[04]暗殺者と同級生
暗殺者バートラムは皇王ベネディクトの愛人の子。
バートラムはお約束通り、父である皇王に認めてもらいたくてこの任務を引き受けた。皇王ベネディクトはあまりいい評判など聞かないが、いつの時代も親に認めてもらいたくて、必死に縋る子供というのはいるものだ。
俺だったら完全に無視するが。
暗殺者バートラムは一度攻略してシルヴィアに殺されても、次回プレイの時は侯子とは違い生き返っている。なので攻略後、暗殺者の牙を抜き、帰してやることも可能だ。
暗殺者バートラムが故郷に帰った頃には、皇王ラインハルトが皇王位を継いでいる ―― らしい。
ゲーム上では皇王ラインハルトが死んでから神聖帝国が本格的に絡んでくるので、よく解らないのだ。分かったところで……とも言っていられないな。
とにかく暗殺者バートラムを一度攻略してシルヴィアに殺してもらってから、再プレイ、感情パラメータをある程度上げて故国に帰して、情報を提供してもらわないと。暗殺者が密偵になるのさ。
もっとも逆ハーのアルテミスに鞍替えするけどな。ちっ!
バートラム攻略法は簡単で、連王の寝室まで誘導してやればいい。途中に幾つか妨害があるのだが、それらをプレイヤーが排除してやる。
連王の寝室にいる妾を遠ざける。これはランダム要素なので、誰がいるか分からないが……今回はエリュチエールか。ならば用意してきた兎を放つとするか。
咳き込み部屋を出て行ったエリュチエールと、彼女を追う侍女たち。
兎を捕まえることをリーク少年に依頼し、これまた遠ざける。
あとは王宮内で「見た事ない顔だな」言うやつに仕事を言いつける。
……だが今日は失敗した。隣室に団長がいたのだ。団長だけはプレイヤーの動きで遠ざけることはできない。
団長は何日かに一日、王宮に居ない日がある。
侯子の時とは違い、王宮に滞在していないのだ。団長は隣国の国王でもあり、何日かに一度、帰国している。団長は最速移動手段「竜」を使用できるので、往復で一時間もかからない。ちなみに普通の馬だと、行きだけで国境まで三週間はかかる。団長が帰国する首都ともなるともっとだ。
そんな団長の帰国日。こればかりはランダムなので運に頼るしかない。暗殺者のバートラムも、最終兵器と呼ばれる団長が隣室にいるときは避ける。ぶっちゃけ、バートラム程度じゃ相手にならない。
団長がどのくらい最終兵器か? 攻略を命じると、必ずその国を落とすくらいゲームでは無敵。
神聖帝国も楽々陥落させ「皇王の首です」と無傷で戻ってくるし、この世界で強靱な種族とされる龍人の首ですら、軽々と落とし、やっぱり無傷で報告してくれるくらいの最終兵器。
もちろん攻略の間は王宮にいないのだが……王宮から遠ざけてなにかをする場合、攻略を命じるというのも初期には行われていたが、それをするとちょっと問題があるので、ランダム要素にかけるのが一般的だ。
最終兵器団長、貴方のお国、ジェノヴィゼ王国にお帰りください。
「仕方ないなあ……侯子の黒い鳥を飼う手続きでもするか」
団長の滞在は動かしようがないので、俺は侯子が乗ってきた黒い鳥を飼う手続きをすることにする。
この黒い鳥、飼う手続きをして、餌を与えてやっていると次第に懐き、背に乗せてくれるようになる。まあ、一周や二周程度じゃあ懐きはしないが。なにせ元の飼い主を見殺しにした俺ですから。だが友好度は次回プレイに持ち越されるので、地道に根気強く餌を与えて話しかけていると、遂には心を開いてくれる。
黒い鳥は攻略には必須。
ある邪魔なイベントフラグ用【女性】死亡キャラクターを、しっかりと死亡させるためには、この黒い鳥がどうしても必要なのだ。
このゲームの世界には、四人の異世界トリップ女性がいる。
一人が神聖帝国の辺境ダスティに現れる”絶対地雷異世界トリップ女子高生勇者逆ハーのアルテミス”こと荻原水姫。十六歳。
前髪は眉毛のすぐ下あたり、後ろ髪は背中の中程――な黒髪に、深い黒い瞳、紺色ブレザーに赤い棒タイ、制服は規則通りで黒い靴下にローファー。進学校の一年生で、勉強でしか評価されない自分に嫌気がさしている……とかなんとか。
くそムカツクことに、この女の過去と現在を知るイベントミニゲームをクリアしないと、攻略対象が増えないというおまけ付き。
もう一人の逆ハー女は連合王国の一つ、ジェラルド王国に現れる御坂香二十七歳。本当にこの名の人がいたらご迷惑なのだが、なぜ「か か」と続く名にした? と疑問が絶えない。
疑問は絶えないが、そんなことはこの女の上から目線ぶりの前には霧散する。
かなり上から目線、相当上から目線。よほどご立派な御方なのだろう。
元の世界ではしっかりと働いていたことが自信の根源。
「ウィルはダチ」というのが決め台詞。この台詞、見るだけで背筋に悪寒が走るのは、俺だけではないはず。
ウィルは省略形で、本名はウィリアム。ジェラルド王国の国王だ。
ウィリアム王と御坂の間には恋愛感情などなく、ただの親友、と書いてダチと読むそうだ。
普通のゲームならいざ知らず、BLゲームで「ダチ」とか……「タチ」と読み間違う人大多数。タチと読み間違わなかった人は、BWをBLゲームとして楽しんでいる人ではなく、女性陵辱ゲームとして楽しんでいる人くらいだろう。
アルテミスの次に鬱陶しい御坂。こいつは連王の妾としてこの国へとやってくる。
連王は連合王国の王に女を献上するように言いつけており、ウィリアム王はそれらに関して不満を持ち、連王を排除したいと考えていた。
そこへトリップしてきたのが御坂。
ウィリアムと意気投合し、自ら志願して連王の元へとやってくる。
それでこの女、色々としでかしてくれ、放置しておくと逆ハー能力を駆使して連王を殺害する。上から目線が鬱陶しいものの、実行力だけは認めよう。
ただし、連王が死ぬとゲームオーバー。
このルートの場合、御坂は連王に抱かれることはないのでシルヴィアに殺害されることはないが最終兵器団長が黙ってはいない。
連王殺害を終えた御坂はジェラルド王国へと帰るのだが、団長が追いかけジェラルド王国は滅亡。その有様は悲惨の一言。
ウィリアム王はBLゲームに相応しく、男に容赦無く陵辱される。タチかもしんないのに、可哀想なことだ。御坂も散々嬲られるが、殺されはしない――団長には。
連合王国の最長老が、連王が選ばれた経緯を説明し、そして世界は滅亡する。
連王は実は世界平定の神子で(あれで?)彼が存在していないと世界は破壊されてしまう事実が判明する。
「連王議会が指名した王を殺害するとは。思い上がった小僧のせいで、世界は破滅だ!」
最長老の言葉通り、太陽が異変を見せる。
性的なものを含めて、ぼこぼこにされた御坂のその後は知らない。なんか引きちぎられた御坂の耳っぽいものが落ちているのに気付き、世界が赤く染まり意識が消えて――これが御坂エンド。
それにしても連王と団長の蟠りが消えた過去の事件が、ウィリアム王や皇王に暗殺を考えさせるとは、物事というのは一面を見ていてるだけではいけないと、つくづく思う。
そろそろ鳥舎につく…………あれ? 歩けなくなった……
遠ざかってゆくオレンジ色の髪の男、背中に感じる熱。刺された……バートラムに。
ああ、ゲームオーバーか。このまま死ぬなら構いはしないが、きっと……
「おはようございます、ちはや様……どうなさいました?」
召使いのリリーが濃い青のカーテンを開くと、窓から朝日が射し込んでくる。なかなか起き上がらない俺を心配して、リリーが覗き込んでくる ―― この世界に来てから何度目かもう忘れたがオープニング。
「おはよう、リリー」
バートラムを連王の寝室に入らせるためには、複雑な手順がある。そのため初プレイの場合、うまく誘導できない。そもそもバートラムという暗殺者が居ることすら知らない。
王宮内に突っ立っているNPCに話しかけると「見かけない奴」「見た事ない奴」「オレンジ色の髪の男」の情報は手に入るが、それ以上のことは「自分が暗殺されてから」でなくては分からない。
NPCに積極的に話しかけて情報を集めているプレイヤーのことを脅威に感じるらしく、団長が王宮の寝室隣にいる時に殺しに来る――ことをすっかりと忘れていた。
忘れていたとは言え、ムカツクな。
シルヴィアに殺害された、その綺麗な顔ぶっ潰してやる。俺の初めての犯罪は、死体損壊だった。今となっては懐かしい思い出だが。
久しぶりに初心に戻って、破壊してやろうじゃないか。
同じ手順を踏み、俺の祈りにも似た呪詛が聞き届けられたのか、団長が隣室におらず、バートラムは連王を襲うも返り討ちに。
「少し殴り過ぎた。死んだかもしれん」
寝室から出て来た連王が、いつも通りの鬼畜台詞を残して去ってゆく。さあ、シルヴィア出番だ!
バートラムは暗殺者として放たれるのだが……弱い。ゲームなどでは暗殺者というと、化け物みたいなのがいるが、実際の暗殺者は地味というか、相手の弱いところを突くだけなので、さほど強くない。いや、シルヴィアが強すぎるのかもしれないけれど。
シルヴィアが去ったあと、寝室へと行き、これ見よがしなダイイングメッセージな血文字を消してから、ブロンズ製の置き時計でバートラムの顔をぶっ潰す。
ゲーム内とはいえ、感触はリアルと変わらないな。
連王はバートラムが死んでも悲しむこともない。暗殺者だしな、あいつ。
さて本腰を入れてハインリッヒを攻略するとしよう。
ハインリッヒは連王の同級生。
この国には「魔法学校」というものが存在する。連王もハインリッヒもこの学校の卒業生。ただ魔法学校とうたわれているが、魔法を使える生徒はほとんど存在しない。昔はそれなりにいたようだが、徐々にその数を減らしている。
数少ない魔法を使える魔法学校の卒業生がハインリッヒであり、俺である。俺は在学していた記憶などないが、登場キャラクター詳細に書かれているのだからそうなんだろう。
連王は魔法は知っているが使えない。ただし連王は神子なので、攻撃魔法を食らうことはない。
俺は連王の直属の治癒師というところからも分かるように、かなり優秀な設定。
それでハインリッヒはと言うと、
これは米良ではない。メラゾ○マだ
こんなレベルの人。
分かる人には分かる表現。分からない人に説明すると、ハインリッヒは高度な攻撃魔法を操れるが、威力が皆無に等しい。
それでも連王とは仲が良く、こうして偶に遊びにくる。
二人は一緒に散歩をしたり、茶を飲んだり、魔法を試し撃ちしたり(これは飯尾ではない、イオナズ○だ)していると好感度が上がる。
同じ魔法学校卒業ということで、茶を淹れたりするのが俺の仕事。
そうしていると、ハインリッヒと俺が仲良くなり、連王の昔の話が聞けるようになる。
連王はむかしはこんなに鬼畜ではなかったそうだ。
連王議会で選ばれる際、なんの問題もない連王を選ぶことが出来て安堵したそうだ。いまの連王は……だが。連王には婚約者がいた。王妃のシンシアではない。
普通に恋愛し、恋人を伴侶にしたいと連王議会に申し出て許可された。その頃が連王の幸せの絶頂期だった――ハインリッヒは語る。
だがこの伴侶、連王を裏切った。
連王の位を狙う男と情を通じた婚約者の手引きにより、連王は大怪我を負い生死の境を彷徨う。連王はこの頃、団長を信頼してはいなかった。裏切るのなら団長だろうと――だが、そうではなかった。
連王の危機に団長が駆けつけ、一命を取り留めた。
婚約者と、連王位を狙っていた男は連王の手により処刑される。
「婚約者の名はジギスムント」
ジギスムントって男の名じゃあ……攻略サイトを見ていないと驚くのだが、連王の正式な婚約者は男。
「連王は親友と婚約者に裏切られた」
実は連王、元は同性愛者。
婚約者(♂)と親友(♂)に手ひどく裏切られ、男が信用できなくなり女に走った――そのまんま、女に向かって走り続けてりゃあいいんじゃねえの? 言いたいところだが、これはBLゲーム。心の傷を癒やして、男性好きに引き戻さなくてはならない。
俺の個人的な趣味だが、攻略可能キャラクターの中で、ハインリッヒは最良の相手だと思っている。かつての連王を知り、今の連王を批難することなく、だが悪いことをしないように促し、決して見捨てることない。
良い相手だと思うよ。
この先登場する学生たちよりも、ずっと良い男だ。
制作者としても特別らしく、ハインリッヒエンドはエンディング画像とテロップが出る。画像があるのは現時点(六十二人まで攻略完了・攻略wikiより)で十名。その中の一人がハインリッヒだ。
ムービーではない静止画なのだが、二人は中庭で語り合いつつ、学生時代のアルバムを見ている。この世界、中世風なのだがなぜかカメラがあるのだ。念写で犯人を推測することも可能な超優れものだ。
二人が見ているアルバムには空白が多い。それはジギスムントや親友(名前出てこない)が一緒に映っているので外されているためだ。ハインリッヒが封筒を取り出し、廃棄されたとはずの写真を取り出し、アルバムにまた貼ってゆく。そこには髪が短くて普通に笑っている連王と、婚約者だったジギスムント。
「もう昔のことだ……」
連王がハインリッヒに告げ昔のように笑い終わる――過去を清算して未来を観る良い終わりだよ。イベントフラグ用死亡キャラクター攻略しているとき、心底そう思う。