表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
1/18

1







「……ついてない! ほんとに、ついてない!」


 そう何度も口に出しながら、遠藤真子(えんどうまこ)は全力でダンジョン内を走っていた。


 短く切りそろえた髪は激しく揺れて、白銀の軽装鎧を装着した華奢な身体は体力を消耗して熱くなっている。地面を踏みしめる度に、腰に下げた剣が音を立てていた。

 

 猫っぽい愛らしさのある顔をしかめて、つぶらな瞳で薄暗い洞窟の景色を見据える。


 息せき切りながら足を動かして逃げる。とにかく逃げる。逃げ続ける。


 でないとまずい。さっきから轟音を響かせて追いかけてくるアレに、やられてしまう。


 頭上に浮かぶドローンカメラは、全速力で逃走を続ける真子の姿を映しながらついてきていた。


 数十年前に世界の各地に出現したダンジョン。そこはまさに神秘の世界。モンスターや魔法といった、アニメやゲームのなかの空想が現実として存在している。


 真子はダンジョンにもぐって冒険する探索者であり、その様子を撮影して配信を行う配信者でもある。


 ダンジョン配信は、動画配信のなかでも人気ジャンルの一つだ。普段はダンジョンにもぐることができない人達でも、ダンジョン内の光景を画面越しに見ることができる。


 真子はいつものように休日の午後になると、ダンジョン内での配信を開始した。


 今日もぐったのは、『原初の混沌』というダンジョンだ。難易度はそこまで高くなくて、若手のなかでもトップクラスの実力を持つ真子なら、ソロでも余裕で攻略できる。


 実際、最深部のボスもソロで倒して攻略することができた。


 配信者としても人気が高い真子の動画を大勢の視聴者が見にきてくれて、コメントもたくさん書き込まれた。


 撮れ高はバッチリだ。同接も数万人が集まってきてくれた。あとは来た道を引き返して地上に戻るだけ。


 ……そのはずだったのだが。


 ダンジョン中層の道を歩いていたら、足元で光が発生した。すぐ後ろの地面に大きな魔法陣が描かれていくと、そのなかからモンスターが召喚された。


 それは九つの頭を持った大蛇のような巨体の怪物。全身が緑色の鱗におおわれたドラゴンだ。


 ヒュドラ。ドラゴンの一種である巨大モンスターが、トラップによって突如として出現した。この難易度のやさしいダンジョンに出てきていいようなレベルのモンスターではない。


 真子は瞬時に右手から魔力を込めた青い光を放った。だが、頑丈な鱗をまとうヒュドラにはまったく通じなかった。明らかにここの最深部のボスよりも強い。


 まともに立ち向かったところで勝ち目がないと悟った真子は、身体を反転。すぐに逃走をはかる。


 だが、目の前の獲物をみすみす逃がすはずもなく、ヒュドラは九つの頭から咆哮をあげて、真子を追いかけてきた。見あげるほどのドデカイ図体をしているくせに速い。轟音を立てながらダンジョン内を這うように疾走し、他の弱いモンスターたちをひき殺しながら真子を狙ってくる。


 背後から迫ってくる死の気配に、真子は冷や汗が止まらない。喉がカラカラに乾く。一瞬でも立ち止まることは許されない。止まればその瞬間にヒュドラの餌食になる。


 腰の皮袋に入れているスマホには、おそらく真子のことを心配する視聴者のコメントが殺到していることだろう。


「キャシャアアアアアアアアアア!」


 ヒュドラが鋭い叫び声をあげてくる。


 ゾクリとした。


 頭突きでもかますように、ヒュドラの九つの頭が前方に向かって伸びてくる。九発の爆音が同時に弾けて、破壊された壁や地面の破片が飛び散った。


「ぐっ……っ!」


 真子は苦悶の表情を浮かべる。


 前方に向かって跳んだことで、かろうじて直撃はまぬがれたが、爆破の風圧によって吹き飛ばされて体勢を崩してしまう。


 立ちこめる砂埃に咳き込みそうになりつつも、横たわった身体を急いで起こそうとする。


「キシャアアア!」


 ハッとして、顔をあげる。


 そこには、九つのドラゴンの頭が圧倒的な存在感を持って、真子のことを見下ろしていた。


「あっ、まずい……」


 恐怖を感じてしまう。それによって手足が凍りつく。


 肉体が言うことを聞かなくなって、地面に倒れたまま起きあがることができない。


 ヒュドラを見あげている自分は、きっといまひどい顔をしているんだろうな。


 そんなことが、脳裏をよぎる。


 わたし、もう助からないのかも。


 本気でそう思った。


「…………え?」


 そのときだ。見あげるほどの巨体をしたヒュドラの、さらにもっと上のほう。九つの頭の真上で、まばゆい閃光が起きる。


 薄暗いダンジョンのなかを明るく照らす光が生じていた。


 その光が消えると、穴がうがたれる。


 ヒュドラの頭上に、人が通り抜けられそうなくらいの大きなゲートが開いた。

 

 そのゲートのなかから、凄まじいスピードで何かが飛び出してくる。


「帰ってきましたああああああああああああああああああああ!」


 歓喜の叫びを響かせながら、ゲートから降ってきたソイツは、ヒュドラの九つの頭のちょうど真ん中にある頭部を思いっきり踏みつける。


 ドッゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!


 圧倒的な存在感を漂わせていたヒュドラの巨体が崩れ落ちる。地面が陥没し、突風が吹きすさび、砂埃が舞いあがった。


「……え? あ? は……?」


 あまりにも荒唐無稽というか、意味不明すぎる光景に、真子は頭のなかが真っ白になった。


 いや、なにこれ? 現実なの?


 思考が疑問符だらけで、パニック状態になる。


 視界をおおいつくす砂煙が薄れていくと、ヒュドラを踏んづけた人物の姿があらわになる。


 腰まで届きそうな長い黒髪が艶やかに光沢していた。雪のような白い肌は、汗一つかいていない。


 目鼻立ちは整っていて、切れ長の目はうれしさからやわらかくゆるんでいる。


 ほっそりとした身体には青色のローブをまとっていて、彫刻のように姿勢よく立っている。


 とてもきれいな外見をしているけど、それとは中身が合ってないような奇妙な雰囲気を感じさせる少女だ。


「ふぅ。ようやく現実世界に帰還することができました。それにゲートも閉じたようです」


 黒髪ロングの少女は、ウンウンとうなづきながら天井を見あげる。


 いつの間にか頭上に開いていた穴は消失していた。少女が言ったように、ゲートが閉じたのだろう。


 そして黒髪ロングの少女は地面に横たわっている真子に気づくと、その目を大きく見開いた。 

  

 さっきから頭が混乱している真子も、少女と目が合うと驚きのあまり固まってしまう。


 一体なにがどうかなっているのか? 今日は衝撃的なイベントが立て続けに起きすぎだ。


「……真子先輩? そこにいるのは、真子先輩じゃないですか!」


「あ、あんた、もしかしてレイカ? な、なんでここに! ていうか行方不明になっていたはずじゃ……!」


 いきなり上から降ってきてヒュドラを踏んづけた女。それは真子のよく知る後輩だった。


 レイカは無邪気な笑みを浮かべると、ヒュドラの頭からジャンプして降りてきて、真子のほうに近づいてくる。


「真子先輩がいるということは、ここは間違いなく現実世界ですね! 本当にわたしは帰ってきたようです!」


 真子の疑問には答えず、なんだか一人で納得しているレイカは顔をほころばせて盛りあがっている。


「……ん? あれは……カメラ? ドローンカメラ! おわっ、懐かしい! え? 映ってます? もしかしてこれ映ってます?」


「映ってるけど……」


「あっ、なるほど。真子先輩はいまダンジョン配信中だったんですね」


 真子のそばに浮かぶドローンカメラに気づいたレイカはテンションがあがると、すぐに現状を理解したようだ。


 レイカは「ん、んんっ!」と軽く咳払いをすると、少しだけ乱れている前髪を指先で整える。そしてドローンカメラを見あげながら微笑んだ。


「真子先輩の配信を視聴しているみなさん、はじめまして。わたしは小林こばやしレイカといいます。異世界から帰ってきました」


 ……なぜか、いきなり自己紹介をしていた。


 いや、なにやってんのアンタ? 思わず真子は心のなかでツッコんでしまう。


「ていうか今はそれどころじゃ……っ!」


 一刻も早くこの場から離れるべきだと促そうとしたのだが、もう遅かった。地面に崩れていたヒュドラが、九つの頭をもたげて、巨体を起きあがらせてくる。


「キシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


 明らかに激昂しているヒュドラは、さっきよりも獰猛な叫び声をあげてきた。強烈な敵意をふくんだ眼差しを踏んづけてきたレイカに向けている。


 ひっ、と真子は悲鳴がもれてしまう。


 早く逃げないと殺される。


「えっと、趣味は漫画を読むことですね。それからゲームもやりますよ。あとそれから……」


「まだカメラに自己紹介してる! ウソでしょアンタッ!」


 ヒュドラが威嚇してきてるのにレイカはそれを意に介さず、カメラ目線で自分の趣味について語っていた。思わず真子は怒鳴るような声をあげてしまう。


 前から変な子なのはわかっていたけど、まさかここまでとは……。


 真子が血相を変えて呼びかけると、レイカは「え? そうですか?」と言って残念そうにカメラから視線をそらした。


 レイカはようやくブチキレてるヒュドラのほうを見ると、前方に向けて手を伸ばす。


 グニャリと空間が揺らぐ。そのゆがみのなかから、赤黒い剣が出てきた。


 虚空から出現した柄を握ると、レイカは剣を引き抜く。


「は? え? そ、その剣、どこから……?」


 真子は寒気を感じて身震いする。


 どこからともなく剣が現れて、レイカの手に握られていた。その赤黒い剣からは、莫大な魔力が感じられる。


「異世界で入手した『龍殺しの魔剣』です。【アイテムボックス】から取り出しました」


 レイカは余裕のある笑顔で答えてくるが、説明されても真子にはなんのことだが理解できなかった。


「キシャアアアアアアアアアアアアアアアア!」


 さきほどから怒気をほとばしらせているヒュドラが、激しい咆哮をあげてくる。九つの頭を一斉にレイカに向けて伸ばしきて、襲いかかってきた。


「では、チャチャッと片づけましょう」


 レイカは龍殺しの魔剣を軽く横薙ぎに振るう。その動作に応じて、魔剣から赤黒い光の斬撃が放出された。


 撃ち出された斬撃は、迫ってくるヒュドラの九つの頭をまとめて斬り飛ばす。それだけでなく、炸裂音を轟かせて緑色の鱗におおわれた巨体を木っ端微塵に吹き飛ばした。


 ヒュドラの中身が盛大にぶちまけられ、大量の血の雨が降りそそぐ。レイカも真子も血塗れになって、全身が真っ赤に染まった。


 息絶えたヒュドラの死体は、粒子状になって霧散していく。


 レイカは握っていた龍殺しの魔剣を手のなかで消して【アイテムボックス】に収納すると、地面に横たわったまま硬直している真子のほうに向き直った。


「真子先輩。もう大丈夫ですよ」


 ニッコリと笑いかけてくる。


 だけど、全身がヒュドラの鮮血で染まっているその姿は、見る者からしたら恐怖でしかなかった。ぶっちゃけホラーだ。


「ひぃやあああああああああああああああああああ!」


 真子は絶叫をあげると、バッと立ちあがって駆け出す。ヒュドラから追いかけられていたときよりもスピードをあげて逃走する。


「え? どうしたんですか真子先輩! 待ってください! もう脅威は去ったんですよ!」


 レイカのかたわらにある空間が光を発する。そこから魔力によって形成された青い光の鎖が生えると、逃げようとする真子に向かって伸びていった。


「ぐえっ!」


 伸びてきた鎖が首に巻きついて、真子は後ろに引っぱられる。


「いやっ! いやっ! いやああああああああああああああああ!」


 真子は泣き叫びながら、首にからみついた鎖を外そうとする。でもどんなに力を込めても、ビクともしなかった。鍵のかかった首輪みたいにガッチリと固定されている。


「よっぽどさっきのヒュドラさんが怖かったんですね。けど安心してください。もう大丈夫ですよ」


「そっちじゃないから! 怖いのはアンタだから!」


 全身が血塗れになっているレイカは、同じように血の雨をあびて血塗れになっている真子に笑いかける。


 あまりにも恐ろしい血塗れの笑顔に、真子は涙を浮かべながら悲鳴じみた声をあげる。


 その一方で……。


:なんだこの血塗れ女wwww

:ヒュドラを瞬殺だとっ!

:異世界から帰ってきたってマジか!


 突然現れたレイカについて、ネットでは様々な憶測が飛び交って大騒ぎになっていた。


 そんなことなどつゆ知らず、レイカは「真子先輩、落ち着いてください」と血塗れのまま微笑みかけて、さらに真子を恐怖させていた。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
新連載ありがたい 生き物の血は病原体とかの可能性があるから怖いよね(そうじゃない
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ