[02]リーク少年とルイト少年
六十四番目に現れた攻略対象キャラクター・騎士団団長フェルディナント。これは驚きもしたが、ここまで一人も騎士キャラが攻略対象として存在していなかったので納得する部分もあった。……もちろん一部シルヴィア派は激怒したが。この一部シルヴィア派というのは、フェルディナント×シルヴィアを推す派のこと。
シルヴィアが連王とのエンディングがないのは、フェルディナントが正式な相手だからではないかと噂されていた。罪を犯したシルヴィアをフェルディナントが処刑するのだが、このシーン非常に長く、団長閣下の台詞が明かに愛の告白で ―― これが好きでシルヴィアを放置して、毎回処刑ルートに持ち込む人たちもいるくらいだ。
処刑場でシルヴィアの首筋に剣を押し当てて五分三十秒に及ぶ、スキップ不可能なオートシナリオを読まされるプレイヤーたちにしてみたら、連王にうつつを抜かすなんてもっての他だろう。ちなみに強制リセット、いわゆる途中で電源を落としても無駄。PCを立ち上げると勝手に”最初から”強制再生される。
俺もシルヴィアは団長とくっつくと良いんじゃないかなー派。大体連王と団長って、顔からなにからみんな同じ。なにせ双子なんだから。違うのは役職だけ。
そんな団長と共に現れた六十五番目の攻略対象キャラクター・神聖帝国皇王ラインハルト。”絶対地雷異世界トリップ女子高生勇者逆ハーのアルテミス”の旦那の攻略対象リスト登場に誰もが絶句した。
「どうやって攻略するんだよ! 名前しか知らねえよ! 名前出た時点で死んでるじゃねえか! ラインハルト」
ラインハルトの攻略方法は、いまだ謎である。ついでにフェルディナントも。
この世界から脱出する方法は、ゲームをクリアするしかないだろう。このゲームにおいてクリアとは、連王と男性キャラクターが結ばれること。
「ちはや様。団長閣下が酔い覚ましの薬をご所望とのこと」
「分かった」
家へも帰らず王宮に残ったのは、即日決着を付けるため。
今夜、連王の元に初期攻略可能キャラクターで、もっとも簡単に結ばれる少年を送り込む。それが今、俺を案内している連王の従僕リークだ。
黒髪の短髪でいかにも少年なリーク君。彼に連王の元に酔い覚ましの薬を運ばせると、泥酔している連王に襲われてそのままなし崩しに恋人となりエンディングを迎える。
酷い攻略方法だとは思うが、背に腹は代えられない。
二度目の時もこうやって、
「団長閣下。ちはや様をお連れしました」
「待っていた」
連王の私室の隣に陣取っている団長の元に呼び出されて話をしていた。
だがあの時は、色気というか興味本位で団長に酔い覚ましの薬を運んでもらった。攻略対象なのだから、リーク少年と同じように連王が……と期待したのだが、そう上手くはいかなかった。連王との間に何ごとも起こらなかった団長。その後は後手後手になり、気付いたら滅亡。
一度目の時は、状況が分からず「お告げの祠」を目指して旅している間に、あの地雷女アルテミスがやってきて手遅れだった。
だから下手なことは考えない。
最初から手堅く、面白みなんて必要ない。ゲームの手順を踏んで、実績解除し、周回ボーナスをゲットしてゆく。
「酔い覚ましの薬です」
液体の入ったボトルを団長に差し出す。彼はそれを振り、キャップを開けて小さな盃に開けて一口含み、
「陛下へ」
「かしこまりました」
リーク少年に運ぶように指示する。
今回は俺もそのままにしておく。リーク少年、連王に襲われてくれ。そして俺を元の世界に戻して――
「ちはや」
「なんでしょう? 団長閣下」
「座れ」
テーブルを挟んだ向かい側に座った俺に、団長は薬草が入った缶を見せた。侍女に渡した薬だ。
「これはお前のものか?」
「缶はわたくしの物ですが。中身は確認しないことには」
中身も間違いなく俺のものだが、取り敢えず確認を。飾り気のないシンプルといえば聞こえはいいが、無骨と言うのが正しい丸缶の蓋を開けて中をのぞく。
青味を帯びた黒い茶葉が詰まっている。それをつまみ、歯を噛むと舌先が痺れる。
「わたくしの薬ですね」
作った覚えはないが、最初から俺のものだ。
「そうか。それがなぜ王妃の部屋に」
「分からないと言って、信用してくださいますか?」
「信用はしている。そうでなければ、酔い覚ましの薬を用意させたりはしない」
「ありがとうございます。わたくしが侍女殿に渡したのは別の薬です。これは昨晩盗まれたものです。団長閣下に相談に乗ってもらおうかと考えていたのですが」
「賊は昨夜から蠢動していたのだな」
「それは分かりませんが」
連王の部屋から大きな物音が聞こえてきた。団長閣下は連王の部屋へと行き、そして何ごともなかったかのように帰ってきた。リーク少年の姿はない。
「何か?」
「陛下がリークを犯しているだけだ」
年齢制限のないゲームなのに台詞には普通に「犯してる」とか「陵辱している」とか出る。そのシーンがないから良いのかもしれないが、初見のときは”これはないだろう”と思った。あと効果音が、なんか普通のエロシーンじゃなくて……
「回復魔法が必要でしたら、いつでもお呼びください」
「隣の部屋で待機しているように」
「かしこまりました」
これで無事クリアになるはずなのだが ――
「おはようございます、ちはや様……どうなさいました?」
召使いのリリーが濃い青のカーテンを開くと、窓から朝日が射し込んでくる。なかなか起き上がらない俺を心配して、リリーが覗き込んでくる ―― この世界に来てから四度目のオープニング。
連王と従僕のリーク少年が結ばれると「END」という文字が現れるだけだったが……バッドエンドではないが、正式クリアじゃないと。エンディングテロップも流れなかったから、そんな気はしていたけど。リーク少年、やられ損じゃないか。
済まないリーク少年。でも一度は攻略されないと、攻略対象が増えないからさ。許せ ―― ことと次第によっては、また犯されてもらうかもしれないが。
それでもリーク少年は連王の従僕なので、まだマシだ。初期攻略対象キャラクターのもう一人は……
「リリー。ちょっと散歩してくるよ。朝食までには帰ってくるから」
「かしこまりました、ちはや様」
早朝から働いている少年ルイト。彼も従僕リーク少年と同じルートを辿って貰わないと、攻略対象キャラクターが増えない。
当初街中に攻略対象がいるなど分からず、攻略対象がリーク少年とワスラン侯子の二人しか見つからず、攻略解除追加が八人で頭打ちになったことがあったそうだ。その頃俺はプレイしていないので、wikiに載っていたBW攻略日誌で、そんな流れになっていると―― そしてルイト少年を見つけた人がいた。
ルイト少年は早朝から働いている少年だ。早朝から働いている少年なのだ。なんの仕事をしているのかは不明。有志が作製したキャラクター辞書には【職業:早朝から】としか書かれていない。
はっきりとしているのは、性的な仕事ではないということ。
【職業:男娼】は存在しており避けては通れない。それはBLの古い形式に則った、由緒正しいものなのだが……いまはルイト少年を攻略しなくては!
ルイト少年は早朝から仕事をしている。早朝なので人が全くいない……本当にどんな仕事してるんだろうなあ、ルイト少年。そんな職業不定ともいえるルイト少年の登場ポイントは四つ。彼と上手く遭遇して声をかけて『馬車に引っかけられるように』しなくてはならない。
俺を捜しにきた馬車がルイト少年を引っかけ怪我を負わせる。治療のためにルイト少年を馬車に同乗させて王宮へと向かって治療後、彼を休ませる。
で、連王が哀しみのあまりに押し倒す……連王は基本悲しいことがあると、手近にいる者を押し倒す。普通に押し倒すだけで済むならまだしも、がっつりと犯してくれる。
ナチュラル・ボーン・強姦魔なのに、他人が暴行事件を起こすと怒る。自分のこと棚上げし過ぎだろうよ。
リーク少年とルイト少年のルートをクリアしなければアルテミスと戦えない。アルテミスの好感度上げフラグをぶっつぶす為にも学園ルートに進まないとけないのだが、これを出すためには……
馬車でルイト少年を王宮へと運び込み、知り合いの治癒師に治療を頼み、休ませるように依頼する。
ここで休ませるよう指示を出さないとルイト少年は、連王の魔の手から逃れることができる。次からは逃がすから、今回は君でエンディング頼む。
「来てくれたか、ちはや」
「もちろんに御座います。わたくしは陛下の治癒師にございますよ。それで。なんでございましょう?」
連王の前に膝をつく。
―― さあ、今回はなんだ?
「エリュチエールが昨晩から吐き気を訴えている」
エリュチエールの体調不良か。これは妊娠からくる悪阻ではなく、ただ毒を盛られただけのこと
さてと……王妃と同じくまずは主治医に妊娠しているかどうかを尋ねて”時間を稼ぐ”とするか。すぐに診察に向かうと治せちゃうんだよなあ、これ。
もっと凶悪な毒を使いたまえシーラ。
主治医に妊娠していないかどうかを尋ねて、彼を伴ってエリュチエールの部屋へと向かう。これで時間オーバー。エリュチエールは死亡する。
吐瀉物が気管に詰まって窒息死。
「毒を盛られておりました。治療できる毒物でしたのに……残念で仕方ありません」
別に残念でもなんでもないが。
もちろんこれを報告している相手は連王ではない。団長閣下に報告中だ。
「そうか……ところで何の毒だ?」
「兎遊ばせですが」
”兎遊ばせ”は簡単に手に入る毒。どこの雑貨屋でも、青果店でも売っているごくごく有り触れたもので、ないと困る品。
この国の周囲には兎が多く、兎というのは脅威的は繁殖力を持ち、放置しておくと街中まで入り込んで人を襲う ―― なんという、バイオレンス兎!
そんな兎を捕まえるために使われるのが”兎遊ばせ”
この毒は兎の好きな味と匂いを発しているようで、通常は食べないような食べ物であっても混ぜると兎が大喜びで食べ、そして痺れて死ぬ。
毒は火を通すと無害化するため、兎はそのまま食料となる。
「エリュチエールは兎の毛が苦手だからな」
兎遊ばせは人間には無味無臭なため、毒殺の良く用いられる。それを阻止するのは誰か? 兎である。檻に兎を入れて飼うのだ。だがエリュチエールは兎アレルギーのため、兎を飼うことも、兎に触れた人が近づいても蕁麻疹が出るのため、その予防方法が使えない。
そのため、エリュチエールの死因は兎遊ばせオンリー。あのシルヴィアですら兎遊ばせを盛るくらい ――
「そうですね」
酔い覚ましの薬を用意して、心は痛むが、全然痛んでいないような感じだが、痛んでいるんだ! 自らに言い聞かせ、それをルイト少年に運ばせる。
はい、連王、ルイト少年押し倒しましたー。
「助けて!」という罠にかかった少年の叫びが聞こえてくるが、俺と団長閣下は無視。
プレイヤーには「音漏れしまくりな安普請な王宮だ」と言われたのだが、ここに来て分かった。王の寝室と控えの間は音を伝える管で繋がれていた。
安普請なので服を引き裂く音や絶叫が聞こえてくるのではなく、高価な管で音を拾っているのだ。
「回復魔法が必要でしたら、いつでもお呼びください」
「隣の部屋で待機しているように」
「かしこまりました」
「おはようございます、ちはや様……どうなさいました?」
召使いのリリーが濃い青のカーテンを開くと、窓から朝日が射し込んでくる。なかなか起き上がらない俺を心配して、リリーが覗き込んでくる ―― この世界に来てから五度目のオープニング。
今回は初期配置三人目、国を奪われた憐れな侯子さまを毒牙にかけるとするか。