おもかげを胸に秘めたまま
「今度は新しい組み合わせをって考えて来るんだけど、結局似たような服買って帰っちゃうのよねぇ」
そう言ったのは最近よくお店に来てくれる40代くらいのお客様だった。
いつも着ている服は割とシンプルなものが多かった印象がある。うちの商品はシンプルな作りのものが多いので、恐らくそこが気に入ってくれてるのだろう。
「では普段お召しになられているようなシンプルなものと、ちょっと違うタイプのものをいくつかお選びしますね」
私はサークル状になっているハンガーラックから何着かハンガーごと外してガラスの台に並べる。
「こちらのタイプですと、お客様が来てらっしゃるお洋服と似た感じですので、選びやすいかもしれません。でもこちらですと普段のものよりは若干装飾がされていますので、気分が変わるかと思いますよ」
お客さんはじっくりと眺めながら、少しフリルのついたシャツを手に取り
「これとってもかわいいと思うんですけど、私くらいの年齢の人間が着るには少し派手じゃないかと思うんです……」
と言った。そこで、まずは試着を勧めてみた。
数分後、試着室の扉を開けたお客さんは、本人が気にするほど違和感は無く、とてもよく似合っていた。
「うーん、私も案外似合ってるとは思うんですけど、やっぱりちょっと恥ずかしくて……」
とくるくる回って鏡を見ながら言うので、私は透け感のあるニットのロングカーディガンを持って来て渡した。
「これを羽織ってみてください。そしたらシルエットもスッキリしますし、カラーも春っぽいのでこれからの季節にぴったりですよ」
お客さんは渡したカーディガンと合わせたコーデが気に入ったのか、すごく喜んで二着とも購入してくれた。
お店の入り口までお見送りした時には
「私一人だったら絶対に選べなかった素敵なお洋服を買えました。ありがとう。またご相談乗ってくださいね」
と笑顔で帰って行った。こういう時アパレル店員をやっていて本当に良かったと思う。あんなに喜んでくれて私も嬉しい。
幸福感に包まれながら後片付けをしていると、お店の前を男の人が通りかかった。
私は一瞬呼吸が止まった。
若い頃、付き合っていた彼だった。
高い身長、笑うとシワのできる目元、大きな口。私が人生で一番愛した人だった。少し歳を取ったけど、何も変わらない。相変わらず優しそうなままだった。
彼とは一年付き合ったが、まだ私が二十三歳の頃仕事で彼の転勤が決まり、結婚してついて来てほしいという彼の願いを、私は受けられなかった。
知り合いが誰もいない見知らぬ土地での生活に不安もあったし、まだ二十三という年齢で人生を決めていいのかという迷いもあった。
結局私たちは別れを選び、あれから長い月日が経った。流石に今も彼を愛しているという事はなかったが、ラブソングを聞いた時や恋愛映画を見た時、決まって同じ顔が思い浮かんだ。
思わず手を挙げて声をかけようとして、彼に小走りで近づいて来るベビーカーを押した綺麗な女性に気づいて、手は肘の高さで止まった。
今更失恋ではないし、あれから長い時が過ぎているのだ。彼に大切な人がいたって当たり前だ。
わかってはいるのに、それでも胸はキリキリと痛んだ。
私はくるりと振り返り、広げられたシャツを畳んだ。




