 一体何を混ぜたら、こんな魔女の厨みたいな匂いがするのか、聞いてみたい所ね。

 その中に混じって、嗅ぎ慣れない匂いがする。

 嗅ぎ慣れないのだからどう言う風に言って良いのか解らない。

 でも、決して嗅いだ事の無い匂いと言う訳では無かった。

 嗚呼、何処で嗅いだっけ。

 向かいにあるヨハンナの雑貨屋だったかしら。

 いや、あれは違う。

 あれは黴と埃の匂い。ろくに掃除せずに、結構なガラクタが積まれていった匂い。

 それじゃ、こっそり遊びに行ってパパに怒られた鵞鳥姫亭で嗅いだのかしら。

 うぅん、あれも違う。

 あれはお酒と熱気と、夕食のおかずが交じり合った、もっとすえた匂い。

 ああでも無い、こうでも無いと言う思考の循環。

 思い出そうとしても、全然思い出せない。

 そんなジレンマは、ふとした瞬間に解決した。

 そうだ、これはあそこで嗅いだ匂いだ。

 ここからちょっと歩いた所にあるコンラートさんの、肉屋。

 はっとした。

 それが何の匂いなのか、解ったから。

 がばりと布団を跳ね上げ、ベッドから起きようとする。

 でも出来なかった。

 何故って?

 その時既に、うぅん多分大分前からだろうけど、私の腕と脚は四つともごっそり無くなっていたのだから。

 残っているのは、何も無い肘と膝。

 白い寝間着が真っ赤に染まっているのが、闇に慣れた私の眼に入った。

 そして気付いた時からやってくる激痛。

 声は出なかった。

 これが夢じゃなくて現実だって事を知って、酷く驚いていたから。

 こんな夢でしか在り得ない様な事が私に降り掛かっているのだから。

 声を上げる暇なんかないじゃない。

 私は痛みを堪える様歯を噛み締めながら、首だけを動かし、部屋の隅を見た。

 そこには狼が居た。

 大きく、堅そうな、恐ろしい顔をした狼。

 それは私なんか眼中に無く、久方ぶりの食事に没頭していた。

 ミュンヒナー・ヴァイス・ヴルストの様な、肉の塊。

 要するに、そいつは、私の四肢をかっ喰らっていた訳だ。

 それもさも美味そうにっ。

 SCHEISSE!!!!


 畜生っ、と叫んだ後の記憶は酷く曖昧だった。

 次に気付いた時には病院のベッドに寝かされていた。

 当然、と言うべきか、腕と脚は無い。

 やっぱり夢なんじゃない?と少し期待したけれど、駄目だった。

 芋虫。

 それが今の私。

 悔しくて涙が出た。

 何故なの?

 何故私はこんな姿にならなければ?

 問うて見ても、応えてくれる者は皆無。

 だから私はぽろぽろと目から雫を零し続けた。

 そこに現れた嫌味な刑事が、パパとママがどうなったかを教えてくれた。

 ああやっぱりね。

 顔を見ないものだから、何がどうなったかと思ったら。やっぱりそうだったんだ。

 刑事が部下を連れて返った後で、私は泣き散らした。

 泣いて泣いて、泣き喚き続けた。

 それで失ったものが返って来る訳でも無いのにね。


 D.W

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