彼女の太腿
「あのね、膝枕……してほしい」
「今日も? ふふっ、甘えんぼさんなんだから」
私のいつものおねだりに、彼女はいつもの余裕たっぷりな笑みで応じてくれた。
お許しが出たので、私は心おきなく彼女の太腿へと頭を預ける。いつも思うんだけど、これって本当に膝枕って言えるんだろうか。膝じゃなくて腿枕とか言うべきじゃないのか。
「──はふぅ」
そんな脳内問答も、彼女の太腿がもたらす圧倒的な安らぎの前では灰塵に帰す。目の前にある、この魅力的過ぎる太腿を堪能しなければ愚の骨頂というやつだ。
柔らか過ぎず、硬過ぎず。絶妙の弾力で私の頭を支えてくれる太腿。黒タイツに包まれたそれは肌触りも心地良く、いくら撫でていても飽きることがない。
寝返りを打ってみる。目前には彼女のスカート。ひらひらとした生地の奥には、まだ私も見たことのない楽園が潜んでいる。他の誰にだって、そこは見せたくない。
それは私のその部分も同じこと。いつか彼女に見られてしまう日が来るのかもしれない。
もし、そうなったら私は──いや、やめておこう。これ以上変な気分になるのは得策ではない。
気を取り直して声にならない声を出しながら、彼女の太腿に触れ続ける。頬を擦りつけ、掌で撫でまわし、それでも私は満足しない。
やがて気持ちの制御ができなくなり、ついに彼女の体へと向かってしまう。
「んむっ」
下腹部に顔を埋められているのに、彼女は私を振り払おうとはしない。私からは見えないけれど、おそらく穏やかに微笑みながら私を見下ろしているのだろう。
私にわかるのは、今こうして頭を撫でられていることだけだ。まるで赤子をあやしているかのような扱い。でも嫌じゃない。
もっと撫でてほしいので、このまま下腹部の誘惑に耽っていようと思う。今この瞬間、二人だけの時間を存分に堪能しなければ生きている意味などないのだから。
甘酸っぱい香りが、私の鼻腔を刺激する。それは電気信号となって脳髄を震わせ、正常な思考をできなくさせる。彼女のことしか考えられない。
カチ、カチという規則的な音。時を刻む一秒ごとの反復が何度も続く。閉ざされた部屋、私たちの周囲を取り巻くのはその無機質な機械の動作だけ。
元々彼女のスカートで塞がっていたようなものだけど、視界を完全に消すために改めて目を閉じた。それによって、私は更に彼女のことで頭をいっぱいにすることができる。
こうやって無条件で私を受け入れてくれる彼女だが、最初からこんな風だったわけでは──あったりする。
元々彼女から告白してきたことがこの関係の始まりなのだ。顔を真っ赤にしながら私への想いを打ち明けてきたあの姿を思い出すだけで、私は精神のヒューズが飛びそうになる。たまにそのことをネタにしてからかったりもするが、それもまた私だけのお楽しみだ。
女同士という常識的な壁もあったが、それでも私は彼女の想いを受け入れた。そうするのが当然なほど彼女は魅力的だったし、何より私も彼女のことが気になっていたのだ。先を越された、と言うのが正しい結論だ。
だから、こうして過度な触れ合いをすることも自然な流れだったのだ。最初こそわずかな抵抗をされたものの、一度やってしまえばその後は容易だった。彼女も満更でもない様子だったし。
回想に浸る私だが、目の前の彼女を忘れたわけではない。このまま彼女に埋もれて酸欠で失神したら、きっと至高の花園を見ることができるだろう。きっと文字通り天にも昇る心地に違いない。
「あ、そうだ」
彼女が呟いた。これは何か悪だくみを思い付いたときの声色だ。一体何をしてくれるのだろうかと期待してしまう。とりあえず目は閉じたまま聞こえないふりをしておく。
「じっとしててね」
頭を押さえられたのを認識した途端、背筋が震えあがりそうになった。耳に差し込まれた物体に、内部を優しく撫で擦られたからだ。
「気持ちいい?」
見てわからないのだろうか。いや、わかるからこその質問か。私の弱点が耳だということを知っているくせに……でも、そんなところも嫌いになれない。もっとして欲しいと思ってしまう。
視界を閉ざしているせいか、いつも以上に感じてしまう。耳の中を弄ぶ木の棒が、どのように動いているのかを明確に想像できる。瞼の裏にモニタリングされているみたいだ。
「はい、今度は反対側だよ」
なんとか耐え抜いた私を、残酷な嬉しい言葉が貫いた。私は逆らうこともできずに頭を反転させる。
「いくよ……」
そうやって事前に宣言してくれるのがありがたくもあり憎らしくもあった。どちらにしても、耳に何かが触れた時点で私はそんなことがどうでもよくなってしまうくらいの快楽を受けてしまうのだが。
「──はい、おしまい」
さんざん好きなようにし終えたのか、ようやく彼女が解放してくれた。私も楽しんでいたことなのだが、どうにも疲れてしまった。
だからだろうか。なんだか意識が朦朧としてきた。本当にどうにかなってしまうかもしれない。全身がほのかに熱を持っているのを感じる。彼女に頭を一撫でされるごとに、私の体から力が抜けていく。
手足が重くなり、自分の呼吸をやけに意識してしまう。それに気付いたのを最後に、私は眠りに落ちた。
──くすぐったさで目が覚めた。彼女の手が私の耳に触れているようだ。そこは弱いからやめてと言っているのに。
「おはよう。よく寝てたね」
私の顔を見下ろしながら、嬉しそうに微笑んでいる。この様子だと、私の寝顔を思う存分観察していたのだろう。
……恥ずかしい。
「だって……最高の枕があるんだもん」
「かわいかったよ、寝顔」
ほら、やっぱり。最近の彼女は平気でこんな恥ずかしいことを言ってくる。もう少し恥じらってくれないと、こっちの身が持たない。
顔の赤みを隠しながら身を起こした私に、彼女の甘い声がかけられる。
「ねえ……今度は私の番だよ?」
見れば彼女の顔も赤い。始まりの時を思い出して、少しキュンとしてしまう。
「どうしてほしいのかな?」
「だっこ、して……」
「仕方ないな。ほら、おいで」
私に抱かれて、彼女は頬を擦り寄せてくる。そこには、さっきまでの余裕たっぷりな表情はない。もはや彼女は甘え上手な無防備ちゃんだ。
結局、私と彼女は互いに依存し合っている関係なのだ。
だから、どれだけ求めても破綻しない。むしろ、求め合わなくなった時が私たちの終わりだろう。
「んー、もっとぉ……」
「よしよし、いい子だね……」
こうしていられる今は、とっても幸せ。