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Beautiful World  作者: 剣崎月
1/9

[01]三回目開始

 また空が赤く染まる。太陽が暴走して近付いてくる証。

 もうすぐこの惑星は太陽に飲み込まれて消える。熱い ―― 二回目のゲームオーバー。何もできなかった一回目の教訓とプレイ経験から、アルテミスにばかり注意を払った結果が……



このまま死なせてくれるのなら、なんの問題もないのだが――




「おはようございます、ちはや様……どうなさいました?」

 召使いのリリーが濃い青のカーテンを開くと、窓から朝日が射し込んでくる。なかなか起き上がらない俺を心配して、リリーが覗き込んでくる ―― この世界に来てから三度目のオープニング。

「おはよう、リリー」

 先程死んだばかりなのだが、もう三回目か。

 クリアしていないから【三週目】と言えないのが悔しい。

「着換えは自分で済ませるから、朝食の用意を急いで頼む。腹が減っててね」

 黒に近い紺色の、ふくらはぎの中程までの丈の、所謂メイド服を着ているリリーが、一本に結わえた赤味を帯びたオレンジ色の髪を揺らして部屋を出て行く。

「はい!」

 一人きりになった俺は溜息すらつく余裕なく、

「……あーあ。また始まったよ」

 パジャマを脱ぎ捨てる。

 これからゲームクリアまで、袖を通すことがないだろう。なにせ夜に頻繁に呼び出されることになるのだから。



 BL恋愛シミュレーションゲームでありながら、男を落とすのに異常なほど苦労すると評判の【Beautiful World】


 このフリーゲームの存在を俺が知ったのは一年程前のこと。その凶悪さと、制作者が意図する”運命の恋人とのエンド”を迎えられないことで評判になっていたのだ。

 そんなに難しいものなのか? 冷やかし半分でDLしプレイを開始……する前に、まず躓く。このフリーゲーム、容量が半端なくPCの動作を滅茶苦茶重くしてくれる。

 その困難を乗り越えてインストールしてゲームを始めるのだ。


【真実の愛に目覚めるまで――戦うことを誓いますか? ▽YES ▽NO】


 出だしがこれ。

 ちなみにNOは選べない。なぜ選べない選択肢などを用意したのか? それを削ったら容量がほんの少しだが減ったのではないか? プレイしたらそんなのは些細な事だと分かったが。

 一人用の木製小さな丸テーブル。白いテーブルクロスが皺一つ無く掛けられ、気泡の入った素っ気ない花瓶に、大輪の色とりどりの花が飾られている。

 テーブルに並べられたのは、ありきたりな朝食。バゲットとロールパンを足したような食感のパンと、ブレンドコーヒー。焼いたウィンナーと茹でられた卵。そしてカットフルーツ。

 椅子に腰を下ろし半分ほど食べたところ、玄関前に馬車が止まる音がした。

―― 来たな

 ドアノックの音にリリーが応対に出る。

 誰が来たのかも分かっているので、急いで料理を口に詰め込む。

「ちはや様。連王陛下から使者が、大至急王宮へ来てくれとのことです」

「そうか。朝食美味しかったよ、リリー」



 二回目よりは多く食べることができた。さて、戦いの始まりだ。戦闘準備をするとしよう。



 BWはランダム要素が幾つかある。オープニングイベントもその一つで、連王に呼び出された理由が五通りほど用意されている。このオープニングイベントに関わってきた女は、連王との恋愛値が二番目に上がりやすいので注意が必要だ。

 まあ、この二番目は殺すことも可能なので、最も恋愛値が上がりやすい”絶対地雷異世界トリップ女子高生勇者逆ハーのアルテミス”に比べたら楽なもんだが。


 ……名前を思い浮かべるだけで虫酸が走る。必ずお前をハメてやるからな、待ってろよ!


 馬車に治療に使う道具と証拠隠滅に必要なものを積み込み、王宮へと向かう。

 まだ朝も早い時間なので、人通りはほとんどなく静けさが漂っている。覚えのある衛士たちが立っている城門を抜けて、馬車を降り、治療用の道具を運ばせて、連王が待つ部屋へと向かった。

 まだ寝間着の連王の元へと行き、呼び出された理由を聞く。

「来てくれたか、ちはや」

「もちろんに御座います。わたくしは陛下の治癒師にございますよ。それで。なんでございましょう?」

 理由そのものは分かっている。連王の周囲にいる女性が負傷するか不調を訴え、それを治療させるために連王付きの治癒師である俺が呼び出される。

「妃が負傷したのだ」

 王妃シンシアが負傷か。これは危険だ。大急ぎで嫉妬野郎を派遣しないと。

「怪我ですか?」

 怪我ということは刃物沙汰か、嫌がらせによる打撲などか。

「そうだ。今朝方階段から足を滑らせ、背中の痛みを訴えている」

 おーけー突き飛ばされたな。そのまま死んでくれたら良かったのになあ。そしたら、俺がわざわざ殺害フラグ立てなくてもいいのに。

 だがここで泣き言を言っても仕方ない。俺にはこの惑星全ての人々の命がかかっている ―― フリーゲームだけどさ。

「治療の前に、王妃さまの主治医を呼んでいただけませんでしょうか?」

「どうしてだ?」

「王妃さまが妊娠していないかどうかを確認するためです。施術の中には妊娠中の方には行えないものも多くあります」

 階段から突き落とされたってことは、間違いなく妊娠している。王妃か主治医が箝口令を敷いたんだろうが、獅子身中の虫ってヤツが黙っちゃいない。

 そして俺も。

 薄くなった頭髪が白い老医師は、連王の問いに少々ためらったものの正直に答えた。

「妊娠の兆候は見られます。まだ確証ではありませんので、王妃さまが陛下をぬか喜びさせぬようにと口止めされておりました」

 さよなら、王妃さま。これで嫉妬野郎が怒り狂って王妃を殺害して、バッドエンドは回避できる。

 妊婦を殺害することでバッドエンド回避、これはそんなBLゲーム ―― いや、だからBLゲームというべきか。

 BWは連王の子供が生まれたら惑星消滅バッドエンド。どうやっても回避不能。それを阻止するためには、連王の子を身籠もった女を殺すしかない。

 それを実行出来るキャラは三人いるが、最初から最後まで使えるのは嫉妬野郎ことシルヴィア。

 美しい顔立ちの将来を嘱望されている青年騎士は、この連王のことを愛しており、彼に抱かれた者は全てシルヴィアの排除対象となる。

 シルヴィアは強く、立場上連王の寝室近くまで立ち入ることができ、殺すことにためらいないので確実にやってくれるのだが、残念なことに彼は殺害証拠を絶対に残してしまう性質で、放置しておくと三人殺した時点で罪を暴かれ処刑されてしまう。

 シルヴィアを失うとバッドエンド率が高くなる。

 連王の女を確実に排除してくれるキャラがいなくなってしまうためだ。

 後の二人のうち一人は成功率が五十パーセントだったり、特定の相手以外には使用できないという制限がある。

 もちろんこの二人も必要なのだが、もっとも重要なのはシルヴィア。


 若干狂ったキャラクターというのは人気があるもので、ここまで連王のことを愛しているのだからシルヴィアを恋人にしようという一派があった。その彼ら、シルヴィアが初期攻略対象になっていないことを知った時の嘆きと怒りは凄まじかった。

 攻略wikiの交流掲示板が怒りと呪詛のメッセージで埋め尽くされ、一時閉鎖になったほど。

 迷惑ながらも憐れに思ったプレイヤーたちが、全キャラクターを攻略したら隠しで出てくるんじゃないのか? と、その場逃れながらBWらしいことを提案した。

 BWは最初は攻略できるキャラクターが三人しかいない。そのうちの一人を攻略して二週目を始めると今度は一人追加されて四人になる……を繰り返してゆくゲームなのだ。

 だからまだシルヴィアが攻略対象になっていないだけなのでは? ―― 諸々の事情から全てのシルヴィア派がそれを信じたわけではないが、一縷の可能性に賭けて全キャラ攻略を開始した。そしてその可能性はまだ費えていない。何故なら、いまだ全キャラクターを攻略した強者がいないのだ。

 攻略wikiには六十五人まで追加されていたが、六十人目を超えると攻略手順が怖ろしく煩雑になり……シルヴィアが六十六人目になるのかどうかは分からないが、なんとなく攻略対象じゃないような気がする。それがシルヴィア派以外のBWプレイヤーの表には出せないが共通の認識であった。


 話を戻すが、プレイヤーはこのシルヴィアが殺害後に残した証拠を回収・処分することができる。この世界でプレイヤーは俺ということになる。


 恋愛シミュレーションゲームながら、初期は犯罪に犯罪を重ねて行くしかない。中期も後期も若干どころじゃなく犯罪重ねることになるが。

 俺は空き部屋を借り、薬の調合を開始する。薬といっても治療用ではなく、

「傷みで眠ることができなかったとお聞きしましたので。まずはお休みになることが大切です」

 シルヴィアが殺しやすいように王妃の行動を制限する目的で睡眠薬を。

 ミントの香りがする爽やかな飲み口の薬。これを飲ませたと知られたところで、俺に嫌疑がかかることはない。

 王妃が飲んだのを確認してから、王妃付きの侍女に薬湯用の茶葉が入った缶を手渡す。

「日に四回、これをあのティーポットにスプーン一杯入れ、煎じて飲ませるように」

「はい」

 この後、シルヴィアが王妃を殺害にくる。

 王妃付きの侍女も殺されるのだが、この侍女は必死に抵抗してシルヴィアの特徴的な装身具を握ったまま死ぬ。

 シルヴィアは二人を殺害すると証拠隠滅などせず部屋を去る。シルヴィアは犯罪者というよりは殺人鬼。自分が捕まろうが殺されようが知ったことではないのだ。

 賢い王妃付きの侍女は、薬が本当に無害かどうかを確認するために、まずは自分が口にする。そして彼女は全身が痺れ麻痺する。

 シルヴィアが押し入る時は出来るだけ王妃の部屋から遠ざかり、そして事件が明るみに出たら即座に証拠の回収を。

 この麻痺薬はばれるのだが、それも目的だ。

 次の連王の相手に濡れ衣を着せるために、ある程度の証拠は残しておかなくてはならない。連王と恋愛する女以外にも、潰さなくてはならないフラグ女が無数に存在する。

 例えばその女を邪険に扱うと、攻略対象の男性キャラと連王の仲立ちするキャラクターが遠方に飛ばされたり、探偵遊びが好きな女を放置しておくと、シルヴィアの罪を暴いてくれたりと。証拠を隠滅していた場合は、プレイヤーの悪行も暴露されてしまい、そのまま断頭台の露と消えゲームオーバーに。


 自業自得といえばそれまでなのだが、世界滅亡を救うためには消えてもらうしかないのだ。


 俺が早めの昼食を王宮で取っていると、兵士が部屋へ飛び込んできた。

「シンシア様が!」

 騒ぎが起こった。よし、作戦通りだ!

 俺は急いで王妃の部屋へと向かい、通してもらう。そこには血まみれになり事切れている王妃と侍女の姿があった。

 容赦無い刃物傷。室内の飛び散る血の量と匂いに心躍り食欲が増進するも、ここで浮かれている場合じゃない。侍女の手になにもないことを確認し……よし、なにも持っていない。痺れ薬が効いて、シルヴィアの犯行を示す手掛かりは得られなかった。

「全員下がれ」

 真実の恋人と目されている六十四番目に現れた真打ち、騎士団団長フェルディナントが連王と共にやってきた。

「シンシア!」

「落ち着いてください、王」

「放せ! フェル!」

 王妃シンシアが死んだことにより、連王は哀しみを募らせて三人の女を抱えることになるが ―― その前に決着をつけてやる。


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