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プロローグA:W.Gの回想

ある青年の回想。幼き日の兄との思い出。そして歯車は廻り始める。

 醒歴1861年 九月 土壱 ハーナウ


 近くから、その実遠くからの様な教会の鐘の音が背後から聞こえて来た。

 私達はその音に背中を押される様に、郊外の墓所を目指して歩いて行く。

 大人達は皆泣いていた。

 男の人達は唇を噛み締めながら三つの棺を担ぎ、女の人達はハンカチで目元を押さえながら嗚咽を漏らす。

 子供達はと言うと半分は泣いていた。

 もう半分はまだ『死』と言う事を理解出来る年では無く、きょとんとした顔で大人達の後に付いて行く。

 ただ私と兄は既に死の何たるかを解っている年であるにも関わらず、泣いてはいなかった。

 本来ならそれはおかしい事。

 下の弟達は幼いから仕方ないとしても、私達は最も泣くべきであった。

 何故ならば、今運ばれてゆく棺の中に入っているのは、父と母、そして妹なのだから。

 事故である。

 三人が乗っていた馬車が、前日の雨でぬかるんでいた畦道に車輪を取られ、転倒したのだ。

 直ぐに気付いた村人達が掛け付けてくれたが時既に遅く、三人は帰らぬ人となった。

 しかし、涙は出なかった。

 大人達は私達を見て色んな事を言った。

 まるで私達に耳が無いかの様に。

「ご両親と妹さんが死んだって言うのに、泣かないなんてねぇ。」

「ロッテちゃんとはとても仲睦まじかったわね。」

「死んだと言う事がまだ解らないのよ、可哀想に。」

「今度フィーマン夫人の所に引き取られるそうですけど、大丈夫かしら。」

「二人とも物解りの良い子達ですから、上手くやりますわよ。」

 勝手な言い分だ。

 私も兄も、両親と妹の死を深く哀しんでいる。

 死とは何であるかも、理解している。

 それは神に召されると言う事だ。

 地上から離れ、天上へと導かれて行くと言う事。

 教会の神父は、三人は天の上から君達を見守ってくれていますよ、とそう言った。

 成る程、確かにそうであろう。

 だが、何故彼等は神の元に召されなければならなかったのだろうか。

 私達、特に兄はそこを納得していなかった。

 理解はしても、納得はしていなかった。

 父は実直な法律家であり、真面目を絵に描いた様な人だった。

 母はとても優しく、家事も良くこなし、私達を心の底から愛してくれた。

 そして妹は……妹のシャルロッテは……

「ねぇヴィルヘルム。こんな話を知っているかい?」

 大人達に付いて行きながら、少し前を歩く兄が後ろを振り向く事無く私に言った。

 小声で、私だけに聞こえる様に。

「この国の宗教じゃ死んだ人は神の元に行くんだけど、東の国じゃ別の生き物になるんだそうだよ。」

「別の生き物?」

「うんそうだよ。生まれ変わるんだ。それが人間かどうかは今までの行いによるんだけど生まれ変わるんだ。面白いよね。死んだ筈なのに、生まれ変わるなんて。なかなか面白い事を考えるよね、あっちの人達は。」

 どうやら笑っているらしい。

 兄はそう言うと、銀色に輝く巻き毛と小さな肩を震わせた。

「でもね。」

 突然、その動きが止まる。

 そこにはもう笑みは感じられない。

「僕は神にも、ましてや宗教になんか頼らない。」

 決別とした声で言い放つ。

 それは彼の誓いだった。

「僕は、僕自身の手でシャルロッテを取り戻してみせるよ。」

 必ずね。

 兄はそれ以上話さず、口を閉ざして黄昏に染まる空をじっと見つめていた。

 その時兄が何を考えていたのか。ずっと一緒だった私でも解らなかった。

 ただ後ろから眺める兄の背中は、体格的には私と然程変わりないにも関わらず、とても広く大きく見えた。


 これが幼き時分に最も印象深かった、兄・ヤーコプとの思い出である。

 だがその思い出の中の印象は、大人になった今でも変わる事無く。

 彼はあの時の誓いを現実のものにする為、日々突き進んでいる。

 正直に言おう。

 私は兄が恐ろしい。

 最近の兄とその仲間達のやっている事について行けない。

 私もまた、兄の仲間の一人であると言うのに。

 どうすれば良いのか。

 私は、兄を止めるべきなのだろうか。


 醒歴1870年 六月 土壱 鐘琳にて W.G

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