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女が男をやっつける話【柔道部2話】

試合から10日ほど経ったある放課後。


私は道場でいつものように汗を流していた。夜のみゆきとの秘密練習も続けていて、技のキレが少しずつ良くなっているのを実感していた。


母も「本当に強くなったね」と喜んでくれた。でも、ふとした瞬間に高橋先輩の顔が浮かぶ。


白目をむいて、足をピクピクさせながら畳に沈んでいった姿。


「ひぎゃぁぁ……」


「たすけてくれぇ……」


という情けない声。


あの時、私は確かに


「もっと苦しんで」


と思って力を強めた。


男の人って、いざ本気で首を締められると、意外と脆いんだな……と、冷たい喜びみたいなものを感じてしまった。


高橋翔太先輩は、あの試合以降、明らかに変わってしまった。


部活に来る回数が減った。


来ても道場の隅で一人素振りをしているだけで、乱取りの相手を指名しなくなった。


以前は後輩を厳しく指導し、女子部員を「座って見てろ」と上から見下していた人が、今は私の視線を避けるように目を逸らす。


男子部員の間でも陰で囁かれているのが聞こえてきた。


「高橋先輩、あれ以来なんか元気ないよな……」


「後輩女に裸絞めで白目むいて気絶したって、マジで動画も少し回ってるらしいぜ」


「エースだったのに、後輩女子に『ひぎゃぁぁ』って声出して負けるなんて……プライドズタズタだろ」


ある日、練習後に私は男子更衣室近くの廊下で、高橋先輩が壁に寄りかかってスマホを見ているのを見つけた。


画面には、誰かがこっそり撮った試合の短い動画。

自分が白目をむき、足をバタバタさせて苦しむ姿が繰り返し流れていた。


先輩は動画を止めては深くため息をつき、また再生する……を繰り返していた。


顔は青ざめ、肩が落ち、目が虚ろだった。


私は少し胸がざわついたけど、そっと声をかけた。


「……先輩」


高橋先輩はびくりと体を震わせ、私を見て固まった。

以前の威勢のいい態度は影もなく、ただ気まずさと悔しさが混じった目だった。


「佐藤……」


声が掠れている。


「部活、どうですか?」


私は静かに聞いた。


彼は目を逸らし、壁に額を軽く押しつけた。


……つらいよ。みんなの視線が痛くて仕方ない。


3年生でエースだった俺が、後輩女子に……


白目をむいて、足をバタバタさせて、情けない声出して気絶するなんて……


一生の黒歴史だ。


練習する気も起きない。畳に倒れた瞬間、頭の中が真っ白になって、プライドが粉々になった気がした。


声が少し震えていた。


私は心の中で思った。


(……可哀想かも。でも、あの時私は本気だった。


先輩が私をバカにしたから、余計に「徹底的にやっつけてやる」って燃えたんだ。


でも、こんなに追い詰めるとは……)


「私は……ただ、頑張っただけです。先輩が最初に私を馬鹿にしたから、余計に」


高橋先輩は苦い笑みを浮かべた。


「わかってる。お前は悪くない。


俺が女を軽く見て、わざと乱暴に絞めて楽しんでたのが悪かったんだ。


……ただ、部活に来るのが気まずくて。

後輩の男子にさえ『先輩、大丈夫ですか?』って心配されるし、女子部員の視線も……


来年の引退まで、どうやって顔を合わせればいいんだろうな」


彼はそこで言葉を切って、遠くを見た。


エースとしての自信、男子としての優位感、後輩を指導する立場——すべてが一回の裸絞めでガラガラと崩れ落ちた。


それからさらに数日後。

高橋先輩は部活を休みがちになったけど、完全に来なくなることはなかった。


時々、早朝に一人で道場に来て素振りをする姿を見かけるようになった。


乱取りはまだ避けているけど、コーチに相談して「少しペースを落として頑張る」と伝えたらしい。


プライドはまだ完全に回復していない。

私の前を通る時はいつも少し緊張した顔をし、目を合わせにくい様子だ。


でも、以前より後輩の男子に対しては優しく指導するようになり、女子部員とも普通に話すようになった。


私は夜の道場でみゆきと練習しながら、ふと思った。


(可哀想だと思う部分もある。


でも、あの試合で私は強くなったし、


「女を舐めんな!」


って気持ちをちゃんと伝えられた。


先輩のプライドを


ずたずたにしたかもしれないけど……


それがきっかけで、少し変わってくれればいいな)


高橋先輩のプライドは大きく傷ついた。


でも、完全に壊れて立ち直れなくなるわけではなく、

少しずつ、自分の弱さと向き合いながら、新しい形で部活に関わろうとしているように見えた。


私の柔道は、まだ始まったばかり。


これからも、同じようなことがあっても「女だから」とバカにされない本当の強さを追い続けよう。


時々、あの白目をむいた姿を思い出しては、

胸の奥に複雑な——誇らしいような、申し訳ないような——感情がよぎるのだった。

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