[06]お約束の崩壊
BLにはお約束というものがいろいろとある。
だがこのBWの世界ではその一つが崩れ――イベントフラグ用死亡キャラクターが死亡する。
俺が金稼ぎや、知っているからいいやと話しかけなかったNPCに積極的に声をかけ、記憶から失われている情報をメモするなど、精力的に活動してると狩りに出かけていた連王と団長が馬車で帰国した。
連王も団長も竜に乗ること出来るのだが、今回の狩りは「竜」を狩りに行くので、竜に乗っていくわけにはいかないのだそうだ。
「連王陛下は竜を二匹も仕留めたそうだよ」
「団長さまも同じく二匹屠ったとか」
こいつら、普通に竜狩るからなあ……拳で。全パラメータがMAXの五乗と噂される団長と、能力パラメータは見えないが、恐らく高いのだろう連王の恐怖双子コンビめ。
狩りを終えて上機嫌で馬車で首都へと戻ってきた連王は、車中から男娼のゲルハルトを見つけて呟く。
「ジギスムント……」
お前、過去吹っ切ったんじゃないのか? ルート違うから仕方ないけど。男娼はかつて連王を裏切った婚約者(♂)ジギスムントと瓜二つ。
連王の性格が悪くなった元凶の一人とそっくりな男娼と邂逅を果たす。まだジギスムントのことを吹っ切れていない国王は、ゲルハルトの元に通うことになる。
連王に抱かれた相手は軒並みシルヴィアに殺されるのだが、男娼であるゲルハルトが殺されることはない。生業の場合は許してくれるもようだが、死亡確定キャラクターはシルヴィアに殺されないと、悲惨なエンディングを迎えてしまう。
男娼ゲルハルトも、その運命から逃れられない。
ゲルハルトに興味を持った連王は、娼館に通うようになる。この一度きりしかない期間は、連王がのめり込むため、誰もシルヴィアに誰も殺されないので、タイムスケジュール外の作業に没頭できる。
天狗の元へと通い友好度合いを深め、乗りこなす練習もできる。なによりも嬉しいのは夜自宅に帰り、朝まで呼び出されないこと。
ゲルハルトと連王の仲は深まり、ハインリッヒが言ったような連王が戻ってきそうになるのだが――
「ちはや様。明日お休みを頂きたいのですが」
リリーのこの台詞がゲルハルト死亡への序章。
「いいよ」
リリーに休みを与え、玄関まで見送ってやる。明日の夜出かけるための準備を整えて、ベッドに入る。この先、自宅に帰ってきて、寝心地のよいベッドで眠れるのはいつだろうか。
久しぶりに昼過ぎまで眠り、リリーが用意してくれた、見た目にんじんだが味や食感はじゃがいもな野菜と、見た目じゃがいもだが、味と食感はにんじんな野菜に、キャベツにウィンナーを煮込んだポトフらしきものを食べながら攻略日誌をつける。
俺の攻略方法は何度かプレイした人の攻略方法で、初期イベントを逃していることもある。男娼ゲルハルトが死亡してから、取り残しを回収するためにも一度書きだして頭の中を整理する。
一心不乱に記しているうちに、文字が見えづらくなってきたことに気付く。日が落ちて夜が訪れた。
俺は昨晩用意した外出用品が入った鞄を提げて家を出る。腹は減っているが、今は急いで街を出ることに。
首都は城壁に囲まれており、夜は入り口は全て閉ざされ出入りは基本できない。
「外出したいのだが」
「今日は満月でしたね。どうぞ、お通りください。ちはや様」
俺は数少ない例外。
連王直属の家臣で治癒師。満月の夜や、新月の夜にしか採取できない薬草がある。それを採取するために、街から出ることが許されている。
ゲームでは出入り口が閉まる前に採取に向かってもいいが、色々とやることがあったので時間ギリギリに街を出た。
薬草を採取するが、これは真の目的ではない。
俺は薬草を採取してから、用意した寝袋に入る。明日からは大忙しだ――
朝の冷たい空気に起こされ、眩しい朝日の中ビスケットとミルクの簡単な朝食を取っていると、黒い影が頭上に現れる。見上げると、そこには大きな竜。
団長様がお見えだ。
普通は、このイベントで団長が竜に乗れることを知る。
「ちはや。急いでくれ」
「はい。閣下」
初回プレイの時は、意味も分からず乗せられるのだが、何度もプレイした俺は分かっている。
ゲルハルトが死んだ。
王宮に辿り着き、急いで国王の元へと行くと、変死体といって過言ではないゲルハルトの遺体を抱きしめている連王の姿が。
どのくらい変死体かって?
それはもう変死体だ。四人の男性に散々強姦されたあと、連王が追加攻撃加えて死亡したのだから、変死体で間違いない。
俺もこの手の死体は一度しか見たことないが、それとなんら変わらない。全身どす黒くなって、大事なところも青痣だったり鬱血したりしている。
もちろん俺は強姦なんてしない。
夜通りかかった人気のない公園のトイレで、集団暴行が行われていた。せっかく獲物がいるのだからということで、花粉症対策用眼鏡と、作業用マスクを装着し、ペットボトルに移して持ち歩いている塩素系漂白剤と、酸素系洗剤を水風船に入れて投げつけ有害ガス発生後、無力化したところを刺しまくった。暴行されていた女性は有害ガスで死んでしまったが、気にはしていない。そんなことを気にしていたら、シリアルキラーなどやっていられない。
ゲルハルトは魔法学園の生徒四名に強姦され、その後、客として訪れた連王が発見して、この類の話ではよくある「お約束」を行う。正式には「お清めエッチ」。
強姦された受を攻が抱いて浄化するという、二日酔いにむかい酒という自爆行為すら霞む力技にして、攻のそれにはどんな聖なる力が宿っているのか? 是非ともレポートにまとめて欲しい……などと考えてはいけない。BLの常識なのだ。考えるな! 流されるんだ!
普通であればこれは成功するのだが、BWでは成功せず……ゲルハルトは満足して死んだので、精神的な意味では成功はしたのだが、肉体ダメージが大きすぎて死んでしまう。
ゲルハルトが死に呆然とする、止めを刺したであろう連王。彼が帰ってこないことを心配して団長が訪れて発見。
死体と連王を王宮へと連れ戻し、俺を呼ぶように命じたが俺はいない。
団長は昨日が満月であったことに気付き、竜を駆り俺を探しに来る――
このイベントは、俺が薬草を採る為に郊外に出ていないと、連王がゲルハルトを連れて自宅へとやってきて治療を依頼するため、ゲルハルトは生き延びる。
ただしイベントを起こすために死ななくてはならないキャラクターなので、この先死ぬまで、満月の夜には繰り返し強姦されることになる。
何度も強姦されるのは可哀想なので、一度でさくっと止めを刺してやるのが俺の優しさだ。優しくなかったら、何度も強姦を阻止して、自分の時間を手にして薬を大量に作ったり、天狗と友好度を上げる。
……他にも要因はあるよ。
時間は容赦なく経過するので、アルテミスが訪れるのが間近となる。だから薬が欲しくて治療するとしても、二回が限度だ。それ以上の回数になると、アルテミスを阻止することができなくなる。
連王はいたく傷つき、酷く怒っていらっしゃる。
そしてゲルハルトを強姦し殺害した者を見つけろと――俺としては殺したのは連王だと思うのだが、連王の中ではゲルハルトを殺したのは強姦した面々となっているようで。
ここは異論を挟んでも仕方がないので、俺は作業に移る。
カメラの登場だ。
カメラは霊を捕らえることも可能な不思議アイテム。そんなカメラを魔力のある俺が持ち、暴行跡にレンズを向けてシャッターを切ることで、念写することができる。
犯人を映し出せるのだ。
ただあまりはっきりとは映らないし、なんか連王が混ざってたり。連王が映っている写真は、団長が随時処分。やっぱり連王も……
念写の結果、犯人は四名で、魔法学園の生徒ということが判明する。
これで魔法学園にプレイヤーが潜入することが可能となる。
同時に厄介なキャラクターも出てきて、より一層危うくなるが、それでもアルテミスに比べたら……
厄介なキャラクターとは探偵遊びが好きな女・ティナ。
シルヴィアの罪を暴き、証拠隠滅していプレイヤーも処刑台に送ってくれるロリババアだ。言動がやたらと落ち着いているので中身は多分大人か、それに類するもの。制作者は某小さい名探偵を元にしてキャラメイクしたと考えられる。
素人が趣味で作ったフリーゲームなので既存キャラクターと被るのは仕方ない。他にも幾つか見覚えのある名前があったりするが許容範囲内だ。
このティナ、連王議会の最長老の曾孫という設定。権力者の孫らしく「捜査したい」とわがまま言って、それが通ってしまう。まったくもって、ウザイ女だ。
どの系統のウザさかと言うと「ホッチキス取って」と言ったら「それは英語じゃないから外国人には通じないのよ。ステープラーが正解なのよ」と言い、ホッチキスを”ステープラー”言い直さない限り取ってくれない的ウザさの女だ。
そんな女と共に俺は魔法学園の臨時講師という立場で潜入し、ゲルハルトを強姦した四人を捜し出す――とは言っても、四人は分かっているので難しくはない。
面倒なのはアルテミスを襲わせる四人を捜し出すこと。
周囲に話を聞いて「この生徒は女好き」「こっちは男好き」「こいつは実妹が性的対象、いずれ処分しよう」など、分類別けなくてはならない。
学園攻略対象の中には、アルテミスを襲うのに使うことができないキャラクターが二人だけいる。
「久しぶりだな、きじま ちはや」
ゲーム開始時に入力した名字を唯一使ってくれる魔法学園学長。俺が在学してた頃は副学長で、卒業後学長となり――俺が卒業してから何年経ってるのかは知らないが、若いキャラクターではない。おっさん受好き専用だろう。
学長の名前はヨリヒト。
東国出身の刀術使いだ。魔法学園だが、魔法を使えるものはあまりいないので、そういうことも起こる。
「初めまして、ちはや殿」
もう一人は面識のない保険医・ミッターマイヤー。なぜこいつは、名前ではなく名字なのか? 謎だが、追求しても仕方のないことだ。
学生以外の年嵩キャラクターは実績解除キャラクターなので、しっかりと攻略する必要はあるが、いま捜すのは「女性好きで素行が悪い」キャラクター。女を性的対象にしている変わり者……普通といえば、普通だが、BL世界では浮いている。なんとも憐れなことだ。
「私は独自で調査します」
「あなたよりも先に犯人を見つけ出しますからね」
「私のエスコートしてくださらない」
こんな台詞を吐いて、ティナはミッターマイヤーを連れていってしまう。
こっちも案内が必要だというのに……初回はな。初回以降はこの鬱陶しい女を遠ざけたいので、いくらでも好きにするといい。
遠ざかる白衣を着用している、ひょろりとした長身ミッターマイヤーと、ツインテールにしても腰までの長さのある金髪を揺らして去ってゆく、ゴスロリ服を着たティナを見送って、俺は調査を開始する。
攻略対象二十五名中、ゲルハルトを強姦した四名と、教員の二名を除外。
残るは十九名。
ここからアルテミスを阻止するためのキャラクターを選び出す。
まず捜すのは妹が魔法学園に在学しているキャラクター。ゲルハルト強姦魔四名と教員二名以外は、全てランダムなのでプレイごとに捜さなくてはならない。
妹が居るキャラクターは一人だけで、実の妹を異性として愛しているという変態。まずこれを攻略対象として連王の側へと送る。妹好きなので簡単には連王に靡かないから、シルヴィアが殺害するまで時間を稼げる。
ティナがいるので、犯罪露見率が上がってしまう為の対処方法。
それと妹を捜すために、女性キャラクター全員に声をかけることになるので、女性陵辱系の四名のうち一名が声をかけてくる。
これを突破口にして、仲間の三人を見つけ出す。
生徒会役員五名は全員男好きなので、まずは除外。
生徒会長親衛隊四名のうち、一名が女性好きで、アルテミスを襲う一人になってくれる。
アルテミスは四名で襲わないと「いせかいとりっぷしたあてくしのとくしゅのうりょく」によって、返り討ちにされてしまうため、間違いなく四名を捜し出さなくてはならない。
失敗すると当然そいつらも連王に殺害される。
そんなやつら殺された方が良さそうだが、俺が井上スキルを手に入れるまでは、こいつらに暗躍してもらう。