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女が男をやっつける話【柔道部】

あかりは、小さい頃から母の話が大好きだった。

母は学生時代に柔道部で全国大会に出場した経験があり、よく昔の写真を見せながら話してくれた。


「柔道はね、女の子を本当に強くしてくれるのよ。体も心も。男の子に負けない自分を作れるの」


母の目が輝くのを見るのが、あかりは大好きだった。


中1の春、あかりは母の憧れを自分のものにするため、柔道部に入部した。

道場に揃った新入部員の中で、あかりは一番小さく見えた。


「よろしくお願いします!」と元気よく頭を下げた瞬間、先輩たちの視線が一斉に集まった。


特に3年生の男子エース・高橋翔太先輩が、口の端を歪めて笑った。


「へえ、女の子か。しかも全然初心者じゃん。まあ、座って見てろよ。怪我すんなよ? 女はすぐに泣くからな」


練習が始まると、あかりの無力さがはっきりした。

受け身の取り方はおぼつかないし、基本の動きも全然ついていけない。

組み手になると、高橋先輩はわざと乱暴に襟を強く掴み、力任せにあかりを引きずり回した。

畳に何度も転がされ、息が上がる。


そして寝技に入った瞬間、先輩は容赦なく裸絞めを仕掛けてきた。

太い腕が首に巻きつき、耳元で低く囁かれる。


「ほら、女はこれで終わりだろ? 痛いか? やめたいんなら今すぐ言えよ。すぐに退部届出せばいい」


首が締まり、息が苦しい。視界がぼやけ、耳鳴りがする。

あかりは必死に足をバタバタさせて逃げようとしたが、先輩は楽しそうに笑うだけだった。


「弱い弱い。女はこうやってすぐギブアップだな」


毎日が地獄だった。

学校では高橋先輩の視線が怖くて、道場に行くだけで胃が痛くなった。


夜、布団の中で何度も思った。

「もうやめたい……母さんに悪いけど、限界かも……」

でも母の顔を思い浮かべると、言葉にできなくて枕を涙で濡らすだけだった。


そんなある夜、クラスメイトで同じ1年生の親友・みゆきがそっと声をかけてきた。


「あかり、諦めないでよ。私も柔道部入ったばっかりで弱いけど、一緒に頑張ろう。夜、誰もいない時間に道場でこっそり練習しない?」


その言葉が救いだった。


二人は学校の裏門から忍び込み、夜の道場を借りて練習を始めた。

照明は最小限。誰にも見つからないように、声を殺して。

受け身の反復練習を何百回も。

打ち込み、基本の組み手、足技の繰り返し。

みゆきと二人で転がり合い、笑い合い、時には転んで痛くて泣きながらも、

「お互い強くなろうね」と励まし合った。


夏が過ぎ、秋が深まる頃。

少しずつ変化が訪れた。

体が柔らかくなり、タイミングが掴めてきた。

力で勝負するのではなく、相手の力を利用して崩す感覚がわかってきた。

夜の練習は辛かったけど、その分だけ確実に上達していた。


数ヶ月後、再び部活の乱取り時間。

高橋先輩があかりを指名した。


「よし、今日はお前とやるか。相変わらず弱そうだな。ちゃんと受け身取れよ?」 


組み手が始まった瞬間、あかりははっきり違和感を覚えた。


……あれ?


先輩の動きが、なんだか遅く感じる。

力が、以前より弱く感じる。

高橋先輩は苛立ったように力を込めて突っ込んできたが、あかりは上手く受け流し、足を滑り込ませて見事に崩した。


先輩の目が一瞬、驚きに染まる。

「この野郎……!」


先輩が激怒し、強引に寝技に持ち込もうとした。

でもあかりはもう、逃げなかった。

必死に耐えながら、心の中で繰り返した。


今日はまだ我慢。

いつか、徹底的にやっつけてやる——

絶対に、この男に地獄を見せてやる。 


その後もあかりは毎晩のようにみゆきと練習を続けた。

基本をさらに固め、絞技の精度を上げ、持久力もつけた。


「もうバカにされない。あの男をやっつける!」


そして、地区予選の試合当日。

体育館は多くの観客で埋まっていた。


抽選の結果、あかりの初戦の相手は……高橋翔太先輩だった。


「まさか…」


母とみゆきが心配そうに見守る中、試合が始まった。


開始の笛が鳴る。


最初は完全に押されていた。

高橋先輩の経験とパワーで、あかりは何度も畳に叩きつけられた。

背中が痛い。息が上がる。観客席から「女の子がんばれ!」という声も飛んできたが、劣勢は明らかだった。

でも、あかりは歯を食いしばった。

夜の道場で何度も転がった記憶、みゆきとの約束、母の言葉——すべてが体を動かした。


中盤、ようやくチャンスが訪れた。

あかりが上手く間合いを取り、相手のバランスを崩して一気に寝技に持ち込んだ。

高橋先輩の首に、左腕をしっかり回す。

裸絞め——母が昔、何度も教えてくれた、あの技。


「てぇぇぇい!」


ぐっと力を込めると、先輩の顔が一瞬で真っ赤になり、目が見開かれた。


「ひぎゃぁぁぁぁっ!!」


高橋先輩が苦悶の声を上げ、足をバタバタと激しく動かした。

必死に逃げようと体をよじり、畳を叩くが、あかりの絞めは一切緩まない。


「た、たすけてくれぇぇぇぇ……!」

先輩の声が震え、哀れな懇願に変わる。


絶対に緩めるものか!

あかりはさらに腰を落とし、力を強めた。


「てぇぇぇぇい!」


「ぎょ、ぎょぇぇぇぇぇ……!」


男の体が激しく痙攣し、喉から変な音が漏れる。


これが女の本気よ!

あたしのことバカにした罪を償いなさい! 


「ひぎゃぁぁぁぁぁ……!

まっ、負けるぅぅぅぅ……!」


この男には徹底的に地獄を味わってもらおう。

あかりは冷たい目で先輩の苦しむ顔を見下ろしながら、心の中でつぶやいた。


どう?

後輩の女の子に負ける気分は?


「くっ、くそぉぉぉぉ……!」


トドメよ!

「たぁぁぁぁぁあ!」


「ひっ、ひぎゃぁぁぁぁぁぁ……!

くるしぃぃぃぃぃ……!」


女を舐めんな!


あかりの声が、体育館に響き渡った。

数秒後——高橋先輩の体から力が完全に抜けた。

足がピクピクと小さく痙攣し、白目をむいたまま畳に沈む。

口の端から少し泡を吹き、完全に意識を失っていた。 

一本。


審判が「一本!」と宣言した瞬間、体育館がどよめいた。

特に女性観客席から、大きな拍手と歓声が沸き起こった。

「やったー!」「女の子強すぎ!」「すごい!」という声が飛び交う。


あかりはゆっくり立ち上がり、荒い息を整えた。

高橋先輩は畳の上でうつ伏せになり、肩で浅い息をしながら這いつくばっていた。


プライドをずたずたにされた顔が、そこにあった。

あかりは静かに、でもはっきりとした声で言った。


「2度と女を……舐めんな!」


白目をむいて苦しみ、足をバタつかせて無様に負けた先輩の姿を見て、

あかりは胸の奥に熱いものが広がるのを感じた。 


女のあたしが、嫌な男をここまでやっつけた。

少し誇らしい。


後輩の女子に負けるなんて、きっと一生忘れられない屈辱だろう。

これもあいつの運命かもしれない。


母が立ち上がって大きく拍手を送り、目頭を押さえながら笑っていた。

みゆきは道場の隅で満面の笑顔でガッツポーズをし、「あかり、最高!」と叫んでいた。


あかりの柔道は、まだ始まったばかりだった。 


これからも、もっと強くなって、

誰にも「女だから」とバカにされない自分を証明し続けよう——

そう心に誓いながら、あかりは畳の上で小さく微笑んだ。

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